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六九 あな恐ろしや厨二病

 同刻、悠々とたゆたう遼河(ヨハ)江。

「出るぞ禍津日(まがつひ)軍、(いかり)を上げい! 第一戦速、零度よーそろー!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 将軍の飛び乗るやいなや、大型の台車へ乗せ運んできて、すでに河へ浮かべ兵を乗り込ませていた軍船の群れがまっすぐ漕ぎ出していく。一斉に鎧仗覇術を唱え、各船の(へさき)へ弓や盾を使う兵士が集結する。

 対岸へ陣取る黄華軍も動く。弓兵が並び、矢をつがえ引きしぼり、大和船団が射程距離へ入るのを待ちかまえる。

 双角を金色に光らす鬼女をかたどる般若(はんにゃ)面を装着し、将軍《禍津日(まがつひ)嶺森樹呪(みねもりじゅじゅ)はぼろマントをなびかせ仁王立ち、大和船団を率いて先頭を行く旗艦(きかん)最上後甲板さいじょうこうかんぱんから睨みすえる。

挿絵(By みてみん)

 ツインテールのみなみに振り向かれる。

「射撃、よ~いよし~」

 甲板には弓兵と盾兵を組んで整列させてある。樹呪は左手を掲げ左目を隠す。

「ついにこの呪文を唱えられる。船戦(ふないくさ)ではの、撃てを略し、てっと言うのじゃ」

 互いの射程圏内へ入った。

「てえっ! 矢が参るぞ、盾かまえ!」

 ごっと、遠距離を飛び破壊力を纏う、矢じりの雨に炸裂される。

「しばし粘るのじゃ、突撃するを諦め迂回したように見せかける」

 膨大な矢が盾や船体へ刺さり続け、船が前のめりに傾いてくる。

「全艦へ告げるのじゃ。左九〇度、一斉回頭」

「任せなさいよ」

 アナホリフクロウの白苦無(しろくない)が飛んでマストへ上がり、後ろへ手旗信号を送る。

 樹呪は般若面を(きら)めかす。

「とーりかーじ!」

「とーりかーじ! 取舵(とりかじ)三〇度であーる!」

 操舵(そうだ)室に立つリーゼントの樹拳(じゅけん)が応え、舵輪(だりん)を左へ回す。

 三〇度に固定された(かじ)が水を受け流し、進路が左へ動いていく。後続する艦隊も倣い、合わせて全艦の盾兵が右舷(みぎげん)側へ回り、矢を防ぐ。進路が直角へと変わりきる前に、樹呪は回した舵輪を戻させる。

「もどーせー!」

「もどーせー!……舵中央であーる!」

「九〇度、よーそろー!」

「九〇度、よーそろー!……よーそろー、九〇度であーる!」

 きれいに直角となった進路へ船は直進し、他も揃って倣う。

 樹呪は両腕を直角に曲げ、左で脇を抱え、右で片目を隠す。

「よーそろー」

 岸辺では弓隊が分裂し、三分の一ほどが射撃しながら追ってきている。その後ろから、李と書かれた大将旗をおし立て、三〇〇〇にのぼる騎馬隊も向かってくる。

「姫、釣れましたな」

 最上後甲板の柵へ留まる壮年のヒゲコノハズク、髭右近(ひげうこん)髭ノ介(ひげのすけ)に見上げられた。

「うむ。十分に本隊より引き離さば上陸し、聖戦(ジハード)へ捧ぐ生贄の福音(エヴァゲリオ)を下そうぞ」

「さすれば鷲王も動きまするな」

「ああ。嗚呼、魔眼が疼きおる」

 ポーズを維持したまま、矢じりに振られつつ時を待つ。待った。

「おもーかーじ!」

「おもーかーじ! 面舵(おもかじ)三〇度であーる!」

「もどーせー! 二〇(ふたじゅう)度、よーそろー!」

 艦隊は右斜めへ舵を切り、ぐんぐん岸へ近付いていく。上陸させまいと、弓兵が隊列を組んで連射し、騎兵が足を速めてくる。ポーズを維持したまま、樹呪は深くのけぞって側近〈樹呪御一行(ごいっこう)〉を振り返る。

眷属(けんぞく)どもよ()け。軍馬を上陸させる時を稼ぐのじゃ」

「「おう‼」」

「超魂顕現『樹木拳宴たつきぎ・こぶしのうたげ』!」

「超魂顕現『時機尺陽ときのからくり・ものさしみなみ』~」

「超魂顕現『匠穴掘道(たくみのあなほりみち)』!」

 樹拳がバナナの葉を腰巻きに半裸となって飛び出し、太く硬い木の根を生み出し打ち込み、飛んでくる矢の雨ごと弓隊を薙ぎ払う。

 右の先頭を行く騎馬の前には、魔女っ子と化すみなみが現れる。

「どんぐり沼~」

 彼らを黄緑に光らせ派手に減速させ、後続を玉突き衝突させる。

 さらに左の先頭の前をアナホリフクロウの白苦無(しろくない)が横切り、その軌跡へ落とし穴が誕生する。前列はなす術なく吸い込まれ、後列は気張って止まるが玉突き事故となり、味方に落とされる。

