四九 碧、緑、黄緑
「二つ目・旋風の舞」
大和国、焼行道。
大将軍・義虎に学んだ戦人の本能の吠えるに任せ、碧は飛び立っていた。
巫女装束をはためかせて浮かび、眩いばかりに碧色の旋風を二つに束ね、朱雀の両翼先端を抑えて進ませない。そこへ地上からドラ声がくる。
「おんしは誰であーる?」
ん、大声で答える余裕ないんに、と困る碧へ代わり、樹呪が弟へ教えてくれた。
「猛虎軍よりの援軍じゃ。脳筋愚弟よ、みいよ、〈緑な三人組〉を結成し《朱雀》を清めよ。わらわは《南伯侯》を追い天罰執行する。アナホリフクロウよ、兵を伴い付いて参れ」
「「おう‼」」
__ん、緑な三人組ぃ⁉
「どんぐり沼~」
みなみが朱雀の様々な関節を黄緑の光に照らし、減速させる。
樹拳が硬く太く群れる菩提樹を乱舞させ、朱雀をしめ上げる。
「叶みなみ、風の巫女、これを加速させるであーる。筋肉・手裏剣であーる!」
__ん、風の巫女ぉ⁉
「どんぐり燕~」
群れる根から幾重にも枝が伸び、葉が茂る。そして黄緑に光る。飛び出す時間の鋭敏化を得る葉の手裏剣が弾丸のごとく、無数に一斉掃射される。
直感で、碧はどうすべきかを悟る。速度へ比例し破壊力は上がる。
「一つ目・疾風の舞」
後ろから葉っぱ手裏剣を撃ち風圧の装甲を与え急加速、朱雀の纏う炎の鎧を、一瞬で貫く。朱雀の巨体がのけぞっていく。
「ひっひっひ、緑な三人組コンボであーる!」
__受け入れ早っ。どんな教育しとんじゃ。
碧は目で樹呪を追う。
手綱を放置しイナバウアーし、両腕を直角にし顔と脇を覆う姿勢を維持しつつ馬を飛ばしていく亡霊仮面の背へ、あっかんべーしてやる。
__ん、よく考えたら背筋すごいな、おばはん。
よく考えたらトラより年下だわ、などと碧は余裕を取り戻す。ついでに考える。義虎や妖美もふざけて、張り詰めた味方をほぐしてくる。
__もしや禍津日も同類とか?
と、巨鳥を縛る根が焼け落ちる。碧は集中する。黄緑の光も業火に呑まれる。
燃ゆる翼が天を隠さんばかりに広がり、鳥の王たる声が高く鳴り渡っていく。
「一騎討ち、受けてやるある」
朱い半人半鳥と化した火霊が眼を見開く。
真っ向から向き合われ、碧は小さく汗を垂らす。
「ん、三対一だよ」
「私は四神《朱雀》ある。お前たちの三倍は強い」
__言うじゃんか……むしろ控え目なくらいかもだけど。
「あっぱれであーるぞ強き者よ、いざ、存分に戦わんとぞ思うのであーる!」
樹拳がリーゼントをてからせ、高々と首をもたげる根の先端へ立ち、大錘を振りかぶる。
「どんぐり燕~」
みなみが根の付け根を黄緑に光らす。とたんに根が加速し、大錘が火霊へ届く。薙刀を回し受け流し、火霊は樹拳と打ち合っていく。
「紐付けよ こきりこの閑古鳥~ 東河を諾い 西都を鳴らす~ 南冥をたゆたい 北陸を運ぶ~ 時よ空よこれ欄間と知るがいい~」
碧は目をぱちくりする。蛇腹剣が伸びてきた。刃節に挟まれた黄緑の覇玉を近付けられ、登録された。注目するみなみに念話を繋がれる。
(おみゃ~、あれに交じれる~?)
(ん、鎖鎌あるよ。さっき蛇腹剣速めたみたいにできる?)
