失恋のその後(怜奈視点)
雅人くんにはっきりとお付き合い断られてから、すでに五日が経過しました。
その間、私は雅人くんと一切接触をしていません。
同じ大学といえども学部が違えば校舎も違うのです。会いに行かなければ学内で偶然出会うことはまずありません。
雅人くんに接触するには、私が彼にメッセージを送るか、彼が好んでいるオンラインゲームにログインするしかありませんでした。
「はぁ……」
携帯電を開きながら、私はため息を吐き出しました。
連絡先は知っています。ネットゲームにログインすることもできます。
それでも私は、あの日以来、毎日のように送っていたメッセージを送ることができないでいます。
雅人くんに借りた服も、まだ返せていません。
会う口実はあるのに、それでも行動できないなんて初めてです。
フられたのは二度目です。
前回は落ち込みもしましたが、気持ちを持ちなおして雅人くんにアタックを続けることができました。
だけど、今度は前と違います。
雅人くんを好きだ、連絡を取りたいという気持ちは以前よりも強くなっているのに、どうしても前のように強引に行動できないのです。
雅人くんにフられた日の、あの、傷ついた表情が忘れられません。
迷惑だと言われるのは我慢できます。
鬱陶しいといわれたって、離れない覚悟でした。
だけど、私の行動で雅人くんが傷つくのだと思うと、もうどうしようもありません。
行動したいのに、何もできない。
雅人くんの為になにかしたいのに、考えれば考えるほど、私が何もしないことが一番雅人くんに為になるのだという答えになるのです。
モヤモヤとした気持ばかりが心に溜り、授業にも身が入りません。
「上月さん、また講義聞いてなかったでしょ」
ビジネス基礎概論の授業後、からかう様にそう声をかけてきたのは永吉くんでした。
あの日、ファーストフード店で少し話して以来、永吉君はよく私に話しかけてくるようになりました。なんでも、落ち込んでいる私が気になるのだとか。
気まずいですが、気持ちはわからなくもありません。
永吉くんは私の隣に座ると、ポンと自分のノートを叩きました。
「よかったらこれ、写しなよ。講義中、手が動いてなかったし、ノートもとってないんでしょ?」
「ありがとうございます」
永吉くんの気遣いに、私は複雑な気持ちでお礼を言いました。
永吉くんに対する嫌悪感は、今はありません。
相変わらず容姿は好みではありませんが、永吉くんは私が思っていた以上に優しくて、実は一途な人なのだというのが分かりました。
だけど、だからこそ、永吉くんに優しくされるのは、少し困ります。
私は永吉くんが私に向けているのと同じだけの好意を、彼に返すことはできません。
それが分かっているのに、親切を受け取るというのは、ズルいことなのではないでしょうか。
けれども、冷たく突き放すというのも、もし私が雅人くんに突き放されたらと思うと、どうしてもできないのです。
私がそんなことをつらつら考えていると、永吉くんは困ったような笑みを浮かべました。
「上月さん今、俺に優しくされて申し訳ないなー、とか思ってるでしょ」
「う……」
言い当てられて私は言葉に詰まりました。そんなに顔に出ていたでしょうか。
「気にしなくていいからね?上月さんの気持ちはちゃんと分かってるし、そのうえで、俺が好きでやってることだから」
「でも、そういうのって、辛くありませんか?」
「どうかな? 少なくとも、まったく相手にされてなかった前よりはマシな気がするけど」
散々な対応をしていた自覚があった私は、永吉くんの言葉に押し黙ります。
本当すみません。
永吉くんは悪くないんです。私の美的感覚が悪いのです。
「俺よりも、上月さんの方が辛そうだよ。ずっと落ち込んでる」
「そう見えますか?」
「かなり上の空だからね。理由はやっぱり、例のアレでしょ?」
私が失恋したことを知っている永吉くんは、痛ましそうに目を細めます。
「駄目だって分かってるのに、諦められなくて、でも私の思いは迷惑でしかなくて。もうどうすればいいのか分からないんです」
ため息と一緒に言葉を吐き出します。
私の言葉を聞いて、永吉くんは面白くなさそうに唇を尖らせました。
「どうすればいいか分からないなら、俺にしとけばいいのに」
「いや、それはちょっと」
「……分かってる。言ってみただけ」
永吉くんはがくりと肩を落として、大げさに息を吐きました。
「俺って不憫だよなぁ。こういうのは仕方がないとはいえ、ライバルがアレだし。アレに負けるとか無いわー……」
「雅人くんをアレとか言わないでください」
私がジロリと睨むと、永吉くんはゴメンと小さく謝って肩をすくめた。
「けどさ、俺にしてみたらアレ呼ばわりでもしないとやってられないぜ? そんだけ思われてんのに、上月さんをフるなんてさぁ。いやまあ、そのおかげで俺にもまだチャンスがあるってワケなんだけどさ」
いえ、チャンスはないと思います。
思わず喉まで出かかった言葉を飲み込みました。
「永吉くんは本当に、めげないですね」
