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CASE:ⅴ  Yuma



医学的治療の提案プランとして私が被験者を選んだ。

それは息子の伊勢祐馬。


妻は怒り、私に別居を申し渡して息子共々いなくなろうとした。

しかし、祐馬はそれを制して私の提案にのったのだ。

ただし条件を提示された。

私は何も聞かずその条件を飲んだ。

息子は「アヴァロン」にプレイヤーとして参加。

私は彼のAIのエリザベスとして参加をしていたのだが、祐馬は突如私に離反する。


クエスト凍結を仕組んだのだ。

高い一定基準を満たさなければトライできないストーリーモードクエストに設定を変更。

私が作ったオリジナルよりはるかに難易度を高くした後、祐馬はそれに閉じこもってしまった。

永遠にそのクエストに興じるプレイヤー。

祐馬は自身すら「プレイヤー」であることを忘れ、

自らのAIとしてでたらめな設定まで勝手に作り込む。

そうして彼が選んだのは、一人の少女だった。


少女の名前は鷹司千代。私は…何も言えなくなってしまった。


彼女の兄は、私が執刀し、私が死なせてしまったのだ。

兄以外身寄りの無かった彼女を天涯孤独としてしまった負い目からか、私は彼女に対して親身になっていく。

それは息子も同じことだった。

彼女が14歳の時、息子は12歳。

まるで失われた兄妹の面影を、

投影するかのような姉弟のように…院内で姿が見かけられた。

妻は危惧していた。

まだ漠然とした不安だったかもしれないがそれは予感というよりは次第に現実的な輪郭を色濃くしていった。

これ以上、二人を共にいさせていいものか。

私も無論、次第に同じ心境に至っていた。

だがあまり彼らを引き離せない理由が、医師として父として私にはあった。

息子の病気を治せる適合者が、鷹司千代。

彼女だったのだから。

二人がどのような間柄だったのか私は詳しく知らない。

ただ、看護師の話だと、二人がよく語らったり、庭先にまで出ているところを見かけたらしい。

とても微笑ましい光景だったのだとか。

仕事に追われていた私には結局見ることもなかった。


やがて息子が13歳になった時、発病した。

手術室に運ばれていく息子だが助かりはしない。

移植ができないのだ。しかし適合者はいる。

けれども適合者の彼女は生きている。

そんな彼女に心臓の移植を望めるわけがない。

瞑目し、ただ息子の死を待つ以外ほかになかった。

その私に、看護師が走り寄る。

息子の命の終わりだと思った。しかし、看護師が伝えたのは少女の死だった。

鷹司千代が自殺した。

兆候もなかった。

前日までは元気だったし、精神の異常もない。

彼女が病院を訪れるのはひとえに息子を見舞いにくるだけだった。


それが、どうして。なんて愚問を私は持たない。

私は機械的に年齢の近い移植待ちの患者に移植を指示した。


数時間後に手術が無事終わる。

以後の息子の経過も順調だった。

息子の中にある鷹司千代の心臓は、その日からずっと息子の命を繋いでくれていた。

ドナー提供者の名前は秘匿となっている。

しかしばれる予感はしていたのだ。その時祐馬は私を、恨むのだろうか。

答えが示されたような気がして、私は祐馬と架空の少女の様子を見守った。

ダンテとして動く祐馬と、AIとして彼女の傍にいる祐馬。

ベアトーリーチェとして眠る千代と、模擬プレイヤーとして動く千代。

二人のすれ違いながらも穏やかな営みを眺めていた。


だが、ある日変化が訪れた。

メリーという女性が発生したのだ。

それはどういう特異なものだったかわからない。

だが千代の意思を組み、プレイヤーを祐馬と示す特異なオンラインキャラクターだった。

架空意志の千代が意志を持った?

