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いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。  作者: 山田ランチ


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第18話 動き出す時間

 菓子店の店主は、固まっている騎士に目を留めた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」


 美しい金髪に薄青い瞳が美しい騎士は、頬を強張らせて女性ばかりの店内を見渡していた。


「菓子を購入したいんだが……」


 店内の女性達は突然現れた美しい騎士にざわめき立ち、店内は騒然としてしまった。店主はすぐさま店の裏に通すと頭を下げた。


「不躾な視線を代わりにお詫び致します。宜しければこちらにメニューをお持ち致します」

「いや、今度知り合いにでも頼む事にするよ」

「そんな事仰らずにどうぞお買い物をなさって下さい」


 その時一人の女性が店内に飛び込んできた。


「おじさん! お店の中がなんだか変よ、皆こっちを見て……」

「おかえりエレナ。すまないがメニューを持ってきてくれないか」

「ルイス?」


 ルイスは突然飛び込んできた女性に釘付けになっていた。


「まさかエレナなのか?」


 するとエレナはとっさに顔を下げると手で覆ってしまった。


「君に似た人を見掛けた事があったけれど、その時は見間違いだと思おうとしたよ。でもまさか生きていたなんて……」


 そこで全て合点が言ったように店主は言葉を詰まらせた。


 ルイスがそっと肩に触れると、エレナは顔を上げた。


「さよならも言えなかった」


 ルイスは唇を噛み締めるとエレナを抱き寄せていた。


「エレナ達の家に行ったんだよ。でも何もなかった。全部なかったんだ!」


 ルイスの腕の中で頷くエレナは何度も嗚咽を堪えていた。


「俺からもお礼を言わせてください。エレナとルークと仲良くして下さってありがとうございました」

「そうだ、ルークは? ルークもここにいるのか!?」


 すると、二人は顔を見合わせて俯いた。


「私だけが生き残って叔父さんが向かえにきてくれたの」

「でも僕達もずっとエレナ達を探していたんだ!」

「私はずっと下流に流されてしまっていたの。モンフォール領のずっと端っこの小さな町の近くよ」


 そう言われた店主は悲しそうに笑った。


「兄夫婦とは仲良くしていたもんでどうしても諦めきれなくて」

「それならルークもどこかで生きているんじゃないか!?」


 するとエレナは首を振った。


「遺体が見つかったの。本当はね、ルイスが王都に来ているのは知っていたの。当時話題になっていたから」

「それならなぜ会いに来てくれなかったんだよ!」

「行ける訳ないじゃない。あなたは貴族で私はただの庶民なのよ!」

「……今日はもう帰るよ。冷静になった方がいいよな。僕の方が」

「さっきから僕と言っているけれど、騎士様がそれでいいの?」


 するとルイスは耳まで赤くして目を逸した。


「エレナに会ったから昔に戻っただけだ!」

「ふふ、本当に夢みたい」

「それは僕の台詞だよ。生きていてくれてありがとうエレナ」


 ルイスは店内の女性が見たら卒倒してしまいそうな笑顔で笑った。





「最近ルイスがあのお店のお菓子をお土産にくれるのよねぇ」

「あのお店?」

「ジェニーに教えて貰ったあの菓子店よ。誰かから貰ったみたい」


 ジェニーをちらりと見つめると、観念したようにソファの端に寄った。


「分かりました! 白状します!」


 こほんと咳払いをしてから真っ赤な顔で言った。


「お土産を差し上げたのはルイス様にです。偶然お会いしたからお渡ししただけですよ!」

「あの子ったらこのお菓子を持ってくる日は妙に機嫌がいいのね」


 赤くなった顔をからかおうとした時、玄関の方が騒がしくなる。カトリーヌは部屋を飛び出すと、飛び込んできたフェリックスを力一杯抱き締めた。


「おかあさま! あいたかった!」

「私もよフェリックス! フェリックス大好き!」


 待ちに待った再開はこの抱擁から始まる。フェリックスはカトリーヌの匂いを吸い込むように深呼吸した。


「今日は何をして遊びましょうか?」

「ぼくね、おかあさまといっしょにおでかけしたい!」

「お出かけ? 欲しい物でもあるの?」


 すると満面の笑みで頷いた。


「おかあさまがくれたおかしがほしいの!」