「粘り強さには自信があるからね」
「羨ましいです」
心の底から羨ましいと思いました。
私も永吉くんみたいに、諦めずに、雅人くんに付きまといたいです。
でもやっぱり、これ以上しつこくして嫌われたらと思うと、とても怖いのです。
「上月さんは、どうするの?」
「どうするって?」
「もう無理だって思うならさ、諦めて、他を見た方がいいよ。その相手が俺なら嬉しいけど、そうじゃなくても、他に目を向けようと意識することで、忘れることができるかもしれない」
他に目をむける、か。
今は雅人くんのことで頭がいっぱいで、他のことなんて考えられないのに、そんなことができるんでしょうか。
「あの日以降、彼から連絡はあったの?」
永吉くんの言葉に、私は左右に首を振ります。
そもそも、雅人くんは私から連絡をしないかぎり、メッセージをくれることはありません。
だから、私が何もしなければ、それっきり縁は切れてしまうのです。
「あの日、俺が上月さんをバイクに乗せたでしょ? アレを見てた奴がいるみたいで、今、上月さんが俺と付き合ってるかもしれないっていう噂が流れてるの、知ってる?」
「ええ?」
知りませんでした。
自分のことで精いっぱいで、周りの噂なんて聞いている余裕がなかったんです。
「それ、広まってるんですか?」
「多分ね。上月さって目立つから、噂になりやすいし」
思えば、雅人くんに告白したときも不本意な噂がながれました。
この学校、噂が好きすぎでしょう。
っていうか、私に関する噂が多くありませんか!?
雅人くんは、噂を聞いたんでしょうか。
聞いたとしたら、どう思ったのでしょう。
雅人くんに告白をしておきながら、すぐに他の男と付き合う軽い女?
うっ、そんな風に思われたのだとしたら、最悪です。
今すぐメッセージを送り付けて、噂は嘘だと否定したくなります。
「多分、工学科にも広まってると思うよ。でも、それでも連絡が何もないと。気にならないのかね」
「……」
永吉くんに告げられた事実に、心がズシリと重たくなります。
好きな子が他の男と噂になっていたら、普通、気になりますよね?
雅人くんは私を好きだと言ってくれましたけど、でも、付き合いたくないともいいました。
こんな噂を聞いても、確認をとろうとは思ってくれないんでしょうか。
私とは関わりたくないって、そういうことなんでしょうか。
私のことなんて、もうどうでも良いんでしょうか。
心が痛いです。
諦めた方が良いのでしょうか。
あきらめられるよう努力したら、楽になれるんでしょうか。
「やっぱり、私に希望はないんでしょうか」
「諦めることができたら、楽にはなると思うよ」
痛んだ心に、永吉くんの言葉は水のように染みこみます。
諦めて、他に目をむけることができたら、かぁ。
雅人くんよりも好きになれる人なんて、いるのでしょうか。
私はちらりと永吉くんを見ます。
……うん。申し訳ないですけど、それでもやっぱり永吉くんの気持ちを受け入れるのは難しそうです。
友達としては良いのですが、恋となると、やはり容姿の壁がキツい。
私が普通の感覚の持ち主なら、きっと永吉くんにもトキめけたのでしょうけど。残念です。
「合コンにでも行ってみようかな……」
「え!? いやそこは、身近にいる人物とかに目を向けてみるパターンじゃないの!?」
わざとらしく自分を指さす永吉くんに、私は悲しい顔で首を左右にふりました。
「ごめんなさい。何度考えても、やっぱり、永吉くんは対象外なんです」
「なんか、段々と断り文句がエスカレートしてねぇ!?」
酷い言葉を言っている自覚はありますが、それでもやっぱり、無理なものは無理なのです。
顔をみなければイケそうな気が……いや、やっぱり体系もキツいですね。
声だけなら大丈夫なんです。性格だって問題ありません。ということは。
「もしかしたら、視界に入らなければ、好きになれるかも?」
「絶望しかない!」
永吉くんはがっくりと肩を落としたあと、けれどもまだ諦めないと拳を握りしめました。
永吉くん、本当に凄いです。
かなり酷いことを言っているのに、どうしてそこまで強くあれるのでしょうか。
できることなら、私も見習いたいです。
迷惑だって言われても、嫌がられても、傍にいたいです。
諦めるとか、引き際を考えるとか、そんなことしたくありません。
だけど、雅人くんを傷つけるくらいなら、自分の気持ちを押し殺して、諦めるよう努力するべきなのでしょう。
それが雅人くんに為になるなら、頑張れる気がします。
雅人くんを、諦める。
だけどその前に、もう一回だけ、雅人くんに会いたいです。
何も望んだりしないから、最後に一度、雅人くんに会ってお別れをしたいのです。
幸いなことに、口実はあります。
雅人くんに借りたままの服。きちんと洗濯を終えたそれを、雅人くんに返さなければなりません。
何度も躊躇った後、私は、雅人くんにメッセージを送りました。
これで最後にしますから。
あとほんの少しだけ、私のわがままに付き合って下さい。




