D:mode『おっさんは茶番劇上等だな』
作戦開始までもう少し。
膝を抱え、窓から射してくる夕影になるまで見つめていた。
トラントはそんな俺の隣に黙っているだけだ。
俺はいつものようにまた話しかける。
「トラント、あのお嬢さん可愛かったな?お前ならどんな花をあげるんだよ」
話しかけても答えがないのは知っている。
でも言葉が止まらなかった。
「サフランか?それとも白いカーネーション…?」
「……」
「トラント、俺…さ。言葉届いているか?」
「マスター」
「……」
無機的な調子の声でトラントは言う。
「魔物の襲来を確認しました。でますか?」
「あぁ、騎士は弱きものを守るんだろ?」
―騎士以前に人間なら弱きものを守るんじゃないのか?こんな軟弱な男もいるのだな―
苦笑気味に笑って話していたこいつの顔がよぎる。
目を逸らし、俺は命じた。
「…頼む」
「了解」「お待ちを、私も参ります」
トラントは剣を抜き去り、持ち場に走っていく。
共にマリアも、長いライフル銃を手にして後に続いた。
「お前は行かないのかよ」
「私は頭脳担当なんですよ。与六君」
ケイは優雅に佇みながらにこやかに微笑む。
俺は舌打ちする。
しかし、たいして気にも留めない表情のケイはトラントが去った方向を見つめていた。
見つめながらやつは言う。
「元気そうですね。動けるなんて誤算でした。しかし…潰れていますね。彼らしさがない」
「誰のおかげだと思っているんだ」
「貴方も奇妙な人だ。所詮はゲームの中の人間。このクエストだって、所詮皆殺しにあうのはゲームの中の登場人物です。それらの対象にどうして心配したり、何かを惜しんだり無駄なことをするのか。私には分りかねます。もともとトラントなどいません。
戯曲の中、小説の中、物語の中に息づいて在るだけの架空人物。それに気持ちを集めるなど、貴方も無駄なことをする」
言葉が無い。ケイの言う事はどれも事実なんだろう。
でも事実に大人しく頷くのは俺の勘に障る。こいつに言い負けたみたいじゃないか。
「……俺は、今回は全部のことに目を瞑って協力してやる・でももし騙すような素振りとか見せてみろ!!俺はお前を赦さないからな!」
「貴方は無力です。それにあいつがああなってはあまり強いと言っても応用のきかない馬鹿でしょう?それにしても不思議なのはあいつが、与六君のオンラインキャラクター…何処か共通している部分でもある?笑える。貴方はいったい何を選んで彼になったのか」
「トラントのこと馬鹿にしてんのか…?」
「今や意思無き傀儡人形。憐れですね」
「……」
ぎゅっと握りしめた拳がこいつに届くとは思えないし、効く感じもしない。
けれどな、相棒がけなされているのに黙って平気でいられるわけがないだろう。
ケイの顔めがけてその一撃をお見舞いしてやろうと硬く握った拳を勢いづけて、
前に出した。だが、その感触は肌とは違う硬いものに変わる。
顔面だった。しかし、灰色みの青の表情。
なにか面妖な化粧がほどこされた顔は、ケイとは全くの別人だった。
誰か知らない人を殴ったのかと思って動揺したが。
「与六!しゃがめ!!」
ケイの一声に呆気にとられる。
脳は声に反応したが動作がおいつかなかった。
名もわからぬ来訪者が何か雄たけびを上げた後、その両爪が異様に長く突出する。
長い爪が剣の刃のように金属音を鳴らせた。
その四本分の鉄爪の刃が、素早く目に飛び込んでくる。
(ケイ!なんとかしなさい!!)
俺が思わず瞑目すれば、目に痛みが走るのかと身構えていた。
でもいっこうにその熱も、痛覚もない。
恐る恐る目をあければ、血のぽたぽた滴る足元がある。
そうか、俺は思わず足が動かなくなって力が入らなかったんだろう。
しゃがみ込んでいる状態だった。
見上げれば四本の鋭利な爪から血が滴っている。
「全く、お嬢様の我儘も本当に素敵なものばかりですね」
流暢な口調。丁寧な語調。しかし、ほんの少しだけ声が弱い。
「どうして私が貴方何かを……庇って差し上げなくてはならないのかっ!」
ケイが抜いた小刀が、そのバケモノみないな化粧顔の額に付きたてられる。
天井を向いたままそいつは倒れ、両手をひろげた仰向けのまま、動かなくなった。
「痛くないよな」
「えぇ」
簡単に淡々とケイは言いながら、鋭利な爪を抜き取る。
真っ赤な血が大量に床にぶちまけられる。それが映像だとか作りものだとかそんなことを忘れさせるくらいの壮絶な様子だった。
「大丈夫だよな…?」
大量の血をぶちまけても、普通なら致命傷な傷であっても、ケイはなんともない顔で
俺を見返した。それから屈託ない顔で笑って言いのける。
「だからいったでしょ?所詮はつくりもの。借り物の身体。架空者。その存在に意味も無く、その生涯に意志も無い……」
荷物から適当な布を取り出し、それを手慣れた手際で止血する。
それでも白い布地からはじわりじわりと、血の赤がにじみ出ていた。
俺は見ていられず、物見台に上る。
東の塔は物見役の役目も在る。それに、襲撃があったのだから合図をあげないとならない。
「まだやめときなさい…状況がややこしい」
後ろから声をかけられる。
何か「V」という英字が見えたぼろ布を手に持っていた。
「…あんた」
「おわかりですか?おぼっちゃま、このゲームの世界ではね。
そんな空虚この上ない者達の挽歌のようなものなんです。
だからさしずめ、貴方がこうやって眼下に見ているもの全ては茶番」
眼下にあるのは、砦の全貌だった。
奥の方で震える避難してきた人々。身を寄せ合って励ましながらも、震えている。
そのかよわき人々を守るかのように取り囲むは砦の衛兵。
そして先鋒に立ちはだかる砦防壁の上に立ち並ぶのは、
あの広間にいた幾人の戦士たちだった。
月光をうけて、彼等の影が並ぶ。並ぶ影達は四方八方全てを取り囲み、
敵全兵に臨戦態勢をとっている。
空にあるのは無数の赤翼のキメラ。
金色の双眸をぎらぎらさせて谷間の間を行進してくるのはこの砦を食い物にしようとしている魔物達だ。
あれらを一晩守りぬかなくてはならない。
ケイの言葉は事実なんだろう。真穂さんも同じ気持ちなんだろうか。
このゲームをしている人も、みんなそうだろうか。
でも俺にはどうしてもわりきることができないでいた。
「でも在るんだったら…俺は大事にしたいと思う。じゃない本当に無くなるじゃないか」




