第一話 ・ 魔女狩り
その大陸は絶えず戦火にさらされていた。
七つの王国からなるその大陸では、国の正規軍がたがいに越境を繰り返し、侵略が正当なものとしてみなされていた。
リーガル三世が治めるブレンディ王国は、その大陸の北方に位置しており、すでに大地は雪の毛布に覆われている。
ブレンディ王国は隣国との侵略戦争のほかに、国内で大きな問題を抱えていた。
人の肌に黒い斑点が表れやがて死に至るという、原因不明の疫病が蔓延し、人々はそれを“災厄”と呼んだ。
ときに飼い犬や野生の獣などが凶暴化して、人間に襲いかかることもあった。
とくに疫病に関しては、王国の剣である“兵士”たちにも甚大な被害を与えており、リーガル王は頭を抱える日々がつづいた。
やがてブレンディの城下にある街の人々は、“魔の術を使う者”の噂をしはじめ、疫病や獣の凶暴化などが、すべて“魔の術”によって引き起こされているのだとささやかれた。
それが兵士を通じてリーガル王の耳に届き、つづく災厄を止めるために、“魔女狩り”のための部隊が編成されたのだった。
魔女狩りの部隊は、「ブレイド」という名の王国きっての熟練の剣士が指揮官となり、その指揮官名から“ブレイド騎兵隊”と名づけられた。
部隊は古参の兵士三十人で編成され、少数精鋭かつ機動力の高い討伐隊として注目された。
“魔の術”を使っているとおぼしき者がいれば、軍へ密告され、すぐにブレイド騎兵隊が討伐に向かう。
捕らえられた者は、城下の広場にある処刑台まで連れていかれ、そこで刑が執行された。抵抗する者はその場で斬られることもあった。
やがてそういった行為が街の人々にまで浸透し、街や村の長などが独断で“魔の術”を使う者を捕らえさせて処刑するようになっていった。
ときにはたんなる“恨み”などから、言われもない密告をされ、残忍な処刑を受ける者まで出るようになった。
そして人々は、密告されないようたがいを監視し合うようになり、隣人すらも信用できなくなっていったのだった。
あるとき、王国内の辺境にあるフェイクという村に“魔の術”を使う者がいる、と密告が入って来た。
その密告を受けたブレイド騎兵隊は、明朝にフェイクへ出発するための準備をはじめたのだった。
鶏のときの声で目が覚めたわたしは、寝台を出て洗面で顔を洗った。
まだ陽が昇っていない。早朝にはフェイクへ旅立たなければならないことを思い、心が沈んだ。いくら仕事とはいえ、あんな辺境の地まで行かなければならないとは。
朝食までにすこし身体を動かしておこうと考え、刃をつぶした訓練用のなまくらな剣を手に外へ出た。
今日は天気が良さそうだ。澄んだ冷たい空気が顔をなでていき、眠気がいっきに飛んだ。
新雪の白い毛布をブーツで踏みつけながら訓練場へ足を運んだ。雪が、ぎゅっぎゅっと音を鳴らす。
訓練場の燭台に火を灯し、長剣を振るった。
三十路をすぎたわたしの身体は、まだまだ思い通りに動く。しだいに汗をかきはじめたので上の服を脱いで裸になった。
できれば剣を交える相手が欲しいところだったが、まだみんな寝台の中だ。わたしはひとり燭台の薄明かりの中で、敵をイメージしながら技を放った。
ひととおり汗をかいたあと、蒸し風呂へ向かった。
脱衣所でなまくらの剣を戸棚に立てかけて服を脱ぎ捨て、浴場の中へ入って戸を閉めた。
手桶を持ち、貂熊ほどの大きさの熱を帯びた石に水をかけると、いっきに蒸気がまいあがった。しばらくそれを繰り返して、室内を蒸気で満たした。
熱の石のそばに寄ると、どっと汗が噴き出してくる。
石のそばのベンチに腰をかけて、魔女狩りのことを思った。
