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『D:mode ユダ、感染確認!対象から離れたし』

楽しき架空。楽しきゲーム、その中で永遠に興じていたい。

それがあまりに悪なのかわからなかった。


「くっそぉ…」


ウィリアム・テルが放った弓が胸に突き刺さりながらも平気である。

それは彼がプレイヤーだからというだけだった。

だが、プレイヤーとしてこの架空の電算世界に在る計算式を阻害されたのは事実。

痛覚も多少なりとも感じている。

しかし、男は核心を持って余裕があった。

ジェーンを見やる。

その銀色の甲冑の可憐な少女は、虚ろな目をもってこちらを見つめる。

口もとが自然ににやけた。

負けるはずがないのだ。

第一、自分はヴィンゲートに雇われた選りすぐりのプレイヤーである。

今や、自分の手駒として英雄ロビン・フットも伝説の鍛冶人ヴェルンドも、

妖精王オべロンも、シグルス、ティルも、ハ―メルンもみんなみんな支配下である。

そして彼等の主もみな、ヴィンゲートの手のウィルス媒体によって再起不能にしていたし、

事実その核たる自分だって無事である。

それなのに、負けるなど許されない。

「…ローザ。プレイヤー達を助けて、オンラインキャラクターを解き放て…それからこのクエストを終わらせよう」

「…本気で言ってるのか?」

「……あぁ」

「だって楽しいじゃないか?…でもいつか終わっちゃうんだぞ…虚現の陰陽ってのを手に入れたらもう…終わるんだ」

「……」

「嫌だって思ったことないのか?」

「………」

「お前と同じナイトプレイヤーも言ってた。だから俺に協力し、俺に利用された。でもあいつの願いはかなうぞ。

たとえどれだけ苦しくても、戦いと言う娯楽がこのクエストにはある。オンラインキャラクターは達の戦いは綺麗だよな」

「…お前」

「お前だって俺と同じじゃないか。だからトラントに固着する。だから…あぁいう女が許せないんだろ?真穂っていう女」

「……」

「どうして知ってるかって?まぁ、俺のスポンサーが凄いってことさ…」

「………」

「なぁ、一緒にここで遊ぼう…。永遠にずっと…楽しいぜぇ。俺のスポンサーもその永遠を守るって約束してくれている…な?」

「俺は」

「お前も現に飽いた、虚ろの勇者にすぎないんだって」


与六というガキは俺の言葉のひとつひとつに、

瞳を泳がせ、困惑している。

その様子を愉快に笑いながら俺は、小声で唱えていた。

AIの代わり事の手続きを終わらせて、俺は与六に勝ち誇るかのように言い放った。


「時間だ。俺の勝ちだな…end of world 、起動だ」


与六が何か言っているが気にも留めない。

ジェーンと己自身を、白い数式と黒い数式が囲い込む。

やがて集束する。

この繭のような空洞が開けた時、俺は真の魔術師としてこのクエストに君臨できる。

虚ろな主として、だ。


***


立っているのは見慣れた少女。

ジェーンは何も言わず無言のまま、俺と向かい合っている。

その瞳に意志は宿らず、ただ茫然と在るだけの存在。

「お前に意味を与えてやるよ、魔女」

そっと手を伸ばし、その金髪を撫でつけた後―すっかり暗記した言葉を唱える。


「我は汝の虚像の主。我はそなたの真の主にあらず。我が従えるのは汝の虚陰の意思なり」

ジェーンの真っ白な顔色に仄かに紅色がさしてくる。

「されど我はさらなる忠誠を望む。汝、その真陽の意思の中。その断片を我はしめす」

「ローザ…」

ジェーンの声だった。その声に確かに感情が読み取れる。悲哀だろうか。

どうして悲哀なのか、わからないがとりあえず気に留める筋合いも無い。

金時計の警告音が煩い。早く終わらせよう。

「ローザ、信じて…私は魔女じゃない」

哀しげに囁く少女は、俺に真っ直ぐに剣先を向けている。

剣の柄には良く見ると白百合の彫りが刻まれていた。

ジェーンは涙を流して、俺に頼む。


「お願い…私は貴方を傷つけたくない。貴方はもうこれ以上…傷つかなくていいのに」

「うるさいんだよっ!お前はいつも俺にそればかり!!!だからお前を壊したっ」

「ローザ……」

「お前なんかに何が解る?お前はやってもない罪を着せられたことが在るか?!!

大事なものをどんどん奪われていったことは?!!!愛した人が死んだか!!!?

違うだろっ!お前等は英雄譚のなかで褒めそやされ、幸せに暮らしましたっだ!!!

