五〇 《猛虎》対《白虎》
四つ肢を地へ付けたまま体高一〇〇メートル、頭から尻まで二五〇メートルという、山のような白虎が立ちはだかっている。その顔は水銀と化し波打ち、まさに猛りたつようである。
すっと、義虎は光線剣の柄を咥え、神太刀・布都御魂剣を軽く投げ上げる。
倍達国、土流道。
黒虎が身構える。義虎は布都御魂剣を逆手に持ち直し、振りかぶる。
黒虎が突進する。義虎は布都御魂剣を投擲する。
それは黒虎の横を翔け抜ける。
そして義虎は手を空けている。指を張る両掌を前へ向け、親指、人差し指を付け三角形。合掌し。人差し指の他を組み、前へ倒す。
「布都御魂剣・自凝ヲ コヲロコヲロト 掻キ成ラス 天ノ沼矛ヲ 顕セ賜ヘ」
飛びながら、布都御魂剣は黄金色に眩く爆ぜる。
大和神話に語られる、天より伸びて海をかき混ぜ、原初の島を創った神器、天沼矛。爆ぜる雷は結晶し、その大いなる刀身を形作り。
白虎を貫く。
どっと、水銀の大波が弾ける。
「うぃー、直撃する寸前で全身を水銀化した?」
「あいすまぬ、愛玩動物を守るためやむを得ず」
びっと、朱い光線剣がほとばしる。
紫電一閃、義虎は紫の光線剣を薙いで打ち返し、斬り結ぶ。問われる。
「すまぬが感心せずにはおられぬ。雷、とても超魂とは思えぬ威力だ。だが何故、私には使ってかまわぬと見なしたか」
「使ってかまわぬ、と言うより、使いたい、かな?」
光刃の噴く力場を削り鍔迫り合い、義虎は笑いかける。
「使わねばならぬ、にはあらず。使わされる、にもあらず。使いたい、これが大事なんだと思うよ……知らんけど?」
義虎は黒虎と弾き合い、問い返した。
「君は何故に戦う、義虎は昂ればこそぞ」
飛雷剣を戻し、ゆっくりと手を添える。
「御国がため、信頼がため、家族がため、大義名分なぞはいくらでも立とう。誠に気高き心があらば、それでも大いに強くなれよう。されど義虎には何もなかった。飾りたてる必要も、崇高なる信念へ目覚める術も、少なくともつい先日までは……故に」
黒虎が目を閉じ聴いている。義虎は声を張る。
「戦人の本能が吠えるまま、ただ勝たんと猛るまで」
亜空間袋を開ける準備へ入る。
「雷とて同じ、これまで《斉天大聖》には引きずり出され《毘沙門天》と《白虎》には《雷帝》と戦う予行演習がために使った、さようものは建前にすぎぬ。理由なんぞ知らぬ、どうでもよい」
にっと、義虎は奮いたつ。
「拳を交え魂を惹かれた、よって使いとうなったまで。君はいかに」
ふっと、黒虎が笑い返す。
「すまぬが、我々はうり二つのようだ。惹かれ合うはそれ故よのう」
どっと、義虎は深く頷きながら太鼓を鳴らした。
雨風と土石流の大嵐から、青龍が這い出してくる。
「老師、無事ですか⁉」
青龍が口を開ける。倒れそうになりながら、竜吉が転がり出る。目を見張る。
山間を埋める水銀の湖。
空を跋扈する黄金の雷。
天地へ雄々しく湧き上がる、次元の違う覇力が逆巻いている。
《白虎》崇黒虎が羽ばたいている。
竜吉は拳を胸へ押し当てる。
「がんばるです、老師は強いです、自慢の先生です」
「結せよクロム」
