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いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。  作者: 山田ランチ


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第30話 慈しむもの

「私、てっきりすぐに結婚するものだと思っていました」


 そう口を尖らせてドレスの裾を握り締めたジェニーは、仕事の合間にモンフォールの屋敷に立ち寄ったルイスをじろりと見た。口に付けていた紅茶を咽ながら戻したルイスは、気まずそうに向き直った。


「そうなのか?」

「そうですよ! だってわだかまりが解けたんですから、もう障害はないですよね! それなのにまだ進展なしだなんてあんまりです」


 ぽかんとしていたルイスは一瞬驚いたようにジェニーを見つめた後、小さく息を吐いた。


「……なんだ、そっちの話か。姉様も副隊長もちゃんと考えているだろうから大丈夫だよ。フェリックスの事もあるから、このまま別居の状態は良くないと分かっているだろうし」

「確かにフェリックス様がずっとモンフォールのお屋敷にいらっしゃるので私としては嬉しいですが、アルベルト様はお寂しいんじゃないでしょうか」


 庭の外からはフェリックスの笑い声が上がっている。その隣りにはアルベルトとカトリーヌの姿があった。


「あれが寂しい父親の姿かねぇ」


 呆れたように窓の外を見つめながら、ルイスは呆れたようにソファの背もたれに寄り掛かった。

 アルベルトだけ離れて暮らしているとはいえ、時間が作れる限り朝食と夕食時には現れる。そして共に食事を取り、フェリックスと遊んでからベルトラン家の屋敷に帰るのだ。そんな暮らしがもう一年以上も続いていた。


「てっきり私達の話だと……」

「ルイス様? 今なんて仰いました?」

「なんでもないよ。私もそろそろ寄宿舎に戻らないと」


 その時だった。扉が開きアルベルトの大きな声が響いた。


「ルイス! そろそろ城に戻るぞ!」

「今日はまだお仕事が終わった訳じゃなかったんですね?」


 親子で庭から戻って来たカトリーヌはアルベルトのそばにぴたりと寄り添い、フェリックスはアルベルトの腕に抱えられてご満悦な表情だった。


「いや何、少し確認したい事があるだけですぐに屋敷に戻るよ。さあフェリックス、お別れの時間だ」

「お父様もここで寝ようよ。いいでしょう? お母様」


 甘えるようにそう言われればカトリーヌも返答に困ってしまう。しかしアルベルトはフェリックスの頭を力一杯に撫でると、床に降ろした。みるみるうちにフェリックスの目に涙が溜まっていく。するとアルベルトはしゃがんでフェリックスの顔を覗き込んだ。


