第二話 ・ 魔の術を使う者
全員の視線がアルコンにそそがれている。
ブレイドが彼に手招きをした。
「アルコン、こっちに来て座れ。少し休め」
新兵がふらふらと歩み寄ってきて、地べたに座っている兵たちの中に混じった。そばにいる古参兵が、同情をこめてアルコンの肩に手を置いた。
ブレイドは剣の柄に両手を置いて立ったまま、アルコンの顔を見つめている。
「それで? アルコン、詳しく報告しろ」
アルコンは腰に下げている小ぶりの革袋を手に取り、口にあてて水を飲んだ。そして一息ついて報告をはじめた。
「シェイドが……木のあいだに人影を見たらしいんだ。森の中は暗くて、おれはよく見えなかったんだけど」そこで言葉を切って水を飲んだ。
隊の全員が黙ったままじっと待った。
新兵は先をつづけた。
「ふたりでその人影を追ったんだ。シェイドが先頭を歩いて、森の奥まで進んだ。そしたら――」近くにころがっている“魔の獣”の残骸に顔を向けて、「そいつらがいたんだ。暗くて数はわからなかった。シェイドが剣を抜いて……おれも剣を抜いた。ほんとに暗くて……おれ……敵の動きがよく見えなかったんだよ!」声を荒げて隊長のほうへ顔を上げた。
ブレイドが穏やかな口調でなだめた。
「アルコン、落ち着け。それで?」
「シェイドが、『おまえは隊に戻ってろ』って怒鳴りだして、バケモノを斬りながら暗がりの中に走って行っちまった……おれ……それで――」
後ろで誰かが声をあげた。
「それでのこのこと戻ってきたってわけか。シェイドの後を追わずに、おまえは――」
「やめろ!」ブレイドが鋭く制した。「アルコン、その場所は覚えているだろうな。いますぐそこへ案内しろ」
ブレイドの指示で兵士たちは手ごろな木の枝を集めた。そして枝の先端に白樺の樹皮を巻いて、“たいまつ”を作った。白樺の樹皮は油分をふんだんに含んでいるため、長い時間燃えつづける。
節約のために十人だけがそれに火を灯し、部隊は深い森の闇の中へと足を踏み入れたのだった。
わたしたちは密集して歩いた。墨を流したような木々の闇にまぎれないよう、できるだけ“たいまつ”の灯りが照らす場所を歩く。ときどき夜行性の動物や鳥の鳴き声が耳にとどいた。
ブレイドとアルコンは灯りを持って先頭を進んでいる。わたしとマッシュはそのすぐ後ろにいた。
「確か、このあたりのはずなんだけど――」新兵が言った。
「前に何かあるぞ。あれはなんだ?」そばにいた兵がささやいた。
“たいまつ”を持った何人かが先頭まで来て、灯りを掲げた。
そこには、無残に斬り裂かれた魔の獣たちの骸が散らばっていた。
灯りで見える範囲だけでも三十体ほどある。毛むくじゃらの太い手足は胴体から離れ、鼻が伸びた顔は潰され、頭部が砕け、まさに“残骸”と呼ぶにふさわしいものとなっていた。
生い茂る草地は魔の獣の泥水のような液体で土色に変わっている。
「うげっ! なんだよこれ! くっせ!」
「まさかこれ全部、シェイドがやったのか?!」
「あいつ、わざと剣の腹で顔面を殴ってやがる」
兵たちが鼻をつまみながら口々に驚きの声をあげた。
「で、シェイドはどこへ行ったんだ?」マジェスティックが闇を見つめながらつぶやいた。
その問いに応えるようにブレイドが鼻を鳴らした。
「ふん。まだくたばってはいないらしい。よし、探索だ。散らばれ」
わたしたちは村の中を捜査したときと同じ要領で、班に分かれてシェイドの行方を追うための手掛かりを探した。
なぜかこの森には雪が無かった。木の枝にも、あたり一面の草地にも。
他の班の灯りが見えるぎりぎりのところまで離れ、そしてまた別の場所へと移動する。兵士たちはそれを繰り返した。
ふいに遠くで誰かが叫んだ。
「ブレイドー! ちょっとこっちに来てくれー!」
わたしたちも声がしたほうへ歩いた。“たいまつ”の灯りがゆらめきながらそちらへ集まっていっている。