それか死んでも栄誉ある誉れをいただいたっ!そうだろ!!!」

「ローザ、英雄は己の安寧も幸いも全て平和の為に捧げたから讃えられる。

私達は誉れなど欲しくは無かった。ただ…ただ戦いは嫌いだから立ち上がっただけ。剣を取ったのよ」

「黙れ!!!この家族殺しがっ!!!」

「ある意味…その通りなのかもしれない。でも…ローザ、わかって。どうか信じて。なによりも貴方自身の為に。私は、魔女じゃないの」

「どんなに認めなくても、お前は魔女だよ!!魔女として死んだ!!!」


ジェーンはそれ以上何も言わず、その剣先を震わすだけだった。


「コルキスの王女!己が罪を認めないのか!!家族を殺し、騙した、魔女メディア!!」

白と黒の文字列がジェーンに絡む。

がすぐにそれはこちらに…飛んだ。絡みつく鎖のようにそれは俺の動きを封じ込める。

ジェーンは哀しげにこちらに剣先を向けたまま言った。

「私は魔女じゃない。

私が聞いたのは確かに神の声だったし、私が剣を手に取ったのは守りたかっただけなの。

剣は嫌い…だから旗を好んだわ…。王を信じ、神を信じ…私は最後その身を灰にされた…」

結んでいた金髪が解かれたが風にたなびかない。

金のそれは短く切られ、少年のような長さだった。現れたのは銀の甲冑の少女。

真っ直ぐに向けられた眼差しは、涙で濡れていた。


「我名はジャンヌ・ダルク…ローザ、さようなら」


剣先が、喉をつく。

俺はその神々しい少女を見ながら闇に意識を手放していた。


***


動かなくなったローザを見やる。

生きているのか死んでいるのかと確かめようとしたら、

旗がそれを制した。


「…死んではいません。でも、プレイヤーとしての機能は終わりました」


凛々しい声にジェーンを見やる。

彼女はこちらを向くと、そのまま「すみませんでした」と謝った。

言ったその口ぶるが小さく白い光を放っている。

見つめるとその部分が薄れ消えていった。

口だけじゃない。脚も、腕も、胴も…消えていく。

「プレイヤーが消えたので、キャラクターも消えます」

「そんなことはいい…!どうにかできないのか!あいつも助けなきゃっ!!!」

「不可能です。End of worldが発生し、失敗した結果です」

「…そんな、梵天丸!!おっちゃん!!!」

トラントの言葉に愕然とする。

AIに呼び掛けるが状況は変わらず、ノイズ音が走るだけだ。

ジェーンは頭を振って、微笑みをうかべていた。

もう口が消えていたので彼女が何を言いたかったのか分りはしない。

言葉交わさぬまま、ジェーンは消え去り、地面に旗が残った。

その旗も、やがてその痕跡を消し去り…何も残らなかった。

「……トラント、行くぞ」

「どちらに」

「ケイのぼけと、マリアさんのとこだよ」

「貴方は真穂様をお嫌いなのでは?」

「嫌いだよ!!でも…嫌いだって言い張って何にもしない自分はもっと嫌いだ」

「了解しました」

トラントは言った後、俺を抱える。その時、何か静電気みたいに痛みが走った。

トラントも感じたらしく、顔をゆがませる。

大丈夫か、と声をかければ。

「…問題ありません。行きましょう」

俺はこの時、事も無げに返す相棒の言葉を信じ過ぎていた。


***


≪マリア!無茶しないでください!!!≫

「しないと勝てる相手でもないっ!!!!」


使いなれていない剣を手に、ナグサ―ルと黒い龍に飛び移るとその肢体に剣を刺す。

かなりの力が必要みたいで、何度も何度も射してようやく皮膚に届く位です。

ケイというあの人がお手軽にやってのけるので誰でもできると思っていました。

こいつが門番のような相手です。

こいつが遮る先に、なにか建物があって、そこにキーアイテムが在る。

あの剣があるのです。

≪貴方も大切な身体ですっ!!どうか無茶だけはやめてっ!!≫

「そんなのあいつに言ったらどうだ!!!あのへろへろ、さっきからずっと…」

振りほどかれてマリアが宙に放り出される。

宙に浮く、マリアの行動に自由さはなく、回避も取れない。

ナグサールは龍の騎乗から手やりを投げられます。

怪我を覚悟した、マリアの身体ですが柔らかい何かが背後から抱きとります。

「少々ダイエットを推奨しますよ。ちょっと重い」

「…っ、放せ」

「はいはい、あとでね」

ケイは言いながら、その手やりをなんとか掴み取るとナグサールになげ返す。

軽く避けた敵は次の攻撃態勢を取るが、その視界に対象を見失っています。

ケイとマリアは壊されつくされた砦の一室になだれ込み、息を殺しています。

「けがは」

「貴女こそ。ずいぶんやられているようですが?」

「嫌味か…?」

「えぇ、やはり女は弱いな」

「……わざと人の堪忍袋を破くようなことい言うな。お前は」

「………」