「いつまでもそう泣きべそをかくんじゃない。俺は三歳の時にはすでに剣を振っていたんだぞ」

「ぼ、僕も剣なら振っているもん!」

「それならお前はもう剣士だ。剣士はそう涙を流すものじゃない」

「けんし? お父様のようなきしじゃないの?」

「騎士になるには、ルイス叔父さんのように勉強しながら剣術の鍛錬もして試験を突破するんだ。そうして初めて騎士団に入団出来るんだぞ」


 キョトンとしてたのはフェリックスだけではない。カトリーヌも苦笑いしながらフェリックスの肩に手を置いた。


「うん分かった」

「そうか、分かったか。それなら良かった」


 アルベルトは真っ直ぐに頷くと立ち上がった。


「それじゃあまた」


 アルベルトの背中を見送ったカトリーヌは、大きな欠伸をしたフェリックスを促すように背中に触れた。


「お父様の言っていた事は分かったの?」

「分かったよ。うんとがんばらないときしにはなれないって事だね」

「そうね、お父様もルイスも騎士になった今も沢山練習をしているものね」

「そうなんだ! それなら僕はお勉強の方がいいな」


 てっきりアルベルトのように騎士になると言われると思っていたカトリーヌは驚いて足を止めた。


「お父様のようになりたくはないの?」

「だってお父様と同じきしになったら、お母様といっしょにいられないんでしょ? 僕、お母様とずっと一緒にいたい!」


 そう言って満面の笑みで笑った。


「フェリックスったら」


 感動で言葉を失っていると、ルイスは微笑みながら玄関に向かった。


「カトリーヌ様、フェリックス様、私も今日はお暇しますね」

「ジェニーは駄目! 僕と一緒に寝るの!」


 その瞬間、ルイスは大股で戻ってきた。


「フェリックス! 今ジェニーと寝るって言ったのか? まさか今までも一緒に寝た事があるんじゃないだろうな?」

「んとね、あるよ。ジェニーとはいっつも一緒に寝てるよ」


 何故か得意げなフェリックスの言葉に、ルイスは放心していた。


「ルイス! 早くしろ、置いて行くぞ!」

「今行きますよッ!」


 ドカドカと大股で玄関まで行くと、バタリと扉を締めた。


「何を怒っているのでしょうか」

「まあ、それはフェリックスに嫉妬したのでしょうね」

「嫉妬? ルイス様がフェリックス様にですか?」

「あの様子だとそれ以外ないじゃない」


 ジェニーは笑っていたが、カトリーヌは至って真面目に頷いた。フェリックスを風呂に入れるべくエルザが駆け寄ってくる。フェリックスは次から次へと大好きな人達に囲まれて、ご満悦でエルザの手を握った。


「やっぱりありえませんよ、フェリックス様に嫉妬だなんて」

「だってあなた達婚約したじゃない。フェリックスは子供だけど、ルイスは面白くないはずよ」


 その瞬間、笑い声が上がった。


「ルイス様が嫉妬なんてやっぱりないですッ! 確かに婚約はしましたけれど、私達手すらまだ……」


 言い掛けてぐっと言葉を飲み込んだ。ここに結婚するまで相手の顔すら知らなかった者がいるという事を忘れていたからだ。申し訳なさそうに顔を上げると、カトリーヌは気にしていないように微笑んだ。


「あなた達はまだ十代だけど、その年で婚約も結婚も珍しくないのよ。安心していないでちゃんとルイスを捕まえておきなさい」

「捕まえるって私にはどうしたらいいのかさっぱりです……」

「そんなんじゃ好きな人を逃してしまうわよ」


 その時、円な瞳が見開かれた。


「だ、え? 好き? 私が?」

「好きじゃないの? てっきりあなたはルイスの事がずっと好きなのだと思っていたわ」

「ずっと? いつから、え、それじゃあもしかしてその、ルイス様も気付いています?」

「どうかしらね。でもお見合いを壊してまであなたに求婚したくらいだから、相当な自信はあったのかもしれないわね」


 ジェニーの足がピタリと止まる。そしてプルプルと全身が震えていた。


「恥ずかし過ぎます! 次からどうやってルイス様に会ったらいいんですか」

「次も何ももう何回も会っているじゃない。今更どうって事ないわよ」

「だって私、ルイス様に私が好きだと知られていないと思っていたんです。結婚の話だってあれから全く進むどころか話題にも上がらないですし、もしかしたらルイス様はいずれという意味で具体的なお考えはなかったのかもしれません!」


