第27話 離婚から始まる恋
眠れぬまま出発したのは夜明け前。やがて馬は目的地に到着したようだった。
岩山の下に開いた不自然な竪穴がある。入り口には男達が立って見張りをしているようだった。
「あそこの地下空間で王の指輪が発見された。そしてそれ以外もな」
「それ以外?」
「グロースアーマイゼ国の王族がこの地に流れて来たっていう証拠さ。水で隠されていた入り口が開いたんだ。お前達の国の者達も協力してくれたぞ。裏切りは世の常だな」
「こんな事をしてただでは済まないわよ」
「こんな状況なのにまだそんな元気があるのか。……気が変わった。俺が王位を継いだら正妃にしてやってもいいぞ。敵国の王の子とこの国の侯爵家の跡取りが異父兄弟というのは友好関係を築くのに丁度いいのかもしれないな」
「あなたなんか絶対に選ばないわ!」
「いつかは息子にも会わせてやるさ。あの男が他の女を娶り、息子がその女を母と呼んでいる頃にでもな」
「それなら尚の事お断りね」
「答えをそう急ぐな」
クロードは馬を叩いて手綱を離した。突然現れた馬に兵士達は後を追い出す。
「今だ、行くぞ」
しかし不意に後ろから呼び止める声がし、クロードはとっさに剣を抜いていた。
「クロード殿下!」
「ッ、フェンゼン公か。驚かせるな」
フェンゼンは焦ったようにクロードに近づいて行くと手を出してきた。
「渡した指輪は偽物だったのだ! 処分するからすぐに出せ!」
クロードは舌打ちをすると剣を構えた。
「どういう事か説明しろ!」
「本物は国王が持っていた。ジークフリート殿下が盗んだのは陛下が用意していた偽物だったらしい。隠していた対の指輪も盗まれていた! それに貴国の第三王子が使者として来ていたぞ」
「あいつが自ら来たのか」
クロードはカトリーヌの腕を掴む手に力を込めた。
「来い! 来るんだ!」
「今の話を聞いていたでしょ!」
その時背中に鈍い衝撃が走った。身体が何もない空間に向かって飛び出す。後ろから蹴られたのだと分かる衝撃は一瞬だった。そのまま身体は強く壁に叩きつけられた。宙にぶら下がったような状態で見上げると、クロードが梯子を掴んでいた。
竪穴の上からフェンゼンが覗き込み、つまらなそうに笑った。
「指輪を出せば助けてやる」
「二人とも落ちるぞ!」
「指輪を出せ!」
「ポケットだ、お前が取れ」
フェンゼンは苛立ったようにクロードの胸ポケットに手を入れると指輪を取り出した。
「これが偽物?」
その瞬間フェンゼンの後ろに影が出来た。
「見つけたぞ!」
逆光で見えないが岩山の上に人影が見える。聞き覚えのある声に思わず叫んでいた。
「アルベルト様!」
アルベルトはクロードの手首を掴み、他の者達もクロードの服を掴むと一気に引き上げていく。アルベルトはカトリーヌに手が届いた瞬間、その身体を引き上げ抱き締めていた。
少し前
アルベルトは数人の騎士を連れてモンフォール領へと入っていた。
「アルベルト様、少し休憩しなくては馬が駄目になってしまいます!」
騎士の声に仕方なく川に向かうと、馬は相当疲れていたのか川に飛び込み、物凄い勢いで水を飲んでいた。カトリーヌが消えたと分かった時、頭の中が真っ黒に塗り潰されたようになった。顔もろくに見ずに抱いた妻。何年も離れており、顔を合わす事もなく離婚した妻。子も産んだのだからもう自由にしてやろうと思った。
――思ったはずだったのに。
いつからだろうか。カトリーヌの心まで望むようになったのは。他の男と再婚するかもしれないと知った時の苛立ちは酷く苦しい感覚だった。
「少しずつでも進むからそのつもりで準備を頼む」
程なくして一行は再び夜の闇の中を進み始めた。
カトリーヌは放心していたが、はっとして胸から離れた。
「フェリックスは無事ですよね?」
「エルザがそばにいるから心配するな。それよりも……」
話がしたいのにアルベルトの声が途中で途切れ、意識は深い沼に引き摺り込まれるように消えてしまった。
耳元で聞こえてくる声に意識が引っ張り上げられていく。目の前にあったのはこの世で一番愛しい者の顔だった。
「おきたよエルザ!」