「人のそういうポイントを言うと言う奴は裏返せば良い奴だと呼ばれる。なぜかわかるか?」

「いえ」

「人が言われたくない事を言わない奴を他人は良い奴だと指さないのか」

「どうでしょうね。でも仲間は私をよく、悪い奴だと言っていましたから」

「お前…」

「仲間がいたのか、っていいたいんでしょ」

えぇ、マリアの動揺と同じくらいAIの私も動揺してます。

この毒舌に付き合う言い人は真穂さんくらいだと思っていましたので。

「いましたよ。馬鹿で、アホで…要領がよくて、悪くて…。

女泣かせで、嫌な奴かと思ったらそうでもない。冒険にあけくれて…そんなのずっと続くわけがないのに。

どうしてかあの頃は、その永遠を信じていた」

遠い目をしています。

遥か遠くを懐かしむ顔。私はこの顔をよく知っています。

私の担当、司馬如水様がよく言っていますもの。「ばあさん、会いたいねぇ」って。

その顔に似ていました。

「あいつはこのへんの棟梁みたいなものですね。倒せば指揮は乱れますか」

「…防衛状況はどう?クエスト失敗でしたっていうのはシャレにならない」

二人は私に話しかけます。

AIにすぎない私は、事実だけを彼等に伝えました。

≪現在、防衛破壊は60%を切っています。しかし、避難民は全員無事。

ナグサールの悲鳴があがります。

咄嗟に外を見れば、空から落ちる一陣の輝きが見えました。

それが銀色の剣の照り返しの光だと、マリアが捉えていました。

一撃がナグサール自身に入り、うめき声を上げながらその高度をナグサールが下げます。

降り立ったのは騎士でした。

その姿を見てマリアは心底頼もしげに、ケイは面白くなさそうに眼差しを向けます。

「トラント!」

マリアが飛び出し、ケイもそれに続きます。

与六は二人に気がつくと、マリアの方にだけ元気よく手を振りました。

「なんだよ!あいつ聞いてねぇよ!!ってかお前生きてのか、しつこいのな」

「あれのむこうにこのクエストを一撃で終わらせるアイテムがあるらしいのです。

その口歳上に語る言葉づかいじゃないですよ。躾が必要でしょうね」

「お二人とも、ふげけるのは止して下さい」

マリアの制止に大いに反論のある与六さんは、口をあけます。

しかし押し黙りました。

マリアも、ケイも既に戦う者の顔になっていたのです。

トラントも同じ。

天に浮く敵対象に臨む横顔に表情はありません。相変わらずの虚無。

しかし無類の強さを持った騎士。


「よし、倒すぞ!!」



***


俺の言葉に早く動いたのはケイだった。

ケイが腕を思いっきり伸ばし、俺を突き飛ばしたのだ。

俺は地面に尻もちを着いて倒れる。

地面に転がっていったものがあった。目で追えばそれは手だった。

無言でケイを見上げる。

俺を突き飛ばした腕が、ニの腕からごっそり斬り落ちていた。

信じたくない心地で俺は斬った相手を見る。

そして語りかけるのだ。

口の中から自分の声じゃないみたいな声色で俺は話す。

「ケイのやったこと赦せないけど目を瞑ることにしたんだ。それ気に入らないのか?」

銀色の刃が血で濡れている。

その色は緑でも紫でも青でもない、赤だ。

「だったら俺に普通に怒ればいいじゃん、なに斬ってるんだよ」

見慣れた顔立ち、その短く切られた短髪頭。

精悍な顔立ち。笑うとすんごく優しそうになることを俺は知っている。

おせっかいなことも。女にはなにがなんでも甘いことも。

たとえ悪さをしても女なら赦しちゃうところも。

どこかしらか花を取り出しては美を褒め称えるところも。

俺のことすんごく子供扱いすることも。

その眼が、どれだけ優しく俺のことを見守っていたのかも知っていたんだ。

滴る血の滴が乾かない間に、その剣を俺の鼻先に向けられた。

「トラント…?」

「残念だったなぁ?お前に入ったウィルスが、どうやら上手くトラントに入り込んだ」

トラントの声で、喋る男。その口ぶりの正体を見抜く。

頭を振って受け入れたくは無かった。だが男は言いやる。

「騎士の身体すら手に入れたこのユダは無敵。さぁ、ナグサール、この宴を永遠にしよう」

「離れろっ!」

弾丸がトラントの手にあたる。

しかし、大して防ぎもせず男は愉快気にその攻撃をむしろ愛した。

小さな羽虫が最後に健気に抵抗する様に見えたのだろうか。

「無駄!無駄!!!無駄!!!!!無駄!!!!!この身体にちっとも響かんわ!!!」


キメラの咆哮があがり、ナグサールが歓喜の雄たけびを上げる。

ケイとマリアは尚も、その臨戦態勢を崩さずその瞳に諦めは無かった。

でも俺にはもう戦う気持ちがない。

トラントが俺の敵になった。


天はまだ漆黒の闇。

まだ明けぬ夜の中にいた。



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