わたしは実際に“魔の術”というものを見たことがないし、そういう術を使う者に会ったこともない。
これまで何度も討伐に出かけたが、“本当の術者”が、はたしてどれだけいたのだろう。わたしたちがやっていることは、本当に正しい行為なのだろうか。
密告があればそこへ出向き、対象者を捕らえて連れて帰る。わたしの仕事はそれまでだ。
処刑台に吊るされて彼らが死ぬところなど見たくない。わたしはその場には残らないようにしていた。
隊長のブレイドは年齢がわたしよりも少しばかり上だが、まったく衰えを感じさせない男だ。
彼はこの魔女狩りについて、どう考えているのだろう。
仕事のあとには兵舎でブレイドたちと酒を飲みながら語らうことが日課となっているが、腹を割った話をしたことはない。
ブレイドだけではなく、隊の兵たちもどう思っているのだろう。おそらく普段のわたしと同じように、あまり深く考えないようにしているのかもしれない。
傷だらけの身体を汗が滴り落ちる。顔を伏せてじっとそんなことを考えていた。
わたしは敵を斬ることさえも戸惑いを感じる。二十年以上も戦士として生きているが、いまだに死んでいった者たちの断末魔の顔を忘れることができない。
もちろん、戦いの最中はそんなことを考える余裕はないのだが、終わってみるといつもそれを思った。
ましてや、いまはブレイド騎兵隊に配属され、同じ王国内の人間を捕らえているのだ。敵国の戦士を斬るよりも苦痛が感じられた。
酒でも飲んで同僚たちと騒いでいなければ、とても耐えられない夜になる。
もしかすると、他の者たちもわたしと同様なのかもしれない。
あの、ブレイドさえも……。
洗い場へ移動して、熱した身体に水を浴びせた。この瞬間がなんとも心地良い。頭から水をかぶり、さっぱりして戸棚から新しいローブをとりだした。官給品の青い布のローブだ。濡れた身体を拭いたあとローブを身に付け、その上から黒の分厚いマントをはおって外に出た。
マントにはブレイド騎兵隊の象徴である、一対の剣が交差したあいだに駿馬が描かれた紋章が刺繍されている。
ゆっくり兵舎まで歩いて帰っていると空が白んできた。
朝食を終えて自室に戻り、出発のための準備を整えた。
一週間分の食料を革袋に詰め込み、料理用の小さく簡素な鍋とスプーンも入れた。
布の服を着てその上から袖無しの鎖帷子をつけ、革に鋼を打ちつけたヴェストを着こんだ。腰の左側にはしっかりと手入れをした鋭い長剣を佩き、後ろ側には短剣をつけた。
ヴェストの内ポケットには暗器と合図用の小さな煙玉を仕込み、首や手の防寒具なども揃えた。そしてブレイド騎兵隊のマントをはおった。
それらの荷物を持って厩舎へ向かい、自分の馬の鞍にしっかりとつける。
わたしの馬は「スリリング」という名の牝馬で、まだ若く脚が長い。それに、わたしに親しみを込めて接してくれる。わたしのほうもまめに馬の世話をこなし、彼女に愛情をそそいでいた。
出発の準備を終えてスリリングの手綱を引き集合場所へ向かった。ブレンディ城の正門のそばだ。
しばらく待っていると、ぞろぞろと同僚たちがやってきた。「おはよう。いい朝だな」と声をかけ合い、彼らと雑談をしながら時間までを過ごしていた。
ふいに近くでブレイドの声が聞こえてきた。そちらのほうへ振り向くと、彼は少年を従えて歩いていた。
ブレイドは長い黒髪を後ろでまとめた戦士の髪型で、屈強な体躯の上にはわたしと同じヴェストとマントをつけている。
その隣にいる少年も同じ格好をしているのだが、身長が低く、体はほっそりとしていた。
大地を覆う雪と同じような色の肌で、ブレイドのように後ろでまとめた輝く麦わら色の髪の毛の下には、澄んだ青い瞳をたたえていた。
