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八三 太公望を凌げるか

 __勝さん……。

 遼東(ヨドン)城を守らんと碧たちが開戦して間もなく、二時間あまりを音速で飛び続けた義虎はいよいよ遼河(ヨハ)江へ到着した。絶えず滴り滴って、視界を遮り続ける汗を払ってはまた払い、覇術を解き、ふらつきながら膝を付いた。

 どう攻略するかと思案し続け、頭も痛い。

 半径一キロを超える半球状に、唐茶(からちゃ)の霧が立ち込めていた。

 弱肉強食に尽きる情なき獣の世界、畜生道(ちくしょうどう)へと幽閉する覇術領域である。

 五龍神将にして老練なる大軍師《太公望》姜子牙(きょう・しが)の誇る髄醒覇術である。

 __勝さんっ。

 視力強化し霧中を探る。絶句する。

 いかなる覇術かは調べ上げている。

 覇術領域にいる、術者を除く全ての知的生命体を鳥獣へと変化させる。

 基本的には、味方を強靭な肉食獣へ変え、敵を脆弱な草食獣へ変える。

 同時に知能を失わせる。

 覇力が低ければ低いほど、より多くの知力を奪うことができる。一般的な中級武官では、完全に知性を喪失する。

 つまり、覇術の使い方は言うに及ばず、そもそも首に下げている覇玉が何であるのか、また周りにいる者が誰であり何をしようとしているのか、そして自分が誰であり何をすればいいのか、何もかもが分からなくなる。言葉も話せず意思疎通も取れなくなる。分からないこと、取れないことを疑問に思わなくなる。

 しかし肉食獣には狩りの知恵がある。

 __勝さんっ!

 霧中は凄惨であった。食いちぎられ、原型を留めぬ朱い骸で溢れていた。

 __馬鹿な羊が散らばって、群らがる姑息な獅子からどう逃げ続けると!

 じき大和軍は全滅する。

 義虎は知覚を酷使する。

 __攻略できる糸口が見えぬ……黙れ、残る手立ては……。

 猿虎合戦にて同じ六道(りくどう)の覇術と戦った。

 天道の霧を翼で扇いで退け、術に嵌まらず斬り込むことができた。

 __まず外から太公望を捜しマッハで突っ込み……いや奥まで見えん、中で捜すしか……疲れすぎとって強くは羽ばたき続けれんか、ったく霧の規模が違いすぎるんじゃ……義虎の覇力があれば知慮も残る? 普通に突っ込んだら……モルモットにでもされたら詰むわ! 黙れ、それでもやるしかない、味方を見付け誘導する? だーっ意思疎通できんか゚んだった、ならばやはり太公望を捜し……おのれっ、時がなさすぎる!

 はっと、上流を向き身構える。

 __隠れとったな、さて敵か?

「マジかよ猛虎が来てやがんぜ」

 薔薇色のモヒカンが立ち、漆黒色のグラサンが光る。のっし、のっしと猫背の巨躯を揺らし近付いてきたのは、大和軍を率いる選ばれし英傑の一人であった。

 将軍《孔雀明王(くじゃくみょうおう)彩扇煌丸いろどりおうぎきらめきまる

「うぃー、どう動いとる?」

「探ってんのよ……色々と」

「なははは、今さら何を? 後光の満ち満ちる大和朝廷の聖賢諸兄に限ってよもや天下の太公望へ無策で突っ込む愚の骨頂としか申しようなき暴挙をお犯しになる道理なぞござりますまい」

 空気が、沈黙する。

 にっと、煌丸が拳を固めて鳴らす。

「いいぜゴルァ、願い叶えてやんよ」

 ばっと、煌丸が薔薇色に煮えたつ正拳を叩き込んでくる。

 どっと、義虎は赤々と噴き上がる鉄拳を叩き込みにいく。

 空気が、灼爛(しゃくらん)する。

「うぃー、合格した?」

 振動し続ける拳を収め、義虎は高天原派との休戦を確証した。

「おうよ、思ったよか元気そうだぜ。手伝ってもらえそうだ!」

 そう、足を開き上体を逸らせ吠え抜いた煌丸が、猫背へ戻る。

「敗将ってなぁ黙するのみだ、けん責されよぉが文句なんざ言っちゃいけねえ……恥を承知で訊くぜ。今日は何日だ」

 ぬっと、義虎は寒気に襲われた。急ぎ答えた。

「マジかよ……まる一日は経ってんじゃねえか」

「畜生道の他にも脅威が?」

「走りながら話すぞ、来い」

 ごっと、煌丸が覇力を噴き上げる。間、髪を入れず倣い疾駆する。

「髄醒顕現『色々彩名煌掌いろいろいろどりなのきらめく・たなごころ』」

「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人くろがねやいば・そらくれないのいくさびと』」

 華々しく、孔雀の尾が大輪を開き詠み上げる。

「茶は逃ぐる 武士(もののふ)の征く 覇道より」

挿絵(By みてみん)

