表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/49

【D:mode 警告、プレイヤーとの回線が繋がりません】


ケイの血飛沫が赤だったのを、私はこの時初めて見たかもしれません。

最初のドラゴンの乱入クエストの際、彼の視界は途中で私を突き放し、

視界で観測することができませんでした。

ベアトリーチェとの戦いの際、主に戦っていたのはダンテとグレース。

ケイと言えば防戦の援助をしていたように思えます。

けれど、この時まともに彼は傷を受けました。

そしてそれを私は始終きっちり観測しました。

更に言うならば私が「ケイ、なんとかしなさい」と命じました。

あれはゲーム。これもゲーム。


でも傷つくことは、その「痛み」はゲームじゃないのでは?


その迷いが私にそう叫ばせたのでしょう。

ケイは与六君と奇襲者の間に立ち、致命傷になる傷を受けました。

ただし、私はプレイヤーが待機できる別所にてその全てを観測するのみ。

だから客観を失うことは幸いありませんでした。


( 大丈夫なんですか? )

「そんなことを気にするならあんな命令は控えて下さい。

私がまだ消えるのは、お嬢様にとってまだ都合がよろしくないと思いますよ」


問題ない様子で彼は爪を抜き去ります。何か会話した後、彼は現場の検分をしています。

その現場も真っ赤な血で汚れており、それはケイそのものの血である方が多いのに、

彼は平気な様子でした。

与六君がどこか移動しました。それを見計らってか、ケイは床に倒れる者を見つめます。

衣服の一部が彼の視点から見えました。

「ヴィンゲート…そう読むんでしょうか」

( え?えぇ…大手企業の会社です。幅広い業種に着手し、失敗知らず )

「各方面に手が回る可能性がありますか…なるほど、十分に黒いわけですね」

彼は布の切れ端を持ち、握りこみます。

「お嬢様。佐助さんにヴィンゲートとのコネクトをなんとかする方法はありますか」

( なんです? )

「プレイヤーが襲われたのです。原因追求の為に総力を尽くしてくれるかもですよ」

( あぁ、そうですね。佐助、佐助?聞こえてますか??? )

イヤリングに声を呼びかけますが、応答がありません。

( 繋がらないみたいです )

呼びかけると、ケイは「速いですね、では仕方がない」と溜め息をつきました。

言いながら彼は私を、視界共有を切る事を提言します。

「戦いを眼にすることになるし見ない方が怖くないから」だと言っていました。

馬鹿らしい。たかだかゲームの生き死にくらいで怖いなんてものがありますか。

私は一笑したあと、彼に同じ視点の共有を続行することを言い渡しました。

「強情なお嬢様だ。ショーウィンドウに飾られた胡蝶蘭ですね」

(それは、褒めているのですか?)

「学習もしないのですか?お可哀想に。ついに貴方は人間と猿の唯一の境界線を突破してしまったのですか」

( どうせ皮肉ですよね )

「当たり前です。私に……皮肉を取ったら何も残りませんからね」

それはとても自然に、会話の中に潜り込ませた言葉でした。

普段の私ならそれを何事もなく、気がつかなかったのかもしれません。

私は、私以外を他人と思っていますから。でも――今は?

(…貴方はそれだけじゃないです)

「…?」

(確かに、貴方は口を開けばムカつく言葉ばっかりです。人を利用する、騙す、挑発するばっかりで最悪です。こちらを気遣う事も無い、マイペースぶり…協調性大丈夫ですか?)

「さぁて帰るのが楽しみですね。お嬢様には躾が必要のようです」

愉快そうな口ぶりのケイに、

私は最後に間をおいて付録のように言葉を添えました。


(でも、貴方は優しいです)


ケイがどういう表情をしていたのでしょうか。

視界をもう既に共有に切り替えてしまっていますからわかりません。

すぐに毒がくるかと思いました。

しかし、一呼吸、間が生まれた後…彼は言いました。


「実に貴方は……愚かしいですね」


言いながら、彼はその手に幾つもの戦の支度を澄ませていました。

(与六君は?)