ブレイドがわたしに気付いて声をかけてきた。
「よう! おはよう、シュルードくん。いい朝だな」
「おはよう、ブレイド。ああ、いい朝だ。旅立ちには最高だな。仕事じゃなければもっと良かったが」わたしは挨拶を返し、ブレイドの隣にいる少年に目を向けた。「で、その少年は?」
ブレイドは「ちげえねえ」と笑い声を上げて、わたしに少年を紹介した。
「こいつは、マッシュってんだ。志願兵でね。訓練のためにウチで預ることになった。よろしく頼むよ」
少年は頭をさげて挨拶をした。
わたしは彼に挨拶を返し、ブレイドに片眉をあげた。
ブレイドは陽気な笑みを浮かべている。
「シュルード。このマッシュをあんたにつける。鍛えてやってくれ」
「え? 本気か? どうしておれに。おれは自分のことで手いっぱいだぞ」わたしは穏やかに反論した。
ブレイドが少年の肩に手を置いて、わたしの目を見つめた。
「なに言ってやがる。いつも訓練場でおれと打ち合ってるじゃないか」
「あれは訓練だろう、ブレイド。あんたは手加減している。おれはあんたについていくだけでも大変なんだ」わたしは反論を繰り返す。
「手加減なんかしてねぇよ」ブレイドがそっけなく言った。そして周りの兵たちに目を向けたあと、わたしに歩み寄って肩に腕をまわしてきた。「なあ、シュルードくん。こいつは新兵で、歳もまだ十八だが、越境戦争に二度ほど出たことがあるんだ。なかなかスジが良いぜ。まったくの素人ってわけじゃねぇんだよ。それに、いつかあんたの役に立つかもしれんぜ」
わたしは少年に目を向けた。彼はじっとわたしたちのやり取りを見ている。
「わかった。あんたの言う通りにしよう。あんたはこれまで間違ったことを吐いたことがないからな」
ブレイドが大きな笑い声をあげた。
「そうだろう? いつだっておれが正しいんだ。まあ正直なところ、他に頼めるやつがいねぇんだよ。シュルード。あんただから頼むんだ。おれはあんたを頼りにしてるんだぜ」
その言葉は、わたしにとって称賛だった。ブレイドは一般的にはあまり知られていないが、戦士たちのあいだでは有名な男だった。背中を任せられる剣士として。
そんな男に頼られるというのは、戦士の喜びでもあった。
ブレイドは背後に立っている少年に振りかえった。
「いいかマッシュ。目的地のフェイクまでは三日の距離だ。ちゃんとシュルードの言うことを聞いて、“戦士のいろは”を身体にたたきこめ。いいな」
少年は重々しくうなずいた。
それからブレイドは自分の馬のところへ戻っていった。
わたしは少年の色のない顔をまじまじと見つめ、そして右手を差し出して声をかけた。
「マッシュ。これからよろしくな。どうして志願兵に?」
彼はわたしの右手をしっかりと握り返してきた。
「よろしく。シュルード。おれは強くなりたいんだ。そして、“魔の術”を使うやつらを皆殺しにする」
わたしは片眉をつりあげた。
「どうして皆殺しにしたいのだ」率直にたずねた。
「アニキが殺されたんだよ。“魔の術”で。もうすぐ結婚するはずだったのに。くそ。おれがアニキの仇をとるんだ」
「おまえの兄が“魔の術”で亡くなったというのは、確かなのか」
「間違いないよ。ある晩に、変な声が聞こえたんだ。異国の言葉を詠唱しているような。そのあと無数の狼が家の中に入ってきて、アニキを噛み殺した。父さんや母さんは無事だったんだよ。アニキだけが狙われたんだ」
彼の瞳は瞋恚の炎に燃えていた。
わたしは少年の肩に腕をまわした。
「そうか。それはつらかっただろう。しっかり剣術を学んで、良い戦士になればいい」
