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六七 唐突にしりとり!

 嬉々として、義虎は昇る遼東(ヨドン)城を眺めていた。

 麗亜と妖美も、岩亀の上で茫然と眺めていた。

「おぉー、止まんないんですけど」

「周りは反比例して下がるんだね」

 誰も手を出せぬ天へ届かんばかりに、地面を吸い上げ大山が突き上がっていく。

 昇る山を中心にし波紋を描くように、吸い上げられて沈む範囲が広がっていく。

「美しい大地鳴動だ」

 天を舞う碧珠(ピョクス)が咥える義虎へ寄り添い飛びながら、碧も目をぱちくりさせて眺めていた。

「ん、わー、とんでもない傑物の娘だった」

「ふ、できましたよ」

 延々と広がるは深さ三〇〇メートル、直径五キロに及ぶ険しい窪地、その中央へそびえるは標高一〇〇〇メートル、直径一キロに収まる切り立つ断崖、そしてその上に鎮座する巨大な遼東城である。

 談徳(タムドク)は大地に立って眺めていた。

「これが、我ら大高句麗(テェコグリョ)の始祖の力……」

 思わず涙をこぼす若き太子の肩へ、民族の長老が手を置いた。

「そうじゃとも。わしらはこの偉業を成す精神を受け継ぐ天孫なのじゃ。故に」

 姜以式(カン・イシク)は天を見上げ、地を踏みしめ、人をさすった。

「大高句麗を諦めてはならぬ」

 ぐっと、談徳は頷いた。

 碧珠が彼らや岩亀のいる地面を隆起させ、山肌へ沿って上昇させていく。

 そこへ紙吹雪が集まり、少女の姿を現す。白舞夢(ペク・ムモン)である。

「敵陣、偵察し終えました。時間稼ぎ、ありがとうございました」

 微笑まれ、談徳は撫で下ろした胸が淡く脈打つのを感じていた。

 ここに、遼東城に戦力が集った。

 義虎は赤い陣羽織をひるがえし、碧や談徳、姜以式らと並び城壁へ出て、遥かへ下がった敵を見やった。



「うぃー、みんな超絶がんばったんだね?」

「ん、もっと褒めて!」

「えらい、でかした、絶大イケメン」

 義虎はぶんぶん鍋を振り回しながら、具材や茶碗を運ぶ碧、妖美、山忠、そして麗亜を連れ、篝火(かがりび)の照らす広場の一角へ陣取った。石をかんかんやって着火し、焚き火を囲ってあぐらをかき、米や野菜を煮詰めつつ、背をかいて教え子たちを見詰めていく。

 麗亜を見て止まる。

「君の、案ずる気もちが分かった」

 教え子たちが黙って聴いている。

「各自どこまで無茶していいか決めようか。例えば義虎は、実は何がなんでも死ねんので、実は命が本当に危うくなる一線は越えません。ただ皆にとり厄介なるは、十代(ティーン)だと直近でくる未来までしか意識できずに生き急がずにはおられぬこと、義虎とてそうだったけどだ……闘う理由が一朝一夕で叶うものであろうがなかろうが」

 かっと、雷神は眼を見開いた。

「死ぬな」

 にっと、碧の松茸を横取りする。

「ぜひ我武者羅に挑戦してね、ただ最悪その場は負けても逃げても諦めてもいいよ、生き残って次なんとかする術を考えようぜ? たとい時を要してでも、そう蓄積してけば自然と強くなる。うぃー、美味」

「ん、許さんぅ、しかも箸の持ち方でったらめ」

「なははは、しりとりしよ?」

「もはや美しいほどに唐突だね、では身どもから日時計周りに。美しい」

「ちょ始まったの、次ボク? い? えと……」

「うぃー、(イル)(イー)(サム)(サー)(オー)(ユッ)(チル)(パル)(クー)(シプ)

「時間切れだべ! 飛ばして、おいどん。胃液」

 いったいどこからツッコめばいいのかと目を回す麗亜にツボったのか、碧が足をばたばたし倒れかけている。そこで今度は玉ねぎを堂々拝借し、なんという上官かと涙目にさせたはいいが、逆襲の手立てをひらめかれた。