班から部隊に戻った多数の灯りが、巨大な岩を照らしていた。戦士六人分ほどの大きさがあるその岩は、一部だけがぽっかりと口を開けていて、中は空洞になっている。その空洞を閉ざしていたとおぼしき木の扉が、草地に倒れていた。
ブレイドが岩に近寄って空洞の中へ灯りをかざした。
「洞窟になってるみてぇだな。ずいぶん奥までつづいていそうだ」
「まさか、シェイドはこの中に?」隊長のそばにいる兵士が言った。
「わからん。だが扉が乱暴に壊されてるとこを見ると、その可能性は高そうだな」ブレイドがさらに闇のほうへ顔をつっこんだ。そして兵士たちに振りかえり、「他の班はどうだった?」
「なにも無し」
「こっちも」
兵士たちが答えた。わたしも同じ返答をした。
ブレイドが背筋を伸ばした。
「よし。洞窟探検としゃれこもうか。十人で中へ入る。いまから入るやつの名前を呼ぶ。呼ばれたらおれのそばに集まれ」
部隊に緊張がはしった。
隊長がわたしに顔を向けた。
「まず、シュルードとマッシュ。んで、ブラックウォーター。ジャスティン。マジェス――」
「ぃよし!」名を呼ばれたマジェスティックが拳を握って喜んだ。
隊長は次々に選出していった。
「――最後に、アルコン。以上だ」
「おい、新兵がふたりも混ざっててだいじょうぶか?」名を呼ばれなかった兵士が言った。
ブレイドが彼に顔を向けた。
「おれも行くんだ、心配ない。他の者はここで待機だ。むしろそっちのほうが重要だ。この入口を塞がれないように見張っていてくれ」
「わかった」
わたしたちはブレイドの指示で“たいまつ”を二本づつ携帯し、まず三人が火を灯した。
そして慎重な足取りで、洞窟の闇へと挑んでいったのだった。
中へ入ると、どんよりとした空気が鼻をついた。魔の獣の残骸があった場所と同じような、鼻孔をつく臭いが瘴気のように漂っていた。
「うおっ! くせえ! なんだよこれ、ちきしょう」早くもマジェスティックが毒づいた。
「しっ。あまり声を出すな。なにが潜んでるかわからんのだ」すかさずブラックウォーターが諌める。
「そうだな。すまん」
わたしはマジェスティックの素直さに笑いがこみあげ、吹き出しそうになったのをこらえた。だがマッシュはこらえきれなかったのか、吹き出した。
「おい少年、いま笑ったろ」
「いや、笑ってない」
「うそつけ! 笑ったじゃねぇか! 聞こえたんだよ! おめぇな――」
「うるせぇな! マジェス! 外のやつと交代させるぞ!」隊長が一喝した。
「すまん」
ところどころ天井が低い箇所がある。わたしたちは膝を折り、長蛇の列になって進んだ。
しばらくは、人ひとり分の幅しかないような通路がつづいた。“たいまつ”の灯りが岩壁を照らし、それが兵士たちの影をゆらめかせた。できるだけ物音をたてないよう慎重に進む。静かな空洞の中に、わたしたちの息づかいだけが反響している。
ときおり“たいまつ”がパチパチと音をたてた。
しばらく歩くと、通路が二又に分かれた。一行はそこでいったん足をとめた。
「どっちへ行く?」マジェスティックが隊長に訊いた。
ブレイドはまわりをじっくりと見渡した。そして左の通路に数歩進んで灯りをかざした。
「見ろ、マントだ」
近寄っていくと、ブレイド騎兵隊のマントが岩肌に敷かれていた。おそらくシェイドのだろう。目印として置いていったのかもしれない。
「行くぞ」
ブレイドの指示に従って、左の通路を歩いて行った。
せまい通路を進むにつれて、なにかが聞こえてきた。
これはなんだろう? わたしは歩きながら耳を澄ました。
なにがか叫んでいる。
わたしは、後ろを歩くマッシュに肩越しに目を向けた。彼は不安げな青い瞳でわたしを見つめ、短くうなずいた。
つまり、彼にもなにかが聞こえているのだ。