(お~ もち~)
鎖鎌を現し、投げる。黄緑に光り、加速する。火霊はかわせず、柄で受けて押し込まれる。すかさず樹拳が畳みかけ、火霊が上空へ逃れれば、みなみが黄緑の光へ捕らえ、減速させる。
(攻めちゃって~)
はっと、碧は疾風を撃つ。朱雀に翼をうち下ろされ、弾かれる。
碧は感じていた。みなみが頼もしい。
だが、いずれ彼女らとは戦うだろうと義虎は言った。
__戦わんと、だめなんかな……。
碧は身をもって知っている。
ここは人間社会である。
望むと望まざるとに関わらず、誰もが争いへと巻き込まれる。親しい人と、抗いようもなく引き裂かれることもある。
__せっかく緑な三人組なったんに。
みなみも樹拳も強く聡く、敬うに値すると思う。
樹拳は分かる。
武家の名門に生まれ、覇術にも体躯にも戦友にも恵まれている。一時とはいえ、髄醒覇術が生む巨体を超魂覇術で拘束しており、覇力容量も凄まじいことだろう。
みなみはどうか。
義虎曰く百姓の出身であり、間違っても戦闘向きとは言えない華奢な小柄。覇術は高性能だが、支配できる領域が小さいことからして、覇力容量は少ないだろう。
__しかも髪の毛が黄緑……。
いじめられてきたはずである。
大和国では、二大名家と謳われる仙嶽一族が瑠璃色、夷傑一族が銀色の髪をもって生まれ尊ばれる。その反動か、両家でもなく獣人でもない者が黒髪、白髪、茶髪のいずれでもなければ気味悪がられる。
男子であれば帽子へ含み隠せる。だが女子がやれば男かとからかわれる。西方の国々には、女性が髪を含めた肌を隠す宗教がある。だが高天原派が国政を席巻するようになってから、大和国では古来の神々と仏の教え以外を信仰することが禁じられている。