 一気に捲し立てるようにそう言うと回れ右をした。


「今日はもう帰ります!」


 そしてピタリと足を止めた。


「一緒に寝れない事、フェリックス様に謝っておいて下さい」



 エルザに風呂へ入れてもらい、ポカポカの湯気を上げて出てきたフェリックスにジェニーが帰った事を告げると、特に気にした様子もなくドンッとエルザに抱き着いた。


「それなら今日はエルザと寝る!」

「それじゃあご本を沢山読んで差し上げますね」


 エルザはフェリックスの髪を丁寧に梳きながらタオルで抑えていく。すると次第に可愛らしい頭がユラユラと揺れ始めた。


「そういえば先程クマちゃん達に会いたいと仰っておりました。ベルトラン家にお連れしても宜しいでしょうか?」

「そうね、それならクマちゃん達を我が家に連れて来ましょうか?」

「良い案ですね。明日早速ルドルフさんにご相談してみます」



 しかしその案を拒否を示したのは、まさかのフェリックスだった。

 静かなベルトラン家に盛大な泣き声が響き渡る。何事かと出て来た使用人達は息を潜めて事の成り行きを見守っていた。


「何故嫌なのか言ってくれないと分からないわ。フェリックス、泣き止んで頂戴」

「いやぁ、なの! クマぢゃんここなのッ。ウッ、グッ」


 ベルトラン家に置いてあるクマちゃんに会いに行くという所まではとても機嫌が良く、自分の部屋に入ってすぐ二体のクマのぬいぐるみに飛び込んでいた。しかし今はその二体のクマのぬいぐるみの間に沈むように隠れ、ずっと泣き続けている。ルドルフもエルザも、もちろんカトリーヌも困ってしまい立ち尽くしていた。


「とにかく泣き疲れて眠るまで待ちましょう。フェリックス様はアルベルト様に似て頑固な所がおありのようですから」


 その瞬間、後ろから声が降ってきた。


「誰が頑固だって? 悪かったな、頑固者で」

「アルベルト様、お帰りなさいませ」


 ルドルフは眼鏡をクイッと上げると、慣れた手付きでコートを受け取っていた。


「珍しいですね、このような時間にどうされたんです?」

「モンフォール家に向かったらこっちに向かったと言われてな」

「朝もご一緒されていたではないですか。お昼休みも抜け出して来たんですか?」


 もうルドルフの嫌味など相手にしないと決めたらしいアルベルトは、カトリーヌの頬に軽く口づけると、クマのぬいぐるみの間に深く沈んでいるフェリックスを眺めた。フェリックスもまた突然現れたアルベルトに驚き、泣くのを一旦忘れているようだった。


「実はクマちゃんをモンフォールの屋敷に持っていこうとしたら泣き出してしまって、今説得していた所なんです」

「確かに向こうにいる事の方が多いから、気に入りのおもちゃはそばにあった方がいいか」

「そう思っていたんですけれど、フェリックスはどうもそれが気に入らないようなんです」


 カトリーヌはもう一度フェリックスに声を掛けた。


「クマちゃんがいつもそばにあった方が嬉しいんじゃない?」

「いやッ! クマちゃんのお家はここなの!」

「だからあなたが行く所にクマちゃんも連れて行ったらいいじゃない」


 するとまたフェリックスは泣き出してしまった。

 アルベルトはゆっくりと近づくと、フェリックスの前にしゃがんだ。クマのぬいぐるみの隙間からアルベルトを見上げたフェリックスは、ビクリとして更に奥に埋もれていく。


「クマちゃんをここに置いておきたいのか?」


 返事の代わりに不機嫌な顔が頷く。するとアルベルトは二体のクマちゃんの手を取った。


「そうしてくれるとお父様も嬉しいよ」

「え?」


 フェリックスが少しだけ浮上してくる。


「実を言うと、この家にはお母様もフェリックスもいなくて少し寂しかったんだ。だからこの部屋にクマちゃんがいると寂しくない」

「うん、クマちゃんがここにいると嬉しいよね!」

「もしかしてフェリックスはわざとクマちゃんをここに置いていたいんじゃないのか? ここもお前の家だからな」

「……好きな物、全部あっちに持って行ったら、うんとね、寂しいもん」

「そうだな」

「クマちゃん持っていかない?」

「いかないよ。ずっとここがフェリックスとクマちゃんの部屋だ」


 するとフェリックスは隙間から飛び出し、アルベルトに飛び付いた。


「まさかアルベルト様の背に父親を見る日が来ようとは」


 アルベルトに抱き上げられながらこちらに戻ってきたフェリクスの機嫌はすっかり直っていた。


「お前はいちいち大袈裟なんだ」

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