第31話 洞窟の秘密
真っ暗な洞窟の中、ランプの灯りが二つ揺れている。最深部の部屋に到着すると、しわが増え日に焼けたモンフォール伯爵の手が岩肌を撫でた。
「ここが水で押し流されなかったのは幸いだったな。グロースアーマイゼ国と繋がっていたらきっと事態はもっと深刻だっただろう」
「本当にこの先はあちらに繋がっているんでしょうか」
「おそらくな。通って来てこちら側から塞いだのだろう。もうじき入り口を閉じる工事が始まるだろうから、そうすればもうこの場所の事は記録に残るだけとなるのか」
後ろに続いていたカールは納得いかない様子でランプを持つ手に力を込めた。
「でも本当にいいんでしょうか。領民達もこの場所を知る権利があるはずです」
「知ればいらぬ混乱を招く事もあるだろう。陛下のご決定に従うと決めたのだからこれでいいんだよ。過去に目を向けるよりも未来を見ようじゃないか」
「……はい、旦那様」
カールが振り返った時だった。でこぼことした道に足を取られ、よろけて壁にぶつかってしまう。その時ランプが手から滑り落ちてしまった。ランプは割れ、火は床に敷いてあった古い布の織物に引火して、止める間もなく一気に燃え広がっていく。
「カール! すぐにここを離れるんだ!」
「ですが火を消さないとこのままでは燃え広がってしまいます!」
言っている間にも火はどんどん織物を焼いていく。暗闇に突然現れた火の塊を見ながら、カールは茫然自失のままモンフォール伯爵の強引な力によって部屋から連れ出された。洞窟の中に煙が充満し出し、二人は出来るだけ身を低くすると、煙の届かない部屋まで来ていた。
「煙が落ち着くまで待とう。あの部屋にあれ以上燃え広がる物はないし、織物さえ燃え切ってしまえば大丈夫だろう」
「申し訳ありません! 俺のせいで大事な遺産を駄目にしてしまいました! 罰は甘んじてお受け致します!」
すると大きな手が肩に乗った。
「心配しなくても記録は全て取ってきたじゃないか。何も問題ないから顔を上げなさい」
「ですが……」
「それなら後で燃えカスを二人で片付けてしまおうか。証拠隠滅だ。共犯だから誰にも言うんじゃないぞ」
「だ、旦那様ぁ!」
カールが男泣きすると、豪快な笑い声上げながら大きな手でバンバンと背中を叩かれた。
しばらくしてそろりと部屋を出ると、うっすら煙はあるものの火は落ち着いているようだった。しかし焦げくさい臭いが一帯に充満している。出来るだけ煙を吸わないように布を鼻と口に当てて織物があった部屋まで戻ると、思った通り絨毯以外焼く物がない石に囲まれた部屋の中では、すでに火は燻る程度になっており、足で踏んでいくとすぐに鎮火した。
「被害が大きくならなくて本当に良かったです」
「だがさすがにまだこの煙じゃ片付けは出来ないな。一旦屋敷に戻ろうか。鎮火は確認したから問題ないだろう。外に見張りは立っているし何かあれば連絡が来るだろう」
「そうですね、この臭いは外の者達にも気付かれているでしょうし、取り敢えず外に出ましょう」
その時、つま先が燃えカスに引っ掛かった。
「あっぶな……」
引っ掛かった物を外そうとした時、その下に見えた物に息が止まった。
「それでグレイス姉さんはなんて言ったと思う? 見合いをしろって言ったんだよ」
「それは当然だと思います。仮にも国王なのですから」
アルベルトは王の執務室で二人きりになった瞬間、叫び出したフィリップに視線を向けずに書類をパラパラと捲っていた。
“グレイス姉さん”はフィリップの叔母に当たる人で、前国王の年の離れた妹だった。オレリアン兵団長の妻となり、今はクレツ夫人となっているが、元々人との距離感が近いフィリップは今でもクレツ夫人とは呼ばずに、幼い頃からの呼び名を変えずにグレイス姉さんと呼んでいたのだった。
