その後の二人(怜奈視点)
「上月先輩。僕と付き合って下さい!」
大学のキャンパスの片隅で、私にそう告白してくれたのは、一つ年下の商業科の後輩くんでした。
名前は、確か若松くんだったかな? 正直、あまり覚えていません。
若松くんは、アイドル系とでもいいますか、少女めいた顔立ちをした男の子でした。
細い眉毛に大きな目。線の細い体つき。
可愛い系のイケメンらしいのですが、やっぱりどこが格好良いのか私には理解できません。
こういう時の断り文句は、いつも決まっています。
「ごめんなさい。容姿が好みじゃないんです。――それに」
お決まりのセリフの後に、私は一年前から付け足すようになった言葉があります。
「私には、とっても素敵で理想的な彼氏がいるので、お付き合いはできません」
私と雅人くんがお付き合いをするようになって1年が経過し、私は商業科の2回生になりました。
私は雅人くんとお付き合いしていることを隠してはいませんし、むしろ周囲に公言しているのですが、なぜだか告白される回数は減りません。
「普通、恋人がいたら、告白するのも遠慮しそうなものですけどねぇ」
「それは俺に対する嫌味かな?」
ランチタイムにそうぼやくと、前の席に座った永吉くんが顔を引きつらせてそう言いました。
そういえば永吉くんも、私と雅人くんが付き合いはじめたころは、なんだかんだと理由をつけて私に告白を繰り返していました。
もっとも、ある時を境にぴったりとなくなったので、今では忘れていましたが。
「和真はしつこかったものね。まったく相手にされてなかったけど」
永吉くんの隣でクスクス笑うのは美穂ちゃんです。
ある時から永吉くんが静かになったなーなんて思っていたら、ある日、美穂ちゃんから永吉くんと付き合うことになったと報告されました。
今では二人は恋人同士なのです。
なんでも美穂ちゃんは、私に邪険に扱われ続ける永吉くんを見て、キュンと来たそうです。
不憫萌えに目覚めたのだと本人が言っていました。
そんな気配は欠片もなかったので、本当に驚きました。
「いやだって、相手が相手だしなぁ。あきらめきれないというか、納得いかないというか、そういう気持ちで告白してしまう奴等の気持ちは理解できる。痛いほど理解できるぞ」
永吉くんは当時のことを思い出したのか、苦い顔で何度もうんうんと頷きました。
私はため息を吐き出します。
「納得いかないって言われても、雅人くんよりも好みのタイプの人に告白されたことなんてないから、揺らぎようがないんですけどねぇ」
もちろん、浮気するつもりなんて欠片もありません。
だけど、雅人くんから私を奪おうという気概があるのなら、もう少しマシな刺客を送ってきてもらえないでしょうか? トキメキようがありません!
「あー……まあ、彼レベルの容姿の人はそうそう居ないからね。色んな意味で」
美穂ちゃんは遠い目をしながらそう呟きました。
その通りです。雅人くんほど素敵な容姿の人は、この一年間現れませんでした。
私の中ではいつだって、雅人くんがナンバーワンです。
私はちらっと時計を見ると、昼食のオムライスを急いでかきこみました。
今日は午後の講義が無い日なので、これから雅人くんの家に遊びにいく予定なのです。
昼食を食べ終わった私は、二人に別れを告げると、意気揚々と雅人くんの家へと向かいました。
私は合鍵を使って雅人くんの家に上がりこむと、掃除をしながら彼の帰りを待ちました。
雅人くんは今日は3限目までなので、もう少ししたら家に帰ってくる予定です。
こうやって家事をしながら雅人くんの帰りを待つのは、通い妻のような気分になれるので好きな時間です。
絶対に開けてはいけないと念をおされた押入れ以外を掃除しおえると、雅人くんがかえってきました。
「お帰りなさい、雅人くん」
「ただいま、上月さ――怜奈」
名前で呼ぶように強制して、そろそろ2月くらい経つのに、まだ雅人くんは名前呼びに慣れていないみたいです。
雅人くんがとっても奥ゆかしいのは理解しているので、私は焦らないように、少しずつ慎重に距離を詰めている途中なのです。
雅人くんは、とてもガードが固いのです。亀よりも固いプロテクトです。
スキンシップはいつも私からですし、あれこれと手をつくして、名前で呼んでもらえるようになるまでに10カ月かかりました。
もちろん、これはこれで幸せなのですが、時々欲がでるのです。
もっと雅人くんからの愛情表現があったらいいなぁーと。
私が期待をこめて雅人くんをチラチラ見ていると、雅人くんは少し落ち込んだような声で口を開きました。
「怜奈、今日――いや、やっぱりなんでもない」
「え、なんですか? 言いかけてやめないで下さいよ」
「いや、なんでもないんだ」