さらに歩くと、通路のそこらじゅうに泥水のようなものが飛び散っていた。
鼻孔を貫く臭いがさらにひどくなってきた。
「ぁぁぁぁぁぁ」
人の声だ。なにかを叫んでいる。
先頭を歩くブレイドがいったん立ち止まり、後ろを振りかえった。そして目で合図をして、さらに足を進めた。
わたしは長剣の柄に右手をかけた。
誰かが“ごくり”と生唾を飲む音が聞こえた。
その先は通路ではなく、まるで城の大広間のような空洞になっていた。
隅の岩壁には無数の燭台が並び、広間全体をぼんやりと照らしている。
そしてそこには、魔の獣と、長剣を持った歩く人骨と、シェイドがいた。
「なんだこれ……マジかよ……」誰かがつぶやいた。
すさまじい光景だった。
シェイドは広い空洞を縦横無尽に駆け巡り、長剣を振って、奥にある不思議な黒い光からわき出てくる魔の獣たちを斬りきざんでいた。
シェイドが剣を振れば魔の獣の手足が吹き飛び、さらに剣を振ると歩く人骨が持つ長剣をはじいて頭蓋を割る。彼はときどき雄叫びをあげながら、延々とそれを繰り返していた。
祭壇の上に飛び乗り、そこから勢いよく飛んで魔の獣の脳天に剣を突き立てる。すばやく抜いてそばの人骨を叩き割る。
戦士の髪型にしている銀細工のような色の毛が、若馬の尾のごとく軽やかに弾む。太い右腕で長剣を握りしめ、まるでそれが棒きれであるかのように、なんの苦もなく振りまわしている。
シェイドの目は鋭い眼光となってほとばしり、歯をむいて狂喜の表情を浮かべていた。
「すごい……狂戦士だ……はじめて見た」マッシュがごくりと生唾を飲んだ。
わたしたちはしばらくのあいだ、その地獄絵図をただただ眺めていた。
いったいこれは……。なにが起きているのか理解しかねた。不思議な黒い光からは、次々に魔の獣がわいて出てきている。そのすべてがシェイドに襲いかかっていっていた。
わたしは空洞全体に目を走らせた。
祭壇の奥に扉が見えた。木ではなく、おそらく青銅のようなもので造られた扉だ。
あの扉の向こうに術者がいるのだろうか。
わたしはブレイドのそばに歩み寄った。
「ブレイド。あそこだ。扉が見えるか」そう言いながら扉のほうへ指を向けた。
彼はわたしの指の先を目で追った。
「なるほど。術者はあの向こうってわけか」ニヤリと笑った。
「シェイドはどうする」
隊長は自分の顎を指でつまんだ。
「うーん、そうだな。へたに近寄るとおれらまで斬られかねんし……だが、このままほっとくわけにもいかんしな」そう言って後ろの兵たちに振りかえる。「よし。ホーク、ジャスティン、ピサロの三人はここで待機。シェイドが危なくなったら加勢してやれ。残りはおれに付いて来い。それと、あまりシェイドには近づくな。いまはイカレちまってる」
わたしたちは壁づたいにブレイドの後ろを歩いた。できるだけ気配を消し、祭壇までゆっくりと進んだ。
長剣を持った人骨が斬りかかってきたが、すぐさま斬り捨てた。
それにしても、いったいこれは何事なのだ。人骨が剣を持って歩いているとは……。これは現実なのだろうか。
フェイクの村人が殺されていて、魔の術者と思われる声が聞こえ、魔の獣が現れ、そして――
「おい、シュルード。ぼけっとすんな。早く歩けよ」わたしの後ろにいたマジェスティックがささやいた。
「すまん」
暴れまわっているシェイドの邪魔にならないよう――もしくは気付かれないよう――にしながら慎重に進んだ。そして七人は祭壇向こうの扉に辿りついた。
だが、扉の開け方がわからない。取っ手のようなものが無いのだ。扉はやはり青銅で造られていた。破城槌でもなければ破ることができない。
わたしはそばにある祭壇を調べた。異国の言葉が書かれた書物が何冊か置かれている。表紙には六芒星が描かれていた。
これは魔の術の書物なのだろうか。なにかを唱えないと扉は開かないのか?
