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10.広がるコーヒーの染み

「休憩入ります」


 コンコンと扉をノックする。

 いつもなら柄谷さんがいる時は『おう! お疲れ様』そんな声が中から飛んでくるけど、今日は奥の方から小さな話し声が……


(電話中かな……?)

 そっとドアを押して覗き込むと何やら不穏な空気で電話をしているようだった。


「本当にバイト先まで電話してくるのやめて欲しいんだ。頼む」

 まだ私の存在には気付いてはいないみたい。


「日曜日? ごめん、シフト入ってるし来週からテストあるんだ。……遠分無理かな」


 もしかして、彼女さん……?

 どうしよう、足が前に進まない。


 入り口で立ち尽くす私に電話を終えて振り返った柄谷さんと目が合った。

 心の中が顔に出てしまっているような気がしてビクリと身体が反応してしまう。


「……ごめん、聞いてた?」

 申し訳なさそうな顔で私を見てる。


「い、いえ……。今来たところです」

 本当の事を聞きたくなくて、しょうもない小さな嘘をついてしまった。


「そう? ならよかった」

 フニャッと笑って休憩用の椅子に座る。


「どう、ひとり立ち初日は? なかなか調子いいみたいだけど」

 ついさっきまでの空気は無かったかのような柄谷さん振る舞いに少し戸惑ってしまう。


「はい、何とか。北原先輩にも色々フォローしていただいて」


『彼女、居るんですか?』

 聞きたい。

『さっきの、彼女からの電話ですか?』

 気になって仕方ない。


 でも、口から出る言葉は心とは裏腹な強がってる私。


「そうか。圭も成長したな。最初はあいつもカチコチだったんだぞ? 想像つなかないだろ」

 懐かしそうに、でも嬉しそうにニッコリ笑う柄谷さんにまた見惚れている。


「そうなんですか? いつも堂々としてるように見えますけど」

 北原先輩は何やっても簡単にこなしそうに見えるけど、そんな事ないのかな。


「努力してんだよ、たくさん。それを他人に見られるはどうも彼のプライドが許さないらしい」

 ククと笑う。


「私も頑張らなきゃですね」

 ちゃんと柄谷さんは見てくれてる。

 私の記憶も柄谷さんの中に増やして欲しい。


「杉田さんは今まで見てきた新人の中で断トツ覚え早いし、頑張り屋さんだよ。十分分かってるから焦らなくていいぞ」

 何もかも見抜かれているようで……でもそんな風に見て居てくれてたことが嬉しくて。

 いつの間にか私も自然に笑顔になっていた。


「さ、後半も無事終われるようにがんばろ。俺後10分位で休憩上がるから、花野井さんに指示もらって」

 そう言って目線を私からスマホに移す。

 急にカーテンを引かれてしまった気がして寂しくなった。

 けど、話せてよかった。

 ちゃんと見てもらえてたってわかっただけでも頑張れる。


「じゃ、休憩あがります」

 一生懸命笑顔を作って休憩室を出た。



 ◇◆


「コーヒーは、ホットとアイスとどちらにされますか?」

 目の前の清楚で透明感のある女性に伺いを立てる。


「アイスでお願いします」

 メニュー表を辿っている指先は可愛らしいピンクの花柄のネイルが艶々と光っていた。


 そんな彼女が急に顔を上げる。


「……あの……柄谷くん、呼んで頂いていいですか?」

 か弱そうな雰囲気とは裏腹な意志の強い瞳で、私の視線をガッチリと掴んだ。

 真っ直ぐでほんの少し明るく美しいロングヘアーの毛先を触りながら言う。

 『柄谷くん』そう彼女の口から名前が出てきた時、心臓がドクンと鈍い音を立てる。


「……今休憩に行ってて……」

 一生懸命口を開いて答えた時、社員の飯島さんが私の横から顔を出した。


「お久しぶりです、岡さん。柄谷、今呼んで来ますね」

 休憩中はよっぽどのことがない限り呼びつけたりしない飯島さんが、小走りに裏に戻り内線をかけている。


「いつも海くんがお世話になってます」

 その『岡さん』と呼ばれた彼女は薄らと元気のない笑みを浮かべて、軽く私に頭を下げた。


(海くん……?)

 すぐに分かった。

 この人が柄谷さんの彼女なんだって。


「おい、杉田? どうした? 早く準備しろって。花野井さん、ちょっと、見てやってよ!」

 完全に硬直していた私の異変に気づき、北原先輩が自分のお客さんを受けながらも花野井さんにコンタクトを取ってくれている。


「す、すみません。今すぐに……」

 頭が真っ白になる。

 どうしよう……


「杉田さん、大丈夫? 焦らないでいいから。彼女、柄谷さんの知り合いなのかしら……?」

 裏で慌てて柄谷さんに連絡している飯島さんの姿に違和感を覚えたのか、花野井さんが怪訝そうな表情を浮かべている。


「そうみたいです。私、今急いで用意します」

 集中しなきゃ……!!

 感情を悟られないように無心でアイスコーヒーをカップに注ぐ。

 フタをして、トレーに置いたらすぐにアップルパイを取りにフライヤーに向かった。


 大丈夫……

 大丈夫……



「沙耶! 来るなって言っただろう」

 突然険しい顔で柄谷さんが現れた。

 カウンターを出た柄谷さんと彼女の距離は普通の友達とは言い難いくらいに近かった。


「だって、最近全然会ってくれないんですもん。我慢できなくて……ごめんなさい」

 シュンと下を向いてしまった彼女の表情があまりにも泣きそうな顔をしてたから……


「柄谷さん、女の子にそんな風に言わないでください。せっかく会いに来てくださったんでしょう?」

 好きとか嫌いとか……彼女とか友達とか……その時は何も考えていなかった。

 でも、言ってしまった後、何の取り柄も美貌も持っていない惨めさが襲い我にかえる。


(身の程知らずの自分が何言ってんだろ……)


 そこにいるだけで可憐な花のような彼女を直視出来なくなってしまって……


(もう……早く行って……!)

 間違いなく、心の中でそう思ってしまった。

 商品を揃えて彼女に手渡した時、アイスコーヒーがグラリとバランスを崩して岡さんの方へ倒れた。


「やだっ!! 冷たいっ!!」

 彼女の淡いブルーのワンピースがコーヒーの染みに覆われていく様を、全て時が止まってしまったような空間の中でボーッと眺めていた……

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