八四 風の巫女、化ける
遼東城、南壁。
ばっと、碧は伏せって身を転げ出し、哪吒が火尖槍を突き出し放つ炎をやり過ごす。だがわずかに目を離した隙に、炎を噴き出す輪、火輪を背後へ投げ込まれる。
大技を気張った直後で覇力が整わない。
__ん、風が出せん……挟み討たれる!
「ってえ、よくこんなデッカい亀さん無視できるべな」
「だって、みどちゃんと一騎討ちしたいんだもんっ!」
山忠が岩亀の頭を放り込み、哪吒がかわして跳び乗るや、甲羅へ立つ山忠を目指し岩亀の首を駆け上がりつつ、火輪を起動させてくる。妖美が追っていき、麗亜が走り込んでくる。
「超魂顕現『空色彗星』!」
唱え直し太刀を再生させ、大上段に振りかぶってくる。
「碧ちゃん伏せて、きえーっ!」
「麗亜もね、一つ目・疾風の舞」
空色に輝く剣圧が飛び、蜜柑色にたぎる火炎を相殺すると同時に、碧色に輝く風圧が飛び、玉蜀黍色にたぎる覇玉をもって麗亜へ忍び寄るタツノオトシゴの魚人、竜鬚虎を吹き飛ばす。
「ぎょえ~」
「おわっ、鬚虎ダサいって! そして来てたのね」
「そして喜びたまえ、美しい身どもも来ているよ」
「おわっ~」
竜鬚虎より情けなく鳴いておきながら、哪吒は振り向きもせず一歩動くだけにして、疾風怒濤と斬り込む妖美をかわしてみせる。山忠が突進し大杵を振り込むも、でんぐり返しし掻いくぐり、くぐり抜けざまに脚を絡め転倒させ、させるやいなや突きかかる。
「やせ我慢はよしてくれたまえ」
火尖槍を払い上げる偃月刀へ指を滑らせ、妖美が前髪を払い上げる。
「美しい身どもと戯れたい本心を見透かされぬよう、他の男性と……」
「は遊ばせないある」
がっと、妖美は〈四神〉の一柱《朱雀》火霊に打ち込まれ押しのけられた。
「カレーちゃん謝謝、ちゃい!」
「山忠さん危ない、きえーっ!」
剣圧が奔り火炎を弾く。
「そもそも哪吒将軍が遊びたいのは、風の巫女あるよ」
「では身どもとは、美しい御身が遊んでくれるのかい」
「……もちろんある」
「きゃーラブラブ!」
「ちょ、違うある!」
と、いつもの無表情が半泣きになる火霊を山忠ごと放置して、哪吒が碧と麗亜を目がけ飛び降りてくる。岩亀を動かそうとする山忠へ、自身の腹心にして黄飛虎の長男、黄天化が襲いかかるのを見定めてのことである。
「ん、いっぺんに来た」
「来たね、あの雲から」
先ほど、南壁を守る大将である碧珠が急行していき、南壁を攻める大将である鄂崇禹が滑空してきた地点へ立ち塞がった。碧珠は体高三〇メートル、翼開長一〇〇メートルに及ぶ三足烏と化し、鄂崇禹の操る体高五〇メートルに及ぶ朱い麒麟、炎駒と打ち合い、髄醒覇術をぶつけ合っている。
炎駒は猛烈な熱気を振りまくが、白緑にたゆたう霞で遼東城を包み加護する韓殊により、高句麗軍に影響はない。碧たち大和軍も韓殊への登録を済ませており、加護を受けることができる。
しかし、鄂崇禹の広げる雲に乗ってきた黄華軍の侵入は防げない。
「でもまだ侵入しきっとらん」
ざっと、碧は雲を振り返る。
「麗亜、三秒でいい、ちゃいちゃい哪吒ちゃん足止めして」
「えっ、何かするの」
「三つ目・山颪の舞」
遼河江、西岸。
霧が唐茶にうごめき、木が点在している。