「見ろ」祭壇の下に頭を突っ込んでいるブレイドが言った。
わたしはしゃがんで彼が指差す箇所を見た。手のひらほどの大きさのレバーがあった。ブレイドがこちらを見てうなずいた。そしてそのレバーを力強く引いた。
すると勢いよく青銅の扉が開き、中から香を焚いているような匂いが漂ってきた。
燭台のうす明かりが見える。
わたしたちは火のついた“たいまつ”を岩肌に置き、剣を抜いて中へ侵入していった。
そこは先ほどの空洞よりは少し狭く、壁にはいくつかの燭台の炎がゆらめている。隅のほうには魔の術に使うとおぼしき見たこともない道具が散乱している。奥には祭壇があり、そこに黒いローブを着た三人の術者らしきものがいた。三人ともがフードをかぶっているため、顔がよく見えない。
フェイクの村で聞いたときと同じ声が岩壁に響いた。
『あなたがたがここまで来られるとは、思いもよらなかった。狂った戦士があのようにわれわれの“使い”を斬りきざみ、それを延々とつづけていられるとは、思いもよらなかった。だがそれ以上に、われわれの苦しみが伝わらなかったとは、思いもよらなかった』
ブレイドが一歩前に出た。
「ここまでだ。観念しろ。ここにいるのはおめぇらだけか? フェイクの村のやつらはおめぇらが殺ったのか?」
祭壇向こうの中央にいる黒いローブの者も一歩進み出た。
『フェイクの村のかたがたは、われわれの仲間を捕らえ、処刑台で惨殺しつづけた。われわれは、フェイクの村のどなたにも、不利益となるような行為などしていなかった。それなのに、とつぜんわれわれの家に押し入り、両親や兄弟姉妹を連れ去った。そして、そのすべてを処刑台の上で殺した。われわれの哀しみは、どなたにも理解していただけない。
あなたがたも同様に、各地でわれわれの同胞を連れ去った。その報いを受けるべきだ』
わたしはブレイドの横に並び立った。
「軍に密告してきたのは、おまえたちか。すでにフェイクの村人を殺していたのだな」
『あなたがたは、ここで死ななければならない。そのためにお越しいただいた』
「ふざけるな! おれのアニキを殺したのはおまえらだろ! おまえらも同じことをやってるじゃないか! おれの、おれの大切なアニキを殺しがやった! なら、おまえらもその報いを受けるべきだな! いますぐに!」マッシュが唾を飛ばしながらわめいた。彼の色のない顔が、いまや朱に染まっている。
『あなたはルーム家のご子息だな。教会で拝見したことがある。あなたのお兄さまは、われわれの家族の処刑に参加した。だから、その報いを受けていただいたにすぎない』
そのとき、アルコンが祭壇へ突っ走った。
「くそが! ぶっころしてやる!」叫びながら剣をかざし、ローブの者に斬りかかった。
「アルコン! よせ!」ブレイドが新兵を追った。
慌ててわたしも走った。
ローブの者が祭壇の下から長い鉄の棒を取り出し、祭壇に飛び乗ったアルコンの一撃を受け止めた。そして隣にいるローブの者がアルコンの脇腹に向かって手をかざした。すると、ものすごい勢いでアルコンの身体が宙を舞い、左の壁の岩肌にはげしく打ちつけられた。
ブレイドの足が止まった。
わたしはアルコンに駆け寄った。
「だいじょうぶか」
彼は身体を起こして咳き込み、ローブの者をにらみつけた。
「おめぇらは……げほっげほっ、おれの親友の命を奪いやがった! くそが! わけのわからねぇ魔の術で、人を殺してるじゃねぇか! それでもおめぇらは正しいのか? みんな怯えてんだよ! いつ魔の術で殺されるかわからねぇからな! 疫病を流行らせたのも魔の術だろ? おめぇらみたいなやつらは、いなくなっちまったほうが平和になるんだよ!」
『疫病が流行っているのは、われわれのせいではない』ローブの者が反論した。『あなたがたは勘違いをなさっている。本来、われわれはそのようなことに術を使ったりはしない。白き魔の術によって、人々を癒やし、動物や植物に活力を与えて、生命をはぐくんでいる。