「あのクマさんのお菓子の事?」

「そうだよ! かわいくてまるくてかわいいやつ!」


 かわいいが二回出る程に気に入ったのだと分かり、カトリーヌがもう一度愛しい我が子を抱き締めた。


「それなら沢山食べましょうね!」

「おかあさまもたくさんたべてね!」


 親子で手を繋ぐと、元気一杯に玄関を出て行た。


 しかし着いた菓子店は工事中となっていた。


「ルイスが購入してきたから最近までは開いていたはずなのに」

「おかしやさんないの?」


 しょんぼりしていくフェリックスの頭を撫でると、カトリーヌは努めて笑顔を向けた。


「あのクマさんのお菓子屋さんはお休みだけど、他にも美味しい物がある所を知っているのよ」


 しかしフェリックスは首を振るだけだった。


「クマさんがいい」

「今度沢山買って届けるわ」


 しかしブンブンと首を振ってフェリックスは俯いてしまった。


「お嬢様、実は……」


 あの菓子を届けた日、アルベルトとフェリックスは初めて食事を共にしたと言う。食事と行ってもお菓子を摘んだ程度。でもそれは二人にとって大きな変化だった。アルベルトがフェリックスの勧めたマカロンを一口で食べたのがとても気に入ったと勘違いし、機嫌を良くしたフェリックスはその後アルベルトに誘われたチェスで遊んだと聞いた時には、無意識に涙が溢れていた。


「おかあさま?」


 カトリーヌは堪らずにフェリックスを抱き上げた。


「良かったわね。本当に良かった」


 本当はずっと、フェリックスが寂しい思いをしていないかと考えない日はなかった。でもアルベルトがちゃんと気に掛けてくれているというのが何よりも嬉しい報告だった。

 その時、閉まっている扉が開き中から店の店主が出てきた。


「モンフォール家の皆様でしたか! 改装の様子をご確認に?」

「いつからしているの?」

「二週間程前からですが」


 カトリーヌは目をぱちくりとさせた。


「持ち帰りはしているかしら」

「申し訳ございませんがお持ち帰りもしておりません」

「でもここのお菓子を何度か貰ったのよ」


 すると店主は閃いたように頷いた。


「ルイス様にでしょうか?」


 店主の口から続いたのは信じられない内容だった。


「ルイス様には改装資金を頂き感謝してもしきれません」

「改装資金をルイスが出したですって?」


 カトリーヌの驚きように店主の顔が青褪めていく。


「ご存知ありませんでしたか?」

「経緯を伺ってもいいかしら」

「姪とルイス様が友人でして、そのご縁で改装費を出資して下さるというお申し出を受けさせて頂きました」


 カトリーヌが頭を抱えていると、フェリックスが温かく小さな手を頭に乗せてきた。


「おかあさま?」


「悪いけれど改装工事は中断よ。モンフォール家は自由に使うお金があまりないの。お金の出処を調査するわ」

「ですが、待つとはどのくらいでしょうか? 私達もずっと商売をしない訳には参りませんので……」


 尻すぼみになっていく店主は困ったように中途半端な店を見上げた。


「数日だけ待って頂戴」

「承知致しました」





 夕食を済ませた頃、勢いよく居間に飛び込んできたのはルイスだった。


「姉様、私がなぜ怒っているかはお分かりですね?」

「あなたこそ自分が何をしたのか分かっているようね」

「二人共お止めなさい。子供の前よ!」


 フェリックスをちらりと見たが、当のフェリックスはお腹が一杯になり、ユラユラと船を漕ぎ始めている。姉弟は声を大きくしたいのを我慢しながら互いに睨み合った。


「なぜエレナの菓子店の改装を止めたのです」

「随分親しい友人のようね」

「エレナですよ! モンフォール領にいたパン屋のエレナです」

「でもあの災害で亡くなったはずじゃ……」

「エレナは生きていたんです。叔父の店ですが、エレナを見つけて育ててくれた恩があります。だから手助けがしたかったのに一体なんの権利があって改装を止めたんです!」


 カトリーヌは怒鳴りたい心を抑えつけるのに必死だった。


「工事は明日から再開します。誰にも口出しはさせません!」

「お金の出処を言ってからになさい」


 驚いたように振り返ったルイスは眉を潜めた。


「父上にはお話してあります」

「私にもして頂戴」


 苛立ったルイスは唇を噛み締めた。


「モンフォール家の財産はほとんど底をついたはずよ。それでもこうしていられるのは王家とベルトラン侯爵家の支援があってこそ。王家の支援はモンフォール領に対してのものだから、実際にこの家が成り立っているのはベルトラン家のおかげなのよ」