「天の川 数えて掴み売ってみよ 夕星 弦月 七曜 決せよ 色は丈は顔は旗は数は城は志はと羽ばたき愉しみ越えていけ 八雲かき分け垣間見よ 知るなら崩れぬ 記せば老いぬ 詩するに臨みて鳴神を担ぐ」
爛々と眼光を猛らせ、翼を畳み尾を流し、義虎は突っきってく。
突如クロヒョウが左より跳躍し、獰猛に叫び跳びかかってくる。
「豹が虎へ挑むなど」
強靭なる翼を奔らせ打ち落とし、喉を潰すのは後続する煌丸へ任せ、偃月刀一閃、右より躍りくる二頭目の首を飛ばしながら尾を唸らせ、背後より襲いくる三頭目の頸椎をへし折り巻き付かせ、正面より迫りくる四頭目の頭を踏み抜き身を回し込み、どっと、三頭目を放り投げ、前方より来る三頭をまとめて叩き伏せるや跳びかかり、黒を赤く変える。
「不届き千万と知れ」
飛んで、猛獣たちと戦わずに姜子牙を捜すこともできた。
しかし、姜子牙が肉食獣を統制し動かせる可能性がある。
いざ姜子牙を見付け斬り込んでも、無傷の猛獣軍勢に寄ってたかって邪魔されたのでは返り討ちにされかねない。この脅威を削っておかねばならない。
今なお必死に逃げる味方を救うことにも繋がる。
「で。できそうかよ」
義虎が振り返れば、頭蓋を握り潰したオオカミを三つの手それぞれにぶら下げ、跳びかかってきた彼らをひと振りで弾き上げた筅槍をもう一つの手に掲げながら、穂先には八頭目のクロヒョウを貫き垂れ下げる煌丸が、笑っていた。
「策で太公望を凌ぐってのぁ」
「戦略は三つ仕込んどるけど」
にっと、義虎は翼を張り上げオオカミ三頭を打ちのめす。
びっと、跳ねて再び跳びかかってくる三頭を斬り伏せる。
「すぐは使えんからお楽しみに取っとく。この場は戦術と」
鉄拳炸裂、直上より奇襲してきたクロヒョウ九頭目を即死させる。
「武で凌ごう」
「おもしれえ」
ピューマの大群が向かってくる。両雄は突っ込んでいく。
__うぃー、知りたいでしょ戦略三つ。
真っ向から猛虎はピューマを叩っ斬る。
__一、第三勢力を生み出す。
朱剣虎や立山剱岳、そして開京界〈三壁上〉司空骨羅道らが立ち上がり開京軍を瓦解させれば、高句麗軍はそちらへ戦力を割かずともよくなる。また開京軍総大将〈三壁上〉劉炉祟のもとへ乗り込まんとしている、高句麗界〈三火烏〉淵太祚への援けにもなる。
義虎は〈三火烏〉姜以式より聴いて、高句麗軍総大将〈三火烏〉乙支文徳が講じている必殺の策を知っている。高句麗軍が黄華軍のみへ注力できるなら、大いに乙支文徳を援けることができる。
尾を叩き込みピューマの背骨を叩き折る。
__二、牛頭将軍を救い出す。
哪吒に生け捕られた《牛頭》牟頭勇は、遼東城を守る《馬頭》牟頭婁の兄であり、互いを深く想いやるアライグマの獣人兄弟として知られている。姜子牙は姜以式へ向かい、牟頭勇を助けたくば、難攻不落の山城と化した遼東城をもとの攻めやすき平城へ戻せ、などと脅し様々な注文を付けてくるだろう。
姜以式は国を救いたい。
牟頭婁は兄を救いたい。
高句麗軍は一枚岩であるという強みを逸し大きな隙を生む。
それこそが姜子牙の狙いである。そして義虎の狙いである。
翼の鱗を叩き付けピューマの爪牙を砕く。
__三、偽兵糧庫へ誘い出す。
黄飛虎が遼東城へ夜討ちをかけた。その際、城へ潜む黄華軍の密偵が彼へ接触し、高句麗軍の命綱たる兵糧庫がどこにあるかを告げたはずである。先刻、麗亜から念話を受けた。黄華軍が大々的に遼東城を攻め始めたと。間違いなく兵糧庫を狙ってくる。