 受けて、大将旗のもと女将軍が司令する。

「武官は武官で相手せよ。焔紅(えんこう)天禄(てんろく)で木を止めるうちに毒竜(どくりゅう)悪虎(あくこ)は〈竜虎の罠〉を用意し誘い込め。騎馬隊は私に続け、超魂使いの戦場を迂回し走り、上陸する敵を討ち果たす」

「「御意‼」」

「超魂顕現『梨火槍禍(りかそうか)』!」

 中級武官・孫焔紅(そん・えんこう)。燃料の詰まった筒を柄に取り付け火炎放射器を兼ねる槍、梨花槍(りかそう)から放つ火へ多様な効果を付与する強化種を使う。鎧を鉄製リングの連なる軽い鎖子甲(さしこう)へ変え、火を放ち根を焼き落とす。

「超魂顕現『軟玉刃鎧』(なんぎょくじんがい)!」

 中級武官・黄天禄(こう・てんろく)黄飛虎(こう・ひこ)の長女であり黄天化(こう・てんか)の妹にして、体の組成と形状を玉として重宝される翡翠、ネフライトの武具へ変える強化種を使う。武装そのまま、火の切れる所へ馬を駆り、樹拳へ斬りかかる。

「超魂顕現『毒蝕覇換(どくしょくはかん)』」

 上級武官・韓毒竜(かん・どくりゅう)。覇力を使えば使うほど体が蝕まれていく空間を作り置いておき、自分は紫紺(しこん)の衣をひらめかせ宝剣を振りかぶり、みなみへ斬りかかる。

「超魂顕現『悪道導現(あくどうどうげん)』」

 上級武官・薛悪虎(せつ・あくこ)。絶えず悪運を強いる空間を作り、韓毒竜の作った空間へ重ねておき、自分は紫檀(したん)の衣をたなびかせ宝剣を振り上げ、白苦無へ斬りかかる。

 続々と兵が上陸する岸辺。

「姫、いかがいたしま……」

「な、なんということじゃ」

 ポーズを維持したまま、樹呪は最上後甲板でかがみ込む。

「わらわの眷属を、暗黒に祝福されし使徒を、よもや……」

 髭ノ介にジト目を注がれる。

調伏(ちょうぶく)し得るなどと夢見られようとはのう!」

 般若面から覗く瞳で舌なめずりし、ポーズを維持しつつ反り返る。

「七つの大罪、傲慢じゃな。呪うぞ。いざ魔の聖域をうち建てん!」

 髭ノ介へ命じ、念話を繋がせる。

(輝くのじゃ脳筋愚弟)

「筋肉・菩提樹(ぼだいじゅ)であーる!」

 ごっと、樹拳が一瞬にして爆誕させる硬く太い根の森がうごめき、爬行し蛇行し薙ぎ払い、立ち上がり反り返り叩き込み、花開くように雄叫び荒れ狂い、四人の女武官を漏らさず呑み込んだ。

 みなみ、白苦無は悠々と戻り、将軍の率いてくる騎馬隊へ立ち塞がる。

「また玉突いて~ 終わっちゃうよ~」

「そうはならぬ。全兵、案じず進め!」

 将軍《恵岸護法(えがんごほう)李木吒(り・もくた)

「超魂顕現『恵岸信仰(えがんしんこう)』」

 柑子(こうじ)色の霧が広がる。みなみらが呑まれ、森ごと樹拳が呑まれ、船ごと大和兵が呑まれ、そして樹呪も呑まれる。呑まれると同時に、樹呪は心が洗い流されていくような感覚に浸っていく。

「もう戦わずともよい」

 はっと、樹呪は身を乗り出す。

 みなみと白苦無が覇術を解き、座り込んでいる。

 __何をしておる⁉ 討たれてしま……どうしたことじゃ。

 敵の騎馬隊は二人を避け、あくまでこちらへ向かってくる。

 森も消えていく。樹拳も戦いをやめ、天を仰いで伏し拝む。

 __()せたぞ。

 李木吒の覇術は信仰を操る世界種である。

 何ものにも勝る安寧を与え心を満たし、俗世にはびこる苦悩より救済せんと手を差し伸べる術者の愛を感じさせ、心酔させる。そうして欲望や責任、憤怒や悲哀、狂気や殺意から解き放ち、戦意を取り払う。味方へ作用すれば、教主である術者へ帰依せず負の想念をまき散らす者、つまり覇術を解かぬ敵がいる限り、それを討ち滅ぼし平安を勝ち得んとして邁進させる。