 雄々しく羽ばたき烈風と化し、両雄は同胞たちの屍をはた目に霧を突っきっていく。

 動物化していない。だが最速で翔け猛獣たちを蹴散らすため、確固たる意志をもって半分動物化している。

 煌丸は下半身を孔雀(くじゃく)青に色づく孔雀と化し、腰部より伸ばす翼を羽ばたかせ、尾羽は畳み尾を引かせ、晒す上半身に四本たくましき腕を奮わせ、枝を残した竹の槍、筅槍(せんそう)を担ぎ上げる。

 行く手にハイエナが群れている。

 一斉に向かってくる。叩っ斬る。

 斬りたてつつ、煌丸が話し出す。

 鷲朧(わしおぼろ)、煌丸、樹呪(じゅじゅ)の三将軍は、姜子牙へ抗う策を立てていた。

 色を支配する煌丸を有用する。

 畜生道が発動され唐茶の霧が押し寄せてくれば、煌丸も髄醒覇術を発動して唐茶を指定し、霧が自軍を避けるようにする。ただし向こうが先に発動するため、そちらへ渡河していた先陣を守ることはできない。

 鷲朧と樹呪が守る。

 最高戦力たる両将が開戦して早々に前線へ出れば、姜子牙も早々に畜生道を使うだろう。早く使ってくれるほど、大和兵の体力には余裕が残る。また動物化しても知見を残し勇猛なる両将がいれば、肉食獣へ大いに抗い引き付けて、味方が逃げる時間を稼げるだろう。

 あとは煌丸がやる。

 畜生道を使えば黄華軍も動物化してしまうため、姜子牙はあらかじめ幾人か戦力を離脱させておくだろう。煌丸は動物化を免れたうち五〇〇〇騎を率いて迂回し、これを追撃して生け捕りとする。そして、脅して偽の念話を入れさせ姜子牙をおびき出すか、人質として姜子牙を脅すなどして、畜生道を解除させる。

「太公望は見透かしてやがった」

 離脱した哪吒(なた)らへ追い付きかけたが、戦えなかった。

 離脱組から分かれ残った、姜子牙の側近と思しき者らにしてやられた。

 景色を誤認させられたのだろう。

 時間を誤認させられたのだろう。

 あらゆる違和感を封じられたのだろう。

「そいつらの覇力が切れたんだろうな。めちゃくちゃ戦いまくって死にかけまくったとこで、よぉやく正気に戻らされてみりゃあ……明後日の方向に走ってきてたぜ、でっけえ遼河(ヨハ)江も越えてよぉ。生き残ったのぁ……一〇人だけよ。動けんのぁ俺さま一人よ」

 ハイエナを討ち平らげ突き進む。

「太公望は将軍すら使わずに……」

 義虎は戦慄した。

「何千も葬ったと」

「んで自分も畜生道でよ、その何倍も葬ってんだろぉぜ」

 疲れきった脳がさらなる追い討ちを受け悶絶している。

 違和感を封じる覇術。

 景色を誤認させる覇術と併用されれば、敵が見えなくなる。野だと思って河へ駆け入ってしまう。そして、こうした怪現象を気に止めなくなってしまう。そうなれば、周りに何もない状態で、いきなり胸を突き刺される。いきなり濡れて進みがたくなったと思えば、水に鼻を突かれ息ができなくなる。それでも疑念を抱かず、何も見えない空間へ向かい手探りで戦い続けてしまう。

「最警戒せねばだね」

 だが哪吒らがいないと気付くことはできる。

 気付けば兵一万を分散させ捜しに動き出す。

 哪吒らと同じ方角へ進む隊も現れるだろう。

 そこで時間を誤認させる覇術も併用された。

 一分を一秒と誤認するだけで影響は大きい。

「うぃー、竜虎の罠とか」

「きゃわいく見えんだろ」

 ヒョウやチーター、ジャガーが群れて襲いくる。

 偃月刀一閃、筅槍一閃、薙ぎ払いながら考える。

 実際には一時間も休みなく戦い続けながら、まだ一分しか戦っていないと思い込めば、こう考えてしまう。哪吒らを見失ったが、見失って一分しか経っておらず近くにはいるだろう、戦いながら捜せばいい。そうして、とっくに遠く離れていると気付くのが大いに遅れてしまう。

