生きてさえいればまた
紅葉の時期を迎えて高尾山は秋の賑わいを迎えていた。
年々参拝客の数が増えていて大忙しである。
それでも幸いなのは、翼の調子が良くなった祖父が働いてくれていることと、なんだかちょっと頑固な性格が丸くなったことだろう。
それもこれも関東の稲荷との結びつきが強くなって、ことある毎に相談を持ちかけられるようになったことが理由だ。節介焼きにはそれが嬉しいのだろう。あれだけ意固地でいたのに「手が足りないときは他の天狗の手を借りるのも止むなし」と言い放ったくらいの変わり様である。
「よう、遊びに来たぞ田舎てんぐ!」
叶は頻繁にやってくる。あの豊川の『翁の、管狐勝手に貸し出し事件(叶命名)』を切っ掛けにして奔走した叶は、長野の飯綱神社やその他の飯綱社とのインフラ整備を行い円滑な管狐の流通を管轄する筆頭に任じられた。
高尾に来る名目はそれに関連したことなのだが、自身で遊びに来たと言ってしまっている以上やはり遊んでいるだけなのだろう。
王子稲荷の葉子とはあれ以来も深く付き合いを続けている。女性同士ということもあるし、兄妹の家族構成も同じでよく話が合い、なにかと一緒にいて安心出来た。姉とはこういう感じなのかなと思ったりもした。とはいえ葉子は王子稲荷の主神使という立派な立場にあり、その交流は友人以上に高尾の山にも大きな影響があったのだが、まぁそれは天狗業界の話である。
豊川の翁や葉子などの助け舟もあり、結局わたしの罰は当初よりも15年短く10年の御山謹慎ということになったのだった。
叶と杉の上を駆けながら山中見回りからの帰り道のことである。
――あまね
誰かに呼ばれた気がして立ち止まった。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと。叶、ごめん先に帰ってて」
「わかった、じゃあ先にいくよ。あまねも早くね。今日は鍋って言ってたし!」
やっほーと叶がいなくなるのを見送ると、あまねは天狗の腰掛け杉の梢まで行ってちょんと座った。見ると小さな女の子がとたとたと参道を駆けている。
「もう、あまねちゃん。そんなに走ったら危ないから。あ、帽子落として」
駆け回る子供を母親が追っている。親子連れの参拝客のようだった。
「あの子、わたしと同じ名前なんだぁ」
なんだかそれが嬉しくてちまちま動くその子を眺めていた。ゆっくり後ろからやってきた父親が、二人のちょこまか追いかけっこをする様子を楽しそうに見ている。
「ちょっとあなたも見てないで」
「いいじゃないか、もしかしたら天音には天狗様が見えているのかも知れないよ。ここは天狗の山だからね。実は俺も十年位前にこの山で不思議な女の子に会ったんだ。きっと彼女は天狗だったに違いないよ」
「またその話? もう何回も……あ、ちょっと待ちなさいって天音ちゃん!」
父親は、あまねの座る天狗杉の辺りまで来ると振り返って樹を見上げた。
隠行を使っているから人間にはあまねの姿は見えない。
しかし、まるで何かが見えているようにその視線は真っ直ぐあまねに向かっていた。
――ひさしぶり
あまねには、彼がそう言ったように見えた。
「ちょっと、あなたも早く来てよもう!」
子供のやんちゃぶりに振り回されている妻を助ける為、彼は小走りに駆けていった。
やっと子供を捕まえて抱き上げる。
そんな幸せそうな家族を眺めながら、あまねは堪らなく幸福な気持ちになった。
「よし! 今日はいつもの百倍がんばるぞ!」
山に満ちた紅葉の朱と同じ色の珠の付いた髪留めに触れると杉から跳び立ち、あまねは薬王院に向けて真っ直ぐ飛んだ。
あの素晴らしい思い出も今頃の季節だったと微笑む。
あまねは思う。
また必ず行こう。
あの思い出の場所へ。
生きてさえいればまた。
終




