八二 毘沙門天へ挑め!
「ちゃい!」
「二つ目・旋風の舞」
ごっと、哪吒が燃え盛る業火を連続して撃ち込んでくる。自身を包んで回る碧色の風を荒れ狂わせ、碧はどうにか炎を絡め取る。
哪吒を見失った。
はっと、本能的に察し両手で鎌を握り振り上げ、えぐり込まれた刺突を防ぐ。腕が絶叫する。
「よく見抜いたじゃん、台風の目から飛び込まれるって」
「ん、前にね、同じい感じで下から狙われた、からか?」
「おわっ、誰そのエッチな!」
「無問題、女武官だったもん」
言い捨てつつ、腹を蹴り反動を使い後退するも、追い付かれ、打ち込まれ、突き飛ばされ、自分の風に呑まれ立て直す暇なく舞ってしまう。追い討ってくる。風へ炎を混ぜ込み焼き払わんと構えてくる。風を操り直そうにも間に合わない。
__ヤバい!
「きえーっ!」
空色が光り、哪吒を目がけ眩く鋭く重く剣圧がほとばしる。哪吒は身を守らんと的を変え、噴き上げた炎をそちらへぶつける。
麗亜が察し、旋風の下へ駆け入っていた。すかさず碧は風を沈める。
「助かった助かった、ども」
「ううん、よかった無事で」
碧は城壁へ降り立ち、麗亜と並ぶ。
「ん、やっぱ空中戦はまだやめとく」
「賢いじゃん、フラグかもだけどさ」
と哪吒は笑い、飛ばないと見せかけておいて騙し討つ作戦を見透かしてくるが、ん、バレとっても要は使いどころだけどね、と内言してやる。
碧は昂ぶっている。
義虎をも苦戦させた将軍《毘沙門天》に、万いる将兵の中から名指しされ、戦人にとって至上の栄誉たる一騎討ちを申し込まれた。そして、瞬殺されずに立ち回ることができた。
__ん、これが、戦人の血が騒ぐってのか。
頭は冴えている。
体は動いている。
息は整っている。
__経験した場数、溜まってきとるんかな。
初陣してからずっと格上へ挑み続けてきた。
《斉天大聖》孫悟空の弟弟子たる沙悟浄と戦い、戦術をしのぎ合って季孫悟蘭と戦い、《蚩尤》袴連鋼城の嫁と豪語する《閃光娘々》趙美美と戦い、格闘パンダである盛熊雄と戦い、〈四神〉の一柱にして髄醒覇術を使う《朱雀》火霊と戦い、〈竜虎の罠〉でいたぶってきた薛悪虎と戦い、そして超大国、黄華国の武威そのものたる〈五龍神将〉大将軍《鎮国武成王》黄飛虎と戦った。
一兵卒の戦場実習生、それも十四歳の少女という身でありながら、わずか五ヶ月足らずにしてこれだけ積んだ。
山忠が言っていた。ちょっと濃すぎるべと。
__だって教官が、極端すぎる現場経験主義の狂戦士だもん。
「ちゃい!」
敵を追いかけ頭を砕く輪、乾坤圏が投げ込まれる。
「ん、いや風使いに向かって投擲しちゃダメでしょ」
「こらこら囮に決まってんじゃん、ちゃい!」
「言っちゃうんだね、きえーっ!」
碧色の風が吹きすさび乾坤圏が巻き上げられるや、電撃が奔るように翔け抜け、すでに反対方向から回り込んでいた哪吒に火尖槍をくり出される。麗亜が反応しきり、至近距離から剣圧を叩き込む。
かわされる。
着地するやいなや斬り込んでくる。麗亜が反応しきれない。
「わーが反応しとるよ」
鎖鎌を放り込む。打ち払われ、打ち込まれ、打ち倒される。
麗亜も斬りかかるが、激しく振り抜かれ、叩き飛ばされる。
がっと、火尖槍を掴み妖美が踏み入り、前髪をかき上げる。
「美しい戦乙女よ、受けたまえ」
「おわっ、めっちゃイケメン!」
「超魂顕現『闇夜奈落』」
黒々とした闇が広がり哪吒を呑み込む。その隙に碧らは体勢を立て直す。しかし闇が赤らみ、破裂するように焼き払われる。
「ねえイケメン、今なんか潰されかけたんだけど何? 重力?」
「正体の分からないものほど美しいとは思わないかい。しかし」
「ん、闇に対処するんじゃなくて闇そのものを葬るとか、変ね」
「おわっ、変ってヒドい!」
哪吒が突きかかってくる。偃月刀一閃、妖美が跳ね上げる。すかさず碧は残った鎖を投げ、軸足を回しよけさせ体勢を崩させ、鎌を構え斬りかかる。でんぐり返ししまたかわされる。だがその行く手へ踏み込む麗亜が、大上段に太刀を振りかぶる。
「きえーっ!」
__やった……ん⁉
太刀が砕け散った。
哪吒が新たな宝貝を取り出し、掲げて斬撃を防いでいた。打った対象を内側から破裂させる棒、降妖杵である。
「残念でした! 剣圧、撃っとけば良かったね。城壁、壊しちゃうと思って普通に斬り付けたんでしょ、でも考え付かなきゃだよ? そうさせるために、毘沙門天さまは地上戦に切り替えてたんだって」
