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いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。  作者: 山田ランチ


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第33話 過去の約束

「まさかシャー・ビヤーバーンとは。あなたの口からその名を聞く事になるとは、人生とは不思議なものだな」


 張り詰めた空気の中、そう切り出したベルトラン侯爵は深い深い溜め息を吐いた。


「お忙しいのでしょう? 知っている事があるなら勿体ぶらずに教えて頂けませんか?」

「ア、アルベルト様ッ」


 モンフォール領から戻り、最初に話をしたのはもちろんアルベルトだった。ベルトラン侯爵に直接話が聞きたいと頼み、許されたのはアルベルトも同席するならという条件付きだった。

 ベルトラン侯爵は今財務大臣の任に就き多忙を極めている為、貰った時間は昼休憩の半分で、それも場所は城の中にある応接室だった。


「そう焦るな。私とて昔の記憶だから思い出すのに時間が掛かるのだよ」


 机に広げられた姿絵を眺めながら大きな溜め息を吐いた。


「あの一族には昔一度だけ会った事がある。先代の代わりにどうしても船に乗るように言われてな。あの時は酷い船酔いで、着いた時には陸地に立っているのに足元がユラユラと動いていたような妙な感覚だったのを覚えている」 

「そんな話はどうでもいいんです!」

「まあ待て。思い出しているのだ」


 カトリーヌは堪らずアルベルトの上着の端を引いた。ピクリと反応したアルベルトがガシガシと頭を搔き、バシッと両手を膝に乗せた。


「この絵姿の者達について何か知っている事があれば何でもいいので教えて下さい」

「この絵姿の者達は知らん」

「は? 知らない?」

「当たり前だろう。この絵姿の者達は少なくとも我々が生きている時代とは違う時代に生きた者達だ。そんな者達の事を何故私が知っていると思ったのか」

「いや、まあ確かにそうなんですけど……」

「だが似た者になら会った事があるぞ」


 アルベルトと目を合わせると、ベルトラン侯爵を食い入るように見た。


「どこでです? この国でですか?」

「だから順番に話しているだろうに」


 二人で小さく肩を落とすと、ベルトラン侯爵はおもむろに手を挙げて後ろに控えていたコンラットを呼んだ。

 コンラットは手に持っていた紙をベルトラン侯爵の手に渡すと、静かに元居た場所に戻っていく。よく見ていると所作はルドルフと全く同じように見えた。一瞬目が合ったが、気配を消しさり気なく逸らされてしまう。ルドルフよりも更に“執事”という言葉がしっくりくる姿だった。


「先代の代わりに西の国に向かった時に出迎えてくれたシャー・ビヤーバーンの一族の者がこの絵姿の者にそっくりだった。もちろん同じ者ではなく、その血を引く者なのだろうがな。そしてこれだ」


 ベルトラン侯爵はある手紙を差し出してきた。読んでもいいという内容なのだろう。無言のまま頷かれ、アルベルトが開く手紙の中を覗き込んだ。


「息子か娘の一人をベルトラン家に迎え入れて欲しい、だと?」


 ぐちゃりと握られかけたアルベルトの手にそっと触れた。


「ベルトラン侯爵、これは一体どういう事ですか?」


 手紙にはシャー・ビヤーバーンの一族がベルトラン侯爵家とより強い縁を結びたいと取れる内容だった。


「そのままの意だ。先程のどうしても代わりに届けなくてはいけないという物は私だったのだよ。騙されるように向かわされた地での見合いだったのだ」

「その時侯爵はまだご結婚はされておられなかったのですか?」

「恋人ならいたさ。その人と一緒になると思っていたから、私は怒りのままにその地を離れた」


 アルベルトもなんとなく次に起こる事が察知出来たのか、膝の上に置かれていた手は強く握り締められていた。


「そして次の荷を乗せた便であの大事故が起きてしまったのだ。船は沈没し、乗組員はほぼ行方不明の後死亡認定された。そして西の国との覚えのない共謀の罪。全てはあの日シャー・ビヤーバーンを拒んだ後に起きた事だ」