「褒めてつかわそう。じゃが」

 樹呪はポーズを取り直す。

 隣りにいる髭ノ介や周りにいる兵たちも、敵が襲い来るなか次々と武装を解除していく。しかし敵騎馬は止まらない。ただ一人、戦意を失わぬ者が残っているからである。

「わらわを祝福する信仰は惑わぬ」

 ばっと、樹呪は柵を乗り越える。

 嗤うように、般若面が光り輝く。

「鎧仗顕現『死神(しにがみ)』」

 着地し騎馬し突撃し、黒い擦り切れたマントをひるがえし、白い包帯を巻くように白糸縅(しろいとおどし)の鎧を見せ付け、大鎌一閃、先頭を来る四騎を薙ぎ払う。その崩れる狭間へ駆け入り周囲を斬り捨て、打ち伏せ、突き上げ、刺し抜き、刈り取っていく。

「くっ、全兵、離れよ!」

 李木吒が叫び、隊列の中に無人の円が生まれる。

 その中心へ立ち、樹呪は大鎌を担ぎ、指を開いて滑らせ仮面を隠す。

 じっと、敵に固唾を飲んで見守られている。李木吒も進み出てくる。

 かっと、樹呪は眼を見開く。

「ひざまずけ、そして崇めたてまつれ愚民どもよ。わらわこそ(ひじり)なる光と(よこしま)なる闇、清濁あわせ呑む唯一にして至高なる存在。見よ、覇玉は白く装束は黒く、時には敬虔なる乙女と号し、時には魔眼が疼くと微笑む、一見すると矛盾しておろう。されどさようなる混沌(ケイオス)をも包括し得る悟りの境地へ至ればこそ、禍々(まがまが)しき仮面(ペルソナ)の下へ秘めし純然なる信仰をささぐ聖杯を、燭台を掲げ持ち、一切合切もって惑わず、迷える子羊どもを救済することあたうのじゃ。救済とは」

 群衆がざわついている。

「すなわち凡体を脱し神仏の側へ転生せしむる慈悲」

 群衆がざわついている。

「そなたら愚民はこの慈悲を解することがあたわず、あろうことか(わざわい)などと震え()じる。故にわらわを(まつ)りこう呼ぶのじゃ……禍神(まがかみ)禍津日(まがつひ)魔王大権現(だいごんげん)とのう」

 群衆がざわついている。

「ほらなんだ、そう中二病」

「飛び級せずに中等学校入った二年だから、十四歳で発症しやすい妄想か」

「おいおい、あの将軍いくつだよ」

「いやあ、恥ずかしくないのかね」

「おかげで信仰操作が効かんとは」

「黙示録にも麗しき、福音の光り輝く讃美歌をありがとう、負け犬の遠吠えが耳に心地よいわ! 褒美じゃ、暗黒に封印されし死神の神託をくれてやろう……わらわは中二病にはあらず」

 にっと、般若面はドヤ顔を輝かす。

(くりや)の方の厨二病じゃ、ありがたや!」

 大鎌を引っさげ突進する。打てば響くように李木吒も馬腹を蹴り、道服をひるがえし左右に宝刀を構え斬りかかる。

 両軍こぞって注目する。

「信仰を強いれぬならば、一騎討ちでかたを付けるまで」

「若く麗しき女将軍同士が純粋に斬り合うか。よかろう」

 がっと、大鎌が宝刀を弾き上げる。

「終末の食卓へ供してくれようぞ!」

 鎌の刃が反転し額を刺しにいく。李木吒はわずかに頭をずらしやり過ごし、左の刃へ絡め抑えつつ、右の刃を奔らせ脇を狙う。樹呪は柄を突き上げ払い、払う軌道へ乗せて回し、拘束を逃れながら脇腹を刈り取りにいく。

 ばっと、李木吒は鞍上を跳んでかわす。

 ばっと、樹呪も跳躍し反撃されるに先んじ追撃し、烈火のごとく打ち込み、受ける宝刀ごと突き飛ばす。降りるや足を(あぶみ)へ通し、疾駆し馬蹄へかけにいく。

「聖なる黙示録(アポカリプス)へ従い堕ちよ」

 大鎌が閃く。

 李木吒は着地するや転がりやり過ごし、振り向きざまに馬脚を斬り付ける。

 樹呪は大鎌を旋回させ、斬撃を刈り上げ馬首を返し、連続して斬り付ける。

 斬り合いながら互いに見やる。

 轟く羽音。鳥の群れが飛び発っていた。

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