みなみに逃げ道はなかっただろう。
だが負けず、昨年の戦場実習生に選ばれてみせた。
樹呪や樹拳という天才たちへ、友として迎え入れられた。
__根性で見返したんだね。
親近感が湧く。このままずっと仲間でいたい、叶わぬならばせめて今はと、碧は覇力を噴き上げる。
__大変だなもぉ、はじめっから裏切るつもりで協力するんは……。
ふっと、陰山城で義虎に耳打ちされた言葉を思い出す。身震いする。
『義虎隊には密偵がおるよ』
誰であるかも聴いた。
逆用するため、当分はこちらが見抜いていると勘付かれぬよう今までどおりに振る舞いつつ、一切の機密を漏らさず偽の情報を掴ませ泳がせる。そう、義虎はほくそ笑んだ。
__間者するんも大変なんだね……。
麗亜は驚いた。
信じられず、思わずそばの木陰へ隠れてしまった。おそるおそる顔を出す。
碧が戦っているのが見える。相手は、三五〇メートルにも達する翼開長を誇り、轟々と燃ゆる神鳥である。
__なんで……大将軍といい碧ちゃんといい、なんで平気で無謀なことするの⁉ なんで、なんでそんなに戦いたがるんだよ⁉
見学するだけのはずだった。敵には将軍がいる、次元が違う。
__手を出したら殺されちゃう……。
だから麗亜も、鷲朧が敵を追い払ったのを見届け、まっすぐ自陣へ戻っていた。妖美も念話でそうしたと言っていた。碧は別の念話に出ており、繋がらなかった。
__戦ってたからだったんだ……助けなきゃ。
だが脚が震えて動けない。
__馬鹿! 友達を見殺しにするの⁉ いいから動いてよっ!
脚は動いてくれない。頭も叫んでいる。行くな、冷静になれ、行っても何もできはしない、足手まといとなり味方を危うくする。
殺される。
麗亜は嗚咽を漏らし崩れ落ちる。
__こんなんじゃ、大将軍を救うなんて言ってられない……民が平和で自由な世どころじゃないよ……じゃあ、なんのために戦場にいるんだよ⁉ 行かなきゃ……恐い……助けなきゃ……行きたくない……守らなきゃ……行ったらだめ……。
助けてほしい。
尊敬する天龍義海の顔が浮かぶ。両親の顔が浮かぶ。義虎の顔が浮かぶ。だがいない。優しくて頼もしい妖美の顔が浮かぶ。やはりいない。
頭が回らない。どうすればいいのか分からない。
情けない。どうしようもない。苦しくてたまらない。
麗亜は戦う碧を見詰め、武運を祈ることしかできなかった。
風を切り裂き、巨大な朱雀の巨大な鉤爪が叩き込まれる。
碧は自身を風へ巻き、吹き飛ぶように前へかわす。読まれている。
飛び込む火霊の薙刀に打ち据えられ、鎖鎌で受けるも本当に吹き飛ばされる。
「一人ずつ片すあるよ」
__ん、風圧やばいって、体勢、立て直せん……。
暗くなる。襲いくる朱雀に視界の全てを覆われている。
__うそ……。
「どんぐり沼~」
「筋肉・鎮守森であーる!」
不意に体が黄緑に光り、風圧が弱まる。同時に木々が高く生い茂り、朱雀が見えなくなる。だが次の瞬間には木々は炎上し、さらに巨大な燃ゆる翼で蹴散らされる。しかし新たな木々が一気に育ち、また薙ぎ払われるそばから芽吹き、伸び、広がっていく。
__すっごい覇力! でもいつまでもは頼れんぞ。
どんぐり沼が消える。体勢を整え着地し、味方のもとへ走る。
「お~ 反則級にカワイイ子だね~」
碧は二の腕を地面と平行に真横へ掲げ、ぱちくりする釣り目へ正面を向く掌を添えて、四五度を作ってみる。
「ん、お互いさまだね!」
「ポーズもカワイイね~」
「これ猛虎に調教された」
「調教であーるか……単なる粗相では」
「ん、無問題、それよか役割分担しよ」
緑な三人組が軍議する間にも、朱雀は鎮守の森を蹂躙していく。
「やはり、まとめて一気に片すあるよ」
火霊は覇力や体力を温存していた。まだ髄醒覇術に慣れていないうえ、この後も樹呪ら将軍級を相手に撤退戦が続くことにも備えねばならない。だがあまり時間もかけていられない。本気を出し片付けることにした。
ごっと、翼開長三五〇メートルにも及ぶ朱雀が、噴火する。
大地をかち割る轟音をふり撒き朱雀は全組織を業火となし、灼熱にたぎり空気を沸騰させ、青空を朱く黒い世へ描き変える。森は新芽やその土壌ごと灰塵へ帰し、戦場は離れて見ようと目の傷む、火の海へと変貌する。
「五つ目・啊呀風の舞」
びっと、灰塵から碧色の弾丸がほとばしる。
「一つ目・疾風の舞」
碧色は朱雀の後ろへ突き抜け、風圧を撃ち朱雀の後頭部を弾く。
突風に自他を巻いて運ぶ芸当をもって、空中を高速移動する碧である。みなみも同乗し、どんぐり燕をかけ啊呀風を加速している。
__ん、上手くいった!
義虎が言っていた。巨体を有する敵と戦うには、機動力が欠かせない。
だが碧の空中を移動する速度は遅かった。速くなりたいと義虎へねだり、啊呀風の舞を見出させ、今日までずっと特訓してきた。
__でも未完成だし、実戦で使うん初めてだけど……。
ちらと、みなみを見る。おかげで火霊に捕まらない速さを成している。
__やっぱ頼もしいじゃん。
樹拳も頼もしい。みごとに消えてくれている。
__わーの作戦どおり!
碧たちは囮である。火霊、朱雀の注意を引き付け、質量、物量ともに高い攻撃力をもつ樹拳の一撃必殺を当てて勝負を決める。機会は一度きりだろう。
ごっと、天をも焦がす業火の巨鳥が食らいついてくる。
__負けんよ、わーは《風の巫女》鳥居碧だぞ!
「四つ目・鎌鼬の舞」
びっと、碧は義虎と生み出した新技を撃ち込んだ。