「トラは軍事用語しばりね⁉ きな粉おにぎり」

仕方(しゃーが)ないなー。り。り? りぃ⁉ リリウム」

 リリウムとは、西洋のロメロス国などが用いる尖った丸太である。先端を上に向け落とし穴などに設置して罠とする。と解説しつつ碧から松の実をありがたく頂戴する。

「碧くん、美しい固まりぶりだ。ムーンナイト」

「ボクのあげよっか? えと、トノサマガエル」

「「トノサマガエル⁉」」

「んーっ、麗亜のせいで吹いて旨い汁が犠牲になったぞぉ、トラよこせ」

「おのれ、返せや義虎の腹筋と旨い汁、笑いすぎて泥棒に抗えんじゃん」

「勘弁してやるべ、麗亜どん茶碗で顔隠して微動だにせんべよ。留守神」

「ミイラ取りがミイラ状態」

 緑な三人組とか、巫女とか、碧とか言ってこない碧を賞賛しつつ、空にされた茶碗をひったくり妖美へ笑顔で差し出し、ついでもらいながら考える。軍事用語しばりを是認しやがった悪しき誰かさんを殴りたいと。

「うぃー、移動要塞」

「美しい空想の産物ではないのかい。一等星」

「い三連続⁉ しばってる⁉ ……一蓮托生」

「ずらしてきたべな。ちなみに移動要塞っぽいものなら、てっちゃん様は隠し持っとるべよ。いつか乗れるかもしれんべな! うな重」

「わー乗る! 操縦する! 運賃半額」

「割り増ししてあげるよ? 車掛の( くるまがかり )陣」

「「あ」」

 最も大きな声で啞然としていた。ともかくも両手の甲を掲げ『神の御名において(ビスミッラー)』と唱え顔を洗う所作をし、粛々と十字を切り手を合わせ『そうなるよう願います(アーメン)』と唱え、合掌したまま読経する。

羯諦(ぎゃてい) 羯諦(ぎゃてい) 波羅羯諦(はらぎゃてい) 波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい) 菩提薩婆訶(ぼじそわか) 般若心経(はんにゃしんぎょう)

 碧に爆笑され食べ終わり、妖美と連れ立って道具を返しに行った。

「うぃー、勘だけど。木村氏を吹っ切れさせたんは君なんじゃない?」

 一拍置かれた。

「そうとも。美しいほどに見抜かれてしまったね」

「やはり? 君やはり人の上へ立つ人徳があるね」

「嗚呼よしてくれたまえ、ただでさえ美しい身どもが嗚呼、ますますもって美しく嗚呼もう凛然として煌々と嗚呼……」

「うぃー、帰ってこーい」



 翌九月二〇日。

 高句麗(コグリョ)界において、北西を守護する遼東(ヨドン)城が黄華国へ対する要なら、南東を守護する関弥(クァンミ)城は開京(ケギョン)界へ対する要となっている。

 関弥城。

 遼東城から南南東へ二〇〇〇キロ。広々と流れ、開京界との界境を成す薩水(サルス)江の河口に浮かぶ、切り立つ断崖が生んだ関弥(クァンミ)島に張り出し、海上交通を一手に掌握する堅牢なる要塞である。

 そこへ一万を超える兵を乗せ、開京船団が押し寄せた。

 率いるは、開京界〈三壁上(サムピョクサン)〉たる大将軍《風伯(プンベク)司空骨羅道(サゴン・ゴルラド)

「城を落とす、合図へ備えよ」

 無味乾燥に呟き、先頭を行く旗艦に大柄な武人が現れる。

 木端微塵に砕き、踏みきった甲板を崩落させ、一跳びで断崖の上まで突っきっていく。凝縮した膨大な覇力を放出する衝撃波〈覇力噴(はりょくふん)〉を逆噴射する跳躍である。

 覇力甲を固め鉄拳を握り、城郭へ建つ(やぐら)へ突っ込む。

「超魂顕現『大地岩建(テヂアムゴン)』!」

 櫓に立つ大柄な戦士が一喝する。覇玉を焦茶(こげちゃ)色に輝かせ、薄片鎧(はくへんがい)を国色である青色に染め上げる。

「大地の拳!」

 どっと、戦士は岩を固めた巨大な拳を撃ち出す。

 がっと、武人はためらいなく素の拳を打ち込み、岩の拳を粉砕する。

 ばっと、砂塵の中から鉄球が飛び出し、それに連なる鎖が唸り、かわした武人の腕を拘束する。

司空(サゴン)大将軍(テジャングン)とお見受けする」

 柄から鉄鎖を繋いで鉄球を操る武器、鉄鎚(てっつい)を振るう倍達(ペダル)国の若き将軍《大地神》姜義建(カン・ウィゴン)である。岩の拳を撃ちながら、その上を走ってきていた。