「仮にもじゃなくて本当に国王なんだよ! ウワッ、本当に国王になっちゃったよ。なりたくないって言っていたのは本心だったのになぁ」
「何故そうまでして王位を継ぐ事を拒否なされていたのですか?」
「だって兄がいれば兄が国王になるのが当然だろう?」
「だからご婚約もご結婚もされずにおられたのですか?」
その時、一瞬だけフィリップの気配が変わったのが分かった。
「申し訳ございません。踏み込み過ぎました」
「いいよいいよ。でもタダという訳にはいかなかいから、アル君の秘密も教えてもらおうかな。元奥さんとは今どんな感じなの? すぐに結婚すると思っていたのに一向に浮いた話を聞かないけれど、まさか結婚前に破局の危機とか?」
「別に話す事など何もありませんよ」
「あ、今面倒くさいと思ったでしょう? アル君って本当に私の事が嫌いだよね。まあいいけどさ。特に男性達からは嫌われる事の方が多かったし、女の子達が好いてくれれば別に構わないけれどね!」
「男からは嫌わているって自覚あったんですね」
「酷い! そこはさ、大丈夫ですよ陛下。皆陛下を慕っていますよとか言って慰める所じゃない?」
その瞬間、アルベルトは心底どうでもいいような視線をフィリップに向けた。
「私に残れと言った残業の理由はもしや陛下の愚痴を聞く事でしょうか? それならもう戻らせて頂きます」
「戻るって寄宿舎に? 戻ってもむさ苦しい騎士達しかいないんだから、もう少しここで休んで行けばいいじゃないか」
「寄宿舎ではなくモンフォール家に行きます。カトリーヌとフェリクスが待っていますので。出来る限り夕飯は一緒に取る約束をしているんです」
するとフィリップは主導権を握ったかのように椅子をもたれ掛かった。金色の髪がはらりと垂れ、嬉しそうに目を細めた。
「それじゃあ順調という訳だね。結構結構。結婚式にはぜひ呼んでくれよ。一回目の結婚式の時は外遊中で参加出来なかったから残念だったんだ」
「……りません」
「え? なんて言ったの?」
「結婚の予定は今の所ありません」
「なんで? 順調に行っているんじゃないの?」
するとアルベルトはとうとう立ち上がった。
「というかまた分かっていて仰っていますよね。カトリーヌとはゆっくりとやり直している最中なのでどうかご心配なく! 陛下にご心配して頂かなくても結構です」
バタバタと部屋を出ていくアルベルトを見送りながら、フィリップはクスクスと笑っていた。
城がある敷地内の端には、売国の罪で生涯幽閉となったジークフリートが住む塔があった。
入り口を見張っていた兵士達は突然現れた国王の姿に驚いたが、すぐに警戒を強めた。
「陛下、中にはお入れ出来ません」
「分かっているよ。少し立ち寄っただけだから気にしないでくれ」
気にしないでくれと言われても兵士達は戸惑いを隠せないでいた。
「この事はオレリアン兵団長にご報告させて頂きます」
「そうだよね、構わないよ。それが君達の仕事だから全うするといい」
そう言うとしばらく塔を見上げたフィリップは、中に入りたいとも言わずにその場を後にした。
「今日はもういらっしゃらないかと思っておりました。フェリックスはもう寝てしまいましたよ」
モンフォール家に着いた時刻はそう遅い時間ではなかったが、子供はとっくに寝る時間。少しの残念さを滲ませなながら、アルベルトはカトリーヌを居間のソファに座らせると、自身もその隣りに座った。
「モンフォール伯爵達は元気にしているだろうか。静かになって寂しくはないか?」
「フェリックスもエルザ達もいますし、ジェニーも遊びに来てくれますし寂しくはないです」
洞窟に溜まっていた水を抜き終え、新たな部屋を発見して早数ヶ月。モンフォール伯爵は一時王都での仕事を休み、モンフォール領へと帰っていた。その時にセリーヌも共に着いて行った為、王都にあるモンフォール家はすっかり静かになっていた。