妖美が駆け入り、麗亜へ奔る刺突を払う。乾坤圏が突っ込んでくる。
「一つ目・疾風の舞」
的中、撃ち落とす。哪吒にも撃つ。轟々と業火を撃ち返される。
「そろそろ準備運動おしまいっちゃうかんね、ちゃい!」
__ん、ヤバい、覇力の桁が違って……押し切られる!
噴火した。毘沙門天の灼き出す火力は目も眩まんばかりに燃え盛り噴き上がり猛り狂い、風などあってないかのごとく喰らい尽くし襲いくる。引きつる麗亜も、囲っていた高句麗兵も、肝を取り落としたように恐怖を叫び逃げ散っていく。だがどのみち、かわせる規模ではない。
__迎撃するっきゃない、でも時間ない……。
「時間稼ぎは任せたまえ」
ぼっと、巨大な炎がさらに巨大な闇に呑み込まれる。
「ん、オカビショないす」
「身どもの呼び方はもうオカビショで定着したのかい」
妖美が気張って防ぐ間に、碧は集中し覇力を高める。
__山颪だ。ちょーど逃げ散ってくれて場所も空いた、遠慮なく容赦なく理性なく……英雄《風神》の風ぶっつけてやる!
闇が赤らんでくる。所々に外炎を露出させる。消し飛ぶ。
ぎっと、覇力を喰いしばる碧は膨大な風力を完成させる。
「超魂顕現『天孫巫堂』」
「超魂顕現『巌山殴亀』!」
「三つ目・山颪の舞……ん?」
碧色に輝く巨大な風が突撃し、蜜柑色に輝く巨大な炎と激突し、爆発し合い、摩擦し合い、混合し合い、閃光と轟音と振動とをばら撒きながら押され押し込みせめぎ合う。
「二の段・地巫城塞」
そこへ岩亀が乱入した。
倍達国の巫女、巫堂の装束を整える母、碧珠が城外の地形を付け足し、山忠の召喚した巨大な岩亀を乗せられる崖を突き出した。哪吒がいる場所の真横である。どっと、体長一八〇メートルにも及ぶ、厚き七〇センチという緻密骨を放り込む、岩亀の頭突きが炸裂する。
「おわっ、城壁ぶっ壊れたよ⁉」
「尊い犠牲だべよ、将軍首の!」
派手によけざるを得ない哪吒の注力が乱れ、覇力が乱れ、火力が乱れる。
ごっと、噛み砕かんばかりに歯を喰いしばり、碧は風力を押しきらせた。
「髄醒顕現『万象加護桓雄』」
「超魂顕現『光剣精鋭』!」
「超魂顕現『光学迷彩』!」
「超魂顕現『因果理操』」
「超魂顕現『生命感操』!」
山颪が爆ぜ粉塵が吹き上がるなか、碧は城を見回した。碧珠が来た。
「五行侯が揃って仕掛けてきました。各所、乱戦となります」
五行侯。
それぞれに害悪を広げ麒麟を使う将軍たちである。
「ん、哪吒といい五行侯の一部といい、遼河江で大和軍と戦っとるんじゃ?」
「彼女らがここにおり大和軍とは連絡が取れぬ、嫌な予感がしますね。ですが今は目前の戦いへ集中しましょう、ご覧なさい」
五行侯は揃って髄醒覇術を発動した。
いずれも、召喚した麒麟たちと同じ角を伸ばし、脚を雲へ変えて飛翔する。
義虎と戦った際は雲を広げ、体高五〇メートルある麒麟たちを乗せていた。
この雲を利用してきた。
めいっぱいに膨張させ、各々麒麟に加え、兵を二〇〇人ずつ乗せて飛んだ。
そして東西南北、中央上方の五方向へ分かれ、城を囲って攻め寄せてきた。
「「進撃じゃあっ‼」」
「「攻撃せよおっ‼」」
「「うぉおおおーっ‼」」
東壁。
攻めるは《東伯侯》姜桓楚、風気を放つ。
迎え討つは、気高き修行者・早衣を束ねる《早衣監》韓殊。
韓殊は全高句麗兵へ加護を施し、害悪や衝撃を無効化する。
西壁。
攻めるは《西伯侯》姫昌、燥気を放つ。
迎え討つは、元老・姜以式が最も信頼する《結晶花》李春晶。
さらに《光剣士》恍魅が味方へプラズマの光線剣を与える。
南壁。
攻めるは《南伯侯》鄂崇禹、熱気を放つ。
迎え討つは、風神の血を引き天地人を司る《烏巫堂》皇甫碧珠。
さらに熟練武官の楊輝和が光学迷彩を操り敵をかく乱する。
北壁。
攻めるは《北伯侯》崇侯虎、冷気を放つ。
迎え討つは、巨大化するアライグマの獣人《馬頭》牟頭婁。
さらに《早衣卿》杜祠呉が因果関係を操り敵をかく乱する。
上空。
攻めるは《央伯侯》鄧九公、湿気を放つ。
迎え討つは、高句麗界最強を堅持する老雄《大武神》姜以式。
さらに少女武官の淵傑多が感覚器官を操り敵をかく乱する。
中庭へ構える陣中にあり、姜以式が立ち上がる。
「城全体へ五悪陣をかけるとはのう。じゃが甘い」
「そうか? 一ヶ所でも決壊すれば攻略できるぞ」
ぬっと、姜以式は身構える。
五龍神将《鎮国武成王》黄飛虎が髄醒状態となり、豪快に笑い大きく羽ばたき、上空より舞い降りてきていた。
「ん、総力戦だね」
「ね、盛り上がってきたよ!」
ざっと、碧は汗を拭い踏み出して、粉塵を切り裂く哪吒へ向き合った。