「シュルードは強いの?」腕の下から少年が見上げて言った。
「どうだろうな。弱くはないと思うが」
マッシュが下を向いた。
「おれ、ブレイド隊長とか、シェイドみたいな強い人に稽古をつけてもらいたいんだ」
シェイドはブレイドの右腕で、いくつもの戦場に出て暴れまわっている猛者だ。年齢はわたしとほぼ同じだったと思う。
名前とは真逆で、いつも陽気な男だった。
「ブレイドもシェイドも、他の戦士を育てるのに忙しいのだ。しばらくはおれのところで我慢しろ」
少年もわたしの肩に腕をまわしてきた。
「わかった。シュルード。別にあなたを卑下したわけじゃないんだ」
「いいさ。気にしてない」
そのとき、若い男が声をかけてきた。茶色い長い髪を戦士のように後ろでまとめていて、わたしたちと同じ格好をしている。
「おい、マッシュ! もうすぐ出発だぜ! 敵が出たときに逃げ出すんじゃねぇぞ! 泣き虫マッシュ!」
マッシュが彼をにらみつけた。
「あっちへ行ってよ! おれにかまうな!」
若い男はニヤニヤしながら去って行った。
「あいつは?」わたしは穏やかにたずねた。
「アルコン。アニキの友達だったやつさ。いつもおれをからかうんだ。キライだよあんなやつ」
「はじめて見た顔だ。あいつも新兵なのか」
「そうだよ。おれの真似をして志願兵になったんだ。あんなやつ、とっとと敵に斬られちゃえばいいんだ」
どうしてそこまで彼がアルコンという男を嫌うのかは訊かないでおいた。できるだけわずらわしいことに関わりたくなかったのだ。
そのとき、ふいにブレイドが声をはりあげた。
「おめぇら! 準備はいいか! いよいよ旅立ちのときだ! 魔女狩りだあ!」
馬のいななきとともに、戦士たちの声が雪の大地に響いた。
その日はずっと太陽が照りつけ、雪はぬかるみに変わっていった。
ブレイド騎兵隊は二列縦隊を組み、踏み固められた道を進んだ。
わたしとマッシュは隊列の一番後方に陣取り、馬を並べている。
しばらく平坦な道がつづき、ときどき冷たい風が吹きつける以外は、穏やかな行軍だった。
照りつける陽は暖かく、空に響く鳥のさえずりが聞こえてくる。馬の動きに身体を合わせ、急ぐことなく進んだ。
午後をすぎたころに丘陵地帯にさしかかった。一行は丘の上までのぼり休息をとることにした。
地面にぬかるんでいる雪をどかして薪を置き、鍋をかけるための火をつけた。簡単なスープを作り、その中に山菜と牛の燻製肉を入れて食べた。
部隊には食事係りなどはおらず、各々が往復一週間分の食料を携行し、自分で調理をして食べるのが普通だった。
食べ終えたあとは、まだ真っ白な雪で鍋と食器を洗い、清潔な布で拭いた。
そうしてまた馬を進めるのだった。
二日目は少し天気が荒れたが、幸い雨でずぶ濡れになるようなことはなかった。
三日目はまた初日のような好天がつづき、ようやく目的地であるフェイクの近くまで辿りついた。
いくつもの丘陵をぬけて、開けた平地を進んだ。前方に木々が生い茂った森が見える。
「おい、あんなところに森なんてあったか? しかもなんで枝に雪が乗ってねぇんだ?」
「知らねぇよ」
兵士たちがささやき合った。
近づいて行くと、視界をうめつくすほどの背の高い木々が一行を阻んだ。
「こりゃあ馬じゃ行けねぇな」前にいた同僚がわたしに振りかえって言った。
「そうだな。この中を歩いて行くのは気がすすまないな」
ブレイドが指示を出し、わたしたちは馬を降りて森を進むことになった。馬の管理のために二人の兵士が残った。
熟練の古参兵を残すのは気がひけただろうが、訓練のために新兵を連れて行かなければならなかった。