術の力を持たない者が盗みや殺しを働くように、われわれの中にも、黒き魔の術によって悪事を働く者がいるのは確かだ。だが、それはごく少数にすぎないし、われわれはそういった者を罰してきた。われわれのすべてが、黒き魔の術によって人々を苦しめているわけではない』
「だがおめぇらは、実際に報いだなんだと言って、魔の術で殺してるじゃないか。フェイクのやつらだって全滅してる」マジェスティックが穏やかに言った。
ブレイドが祭壇の正面に立ったまま、声を張った。
「ふん! どこかで止めなければ、ずっと繰り返されるだろうな。命を奪い、また奪い返す。そうやって、“怨恨の車輪”は同じ轍を回りつづける」
ローブの者が鉄の棒を床に打ちつけた。
『だからといって、われわれは、仲間や家族が虐殺されつづけるのを黙って見ていろと言われるのか! われわれはいつでも、黒き魔の術であなたがたを攻撃することができた! だが、われわれはそれをずっと禁じてきた! いかなるときでも、己の生命が絶たれようと、人々を傷つけるようなことはしてこなかったのだ! それなのに、あなたがたは、無差別に力ある者、または力なき者まで捕らえ、むごたらしく処刑している! 許される行為ではない! 死ななければならない。あなたがたは、死ななければならない!』
そのとき、ブレイドの前に黒い光が現れて、そこから人骨がのっそりと出てきた。それも、大柄な骨格で、骨だけの両手には巨大な長剣が握られている。
その巨大な長剣がブレイドに振り下ろされた。
「ブレイド!」誰かが叫んだ。
ブレイドは左に身体をずらして剣を斜めに構え、人骨の攻撃を受け流した。すぐさま持ち手を変えて人骨に斬りかかった。人骨はそれを右腕の剣ではじき、左腕の剣をブレイドの脇腹に振るった。ブラックウォーターがブレイドと人骨のあいだに入り、長剣でその攻撃をはじき返した。
「術者を殺れ!」ブレイドの怒号が響いた。
わたしは祭壇へ全力で走り、左にいるローブの者に斬りかかった。ローブの者は鉄の棒で剣をはじいたが、わたしはすぐに剣をひるがえして彼の首を胴体から斬り離した。
『おのれリーガルの犬め!』
中央にいたローブの者が叫びながら、わたしに鉄の棒を突き出してきた。
わたしはそれを斬り上げてはじき、彼の頭上に剣を振り下ろした。
すぐに祭壇を蹴飛ばして、残りのローブの者の胸をめがけて長剣を突き出した。剣の尻に片手をそえて、さらに深く突き刺した。
ローブの者がうめいた。
『うぐぅぅぅおぉぉぉおお……。呪われた車輪が止まることはない……闇の轍を回りつづけるのだ……そして……悲劇は繰り返される……それを思い知るがいい……われわれの……哀しみを……そして苦しみを……あじわえ……』
わたしは彼が息絶えたのを確認して剣を抜いた。そしてローブで血をぬぐった。
胸が締めつけられた。彼らの気持ちが痛いほど理解できた。そしてまたひとつ、わたしは心に深い傷を負ったのだった。
「シュルード。平気か」
声がしたほうを向くと、そばにブレイドが立っていた。
床に目をやると、大柄の人骨はただの骨になって散らばっていた。
「だいじょうぶだ」そう返事をして、剣を鞘におさめた。
兵士たちがわたしに駆け寄ってきて、「よくやった」と声をかけてくれた。
マッシュのほうに顔を向けると、彼は青い目を輝かせてわたしを見ていた。
「いつつ……」壁のほうでアルコンの声が聞こえた。
わたしはそちらへ振り向いて「だいじょうぶか」と声をかけた。
新兵は「ああ」と言って自力で立ち上がり、よろよろと歩み寄ってきた。するとマッシュが彼に肩を貸した。アルコンは遠慮なく少年の肩に腕をまわす。マッシュはなにも言わず、アルコンの横顔をじっと見つめてまたうつむいた。
青銅の扉があるほうから足音が響いてきた。
「なんだよ。せっかく楽しんでたのに。終わらせちゃったのか」
全員が声のしたほうへ目を向けた。
そこには、シェイドが長剣を手に持ったまま、後ろにホークたちを従えて立っていた。
そして兵士たちは――ブレイドさえも――、口をそろえて彼のことを“バケモノ”呼ばわりしたのだった。




