六六 くぐった修羅の場数が違うんだよ
生きていた母に抱かれながら、碧は心身ともに傷が癒えていくのを感じていた。
ずっと、麗亜も妖美も、山忠もフクロウたちも、何も言わずに見守ってくれた。
「ん、おっかあの名前、鳥居三って偽名でしょ」
「ふ、前置きせず新しい話題を始めるの、おチビちゃんの頃と変わりませんね」
「カッコよく名乗って、名乗って!」
母は笑いかけてくれた。
「私は大高句麗民族の始祖《三足烏》高朱蒙が魅せた天地人の覇術を受け継ぐ末裔にして、倍達国が誇りし英雄《風神》皇甫崇徳大将軍の娘、もと将軍《烏巫堂》皇甫碧珠……《風の巫女》鳥居碧の母です」
にっと、碧は熱く奮えた。
「ちなみに偽名、三にしたんは、三足烏だから? 三神同盟成就のため?」
「それらもありますが……」
優しく頭を撫でられた。
「膝十と私と生まれてくる碧、三人で幸せに暮らせればと願ってのことでした」
膝十は、碧の大好きな抹茶を生む茶畑を愛し、碧を逃がして斬られた父である。
ぽっと、碧は泣きたくなった。
「ん、二人目とか生まれたらどーする気だったん」
「ふ、盲点でしたね。どうせ偽名ですし改名したかもしれません」
「ん、四ってなんか不吉ぅ」
笑い合い、碧は背筋を伸ばした。
「トラ助けに行こ」
はっと、麗亜たちも頷いた。碧珠も頷き、進み出た。
「猛虎大将軍が戦っておられる遼東城には、私の腹心であった上級武官《熊女》紅紫蒼がいます。念話を繋いでくれていますので向こうの戦況を確認します、少々お待ちを」
「ん、戦っとる、てことは無事なんだね」
「ええ。先日《白虎》らと戦い重傷を負われましたが、私が治し元気になっておいでです、今の戦さえ切り抜けて下されば……なんですって」
碧珠が呻き、碧たちは身構えた。
「義虎は人にはあらず……虎にござる」
ぐっと、義虎は気張る。灰の塊となり果てた右腕を覇力甲で包み込む。
__うぃー、みどママに……治してもらう……には、なるべく細胞……失わん方がいい……こっから狂戦士に……ぶっ飛ばしてく……からね?
「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人』」
ごっと、義虎は覇力威を放射し気圧し倒すかのごとく、覇力を噴出する。赤き翼を雄々しく広げ、澄み渡る空へ舞い上がり、長鞭たる尾を巻き付け偃月刀を掲げ上げる。
髄醒状態になろうとも、ちぎられ焼かれた両腕は戻ってこない。
そして、頼むから気を失わせてくれと泣いて懇願したい痛みも、消えない。
__もって……三〇秒。
一直線上急降下、青い聳孤を刎頸し姜桓楚を地面へ叩き落とすや急旋回、崇侯虎へ突っ込み押し込んでいく。
「「速い⁉」」
談徳が驚愕し、哪吒が戦慄する。
姜桓楚、崇侯虎、ともに間一髪で斬撃を受け止めるのに精一杯で、衝撃はまともに喰らっている。受けた武器はへし折られ鎧へ喰い込み、聳孤は消えていく。
「あの体でこの動き……いかん」
止めに入らんとする姜以式を、暴れる黄飛虎が妨げる。
「ええい、歳は取りたくないのう。皆、頼む!」
だが牟頭婁は哪吒に妨害され、談徳や恍魅は韓殊の加護を受け五悪陣を突破するも、哪吒が投げる宝貝に阻害される。
__構わぬ……今までとて……一人で。
がっと、義虎は偃月刀へ噛み付き、尾と二点で持って斬り抜きにいく。
