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いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。  作者: 山田ランチ


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第28話 結婚が全てではないのです

 モンフォール家ではフェリックス三歳の誕生会が今日まさに当日を迎えていた。

 ケーキはフェリックスたっての希望でエレナの菓子店にお願いをしており、ルイスとジェニーが取りに行っている。フェリックスはと言えばエルザに乗せられるまま部屋で遊び倒し、今はぐっすりと眠っているようだった。


「お父様が帰っていらしたわよ!」


 階段を駆け下りると、そこには父親とカールの姿があった。父親に会うのは数カ月ぶり、カールに至ってはモンフォール領で別れて以来の再会だった。


「お嬢様お久し振りです! 更にお美しくなられましたね」


 カールは満面の笑みで言った。


「カールも随分何て言うか、昔からお兄さんだったけれど、大人?というか」

「それってつまりオジさんになったと言う事ですか」


 しょんぼりするカールを慌てて慰めると、何故か更にしょんぼりとしてしまった。


「そんな事よりもどうして実家が男爵家だと言わなかったの? 妹もいるなんて知らなかったわ!」

「関係ありませんよ、俺はずっとモンフォール家の人間です」


 胸を張ってそう言うカールは嬉しそうに中へと荷物を運んでいく。そして知り合いだったのか、ルドルフとも話し出していた。


「知り合いだったのね。なんだか不思議な光景よ」

「モンフォール領の復興と地下空間の調査はベルトラン家の援助なしには成り立ちませんでしたから、ルドルフさんともお会いしていましたよ」


 ルドルフはカトリーヌの前に行くと一通の手紙を差し出した。


「旦那様からでございます」


 一瞬にして緊張してしまう。緊張しながら封を切った。


「ベルトラン侯爵は出席出来ないそうよ」

「そうなのか、残念だな」


 本当に残念がる父親はこの家で一番肝が座っていると思う。応接間の飾り付けはこれでもかという程に子供仕様になっており、動物の切り抜きや色とりどりの紙で飾り付けられた壁に、オーガンジーで作ったフワフワの飾りが天井から吊るされている。料理も全て可愛らしく飾り付けられ、極めつけはケーキだ。巨大なクマをイメージして作って欲しいと頼んだ仕上がりはきっと期待していいものだろう。そしてそんな空間にベルトラン侯爵がいるというのが想像出来なかった。


「ベルトラン侯爵はなんて言っているんだい?」


 父親に手紙を渡すと、小さく微笑んだ。


「行けない代わりの気持ちがあの庭にあった大量の荷物という訳だね」

「庭に何かあったの?」


 するとルドルフは面倒そうに頷いた。


「玄関の中に入れてしまったら皆様の通行の邪魔になるかと思い、庭に運び入れていた物がございます」


 すぐに庭に行くと、そこには贈り物が背よりも高く積まれていた。


「これ全部ベルトラン侯爵が?」

「服におもちゃに本、宝飾品に馬に家庭教師までおります」

「馬に家庭教師!?」


 しかし庭には見当たらずきょろきょろとすると、ルドルフは小さく首を振った。


「さすがにここに連れては来られないので、ベルトラン家におります」

「フェリックスの教育が始まるのね」


 不安になり拳を握り締めると、そっと肩に手が置かれた。


「そう心配しなくても大丈夫だよ。侯爵は少し誤解されやすいけれど、ちゃんとフェリックスを想ってくれていると思うよ」


 父親はそういうと朗らかに目を細めていた。


「そうね、こんなにも贈り物を下さるんですもの」

「贈り物の数で気持ちは測れないけれど、きっと侯爵の手段がそうなのだろう」

「私少し誤解していたかもしれないわ。出産した時も会いに来てくれたし、屋敷にも足を運んでくれた事があるもの」

「これから少しずつ打ち解けていけばいいんだ。彼もフェリックスの祖父なのだからね」

「はい、お父様」


 玄関に入ると二階からフェリックスが起きた声がする。それと共にエルザが階段を駆け下りてくる音がした。


「フェリックス様! 走らないでください!」


 すばしっこいフェリックスは、ひょっこりと顔を出したカールにぴたりと足を止めた。そしてエルザの足も止まった。


「元気だったか? 随分フェリックス様に手を焼いているみたいだな」


 焼けた肌に眩しい笑顔が似合うカールは、満面の笑顔でエルザに近づいていくと、何故かフェリックスはエルザの元に戻って抱っこをねだった。


「どうしました? フェリックス様」

「エルザはだめ! おまえきらいだ!」

「こらフェリックス! そんな事を言っては駄目よ! カールは大事な家族なんですからね!」


 叱るとカールは感激したようにカトリーヌの元に走ってきて手を掴んだ。


「お嬢様! 家族だなんて嬉し過ぎます!」


 カールは元々明るい性格だからいつもどんな時でも笑顔だ。それでも辛い事は沢山あったろうに、それをおくびにも出さなかった。


「お兄様来てたのね、というかその手を離しなさいよ!」


 玄関から現れたジェニーは握り合う手を見るなり、足早にその手を引き離した。


「ケーキは無事に受け取れたの?」

「もちろんです、最高の出来でしたよ!」


 後ろを指差すと、顔の位置を越した高さの箱が入ってくる。持っているのはルイスだろう。ここで落としては全てが水の泡だと思い、手を貸しに近づいて行った時だった。玄関からルイスが入ってくる。その手には大きな袋を何個も抱えていた。