「気付いたんで戻ってきたぜ」

 煌丸も深手を負い、胃は干上がり、馬もなくしていた。

 愛する将兵五〇〇〇を喪った。

「まだ七〇〇〇残ってんぜ、大事な(うち)のもんがよぉ!」

 生き残った覇力感知をする腹心に畜生道の場所を訊き、覇能である自己再生をかけて走り、また走り、さらに走ってたどり着いた。

 超魂覇術を唱え、霧を弾きながら踏み込んだ。

 襲いくる肉食獣を片っ端から貫き、驀進した。

 食物連鎖の摂理が崩壊しているのに気付いた。

 肉食獣が多すぎる。

 草食獣を追い回し、痛め付け食い殺し、満腹となれば残りを無視するのは変わらない。だが黄華軍は大和軍より多かった、従って捕食者の数が被食者を上回り、草食動物が根絶やしになるのは時間の問題であった。

「うぃー、もっと速くいこう」

 ネコ科猛獣らを討ち平らげ、突き進む。

 義虎は勝助らを想い窒息しかけていた。

開京(ケギョン)から飛んできた時に凝視したけど霧は唐茶のみ、今なら君を嵌めた武官らはおらん。そして二人がかりでなら、今度は最奥まで突破できる」

「だが何でもかんでも斬んなよ」

 はっと、義虎は窒息する。

「話を続けんぜ。生き残ってる草食がいたんで助けよぉとしたんだよ」

「襲ってきたと」

「おうよマジで」

 カバが突っ込んでくる。強烈な殺意を感じる。

 ざっと、身を回し込み長鞭なる尾を叩き込む。

 脳天を打ち抜いて鳴かせ卒倒させ、突き進む。

「めんどいだろ、畜生に毒されて味方まで妨害してきやがる」

「がんばりすぎて畜生の神に見初められちった方々かねえ?」

 __勝さんもそうなら……。

「そういや《幻君(まぼろしのきみ)》にぁあよ」

 はっと、義虎は立ち止まる。戦場を区切る遼河江まで来ていた。

「始めに俺さまが出てった時によ、唐茶ぁ弾いてた色支配が消えるんでよ、残る大和軍みんな畜生道に堕ちちまうもんでよ、とりま幻術張っといてよ、味方ぁ見えなくしとけって言っといたんだよ」

 勝助は上級武官である。

「動物化しても、張り続けねばならんとだけ覚えとけば……」

「本人を含めだ、河のこっち側にいた味方は被害少ねえだろ」

 __うぃー、気休め、感謝する。

 両雄は飛び、大河を越えていく。

「ところで始めに追い討った時だよ、覇力感知する部下もおったんなら敵が超魂してきたんも分かったはず、で世界種だろうから霧が来たはず、畜生道を弾ける君が弾けんかったん?」

 死臭の沁みる対岸へ至る。

 ワニを蹴り伏せ確認する。

 大蛇を殴り伏せ仰がれる。

「それよ、三つとも弾いたよぉに見えたぜ……色を指定してな」

「うぃー、景色誤認か……霧を視認する前に発動されとったね」

「実際にゃデタラメな色言って空ぶって、呑まれちまってたと」

 おびただしい肉食獣が襲いくる。

 ぞっと、義虎は看破し頭をかく。

 __これが大軍師《太公望》か。

 姜子牙は煌丸の覇術を調べ尽くし、彼ら三将軍の戦略を読みきっていた。

 碧が朱雀へ立ち向かった焼行(やけぎょう)道の戦いにおいて、姜子牙に育てられた息子、姜桓楚(きょう・かんそ)が煌丸を奇襲した。そして覇術を使わせた。視認した色の名を唱え、その色を有する事象にやらせたい動作を詠んで従わせるという仕組みを見定め、父へ告げたことだろう。姜子牙は察しただろう。

 煌丸には世界種の霧を弾かれる。

 すなわち、畜生道が通用しない。

 __うぃー、練り込んどるねえ。

 そして遼河江の戦いにおいて、動物化しない軍勢がどう動くかを考えただろう。畜生道の外部へ出て、黄華軍の別動隊を追い討つか。それとも内部を突き進み、姜子牙の首を狙うか。

 __前者でしょ、どれだけの猛獣や猛禽が待ち受けとるか知れんのだ、畜生道を生き抜くに当たり唯一の希望たるモヒカン極道がやられでもすれば、大和軍は詰むもんね? されど今は⁉

 かっと、義虎は眼を見開く。

 __天下無双の肉食獣たるこの猛虎がおる!

 がっと、情なき肉食獣の前線を消し飛ばす。

 __いざ猛虎が気炎万丈ぶり狂い咲き、太公望が躊策(ちゅうさく)ここに凌駕せん!

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