するとそばにいたのかエルザも目の前に現れる。カトリーヌは起き上がろうとした所で、全身に激痛が走った。
「お医者様を呼んで参ります!」
「大丈夫だから大袈裟にしないで」
部屋を出ようとするエルザの背に声を掛けると、泣きそうな顔が振り向いた。
「でもアルベルト様はずっとお嬢様に付き添われていたのですよ」
「ずっと?」
「さっきまでソファでねてたの。ここでねむればよかったのにね」
フェリックスはちゃっかりベッドに潜り込むと、ひょこっと毛布から顔を出した。
「お医者様にはずっと待機して頂いております」
「いつ目覚めるか分からないのに?」
「アルベルト様のご指示ですから」
微笑ましいものでも見るようなエルザの表情に顔を下げると、フェリックスが嬉しそうに抱き着いてきた。
「体中に痣だと!?」
アルベルトは城の応接間でルドルフの報告に叫び声を上げていた。
「しかし順調に回復すれば筋肉痛は数日で、痣は一週間程度で良くなるようですよ」
その途端、アルベルトは机を思い切り叩きつけた。
「モンフォール家に向かう」
立ち上がったアルベルトの前にさっと出たルドルフは、両手を広げた。
「なりません! 裁判に立ち会うように陛下から言われておりますよね?」
「すぐに戻る!」
眼鏡を押したルドルフは、睨みつけながら首を振った。
「職務を放棄したとカトリーヌ様にご報告致しますよ」
「放棄などしていない」
「私が様子を見て参ります」
「この目で見ないと安心できない」
「念の為にお伝え致しますが、あなた方は元・夫ですよ」
ぐっと言葉を呑み込んだアルベルトは、分かっていると呟いた。
城の敷地内にある別棟で執り行われた裁判には、クロードとフェンゼン大公が膝を突き、ジークフリートだけが椅子に座っていた。ジークフリートの体調を鑑みての対応だったが、貴族からは不満の声が上がっていた。
国王は二つの指輪を掌に乗せて三人を見下ろした。
「三人にはそれぞれ容疑が掛けられておる。まずはクロード王子には三年前の我が国への侵攻の容疑と、身分を偽っての騎士団入隊、そしてモンフォール伯爵家令嬢の誘拐だ。そしてフェンゼン大公にはベルトラン侯爵家保有の船強奪及び積荷の強奪及び、殺人幇助の疑い。そしてモンフォール領の水害の被害拡大への関与と、敵国と共謀し謀反を起こそうとした疑い。そして最後にジークフリート、お前には売国の容疑が掛けられておる」
静まり返った広い部屋の中でフェンゼンの呆れたような溜め息が響いた。
「大層な罪を並べておられますが、全く身に覚えのない事でございます。証拠はお有りですかな、兄上」
真っ直ぐに国王を見るその目は力強かった。
「確かにしらを切られたら証言のみに頼らざる負えない罪状もある」
「陛下!」
フィリップの声を遮るように手が上げられる。後に続こうとした貴族達もぐっと堪えるように口を閉ざした。
「特にベルトラン侯爵家に関わる事案は証言による証拠が大半だ。しかし作り替えられているとはいえ造船所で調べればベルトラン侯爵家の保有していた船だといずれ判明するだろう。実際、漁師達からの……当時の船に乗っていた水夫達の証言は大きい。自ずと全ては明らかになると確信しておる」
「途方もないですな。精々調査が無駄にならない事を祈っておりますよ」
「確かに何年掛かるか分からん。それまで全員を牢に幽閉する事になるだろう」
その瞬間、フェンゼンの表情が変わった。視線は動かずとも僅かに肩がジークフリートの方に向いていた。
「証人を一人呼んでいるのだ。中に入れよ」
国王の合図と共に現れたのは身なりの汚れた男だった。
「ドウラ子爵だ。行方不明となり国境付近でベルガー辺境伯が発見した。関与した罪について話すがよい」
ドウラ子爵はまだ四十後半だったはずなのに、薄汚れた身なりは六十を越えているように見える。怯えるようにフェンゼン大公を見ると細い体を更に縮こめた。
「……べ、ベルトラン侯爵家の船の沈没事故から大分経った頃、大公様に領地を譲るように言われ明け渡しました。その後は大公様のお言い付け通りに動いて参りました」
「なぜそのように理不尽な事に従ってきたのか」