水銀が盛り上がり、四つ肢を地へ付けたまま体高一〇〇メートル、頭から尻まで二五〇メートルという、山のような白虎を形作る。そして全身を硬いクロムへ変化させ、温度を下げ続け、金属絶縁体転移を起こす。
天地へ雄々しく湧き上がる、次元の違う覇力が逆巻いている。
《猛虎》空柳義虎が喀血する。
光線剣を咥える。指を張る両掌を前へ向け、親指、人差し指を付け三角形。他の全て指を組み、親指、人差し指を立て合わせる。
「八卦・死ノ陣……猛虎建御雷」
雷光が集いて爆ぜ、四つ肢を地へ付けたまま体高一〇〇メートル、頭から尻まで二五〇メートルという、山のような猛虎を形作る。そして全身を高圧電流の奔流となし、速度を上げ続け、轟く咆哮の号砲を鳴らす。
びっと、二将の光刃がぶつかり合う。
ぎっと、二色の極高温がしのぎ合う。
どっと、二頭の虎が跳びかかり合う。
ごっと、爆音がこだまする。
がっと、唸る巨大な爪が殴り合い、噛みつく巨大な牙が弾き合い、さお立ち振り込む巨大な腕が爆ぜ合う。
「……神々の、戦いです」
意図せず竜吉は覇術を解く。いるだけで耳目が痛み、五臓がきしむ。
巨大な猛虎が頭を下げ、猛然と組み付いていく。稲光と雷鳴が大地を震わす。
巨大な白虎が腕を上げ、猛烈に殴り放り飛ばす。山が崩れ落ち大地が震える。
義虎が蹴り、ひるむ黒虎へ紫に突きかかる。
黒虎が蹴り、ひるむ義虎を朱く払いのける。
と、義虎が手をかざし制止する。
「談徳太子より念話が入り申した、恍魅武官はそろそろ光線剣の覇術を切らねばならぬと。あと三〇秒、粘ってくれと懇願してもよろしいか」
「すまぬが、そう切願してもらいたい」
「うぃー……うし、哀願が通り申した」
猛虎と白虎がいったん静まる。
義虎と黒虎が笑う。飛び出し、打ち合い、馳せ違う。
振り向きざま、朱く斬り付ける黒虎の頭上へ飛び込み、義虎は紫に斬りかかる。体をさばきつつ打ち落とし、黒虎は朱く突き上げる。義虎は紫に回って受け流し、そのまま斬り込み、受けられるや下段へ切り替える。黒虎は追い付き刈り取って、一直線上に朱く突き出す。紫に突き合い、義虎はわずかに切っ先を回し絡め取り、防御を奪って踏み出し、刺し込む。
あっと、竜吉は息を止める。
ばっと、黒虎は頭を一つ分ずらしてかわす。空いている左拳へ金剛力を入魂し、叩き込む。義虎の利き腕をへし折り、光線剣を落とさせる。
さっと、義虎は空いている左手へ光線剣を収めるや、打ち込まれる朱を紫に薙ぎ払う。紫電一閃、黒虎の利き腕へ傷を奔らせ、下がらせる。
「うぃー、あと十五秒」
黒虎が左手へ持ち替え、義虎も構え直す。
紫に残像が輝き、朱く閃光が回る。
弾き合うのもつかの間、右上段から紫が奔り、朱が逸らして左中段を攻め、打ち落とす紫が右下段へ斬り上げ、絡め取って朱は怪力をかけ、紫を奪い取りにいく。
「よし、いいですよ!」
義虎は身を転げ出す。逃れながら黒虎の腕を蹴り上げる。
「あっ、危ないです!」
黒虎が光線剣を取り落とす。どっと、義虎は飛びかかる。
「がんばれ老師いっ!」
黒虎の獣脚が義虎を殴り飛ばす。黄金色の鎧が砕け散る。
ぎっと、義虎は眼を見開く。
ばっと、光線剣を捕った黒虎が翔け昇ってくる。
ごっと、光線剣を大上段に振り上げ疾風迅雷、まっすぐ義虎は突貫する。
紫電一閃。
黒虎がのけぞり脇腹を押さえる。