「偶然ではないと?」

「砂漠の民だと侮ってはならん。あの国は間者を色々な場所に放ち常に他国の様子を伺っているのだ」

「もしかして西の国とフェンゼン大公が繋がっていたとお考えですか?」

「フェンゼン大公はおそらくシャー・ビヤーバーンとベルトラン家の繋がりを断ち切りたかったのだろう。これ以上我が家門に力を付けられて困るのはフェンゼン大公だろうからな。そこに何かしらの力を貸していてもおかしくはない。全てはもう確かめようがないがな」


 封筒に押されている封蝋を指差した。そこには蠍の紋章がくっきりと入っている。絵姿の男性の胸にあったものと全く同じ紋章だった。


「その一族が砂漠の地を牛耳っている。そして年々その勢力は拡大し、国という名前こそ付けていないが、その大きさは我が国を凌ぐ程……」


 その時、勢いよくアルベルトが立ち上がった。


「まさ我が国よりも大きく秀でいているとでも仰る気ですか!」

「座れ」

「あなたは自分の国を愛してはいないのですか」

「座れと言っているんだ!」


 カトリーヌはアルベルトの手を握り締めた。


「砂漠の国は確かに食料を育てるのには適していない。しかしそこには香辛料や塩、それに武器の加工技術が秀でており、今も昔も我が国以外とも交易は盛んに行われてきた。だから食料の横流しというのはいささか無理がある罪状だった。実際大量の武器はどこを探しても一切出て来なかった。それでも船と積荷を失ったのは事実で、モンフォール家に助けられたのも事実だ」

「それならお祖父様が手助けしなくてもいずれ真実が明らかになったのではありませんか?」


 損害は大きかっただろうが、不条理に突きつけられた罪状は裁判でしっかりと明らかにされたに違いない。


「誰も危険を起こしてまで他者を助けたいとは思わないだろう。しかも謀反を起こした疑いを掛けられているのなら尚の事。見て見ぬ振りをするはずだ。だからこそモンフォール家の行動には助けられた。この場を借りて今一度言わせてもらおう。ありがとう」


 下げられた頭にどうしていいのかアタフタとしていると、アルベルトも驚いたように放心しているようだった。


「私は何もしていませんし、私達も助けて頂いております! こちらこそ本当にありがとうございました」

「……あの時はまだ若く、全てを受け入れる事が出来なかった。見合いを断るにしてももっと他のやり方があったかもしれない。結果として家門が没落の危機に瀕し、お前の母と結婚する事で没落は免れたのだ」

「ならばあの人だけにしておくべきだったんじゃありませんか? 恋人とは縁がなかったと諦めて、家門を救ってくれたあの人だけにすれば良かったのでは? そうすれば少なくとも不幸になる者の人数は減っていたかもしれません」

「……私がこの一族について知っているのはこれくらいだ。実際に会ったと言ってもかなり昔の話だし、もう二度と関わる事もないと思っていた」


 カトリーヌは慌てて立ち上がると頭を下げた。


「お忙しい中お話して下さりありがとうございました。今度はぜひフェリックスにも会ってやって下さい。きっと喜ぶと思います。いつも沢山の贈り物を頂き、ありがとうございます」

「それは遠慮しておこうか。フェリックスの大事な祖父像を壊す訳にはいかないからな」

「そんな……」


 ベルトラン侯爵とコンラットが部屋を出た後も、暫くアルベルトと二人ソファに座ったまま動く事が出来なかった。ルドルフの手がそっと手紙に触れた。


「大旦那様がお亡くなりになり、一時旦那様は遺品整理に本邸を訪れていた時がございました。あの時に探されていたのがおそらくそちらの手紙なのだと思います」

「何故わざわざ探したりしたんだ?」

「私には教えて下さいませんでしたが、もしかしたらフェリックス様がお生まれになる頃でしたので、思う事があったのかもしれません」

「思う事ね。何を後悔しても取り戻せないのにな」

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