義虎と姜以式により偽造された罠の倉を。
電光一閃、ピューマを討ち平らげて進む。
__きた! これで戦術の方も始めれる。
念じ終えた義虎の瞳が変容する。空色、碧色、紫色に波打ち、中心を白める。
__千里眼視してやるよ⁉ どぉだ、太公望は天才なれど義虎は非才なので。
ヒグマの群れへ突撃する。
__生き延びんがため策謀を練って練って練りまくってきた、単位量あたりの濃度が違いすぎるんだよ⁉ 言うまでもなく武勇もしかり! そして何より執念もね! でないと並び立てるかってのよ……。
真正面からヒグマを蹴散らし、笑む。
__この戦で化ける《風の巫女》に。
ごっと、吹きすさぶ風を瞬く間に結集させ逆巻かせ肥大化させ、碧は碧色に煌々と輝き轟々と唸る見上げんばかりの山颪を築き上げ、突然のことに固まる敵味方、そして母である碧珠の目前で、焦燥する鄂崇禹とその雲上にあり狼狽する黄華兵の真上へと、手を打つ暇など微塵も許さず叩き付け爆発させ滅茶苦茶にして突き落としてみせた。
すかさず碧珠が突進し、主を失い沈黙する炎駒も突き落とす。
「超魂顕現『南護朱雀』っ」
鄂崇禹の腹心たる火霊が翼開長一〇〇メートルに及ぶ朱雀を召喚し、全速力で降下させ仲間を救いにいかせる。
はっと、碧は己に驚いた。即行した。
「おっかあ頼む! 四つ目・鎌鼬の舞」
「……ええ!」
翼開長一〇〇メートルに及ぶ三足烏たる碧珠が翼を畳み、全速力で降下し朱雀を妨げにいく。同時に碧は哪吒へ振り向き、完成させずともよいと風の刃をねじり込み、防がれながらも打ちのける。
__ん、いける。
予測できた。哪吒が麗亜を打ちのけ突きかかってくることを。
判断できた。朱雀を妨害し敵を救わせないのが大事であると。
直感であった。
__覇力はヤバい、山颪二発も撃っとるもん、でも体は動くし無問題すぎる。頭が冴えとる、目も見えとる、血は騒いどる!
哪吒が炎を撃ってくる。風を起こし巻いて捨てる。
そして考える。哪吒の攻め手には飛び道具が多く、もともと相性はいい。だが覇力量では遥かに劣るだろう。またここまでの戦い方は、逸らされると分かっている火炎攻撃や接近しての物理攻撃に偏っている。
__ん、わーの覇力と体力と切らそうかしとるでしょ、風起こせんくして鎌振れんくして、飛び宝貝連射してミンチにすると。
そして義虎を追い詰めた髄醒覇術もある。
__おっかない。つまりめっちゃ奮える!
対抗するには、今のように素早く予測し判断し続けねばならない。
師匠を思い出す。
義虎は速い。動きはもちろん、看破や立案の速度が尋常ではない。
熾烈にして膨大なる経験と研鑽を積み培った直感の成す業である。
同じように積み続ければ義虎のごとくになれる。なりたい。強く。
__今その片鱗は見えたよね?
__間違いなく化けてきたね。
物陰から覗き見ていた義虎の同輩、沙朝は舌を巻いていた。
__周りも見えてるし、とにかく実戦への理解が深まってる。いくら超魂できるとはいえ一兵卒の身で将軍に立ち向かってる時点で、磨かれないわけないもん。さすがは《風神》の血と……。
ふっと、沙朝は奮えた。
__《猛虎》の教えだ。