「劣化しているとはいえ騎士のトラントがいます。

マリアも戦士…迎撃はそこまで困らないでしょう。

懸念は一つ、今進行してきているあの魔物と呼ばれる者達と、

明らかに毛色が異なるこの薄気味割増しの化粧顔達です…。

怖くなったらいつでも尻尾をまいて逃げ切り替えて下さいね」

(私は、見てます。さっきみたいに、私が命じたことでいろいろ変な事になったら嫌です。全部丸ごと監視してますから、しっかり働いて下さい。…与六君に、多少なりとも罪滅ぼしはしておきたいですし)

「…ですね」

(はい?)

「なんでもありません」

ケイはため息交じりに、見たわけではないですが多分笑ったような気がしました。


(もう一度佐助に連絡をしてみます…。ちょっと視界を離れますね)

「お気に召すままにさせてさしあげますよ、お嬢様」


****


軽口をたたいたケイの言葉を耳に残し、私は少しこの別所に戻ります。

中世の要所を守る石造りの砦とは明らかにことなる休憩ルーム。

落ち着いた緑色のソファーに、背面がほどよい茶色みをおびた柔らかい白色。

床には虎柄の毛皮製であるカーペットのような敷物がありました。

そして壁一面にトラントや、マリア、ケイ彼等をメインにしています。

あとは戦いの全貌が見える視点の映像が見えます。

まるでそこに自分達がいるような錯覚を覚えますがこれは言うなれば「神の視点」

といったようなところでしょうか。

しかし、プレイヤーの与六君はどうやら見えません。

「太郎…帰らんのぉ」

この老人と私のほかにこの部屋には誰もいません。

部屋には大きく壁に「12」と書かれていました。

なるほど、これはこの防衛クエストにて同じ班の仲間のみに割り当てられた部屋ということでしょうか。

「与六君はあそこにいるんですね」

トラントと仲の良いようだった彼。

しかし、壁に映っているトラントは無表情でかつての彼らしさなど見えません。


「…これってどういうことなのですか」


私がしたことが、トラントを壊してしまったのでしょうか。

あのドラゴン退治がきっかけで?