光線剣が消える。
間、髪を入れず、義虎は振り向きながら手を叩く。
「雷ご……がっ」
「白虎おーっ!」
巨大な烈風が咆哮とともに轟音を叩き込み、地面がかち割れえぐり取られ、踏む者の臓器を潰し意識を突き上げる地震が大地をつんざいた。
「老師……やったの、ですか」
音と振動は収まってきた。土ぼこりはまだ空へ居座り、辺りは薄暗い。
「棺桶はいらぬ 見えざる糸もて真綿はくぐる 朱色あらば膚色に冷やす 火色を叫べ 星の羽撒き雲母は誓う 唐紅追い 退紅追い 刈安追い 常盤追い 海松追い昇りて眩く断ず ほら胡桃は艶めき笑う」
地上へ舞い降りながら、めったに使わない覇能の〈自己再生〉を気張り傷を治す黒虎へと、竜吉はおそるおそる近寄っていく。
黒虎は応援してくれる少女を愛おしんで撫でる。
「すまぬな、まだ続く。雷の猛虎が消えておらぬ」
竜吉は黒虎の手へ顔をぶつける。
「はわわ、えっと、うそ、ですよ……直撃したはずです、もし覇力甲、作るの間に合ってても、耐えれる衝撃じゃないですよ!」
光線剣が消えた直後、義虎はクロム化した白虎の巨大な爪に殴り伏せられた。
「半分ほど受け流されたやもしれぬな。それよりも」
黒虎は沈黙する猛虎を凝視する。
「先ほどは必死でおって気付かなんだが、猛虎大将軍は私が白虎を動かすより早く攻めに出ていた。だが途中でやめた。刹那であったが、あれがなければ私が討たれていたやもしれぬ。なぜ……」
「適応値不足反応だよ?」
はっと、竜吉は身構え、絶句する。
口から下を朱黒く汚し、義虎が歩いてくる。
押し黙って見詰める黒虎の手を、竜吉は握りしめる。
「噂通りの狂戦士です。でも今なら、老師なら、勝てるです」
義虎の眼は光を失っている。否、捨てている。
左脚を引きずっている。右腕はぶら下がるのみ。進むたびに朱い水が滴り落ち、点々と続いていく。
「勝って下さいです」
「ああ、任せなさい」
愛弟子の手を握り返し、黒虎は進み出る。
かっと、義虎が眼を見開く。
ばっと、猛虎が咆哮を轟かせ空を晴らし、高圧電流の乱舞する巨体を躍らせる。
どっと、白虎が横腹へ跳びかかり、猛然と突き飛ばしねじ伏せ、地震を起こす。
ごっと、猛虎が獰猛に殴り、跳び上がる白虎へ食らい付き、地面へえぐり込む。
びっと、牙から電撃を流し込み、クロムの体を熱していく。
「導体へ戻す気か」
極低温下になければ、クロムは電気をよく通す本来の性質を取り戻す。
「すまぬが、それだけはやらせぬぞ」
黒虎は白虎に剛腕を打ち込ませ、猛虎を転げ出し逃れさせる。
義虎は猛虎に瞬足で駆け込ませ、白虎へ組み付き抑えさせる。
黒虎は白虎へ飛び乗り、振り落として走らせる。
義虎は猛虎へ飛び入り、視界を揃えて追撃する。
黒虎は白虎を反転させ殴りかかる。
義虎は猛虎を猛進させ殴りかかる。
「空雷牙あーっ!」
堕嗚呼羅煮を掻き出し噴き上げ、懺悔之肖像を掻き集め織り成し、猛虎建御雷へ張り巡らせ猛り狂わせ、加速させ咆哮させ灼爛させ、突貫する。
がっと、天地をつんざく衝撃が爆ぜて飛散する。
ぶっと、大量の血を吐き出し、義虎が崩れ込む。
ぼっと、猛虎が霧散する。白虎の巨大な爪が勢いで進み、義虎へ襲いかかった。