三十名の男たちで、必要な荷物だけを携行して深い森の中を歩いた。
いずれにせよ、もうすぐフェイクの村に着くはずなのだ。
ときおり放たれる獣の鳴き声を聞きながらしばらく歩いていると、とつぜん森が開けて村に出た。十棟ほどの建物があるだけの小さな村だ。村の中央は広場になっていて、そこを囲うように家が建っている。
その広場まで辿りついたとき、わたしたちは目にした光景に息を呑んだ。
そこには処刑台があった。静まりかえった広場の中央に処刑台が鎮座しており、そしてそこにはいくつもの男女の屍が積まれていた。
あの屍は村人だろうか。他に人の姿は無かった。
部隊は横に展開して隊列を組み、ブレイドの指示で、四人一組の班に分かれて村の中を捜査することになった。
家の中を確認したり、物陰に何者かが潜んでいないかを見てまわった。
村には誰もいなかった。
散っていた各班は広場へ戻り、そしてまたひと塊の部隊になる。
そのときだった。どこからか声が聞こえてきた。
「リーガル王の犬どもよ。よく聞け。われわれはこれまで、むごたらしい虐殺を受けつづけてきた。捕らえられ、処刑台に吊るされ、ときには焼かれ、手足を四つに裂かれ、残忍な殺されかたをしてきたのだ。あなたがたはいままさに、その報いを受けなければならない」
男のものとも、女のものとも判別がつかない、不思議な声だった。大声で話しているわけではないが、なぜかよく耳に響いた。
兵士の一人が叫んだ。
「どこにいやがる! 出て来い! てめえの舌を斬り落としてやる!」
それに応えるようにまた声が聞こえてきた。
「われわれは近くにいる。だが、あなたがたにお会いできることはないだろう。なぜならあなたがたは、そこでむなしく死んでゆくのだから」
その直後に、まわりの森のほうから獣の叫び声があがった。それも、おびただしい数の。
“それ”ははたして、“獣”と呼んで良いのだろうか。動物としての印象はまったく感じられず、これまでの人生で目にしたことのない生き物だった。
生き物、と呼ぶことさえはばかられた。“それ”は巨大な猿の毛皮に、ふいに生命が宿ったかのようなものだった。
どっしりとした巨木のような胴体に、毛むくじゃらの醜く太い手足。土色の顔は鼻の部分だけが奇妙に伸びて、その上には小さな二つの瞳が赤く燃えている。ギザギザの歯が突き出た大きな口からは、粘ついた液体がたれていた。
あれは……“魔の獣”か?
「ばっ、バケモノだ!」誰かが叫んだ。
「なんだありゃあ?!」
「ものすごい数だ! まずいぞ!」
兵たちが口々に叫びながら剣を抜いた。
その兵たちの動揺に負けじと、ブレイドが声を張りあげた。
「いいか、おめぇら! いつものようにやれ! ここは越境の戦場だ! 隊列を整えろ! 着実に敵を仕留めていけ!」
隊は一つにかたまって円陣を組んだ。
二十人の円陣の中に、十人がさらに小さくかたまった円を組み、前の兵を後ろから支援する。
いつもそうやって実戦で隊列の訓練を積んできたのだった。
魔の獣はざっと見ただけでも、百体近くいる。わたしはマッシュを自分の後ろに立たせた。そして、「すきを見て攻撃しろ」と言っておいた。
実際のところ、そうやって自分の身体で覚えていくしかないのだ。とくにこういう状況では。
魔の獣たちがいっせいにこちらへ駆けてきた。手には、先端に尖った石をつけた太い木の棒を持っている。
兵たちは目前の敵だけに集中した。斬って、そして突く。屈強な男たちは隣の同僚と息を合わせて剣を振った。斬ると泥水のような液体が飛び散り、それが返り血のようにわたしたちに降りかかった。
わたしはときどき背後の少年に声をかけた。
「マッシュ! 平気か!」