「王家からの支援の年数を洞窟調査が終わるまで伸ばして下さった陛下には、私達本当に感謝しているんです。並行して復興事業が進められているのもベルトラン家のおかげです。本当にありがとうございます」
カトリーヌはアルベルトの手を取ると握り締めた。
「気にするなと言っても、あなたはこうして何度も礼を言うのだろうな」
「もちろんです。私達はベルトラン家に、ンンッ」
話の途中で口を塞がれてしまい、カトリーヌはとっさに厚い胸を叩いた。
「それなら無理にでも塞いでしまえばいいか」
そう言って厚みのある唇が開かれた時、扉を叩く音がした。居間の扉は開けっ放しになっている。二人きりだと思っていたが、そこには表情の読めないルドルフが立っていた。
「お邪魔をして申し訳ありませんが、急ぎカトリーヌ様にお伝えしたい事がございます」
「私に? アルベルト様ではなくて?」
「モンフォール伯爵から伝書が届いております。この連絡を受け次第、モンフォール領に戻るようにと書かれております」
「私に戻って来るようにだなんて一体なんの為に」
「残念ながら内容はこれだけでしたので後は行ってみるしかないでしょうね。って、アルベルト様はどこへ行かれるつもりですか?」
「早速帰郷の準備に決まっているじゃないか。そうと決まれば騎士団の仕事はしばらく休むから陛下にもそうお伝えしておいてくれ」
「お待ち下さい! アルベルト様も来るようにとは一言も書いておりません」
するとアルベルトはカトリーヌの横に戻り、ぎゅっと腰を抱き寄せた。
「あなたはどうなんだ? 俺を置いて行く気か?」
「置いていくも何も、そう簡単に陛下のお側を離れる訳にはいきませんよね? 私は大丈夫です、フェリックスと一緒に里帰りだと思って行ってきます」
「フェリックスも連れて行くのか!?」
「えぇ、幼いフェリックスを一人残してはいけません。アルベルト様もお仕事でお城に泊まられる事が多いですし、フェリックスが寂しがってしまいます。それにフェリックスはまだモンフォール領に行った事がないのできっと喜びますよ」
満面の笑顔を向けられれば承諾するしかない。アルベルトの心情とは裏腹に、カトリーヌは久し振りの帰郷に胸を弾ませていた。
「やっぱり明日一番で休暇の申請をして、引き継ぎは仕方がないから団長に頼むか」
「待って下さい! 無理をなさらないで下さい! それですと皆様がお大変になってしまいます!」
カトリーヌは助けを求めるようにちらりとルドルフを見たが、お手上げのように首を振っていた。
「陛下のお側を離れて本当に宜しいんですか?」
「宜しくはないが仕方ないだろ。今は国内外の情勢も落ち着いているし、少しくらい俺がいなくても陛下は問題ないよ。あの人、あれで認めたくはないが物凄く剣の腕が立つんだ」
「アルベルト様が陛下をお褒めになるのを初めて聞きました」
「それだけ必死なんですよ」
ポツリと呟いた声がアルベルトまで届き、じろりと睨まれた。
「カトリーヌ様の仰る通りです。急に国王の護衛から外れて良い訳がありません。少し考えればお分かりになりますよね。騎士団長の気苦労を思うととても他人事には思えませんね」
「……どのくらいで戻るんだ」
大きな体が目に見えてがっくりとしている。カトリーヌはその腕にそっと触れた。
「用事の内容次第ですが、取り敢えず到着したらすぐに手紙を出しますね」
「フェリックスが俺を忘れてしまう」
「ありえませんよ。何年も離れる訳じゃないんですから」
その瞬間、額に口づけが落ちてきた。
「フェリックスに毎日何度も俺の話題を振ってくれ。頼んだぞ? それとあなたも俺の事を毎日何度も思い出してくれ」
「フフッ、分かりました。必ずそうします」




