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後悔と失望 (雅人視点)

本当にこれで良かったのだろうか。

上月さんが出て行った部屋で、俺は一人悶々としていた。


あんなこと、言うべきじゃなかった。上月さんは何も悪くないのに、俺の中の劣等感をぶつけたりして。

あれじゃあ、まるで八つ当たりじゃないか。

後から後から、湧き出るように後悔が浮かんでくる。


だけど同時に、これで良かったのだと安堵する自分もいた。

あんな俺を見れば、いくら上月さんでも愛想を尽かしたはずだ。

きっともう、俺に構ってくることもないだろう。

これで良いんだ。

俺と上月さんの格差を考えてみろ。これで普通だ。今までが異常だったのだ。

俺なんかが上月さんとまともにつきあえるなんて思っていなかっただろう?

俺の選択は間違っちゃいない。すべて正しい、あるべき姿だ。

自分から断ちきったんだろう? これで満足だったはずだ。


俺は間違っちゃいない。

なのに。

なのに。

なんでこんなに、胸が痛いんだよ。


俺という男は、どこまでも小さくて、未練たらしくて、みじめな奴だ。

自分から彼女を遠ざけたのに、さっきからずっと、携帯電話を握りしめているのは何故だ?

もしかして、上月さんからまた連絡が届くかもしれないと、期待しているのか。

怖くて、怖くて、自分からメッセージ一つ送ったことがないくせに。愚かしいにも程があるだろう。


自分から断ちきったのに、この喪失感は何なんだよ。


上月さんに会いたい。会って謝って、全部なかったことにしたい。

だけどそんなこと、出来るわけがない。

会って謝って、全部なかったことにしたって、俺は結局また、自己嫌悪に陥るんだ。

分かっているのに、上月さんの事を考えるのを止められない。


上月さんは今、どうしているだろうか。

無事に家まで帰れただろうか。風邪をひいていないだろうか。


――泣いていないだろうか。


そのことに思いいたって、俺はハッと半身を起した。

自分のことばかり考えていたが、あんな言葉をぶつけられて、上月さんが傷つかない筈がない。

この家を出て行ったとき、彼女の様子はどうだった?

別れを告げた声は、明るかったように思った。だけど、微かに震えていなかったか?

俺は彼女を泣かせたのか?


「っ……!」


気がつくと俺は、玄関を飛び出していた。

マンションから周囲を見回す。そこに上月さんの姿はない。

あたりまえだ。別れてからかなり時間が経っている。日も暮れているし、もう家に帰ったに決まっている。

いる筈がない。そんなことは分かっているのに、俺は何かに追い詰められたみたいに近所を走り回った。

住宅街を走り、駅へと向かう道を走る。

どうしてこんなことをしているのか分からない。

ただ、じっとしていられなかった。

上月さんに会いたかった。


そんな俺の願いが神に届いたのか、俺は、上月さんを見つけた。

上月さんは、フラフラと道を歩いていた。今にも倒れてしまうんじゃないかと心配になるくらい、足取りに力が入っていない。

どうしてまだこんな場所にいるのだとか、そんな疑問はちらりと見えた上月さんの横顔で吹き飛んだ。


上月さんは泣いていた。泣き腫らした顔をしていた。

そこに、いつも笑顔を浮かべていた彼女の明るさは微塵もなかった。

金づちで殴られたような衝撃だった。

いつだって前向きで明るくて、鬱陶しいくらい強引で、強いと思っていた人なのに、あんな風に泣くのだ。

俺が泣かせたのだ。


名前を呼んで、駆け寄りそうになった足を、意志の力で押しとどめた。

俺が、今更、彼女に何を言えるというのだ。

どんな顔をして、彼女の前に出られるというのだ。

彼女に駆け寄ることも、かといって踵を返してマンションに帰ることも出来ずに、俺はこそこそと隠れて上月さんの背中を眺めていた。


その時、けたたましいバイクが音を立てて、上月さんに横に停まった。

バイクの主は男のようだった。上月さんの知り合いなのか、エンジンを切って、彼女に何か話かけている。

ヘルメットの中の顔が少し見えた。その顔に、微かに覚えがあった。

前に、よく分からないことを言いながら工学科に乗り込んできた、商業科のイケメン野郎だ。

いけすかないその男が、上月さんと何かを話している。


胃のあたりがむかむかとした。

何を話しているのか気になったが、声はここまで届かない。

心臓がドクドクと早くなった。

おい、上月さんから離れろよ。そんな言葉を心の中で吐き捨てるけれど、声に出していない言葉が届くわけがない。

せめて、早く立ち去れ。消えていなくなれ。

怨念がましくそう念じていると、男は後部座席にぶら下げたヘルメットを、ぽんと上月さんに手渡した。


――え、おい。なんだ?


呆然となりゆきを見守る俺の目の前で、上月さんはヘルメットをかぶると、バイクの後部座席にまたがった。

低い音を立ててエンジン音が鳴ると、上月さんを後ろに乗せたまま、バイクが走り出す。


――ちょっと待て。なんだよ、それ!


突然出発したバイクに慌てたように、上月さんが野郎の腰に手を当てた。

そんな光景、見たくもないのに、俺は縫いとめられたかのように二人から目が離せなかった。

そんな俺をあざ笑うかのように、バイクはあっという間に俺の視界から消え去っていった。


バイクに乗ったイケメン野郎が、上月さんをかっさらって行く間、俺は一歩も動けなかった。

ただ呆然と、まるで映画の観客のように、眺めていることしかできなかった。







その日を境に上月さんからの連絡は途絶え、彼女がオンラインゲームにログインすることもなくなった。



そして数日後。

上月玲奈が永吉和真と付き合い始めたらしい、という噂が校内に流れた。




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