返事は無かったが、ときどきマッシュの長剣がわたしの脇から伸びて、敵の手足を斬ったり突いたりしている。
いったい、どれほどの数を斬り捨てただろうか。魔の獣たちはいまだやむことなく、寄せては返す潮のように、波状攻撃をしかけてきていた。
「きりがねぇぞおい! うじゃうじゃ出てきやがって!」わたしの隣で息を切らしているマジェスティックがあえいだ。「おい! ブレイド! いつまでやるんだこれ!」
ブレイドの怒鳴り声が聞こえた。
「だまって敵を斬ってろマジェス! こっちも必死なんだ! いま考えてっから、おれを信じろ!」
いよいよ兵たちの息があがってきた。
剣を持つ手にも力が入らなくなってきている。
だが敵の数も少し減ってきているように思えた。部隊は一人も損ずることなく、魔の獣を斬りつづけた。
「あそこの丘にのぼるぞ! いま太陽がある方向だ! 円陣を崩さずに移動しろ! ゆっくりでいいぞ!」ブレイドが指示を出した。
部隊は少しづつ村の端まで移動して、敵を斬りつづけながら丘の上まで進んだ。
そしてわたしたちは太陽を背にして、さらに戦った。丘をのぼってくる敵は強烈な陽の光をまともに受けて、小さな赤い目を細めた。
目に見えて敵の数が減ってきたのがわかる。
わたしはいまにも剣を落としてしまいそうなほどの疲労感に襲われている。休息が必要だ。夕陽が丘の向こうで大地にくちづけをしつつあった。
ブレイドが叫んだ。
「術者を探せ! 近くにいるはずだ!」
「どこだよ! くそ!」誰かが応じた。
「だいぶ敵が減ったぞ! シェイド! アルコンを連れてそこらへんを探索してこい!」隊長が指示を飛ばす。
「了解。アルコン、付いて来い!」シェイドが返事をして、新兵のアルコンを連れて森の中へ入っていった。
「内陣の十人、外陣の十人と交代しろ! 中に入ったやつは休め!」さらに隊長の指示が飛んだ。
わたしを含む十人が交代して、つかの間の休息をとった。膝をつき、剣を足元に置いた。
手が震えていた。それは恐怖からではなく、疲労によるものだった。ずっと長剣の柄を握りしめて頑強な敵を斬りつづけていたため、筋肉が痙攣しているのだ。
わたしは両腕をさすった。そして横にしゃがんでいる少年に顔を向けた。
「マッシュ。だいじょうぶか」
少年がさっと片手をあげた。彼はいまや青白い顔になって、ぜいぜいと息を切らしている。よほど必死だったのだろう。しばらくは声を発することさえできないようだった。
しばらくして、まだ休んでいない外陣の兵と交代した。
まるで矢が尽きたかのように、新たに現れる敵の姿は無かった。
残りの敵を倒し終え、そこでようやく全員がその場に座りこんで、大きく息をはいたのだった。
ブレイドが土に剣を突き立てて、杖のような支えにしながら立ちあがった。
「おめぇらよくやった! 上出来だ! 城に帰ったら上等な火酒をおごろう!」
わっ、と兵たちが歓喜の声をあげた。
あたりはうす暗くなり、闇が支配しつつあった。森の中はさらに暗いだろう。
わたしは術者の探索に出たシェイドたちが気になってきた。
ふいに木々のあいだの闇から若い男が飛びだしてきた。
新兵のアルコンだった。
彼はまるで絶望の淵に立たされたかのように表情を失い、大きく目を開いてた。
わたしの隣にいたマジェスティックがそれを見て笑い声をあげた。
「ぶっはっは! アルコン! なんだそのツラァ! おいマッシュ、笑ってやれ!」そして真顔になり、「……あれ? シェイドは?」
「なにがあった?」ブレイドが訊いた。
アルコンは身体を震わせながら隊長に報告をした。
「シェイドが……いなくなっちまった……」