「か、簡単な事でございます。小さな領地の子爵ごときが大公様に歯向かうなど出来るはずもございません」
「だが罪は罪だ。だが罪を認めたお前には軽罰の余地がある。ドウラ子爵以外全員牢に連れて行け!」
ドウラ子爵が深く頭を下げ、騎士達の足音が床に響いた瞬間フェンゼン大公は声を上げた。
「陛下! ジークフリート殿下のご体調が悪化されるとは思われないでのすか」
「思っておる。牢での暮らしで命を落としても仕方がないともな」
その瞬間、フェンゼンは腕を縛られたまま前に出ようとした。とっさに騎士が抑え込みその場に倒れ込む。しかしなお顔を上げて国王を睨み付けた。
「本当にそれで宜しいのか! あなたのお子だ!」
「罪状について認めるのであれば軽罰しよう」
「ッ! ……ジークフリート殿下は何もご存知ありません!」
しかし椅子から降りたジークフリートは床に膝を突いた。
「どうか私を牢へお連れ下さい」
「お止め下さい殿下!」
「分かるだろう? 知らなかったでは済まない事態なんだよ、フェンゼン大公。沢山の者達が亡くなったんだ」
そう言うと青白い顔で俯いた。
「フェンゼン大公、お前はジークフリートの母親とは親しい友だったな。何もしなければ王位はジークフリートのものだったものを、実に残念だ」
フェンゼンは、その場で膝から崩れ落ちていった。
「取り敢えず裁判も無事終わったようですし、指輪をお返し下さい」
アデルは手を差し出した。
「これを渡す代わりに不可侵条約を結びたい」
「二つ揃えて頂き感謝しています。こちらも元よりそのつもりでしたから、指輪さえ戻れば争う意味はありません」
「ならばこれは国境で渡そう。それとクロード王子の身柄は我が国で預からせてもらうぞ」
当の本人はもちろん、それにはアデルも驚いていた。
「我が国で人質となり役立ってもらおうではないか」
「……いいでしょう、なんの抑止力にもならないでしょうがね」
吐き捨てるように言い放つと早々に王の間を出て行ってしまった。
「アルベルト、アデル殿下を国境までお送りしろ。そこでこれを渡すのだ」
「承知致しました」
「軍も連れて行け」
「戦争になるとお考えですか?」
「そうなった場合、指輪は渡すな」
アルベルトは廊下に出ると控えていたルドルフを呼んだ。
「これから王都を離れる事になった。カトリーヌにしばらくフェリックスの事を頼むと伝えてくれ」
ルドルフが持ち帰った言葉はモンフォールの屋敷に居た者達を凍り付かせた。
「アルベルト様が戦場に行く?」
「戦場ではありませんよ、軍を動かされるだけです」
「おかあさま?」
フェリックスが小さい手を伸ばしてくる。とっさにその身体を引き寄せた。
「それでも軍を連れて行くという事は戦いになるかもしれないという事でしょう? 出立はいつなの?」
「すぐに発たれるそうです」
「会えるかしら」
「城の前に集まっているでしょうから会えますよ」
拍子抜けするくらいにあっさり認めたルドルフは、更に馬車の手配もしてくれていた。
「お父様にお会いしたい?」
するとフェリックスは迷う事なく大きな声で叫んだ。
「うん! あいたい!」
「おとうさま!」
声がした方を振り向くと、騎士達の間を縫って進んでくるカトリーヌとフェリックスの姿があった。
「歩いて平気なのか!?」
「それよりも危険な場所に行かれると聞きました」
「戦いに行く訳じゃない」
「それならなぜこんなに物々しいのですか!」
アルベルトはとっさにカトリーヌ達を少ない壁側へと連れて行った。
「戦争になる可能性は低いんだ。でも我々は万が一の時に備えて動かなくてはならない。この国を守る為に」
そう言ってフェリックスの頭を優しく撫でた。
「でもフェリックスが寂しがります」
「そうだな。俺も出立前に二人の顔が見えて良かった」
「あの! アルベルト様……」
「副隊長! 出立の準備が整いました」
カトリーヌは出かかった言葉を飲み込むとフェリックスの肩に触れた。
「もう行きましょう。お父様のお邪魔になってしまうわ」
「おとうさまどこにいくの?」
「すぐに帰るからお母様を頼むぞ」
訳が分かっているのかいないのか、フェリックスは不安そうに頷いた。