 言いたい事が分かり始めたのか、ルイスから怒りが消えていくのが分かる。でももう言葉を止める気はなかった。


「なぜ支援を受けられているかは分かっているわね? 私がベルトラン家に嫁ぎこの子を産んだからなの。更に言えば、この子が今も一人でベルトラン家に留まり耐えていてくれているからなのよ!」

「姉様……」


 言い切った時には頬から涙が溢れていた。カトリーヌはフェリックスを抱き上げると部屋を飛び出した。

 その瞬間、誰かとぶつかった。


「ノックはしたんだが」


 振ってきた声に見上げると、そこにはアルベルトが立っていた。


「ッ、アル、ベルト様?」


 一気に結婚式まで記憶が引き戻される。


「よければ早めに引き取ろうか?」


 カトリーヌは腕の力を無意識に強めていた。


「まだ帰すには少し早いです」

「それもそうだな。実は今日は礼がしたくて来たんだ」

「礼、ですか?」


 心当たりがなさ過ぎて不思議に思っていると、アルベルトはフェリックスの頭をぎこちなく撫でた。


「この間の菓子のおかげで少しだけ息子と打ち解ける事が出来た。あれがなかったらもっと時間が掛かっていたかもしれない。だから感謝している」


 フェリックスを見ていた表情がカトリーヌに向く。


「今度何か礼を贈ろう」

「アルベルト様は、フェリックスと仲良くなりたいと思われていたのですか?」

「もちろんだ」

「そうですか。……そうでしたか」


 カトリーヌは微笑むと眠っているフェリックスの額に口づけて、そっとアルベルトに身体を寄せた。


「ッ! なにを」

「起こしてしまうのでゆっくりです。もう当分は目を覚ましません」


 アルベルトは慌ててカトリーヌの腕からフェリックスを受け取ると、ぎこちなく抱き直した。


「やっぱり今日はもうベッドで眠らせてあげて下さい」

「ああそうしよう」

「エルザもフェリックスを宜しくね」


 エルザはアルベルトの後に続くと涙目で頷いた。


「お任せ下さいお嬢様」


 離れていく背中を眺めていると、隣にルイスが立った。


「資金は貯めていた騎士としての給金がほとんどだよ。でもそれでは足りなくてお父様に借りた分もある。だからごめん。僕の思慮が足りなかった」

「もういいわ。気が済むようになさい」

「姉様!」


 自分でも吐き捨てた言い方だったと思う。でも今は自分達親子の心を踏み躙られたような気がして、これ以上ルイスを傷付けない会話をする自信がなかった。





 カトリーヌからフェリックスを引き取る時、ふわりと良い香りがした。香りを忘れないうちに浴室へ向かうと香油を手当り次第に嗅いでいき、一つに手を止めた。


「これが近いか」


 手が止まったのは薔薇の香りの香油。同じではないが似た香りだった。


「それはカトリーヌ様が愛用されていた香油です」


 いつの間にか立っていたルドルフは、緩んだ顔でこちらを見ていた。


 カトリーヌ様はこの家で使っていた物は全てアルベルト様からの借り物で、何一つ自分の物はないと仰っておられました」

「そうまでして一体何がしたかったんだ」


 ルドルフは憐れむように首を振った。


「奥様はベルトラン家からの支援にとても感謝されておりました。ですから侯爵家の妻だというのに無駄使いをせず、慎ましやかにお過ごしでしたよ」

「好きな物を購入したくらいでどうにかなる弱小家だとでも思っていたのか?」

「お気づきのはずなのに敢えて答えから遠ざかるのはお止め下さい。夫が戦場にいるのに贅沢など出来ないと、この家でただひたすらにフェリックス様に愛情を注いでお過ごしだったのです」


 自分がフェリックスと仲良くなりたいと思っていると言った時の表情を思い出していた。あんなに柔らかい表情をする人だとは思わなかった。初めてに近い距離で見た妻の顔が、なぜか脳裏に焼き付いて離れない。


「もっと、自分勝手な人だと思っていた」

「なぜです?」

「なんとなくだ」

「アルベルト様もカトリーヌ様も、少々“家”というものに縛られ過ぎたのかもしれませんね」


 呆れたルドルフが離れていく。それでもアルベルトは薔薇の香油を掴んだまま動けなかった。

 

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