第66話 ジュスランの焦燥
ジュスランの一喝に部下たちは黙り込んだ。
「……若様、大事なことを忘れています。魔道船は、正式なる『ティアランピア』の長のお許しがないと、起動はできません」
正式なる『ティアランピア』の長、ほかでもないジュスランの父親だ。当然知ってる。
「……申し訳ございませんが、現在代理で長を務められる若様では魔道船の起動させる権限はございませ……」
ジュスランがたまらず机を拳で叩いて隊長を黙らせた。
「何度も言わせるな。今は非常事態だ! そんな悠長な手続きをとっている場合じゃないんだ」
「お、お気持ちはわかりますが……今のままでは魔道船が正常に稼働するか怪しいですし、何よりそこに『天空竜の跡地』があるという保証も……」
「ではお前は、公爵令嬢の姉妹の命がどうなってもいいと言うのだな?」
「い、いえ……そのようなつもりでは……」
「まぁいい、ここは多数決をとろう。私の意見に賛成の者は挙手しろ!」
隊長以外の衛兵全員が即座に挙手した。
現在の『ティアランピア』の長はジュスラン、当然軍の最高指揮官でもある。部下たちは従わざるを得ない。隊長はしまったと思った。
「若様のご意見に賛成です。今は一刻を争う時です」
「長老もお許しくださるはず。何よりこの地域一帯の天候の様子も、急変しつつありますし……」
「よくわかっているな、お前達。今すぐ魔道船の点検班と修理班に指示しろ、私もすぐに向かう!」
部下の衛兵たちが全員執務室をあとにした。
「フリッツ、お前には失望した。降格処分とする」
「…………」
ジュスランも執務室から出ようとしたが、そこへフリッツは声を掛けた。
「若様、あなたが恐れているのは……邪竜ではなく、あの例の男のことではないですか?」
ジュスランが足を止めた。
「……何が言いたい?」
「私も……思い出したんですよ。ゴーイチのことをね」
「……そうか……よく野球という遊戯をお前としていたっけ」
「あれはいい思い出です、もう百年も前になりますか。どうして百年前に少年だったゴーイチが、今も生きてるのか。そしてどうして戻って来たのか。いろいろと謎は多いですが、それにしてもあの男の瞳は……希望に満ち溢れています」
ジュスランは黙って聞き続けた。
「もし……サリア様やセリナ様に理想の相手が見つかるとしたら、あのような純真無垢で希望に溢れた力強い青年が適任かと……」
「……言いたいことはそれだけか?」
「失礼しました。今のは……聞かなかったことにしてください」
ジュスランはそのまま執務室の外に出た。しかし階段を降りる間、フリッツの言葉が頭をめぐる。
フリッツは、核心をついていた。その通りだ。自分は、あのゴーイチを認めたくない。
サリア自身もずっとゴーイチのことを気にかけていた。ゴーイチは一年ほどこの里で生活し、ある日突然里を離れることになったのだが、それからもサリアは戻ってくると信じ続けていたようだ。そして今日、それはかなった。
人間の寿命を遥かに超えている。あのゴーイチは一体何者なのか。思えば、人間の戦士としてはあまりに奇妙ないで立ちだったし、見たこともない道具や武器、服装をしていた。
だが、それ以上に気がかりなのはサリアの気持ちだ。
もしサリアがゴーイチと婚約してしまうようなことが起きたら。エルフと人間が恋に落ちるなど、あってはならぬこと。決してあり得ない話ではないのだが、もし実現してしまったらサリアは確実にこの里から追放される。妹にはそんな目に遭ってほしくない。
(サリアよ……ゴーイチのことは忘れてくれ。もしゴーイチがまた戻ったら……その時は……)
「……失礼します、ジュスラン様……」
ずっと考え事をして歩いていたジュスランはハッとして振り向いた。すでに邸宅をあとにして、魔道船が格納された施設に向かっていたが、物陰から誰かが声をかけてきた。
「……誰だ? 出てこい!」
物陰から出てきたのは背の高い白髪の中年男性だ。立派な口ひげを生やし、豪華な革製のコートを着ているその見た目で、ジュスランもすぐに正体がわかった。
「エンリケか? 事前連絡はしていたのか?」
「大変申し訳ございません。なにぶん緊急の件でしたので、私自ら馬を走らせ赴きました」
「そうか。残念だが、お前が何を知らせに来たのか見当はついている。セリナとサリアの居場所の目途はついた。捜索は我々だけで十分だ」
「……さようですか。しかしそのことだけではありませぬ。サリア様とセリナ様が捕らえられた場所ですが……」
「それも判明した。『天空竜の跡地』だろ。優秀な捜索隊がいるのでな。位置も方角も把握している」
ジュスランの言葉を聞いても、エンリケは引き下がらない。もっと大事な内容があると目で訴えた。
「……では、ジュスラン様も今からそちらへ赴くのですね?」
「その通りだ。だから邪魔をするな。これは我々だけの問題だ」
「いいえ、エルフだけの問題ではありませぬ!」
エンリケは声を張り上げ、ジュスランの前に立ち行く手を阻んだ。
「何の真似だ? たかがギルドマスターごときが、公爵家の長の前にしてやっていい行為ではないだろ」
「無礼であることは承知です。それでも……あそこへ少数部隊だけで行くのは危険すぎます」
「案ずるな。少数部隊とはいえ、この町屈指の精鋭たちだ」
「……駄目です。我々もお供させてください!」
「くどい! 邪魔をするなら……たとえギルドマスターでも容赦はせん!」
ジュスランが剣を抜いたが、それでもエンリケは引き下がらない。
「……ジュスラン様、後生でございます。あそこに眠る悪魔は……二度と目覚めさせるわけには……」
「邪竜ディンフォースのことか?」
その言葉を耳にして、エンリケは大きく目を見開いた。
「まさかそのことも承知で!? それを知っておきながら……赴くというのですか!?」
「そうだ。しかも残念ながら……もう目覚めたようなんでな」
「な、なんですと!?」
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