というばかばかしい仮説がよぎった。それはない。千代はあくまで祐馬の思い通りに動いている。

しかし、ほんの少しずつ、次第に千代が祐馬の誘導AI以外の行動をとるようになる。

その集積が如実に現れたのは今回のケース。

私はもう見守るしかなかった。


そして今、その終結がここに映っている。

マイクから、息子との別れの会話が聞こえた。


「わかったよ。祐馬…でも愛している。お前は私の、自慢の息子だ」


***


煉獄山を離れてついた白砂の島、

そこにたてたお墓に僕は黙祷をささげる。

小さな白い十字架を、グレースは作ってくれた。

手向ける花は無かったので、海岸で拾った貝殻を幾つか並べる。

「私なら財宝がいいけど千代ならありだな」とグレースは笑って、彼女は天に銃口を向けた。

装弾された弾がきれるまで彼女は打ち続けた。

やがて空になった銃を、そのまま手向けた貝殻の横に、拳銃をならべた。

真穂さんは「えっ?」と驚いてグレースを見る。武器を置いたのが奇妙に思ったのだろうか。

ケイの表情は変わらない。

なるほど同じオンラインキャラクターだったら知っているのかもしれない。

グレースを見る。グレースは溜め息をつきながら頷いてくれた。

グレースは消える。

もともとかなり無理をさせてきたオンラインキャラクターだった。

AIの僕はかなり我儘に彼女を動かし、鷹司さんはそんな僕の言うとおりにしていた。

「しみったれたのは嫌い。じゃあな、祐馬…。でも本当に」

「いいんだ」

「…そうか、ならばいいよ」

グレースはそう言うと、今度はケイの方を向く。

ケイは「なんですか」と相変わらずの悪態で迎え撃つがグレースは気にも留めず、

その眉間を小突いた。

「……暴力女はいけません」

「なぁに、あんたの周りは困った女が多かっただろ?あんたが絡まれなかったのはその性格のおかげなのかも」

「…」

ケイの目が険しくなる。

次に僕の方を見てくる。

口止めを仕掛けんばかりの剣呑な気配をケイは発していた。

それほどまでに自らの正体が嫌いなのか。

それとも、赦せないのか。僕にはわからないし、それを解くのは僕ではない。

「真穂さん」

「え、ねぇどういうことです……?」

「僕はこのクエストに多く留まり過ぎました。きっといろいろ欠落しているでしょう」

「……伊勢祐馬」

「はい」

「ありがとう…って、それからどうか、もう許してあげてって」

「そうですか。彼女が?」

その言葉は僕が望んでいたから彼女に言わせたのか、それとも真実彼女の言葉か。

すでに確かめることはできない。

「わかりました」

しかし、応えよう。

真穂さんはとっても不安げにこちらを見上げ、手を伸ばす。

手をとると、握り返した。

握手をするような感じに高さを下す。

もう頃あいだろう。


「大丈夫。また、会いましょう。その時僕は僕ではないかもしれない。けれど、僕なので」


不安げな彼女に苦笑をよこした後、僕は、長い間使っていなかったイヤリングに呼びかけた。

「父さん…お別れです。僕はこれ以上ゲームを続ける気はない」

「祐馬君!」

プレイヤーの彼女も察したのだろう。僕が次にする行動。


「このゲームを棄権します」


グレースは瞑目し、彼女が光の粒子となって消えていく。

閃光が僕の視界に飛び込んできたと、

僕の意識はそこで途切れた。


***


私は確かに握っていたのに、私は虚空を掴んでいました。

感触もあたたかさも、どこにもありません。

伊勢祐馬は文字通り掻き消えました。痕跡もひとつも残さずに。

グレースも、その銃だけを残しどこにもいなくなっています。

「佐助!」

【無理ですぅ真穂様。ロストです。伊勢祐馬というプレイヤーは即刻、消えました】

私は愕然とし、その場に座り込みました。

その横に、ケイがやってきて座りもせず見下しながら言います。

「いきますよ」

「……」

「さ、お早く」

「放って置いて下さい!!」

「したいんですがね…でも貴方に来客者が来ているので」