なんでもないと言いますが、雅人くんの表情は晴れません。
何かあったのでしょうか? 気になります。
「雅人くん、何かありましたか? 気になることがあるなら、些細な事でも言ってください」
恋人になって一年経った今でも、雅人くんはどうにも私に遠慮して、言いたいことを溜め込む癖が治りません。
何か思うことがあったとしても、多少強引に聞き出さないと言ってくれないのです。
私がじっと雅人くんを見つめると、雅人くんは根負けして口を開きました。
「すごく格好悪いから、言いたくない」
「大丈夫です。雅人くんなら何をしても、どんなことを言っても格好いいです。だから教えて下さい」
心の底からの言葉を雅人くんに伝えると、雅人くんはたっぷり躊躇った後に口を開きました。
「今日、怜奈が告白されてるの、見た」
プイと横を向きながら、雅人くんはぶっきらぼうにそう吐き出しました。
告白というと、今朝のアレでしょうか。
人気のない場所だったと思うのですが、まさか雅人くんに見られていたとは。
「きっぱりと断りましたよ?」
「うん、知ってる。べつに、怜奈に怒ってるとか、そんなんじゃないんだけど」
雅人くんは言いにくそうに逡巡して、視線を下に向けます。
「なんていうか、怜奈に告白する野郎にムカついて、怜奈が断る前に怜奈のことを浚っていきたかった。……けど、結局最後まで隠れてコソコソ見守るしかできなかった自分が、格好悪くて情けないなって」
「え、雅人くん?」
「彼氏なら、ああいう場面を見たら、こう、堂々と割って入るくらいできてもいいのに。というか、そもそも俺がしっかりしてないから、怜奈に告白してくる野郎が後を絶たないわけだし。本当に全然、怜奈のことを守れてなくてごめん」
しょんぼりと項垂れる雅人くんにたまらなくなって、私は畳を蹴って雅人くんに抱き着きました。
ああ、なんということでしょう!
「つまり雅人くんは、嫉妬をしてくれたんですね!?」
「え?」
「私に告白してくる人にムカついたってことは、つまり、嫉妬ですよね!?」
「え、あ、うん。それはそうだけど――」
「愛を感じます」
私がうっとりというと、雅人くんは白けた目で私を見て、はぁと息を吐き出しました。
「なんか、いつものことだけど……怜奈と話してると毒気を抜かれる」
「それはつまり、私が癒し系ということでしょうか?」
「ああうん。もうそういうことで良いよ」
多少投げやりな態度でしたが、雅人くんが褒めてくれたことで私は機嫌をよくします。
雅人くんはそんな私を、不思議なものでもみるような目で見つめました。
「というか、嫉妬されて嬉しいものなの? 見苦しくない?」
「え、なんで見苦しいんですか? 嬉しいですよ。雅人くんはあんまりそいういうの、表に出してくれないから、私が告白されてても気にしないのかと思ってました」
「……いや、気にしてないワケないし。というか、めちゃくちゃ気になるし」
雅人くんの言葉に、私は驚いて目を見開きました。
だって、私は過去なんども告白されたことがありますが、雅人くんがそれについて話題に出してきたのは今回が初めてなのです。
告白されたと報告しても、いつもふーん。というような反応なのですよ!
私も毎回ちゃんと断っているので、そこまで気にしていないのかと思っていました。
「気にしてたにしては、いつも、反応薄くないですか?」
「いやだって、俺があからさまに嫉妬してもキモいだけだし、余裕なさ過ぎて格好悪いし。そもそも、割って入る度胸もないくせに、何言ってんだって話だし」
雅人くんはぶつぶつと呟いてから、けれども私にしっかりと視線を合わし、決意を込めたような目で言いました。
「前は、上月さんがいつか他のヤツを好きになってもしょうがないって思ってた。だけど俺は、やっぱり、他のヤツに上月さんを奪われるのは嫌だ」
雅人くんに至近距離で見つめられて、顔に熱がこもります。
心臓がバクバクと早くなりました。
「いつかちゃんと、怜奈は俺のものだって胸を張って言えるようになるから。他のヤツに告白されても、靡かないで欲しい」
「ま、雅人くん!」
当たり前じゃないですか!
私が雅人くん以外の男になびく訳がありません!!
そうきっぱりと言いたいのに、心臓がばくばくして言葉にできませんでした。
代わりに、私は雅人くんを安心させるようにぎゅっと強く抱きしめました。
雅人くんを抱きしめたときの、包み込まれるようなふくよかな感触に癒されます。
雅人くんに、怜奈は俺のものだ、なんて言ってもらえたら、嬉しすぎて倒れるかもしれません。
大好きですと気持ちを告げたら、短くぶっきらぼうな声で、俺も。と返事が返ってきました。
他の人なんて要りません。
雅人くんとずっと一緒にいることが、私の一番の願いなんですから。