「え、それじゃあ……」


 カトリーヌはゆっくりとケーキを持つ者の方へ回り込んだ。


 時が止まる。息が出来ない。カトリーヌは驚いたまま、固まってしまっていた。


「これはどこに置けばいいんだ? カトリーヌ?」


 我に返ったカトリーヌは、とっさに壁の方を指差した。


「壁側にお願い致します」

「ケーキというのは結構重いんだな」


 そう言いながら慎重にケーキの箱を床に置いたその姿に、カトリーヌは無意識に近づき、その腕を掴んでいた。


「アルベルト様?」


 驚いたアルベルトがとっさに顔を上げると、カトリーヌは目から涙が溢れ落ちていた。


「よくご無事で……」


 声が詰まって言葉が続かない。フェリックスはエルザの腕から降りると、アルベルト目掛けて走ってきた。しかしカトリーヌの後ろに隠れてしまう。アルベルトはフッと笑うとフェリックスを抱き上げた。


「フェリックス、お父様の事を覚えているか?」

「おとうさま帰ってきたの?」


 恥ずかしいのか腕の中ではにかみながらそう言うフェリックスは、嬉しそうにぎゅっとアルベルトのシャツを掴んだ。


「誕生日に間に合って良かった。おめでとうフェリックス。プレゼントは明日準備するから待っていてくれ。今日は急いで駆けつけたんだ。俺も誕生日会に招待してくれるか?」

「いいよ」


 嬉しそうに頷いたフェリックスは、そのままカトリーヌを見た。


「おかあさまもうれしいね!」


 屈託なく向けられた言葉に、どうして返して良いのか分からずに俯くと、アルベルトは歩き出してしまった。


「さあ中に入ろうか。どの部屋だ?」

「あの! アルベルト様ッ!」


 半ば無意識に声を掛けると、アルベルトは思っていたよりもずっと元気そうな顔でこちらを見返してきた。


「早く中に入ろう」

「はい、でも、その前に……」


 アルベルトを前にするといつも言葉が上手く出て来なくなってしまう。アルベルトが出立する時も、結局フェリックスが寂しがるからと、そう告げてしまった。本当はフェリックスだけではなく自分も寂しくて辛かったというのに。心の中で何度も気持ちを奮い立たせると真っ直ぐにアルベルトを見た。


「おかえりなさいませ」

「あぁ、帰ったぞ」

「ご無事を心よりお祈りしておりました」


 するとアルベルトは若干驚いたように目を見開いた。


――私ったら何を言っているのよ! アルベルト様はフェリックスに会いに来ただけなのに!


「カトリーヌ」

「なんでしょうか」

「俺も二人の無事を祈っていた。そばに居れない事がこんなにも辛い事だとは思いもしなかった。無事でいてくれてありがとう。フェリックスをここまで立派に育ててくれて感謝している」

「アルベルト様……」

「これからもフェリックスの面倒を見て欲しい。出来ればずっと一緒に」

「もちろんです。……え、今何と?」


 アルベルトの顔は真っ赤になっていた。ペチペチとアルベルトの頬を叩き出すフェリックスを、気を利かせたルイスが攫っていく。引き離された当のフェリックスはルイスに八つ当たりをしながら部屋の中へと入って行った。


「俺達は離婚しているな」

「そうですね」

「正直言って俺は良い夫ではなかった」

「それは私にも言える事です」

「それはない! あなたは妻として、母として役目を果たしてくれていた。それなのに俺は過去のしがらみに捕らわれて、あなたと向き合う事をしなかった。愚かだった」

「そんな風にご自分を卑下しないでください」


 アルベルトが何を言おうとしているのか分からずに、カトリーヌは一步近づいた。その瞬間、巨体がびくりと跳ねた。騎士団副隊長で次期侯爵家当主、国王陛下からも殿下からも信頼の厚いアルベルトが今こんなにも狼狽えているように見えるのは気のせいだろうか。カトリーヌは確かめてみたくて、もう一歩近くに寄ってみた。アルベルトは追い詰められるようにジリジリと壁側に後退していき、やがて背中がぴたりと壁に付いてしまっていた。


「カトリーヌ何を」

「続けて下さいアルベルト様」

「……俺は良い夫ではなかったし、なれる自信もなかった。だから子が出来たと聞いた時、産まれた後はあなたを手放してやる事が唯一出来る事だと思っていたんだ」

「離婚を切り出したのは私の為だったと仰るんですか?」

「でもあなたは俺が戻るまで立派に妻として屋敷を守ってくれていた。いつからかはっきりとは分からないが、俺はフェリックスの母親としてではなく、カトリーヌとしてあなたを見ていたんだと思う」


 いつの間にか涙が溢れていた。心の奥の硬い氷が解けていくように、アルベルトの言葉がどんどん染み込んでいく。オロオロとしながらアルベルトが不安げに抱き締めてきた。


「離婚した妻に言うのもなんだが、愛している」

「……離婚した旦那様に言うのもなんですが、私も愛しています」


 どちらともなく笑いが漏れる。そして少し離れて顔を見合わせると、再び小さく笑い合った。


「姉様! もうフェリックスが限界です、早く誕生日会を始めましょう」


 応接間から顔を出したルイスが切羽詰まった声で言ってくるのに返事をしながら、カトリーヌはアルベルトに手を引かれるまま歩き出した。

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