≪人格プログラムを壊していますね。優先すべきはオンラインキャラクターとしての機能。

それを取ったようですけど≫


実にはきはきと、そして耳に聞き取り残りやすい声が聞こえます。


≪ 聴こえましたか?突然物を申してすみません。

これはマスターがお歳の為に聞きとれるような音量になっているのですが≫


それは老人の方から聞こえていました。

しかしイヤリングではなく、金時計から声はします。


≪ 申し遅れました。私はそうですね…鶴姫と呼んでください。

マスターのAIをしております。以後お見知りおき下さいね。

そしてちょっとボケちゃっているマスターなので、助けてあげて下さいね≫


綺麗な妙齢の女性の声なのですが、口調に少し茶目っ気が入っている気もします。

「太郎太郎!」と泣く老人の傍により、金時計に話しかけました。

「そちらは聞こえるのですね。私のAIはなんにも言ってこない…」

≪ どうか落ち着かせて下さい。泣いちゃいます≫

「もう泣いてます」

≪ お願いです! ≫

「わかりました!おじい様!太郎君は大丈夫ですよ!私も一緒にいますから」

老人の顔色が怪訝な表情を浮かべるがすぐに、ぱっと花が咲いたように笑顔になります。


「おぉ、和子!!お前、太郎の嫁じゃなぁ!!」

「へぇ?」

「おぉぉぉ、感無量じゃぁ!!太郎に嫁が」

「あの、鶴さんこれ!」

≪ 司馬如水〈しばじょすい〉様です≫

「冷静に自己紹介しないでください!えっと直江真穂です…って違います!抱きついて離れないんですけどぉ!」

≪ おさびしいのです。どうか御寛恕を≫

あっけない返答に私は相当困り果てました。

老若男女の浅いつきあいならしたことがありますが、

ボケた老人など関わり合いは避けていましたからどんな態度をとっていいのかさっぱりです。

相手に辟易私は…腹に決めました。

微笑みをつくり、司馬お爺ちゃんに言います。

「私は、真穂ですお爺ちゃん。治るまで何回でも会話に入れて言いますからね」

「和子ぉ」

「真穂ですってば!お爺ちゃん!」

与六君に、リーチェにダンテと祐馬君に千代ちゃん、観覧車のあっくんに、ケイに佐助。

いったい私にどれだけ人付き合いを強要させるのでしょうか、このゲームは。

こめかみを抑えながら、憂鬱な心持で画面に目をやります。

トラントとマリア、他にも幾人もの戦士達が砦を守って戦っています。

その場所にいないからでしょうか。

数分経ったらケイと視界共有に戻りましょう。

とっととクリアしてこのゲームからおさらばしたのです。


これが私の当初からの望みです。


***


「…真穂さんと視界がリンクしましたか面倒ですね」

小さくため息交じりにケイが言う。俺は振り向いてケイの目を見た。

空色の透き通る程薄い水色の瞳孔。その光彩が余計にこの男の冷淡さを物語っているかのように見える。

「残念ながら、お嬢様は貴方と関わり合いがあっても接触は避けたいようですね」

「…どうしてだよ?」

「それは罰が悪いからでしょう。貴方に取り返しの解かない事をしたのですから」

「なんだ。それ」

「気に入らないのですか?」

「当たり前だろ?面と向かって謝れないってそういうの不誠実っていうんだ」

思いっきり大声で言ってやって、もうケイの方を見ず別の方へと目を向けた。

遠く離れた上からしか見えない。

砦の城壁の塀の上で、梯子をかけて登ろうとする魔物達。

それを落とすクエスト参加のオンラインキャラクター達。

中には混じって魔物達を梯子から突き落とす戦いに加わるプレイヤーまでいるようだった。

「混じらないのですか?楽しそうですよ」

「俺は同じ高さにいて、対峙する奴じゃないと戦いたいとも思えない」

「ほぉ、その心は?」

「俺も敵も、同じ命を取り逢うのなら立ち位置は対等じゃないと駄目だ」

「実に戯曲的ですね?私より吟遊詩人に向いているのでは?」

薄笑いを浮かべた後、俺の意見に感想を投げるケイ。

拾ってやる義理は無い。無視してその戦いの中にトラントの姿を探した。

いた。

東門の塀の上に陣取っている一軍。

そこには魔物が砦に向けて放つ矢の雨が降っている。

けれどトラントを初め多くのオンラインキャラクターが、

ほとんど動きが見えないほどの速さで剣を振るってことごとく撃ち落としている。

撃ち落とした矢はしかも、味方に無秩序に落ちるのではなく、必ず敵側に落ちるように

矢を払っている。

何か魔術師のキャラクターが呪文を唱え、火炎や雷撃が敵の軍勢の中へ飛び走っていく。

こちらの遠隔攻撃も続いている。

その中にマリアの姿があった。

彼女はライフルで的確に敵を殺傷し、その数を減らしている。

「勝てるよな」

「さぁ、トラントの視点でも借りてみたらいかがです?迫力満点ですよ?」

「俺はここにいて俺の視点で物を見てる。だから、いいんだ」

「貴方は…」

ケイが少々言い淀みながらも、躊躇いなく続けて言う。

「貴方はその姿のままの貴方ですか?」

「…なんでさ」

「前のクエストで、このゲームでは名前を偽れなくても本来の姿を偽ることはできる。もしかして」

「それは真穂さんだって言えるだろ?…とにかく、無事に勝てるんだな。なら…いいんだ」

ケイの言葉を打ち止める。

そんなことよりもトラントの様子が心配だった。

復活し、動けるようになったけれどあいつは強いけれどでも万全な状態ではない。

もしかしたらこのまま戦いに倒れてトラントは消えてしまうかもしれない。嫌なんだ。

たとえゲームであっても、もう二度と失うのは勘弁して欲しい。

不安が少しずつ薄れていく。

こちらの圧勝。事態はクエストクリアに容易に至ると思った。


「妙ですね…変化がない」


不穏な言葉をこいつは吐く。

何がと問いたかったが、口から出なかった。出せば本当になってしまいそうで怖かった。

この感じを知っているんだ。

何事にも順調。

でもこうやって良いことばかり続く時は最後に絶対に

その全ての良い事の見返りが返ってくるんだ。


中央に立つ砦の旗印が風に翻っている。

勢いよく風にたなびくその旗が、今、その逆の向きでたなびき始めていた。

砦に吹く風向きが内向きに変っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