「え…」

ケイが手を差し出してきます。

それを掴むと、勢いよくひっぱられ、立たされました。

振り返ればそこには二人が並んでいます。

青い色のドレスを着て、朗らかに微笑む金髪の綺麗な女性。

頭には小さな薔薇の花が飾られていました。隣にいるのは銀髪の青年。

黒いいでたちでありましたが、その晴れやかな顔は見ている人を自然と笑ませます。

リーチェとダンテの二人は手を繋いでいました。

そして彼等はキャラクターらしく、こういうのです。

「ありがとうございました。真穂さん、私の心はこうやって戻り…ダンテと会えました。

 私の悪しき心を破り、魔女に堕ちた心を滅ぼしてくれて本当にありがとうございました」

滅ぼした悪しき魔女の心。でもあれはとても人間らしい気持ちのように思えます

千代ちゃんがいたリーチェはもういません。

ここに今いるのは本来のクエスト通りに設定されたベアトーリーチェがいるだけです。

「感謝します。姫と出逢うことができた。これから一生彼女を守っていくつもりです」

ここにいるのは本来のクエスト設定で在るダンテです。

伊勢祐馬ではありません。

二人のストーリーは無事、エンディングを迎えられたと言う事になるのでしょう。

でも千代ちゃんと伊勢祐馬の二人はー?

私は彼らのささやかなものを壊してしまったのではないのでしょうか。

架空と無下にし、彼らがその中でしか共にあれなかったというのに私は…。

「……ごめんなさい」

目が熱くなって、懸命に堪えるのですがポトリポトリと目からこぼれます。

そうなると止まりません。

私は何も言えず話せず、嗚咽を堪えるだけで精一杯でした。

リーチェとダンテは笑顔でした。

ハッピーエンドを迎えられた姫君と騎士は晴れやかに、幸福そうにそこに立っています。

やがてリーチェは機械的に私にある本を差し出しました。

あの白い装丁。タイトルの無い本です。

受け取ると、字が浮かんできました。


― ありがとう、真穂さん…貴女と冒険できて楽しかったです ―


顔をあげてリーチェを見ますが、彼女は特別表情を変えずこちらを見ています。

その新緑の瞳に誰かの意思など潜んでいる気配はありません。

でも私は、つぶやきました。

声にせず、口だけを動かして彼女に言いました。


「ありがとう」

嫌なもの、辛いものそれを見せらたクエストでした。

それでもどこか私の心の中にあったのかもしれません。

昔、犯してしまった後悔に対する厳罰を、求めていたのかもしれません。

次の瞬間に文字は消えさり、輝いた印刷字はこう記し直されました。


『神曲』


佐助が言っていました。

それはダンテが地獄から天国にいたる物語。

恋しこがれ、結ばれることなく夭逝したベアトリーチェとまた出逢う物語。


「時間ですね」

ケイが空を仰ぎました。

同時に金時計が輝き、もうクエストの終わりをならします。

ダンテとリーチェを見つめながら、私は話していました。

「これ、キーアイテム…ケイの吟遊詩人の武器ですね」

「残念ながら私、それ使えませんよ。私吟遊詩人としてレベル高くないので」

「…でも捨てませんし売りません」

「どうしてですか?」

とても大切なものだから。素直に答えるのは簡単でした。

しかし、なんだかそれでは私の主義に反しているような気がして思ってもいないことを言いのけます。


「これ、原本だったら凄い価値じゃないですか」


くくくっ、と短くケイが笑っています。

何か毒づいたことをいわれるのだと思っていました。

えぇ、毒が欲しい気分だったのです。狙っていったのです。それなのに。


「そうですね」


空気の読めないこの男は、私の嘘に優しい口調で肯定しました。


私の手には白い本。

ケイの腰には漆黒の剣がぶら下がっています。

そのタイトルある本と銘不明の剣が今回、私達が得た報酬でした。




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