「おのれぇ、どこまでも付け上がるなよ青二才めがあっ!」
義虎を押し返さんと、崇侯虎が巨体の怪力をたぎらせてくる。
__安い挑発に……乗ってくれるね?
義虎はかき消える。
白い索冥の角が奔り、義虎が打ち込む刃を弾き、力任せに吹き飛ばす。
__うっざ、時がないんに……。
「気を付けよ崇侯虎どの、死角へ回られておった」
「単独では猛虎を追えぬ、互いを守り合う布陣を」
姫昌は索冥を崇侯虎のもとへ送り、鄧九公は黄色い麒麟を連れて姫昌へ寄る。鄂崇禹も朱い炎駒を伴い降り立ち、意識の途絶えた姜桓楚を背へ庇い、熱線を連射させていく。
「動ける空域を制限する、そこを狙い討て」
「言われるまでもないわ、索冥も続けい!」
崇侯虎が黒い甪端を突撃させる。
__うぃー、時間ないなら……速度を……上げるまでぞおっ!
疾風迅雷、義虎は撃ち込まれる熱線へ飛び込みつつ上下左右へ切り返しあくまで前進、ますます加速、襲いくる甪端の突き出す角を掻いくぐり喉へ電光一閃、一刀両断、棹立ち蹴り付けてくる索冥をかわし足もとへと急降下、真横へ飛び込み白刃一閃、両足首を薙ぎ崩落させるや踏み台にし地面すれすれ直行、空中にいる崇侯虎の下を突き抜け後ろへ回り急上昇、誰かに叫ばれるより早く猛進し紫電一閃、鎧ごと急所の腎臓を裂いて跳ね上げ突っきり反転、倒れ伏していくのを見届ける。
__うぃー、どうだ……されど……もう……。
そこへ紅紫蒼から念話が入る。
(うぃー、朗報感謝……されば)
と、鄂崇禹が熱線を放ち、崇侯虎の傷口をかすめ止血する。
「みごとだ。だがもはや限界と見える、退かれる前に尋ねる」
(もう三〇秒……稼げばいいね)
義虎は偃月刀から口を離した。
「そなたは何者だ」
鄂崇禹が指を掲げ、意識を奪われ索冥に回収される崇侯虎を指した。
「心の臓を凍結されたであろう、だが五悪陣を廻った際はさして熱気へ当たっておらぬ。先には、毘沙門天に当てられた斬妖剣の効果で心の臓を斬り裂かれたはず。さらには、私は投獄された《斉天大聖》孫悟空と話したが、そなたの肋骨をへし折り心の臓を貫いたと言っていた……なぜ死なぬ」
「そして、なぜそこまで戦えるのか」
姫昌も踏み出してきた。
「いや、なぜそうまでして戦うのか」
「そだよ、百歩譲ってさ」
哪吒も踏み出してきた。
「両腕やられた痛みには耐えれるとするよ、でも生物である以上……」
「生物であるを……捨てた……時期があるんだよ」
かっと、義虎は眼を見開いた。
「君らの問いへ……答える言葉は……一つ。君らとは……」
家族を奪った仇を討たんと努めながら狂った力に敗れ叶わず、わなわなと震える哪吒や姫昌へ、そして大将軍《猛虎》空柳義虎を理解していない全ての者へ、すでに見えない眼を沸々と燃やし、言い放つ。
「くぐった修羅の場数が違うんだよ」
ガラスの割れるような音が響き空間が砕け、巨大な三足烏が翼を開いた。
「な、ななな、なんか出たあーっ⁉」
哪吒が顎を外すレベルで開口する。
「戦場のど真ん中にいきなり……何が起こっておる」
「ええい、見張りは何をしておった、分からんかったか」
鄂崇禹が後ずさり、黄飛虎が舌打ちする。
「何者なのだ、敵か味方か⁉」
「敵の様子から察するに、黄華将ではないものと」
