18.動き続ける時間
「柄谷さん、今日はありがとうございました〜!!」
悠里を始め圭、松坂さんは揃って俺にぺこりと頭を下げた。
「テスト、頑張ってな」
仲良く家路に向かう三人の姿を家の外に出て見送った。
俺は正直、すぐ傍にいた悠里の余韻に胸がいっぱいになっていた。
「海。ちょっといい?」
部屋に戻ろうと玄関のドアを開けた俺を待ち構えていたように、明らかに心配の表情を浮かべて母さんが立っていた。
「うん? いいよ」
言われることは何となく予想がついた。
きっと悠里のことだろう。
いつも見慣れたリビングのソファーに座り、俺たちは向かい合う。
「悠里ちゃんでしょ? 今日来た子」
切なそうに微笑みながら母さんは予想通りの言葉を口にした。
「あぁ」
何をどう話そうか……?
話すも何も彼女はまだ記憶を失くしたままだが……
「海。沙耶さんの事……私達に気を遣ってない?」
今の悠里と俺の状況よりも、先に沙耶の事を言われて少し焦った。
見透かされてるのか……?
いや、そんな事あるはずがない。
悠里の中に俺がいなくなった時から、彼女と一緒に過ごした時間は夢の様に消えていったんだ。
そして、俺も彼女も今、もう別々の道を歩き初めている。
ちゃんと心得て……いたはずだ。
中途半端に投げ出すことなんて、もう今更出来ないんだから。
「何の気遣い? 俺の将来保証された様なもんなんだし、今の選択で俺は迷いはないよ?」
そうだ。
悠里の記憶と共に彼女を好きだった俺も消えたんだ……消さなきゃ、いけなかったんだ。
「……そう? そうだったとしても……ねぇ、海。勘違いして欲しくないの。私たち家族の未来より、私は海の気持ちの方が大事よ。お父さんもきっとそう思ってる。だから……」
「もう決めたんだよ!! 悠里は……俺の事は全く覚えていない! ……彼女の中に俺は、もう影も形もないんだ」
これ以上もう何も言わないでくれ……
今更、どうにかなる話じゃないんだ。
時間はどんどんと動き続けているんだから……
◆◇
部屋に戻りスマホの画面に目を遣ると、いつものように沙耶から大量の連絡が来ていた。
返信……
あぁ、面倒だ……
ベットに寝っ転がり、ぼーっと机の方を見る。
今日、あそこで間違いなく悠里が俺の隣に座ってた。
夢なんかじゃない。
また、この部屋に彼女が訪れる日が来るなんて誰が予想出来ただろう?
あの時も同じ優しい目をして笑ってた。
母さんが焼いてくれたクッキーを二人で並んで『美味しいね』って笑い合って食べながら、ほんの少し触れた肩が擽ったくて……温かかった。
「ふぅ……」
心の奥底から溢れ出そうとする悠里への想いを封じ込めようと大きく深呼吸した。
俺の父さんは岡病院の事務局長をしている。
沙耶のお父さんである、病院長の岡さんの秘書も父さんは兼任していて、彼女の父親からの信頼は絶大だった。
ところが、父さんが運転している車に岡さんを乗せて事故を起こしてしまった。
大事故というほどではなかったが、運が悪くも打ち所が悪く、外科の名手だった彼女のお父さんはその時の後遺症でメスが握れなくなってしまったらしい。
あの日は憔悴し切っている父さんが心配で、たまたま一緒に岡さんの病室に見舞いに行った時の事だった。
父親の付き添いをしていた沙耶に、俺は一目惚れをされたらしく……
数日後に父さんが言いづらそうに病院長に持ちかけられた沙耶との交際の話を俺に話した。
悠里の記憶の中から俺が消えて……
完全に別の道を歩み出してもなお、俺は胸の中の何処かでいつも彼女を忘れられずにいた。
きっといつか、また逢える……
彼女が俺の事を思い出してくれる日が必ず来る、そう諦めきれずに。
サンファで働き出したのも……
悠里と何度か足を運んだあの場所にいれば、お客さんで来てくれるかもしれない……心の中をひっくり返せば結局それが本音だった。
沙耶とのことがあって、いつまでも未練がましく前に進めずにいる俺にはいい機会かもしれない……そう思うしかなかった。
まさか、悠里とここで一緒に働ける日が来るなんて、その時は想像も出来なかったから……