 義建(ウィゴン)の覇術は岩を放つ自然種である。

 はっと、だが義建は目を疑った。

 骨羅道(ゴルラド)の目には、感情はおろか精気すら宿っていない。

 ともに城郭へ降り立ちつつ、義建は攻め入る同族を観察する。

 目は落ちくぼみ頬は痩せこけ、傷んだ髪は藁でまとめる。纏った粗悪な衣に袖はなく、ぼろに近い。筋骨たくましい首や腕には、惨たらしい古傷が跋扈する。

「話があるのではないのか」

 尋ねる声に抑揚はなく、答えを求めているとは思えない。

 五〇代のはずだが、二〇代で時を止めたようにも見える。

 __噂には聞いていたが、こうも……話しても無駄では。

 ぎっと、義建は首を横へ振る。

 __諦めるな。この危うき戦を止めるのだ!

「話し合いましょう、ひとまず兵をお退き下さい。武力ではなく……」

「武力で潰せと命じられた」



 __鉄を巣立たせてから、無茶する部下は現れぬ。よいことだが……。

 鷲朧(わしおぼろ)床几(しょうぎ)へ腰かけ、黙然と河を眺めていた。

 __初めより出ねば、なおよかった。

 遼東(ヨドン)城から西に三キロ行くと、碧珠(ピョクス)が三分の二へ及ぶ面積を陥没させた大平原、遼東原の端が残っている。そこに黄華軍が総本陣を構えている。

 そこから南下すれば、大和軍が北上してくる遼天(ヨチョン)半島へ至る。

 さらに西へ行けば黄華国へ入るが、その道を塞ぎ、北から倍達(ペダル)国・高句麗(コグリョ)界との国境をなぞるように流れ、遼天半島の半ばで西へ曲がり海へと流れ出る、遼河(ヨハ)江がある。この、西へ向かう大河により半島の南北が分かれる地点。

 遼河江を挟み、大和軍が黄華軍と対峙していた。

 __鶴翼(かくよく)の陣か、敵は数を活かしておる。

 鷲朧は大和軍の総本陣へ鎮座し観察する。

 __軍旗の字は(きょう)()(すう)()、李……将軍は五人おるな。

「鷲王。わらわに先陣を仰せ付け下され」

 総大将を代行するハクトウワシの鳥人、将軍《鳳凰》棘帯鷲朧(いばらおびわしおぼろ)のもとへ、ぼろぼろにすり切れた作りの黒いマントとフードを纏い、正装たる狩衣(かりぎぬ)を黒く統一し、金色の角を伸ばした白い般若(はんにゃ)面が現れた。

 女将軍《禍津日(まがつひ)嶺森樹呪(みねもりじゅじゅ)である。

 鷲朧は頷き、腕に連なる翼を掲げ敵陣を指す。

「渡河するところを狙われましょう、流れに抗わず下流へ離れて上陸し、横撃されよ。さらにわしが(ふくろう)軍団を率いて空中より後方へ回り攻めれば、敵は策と分かっていようが防ぎに動き、陣を崩さねばなりますまい。上手くいけば煌丸(きらめきまる)へ合図し、本軍を渡河させまする」

「積極的にござりますな」

 どこに隠し持ってきたのか、樹呪が酒びょうたんを取り出してくる。

「あくまでこの場において、敵の大戦力を滅することに」

「援軍たる責務を果たしつつ、犠牲も抑えとうござれば」

 樹呪にひょうたんを投げ渡され、飲んで呟く。

「甘うござるな」

 大和軍は四つの軍から成り、それぞれ三人の将軍、および義虎の代理である勝助(かつすけ)が率いている。つまり、幾つかの軍にこの場を任せ、他は河へ沿って北上し、いち早く目的地である遼東城を目指すこともできる。

 そうすれば敵へかける負担も大きくなる。

 だが鷲朧は全軍をもって布陣した。

 すでに敵が展開しており、しかも土地勘のないところへ戦力を分散させて入っていけば、奇襲され分断され包囲され、各個撃破されやすくなるからである。

「まあ今は急がねばならぬ窮状もなく、かまわぬでしょうが」

 般若面が横を向き、指を開いて滑らせ顔を隠す。

「敵は畏れてくれますまいな」

「……犠牲少なく勝つが肝要」

 鷲朧はうつむいた。しかしすぐさま顔を上げた。

「では姫、勝利の美酒で続きといたそう。始められませ」

「お任せあれ!」

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