「でっかい鳥……ぬ、三足烏でしかない⁉」
談徳が焦り、恍魅が訝しみ、牟頭婁が勘付く。姜以式が頷いた。
「心強き味方じゃよ」
ほくそ笑み、義虎は意識を手放していく。
「かくなるうえは、せめても猛虎を討ち取らねばならんのう」
「鄂崇禹どの許せ、猛虎へ敬意は表するが、状況が変わった」
無残に落ちる義虎に気付き麗亜が悲鳴を上げる前で、姫昌と鄧九公が踏み出せば、索冥が起き上がり燥気を噴き上げ、高濃度に渦巻く湿気を纏い麒麟が突っ込んでいく。
「超魂顕現『碧巫飆舞』」
ばっと、巫女装束をなびかせ少女が飛び出す。
「三つ目・山颪の舞」
ごっと、吹きすさび集い煌々と碧色に輝き、巨大な風が巨獣たちへのしかかる。
麗亜らを連れ、三足烏となった碧珠の背へ乗り、ざボ点の覇術でワープしてきた碧である。口もとは引きつり心臓は痛く脈打つも、頭は冴え渡り眼は爛々と見開いている。
「五つ目・啊呀風の舞」
鄂崇禹が炎駒を向かわせる。碧珠が鉤爪を打ち込み、跳ねのける。
びっと、その隙に碧は突風を纏って飛び、義虎を抱き止める。
「トラっ! 来たよ」
「……がんばったね」
戦い尽くした負傷兵が愛弟子へ注ぐ眼差しに、つい先ほどまでぎらつかせ続けた狂戦士ぶりは残っていない。話さずとも伝わってくると、よかったねと、誇らしいと、兄が妹を愛でるように微笑んでいる。
「……おっかあ、早く治して! 敵はわーたちが止めとく」
碧珠が突き出す嘴へ義虎を託し、碧は将軍たちへと立ち塞がる。
「超魂顕現『空色彗星』!」
「超魂顕現『巌山殴亀』!」
「超魂顕現『鉤爪太拳』!」
「超魂顕現『闇夜奈落』」
麗亜、山忠、樺太郎、ざボ点、妖美も飛び降り、山のような岩亀へと降り立ち、碧と並び覇力を上げる。
高熱を鎧にし炎駒が躍りかかってくる。五〇メートルに達する霊獣である。
「一つ目・疾風の舞」
「きえーっ!」
「美しい連携、破れるものなら破ってみたまえ」
碧色に集う風圧が飛び、空色に閃く剣圧が飛び、樺色に空気を押し固め生み出す大きな鉤爪の拳が飛び、炎駒を押し返す。麒麟も向かってくる。岩亀が体当たりして弾き上げる。索冥も突きかかってくる。闇が広がり眼をくらませ、そこへ妖美が跳び込み偃月刀を唸らせ、巨獣を打ちのめす。
その時、姜以式が号令した。
「退却せよ! 目的は達した、烏巫堂よ頼む!」
「二の段・地巫城塞」
大地が揺れ、碧たちは驚いた。
轟音と振動と砂煙を振り撒き、深碧の霞に染まり、大地が形を変えていく。
「高句麗将こっちじゃ、お客人の岩亀へ乗ろうぞ」
「黄華将も撤収せい、こりゃ本陣も下げねばなあ」
城が持ち上げられていく。
__うぃー、えぐいね?
今の今まで戦っていた戦場が、沈んでいく。
姜以式と黄飛虎がそれぞれ味方を避難させるなか、義虎は碧が拾ってきてくれた左腕を尾で掴み、ちぎれた部位へ押し当てつつ、万能治癒をかける碧珠に接合してもらいながら眺めていた。
地巫城塞。
大いなる三足烏と化した皇甫碧珠が現す、天地人、二の演目。地形を望むように創り変え、覇術を解いた後もそのままに残す。すなわち、平地へ山岳を築き上げ、峡谷を切り開き、仲間を救う天然の要塞を生み出すことができる。
__これが、誇り高き高句麗を興した御業……。




