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四八 金属絶縁体転移

 __髄醒(ずいせい)、かよ……。

 碧は身震いする。逃げるべきではと、本気で考える。

 天が轟々と焦げていく。紅蓮に燃え、雄々しく鳴いて羽ばたき旋回する、あまりに大きい朱き霊鳥を前にして、根の柱たちは瞬く間に消し炭と化し、散っていく。

 __《朱雀》はまだ将軍じゃないから使えんって、勝手に思っとった……。

 髄醒覇術。それは一人で地形を変え得る、将軍の御業である。

 将軍の座を狙う方法は二つある。

 定められた基準へ達するだけの武勲を挙げたのち、髄醒覇術を習得すること。

 髄醒覇術を習得したのち、それを用い基準へ達するだけの武勲を挙げること。

 __後者でしたか。

 ぐっと、碧は天を見上げる。

 火霊(か・れい)は両腕を翼に変え、下半身を朱雀と揃え、悠然と浮かんでいる。その前で、碧の注目するみなみが落ちていく。アナホリフクロウの白苦無(しろくない)が追い、脚に掴まらせる。

「若あーっ! 無事だとぉ、言いなさいよもぉーっ!」

 樹拳(じゅけん)が消えた炎へ向け、涙声で必死に叫ぶ。返事はなく、姿も見えない。

 朱雀が攻撃姿勢へ入る。

「そこまででよい、退却する」

 はっと、碧も、敵味方も一斉に振り返る。

 再び召喚した朱い麒麟に乗り、火霊の仕える鄂崇禹(がく・すうう)が戻っていた。

「我が君、目的は果たされたあるか」

 __ん、目的? 

「ああ、大将から十分だとの念話が入った。殿(しんがり)を任せるぞ」

「ありがたく。では」

 ばっと、火霊が飛び出し朱雀が翔ける。

 死神が刈り込む大鎌と、朱雀が打ち込む鉤爪が激突する。

 __《禍津日(まがつひ)》も来たか!

「わらわから逃れるつもりとは、七つの大罪、傲慢じゃな。呪うぞ」

 白い顔に目だけ全て黒い仮面を指でなぞり、将軍・樹呪(じゅじゅ)が乱戦場へ進み出る。

 上空、朱雀がぐらつく。

 __ん、接近して感染させたんだ。

「案ずるな、その病は熱してほふれる」

 兵をまとめ退却しながら、鄂崇禹が振り向く。火霊は頷き、朱雀を炎上させる。

 亡霊仮面がのけぞっていく。右手が仮面を覆い、左手が優美に広がる。

「せっかく聖なる煉獄で清め楽園へ昇らせてやろうというに、わらわの祝福を無下にするとは。ふっふっふ、福音(エヴァゲリオ)は下った、そなたらの行き先は地獄じゃ。のう……脳筋愚弟よ」

「重ねて唱え直す筋肉・菩提樹であーる!」

 どっと、巨大な根の群れが朱雀を突き上げ、放り飛ばす。

 はっと、碧も、白苦無らも火柱を凝視する。

「任すであーる、姉上仮面」

 地上へ落ち燃えていた炎が弾け飛ぶ。それは焦げた根の集合体であった。中から樹拳が歩み出る。白苦無が泣き笑いする。

()れは~ 気付いとったけどね~」

 みなみが着地し、ネコ口を緩め樹拳へ並ぶ。

 樹拳は炎に呑まれる直前、近場にあった菩提樹の根をまとめ全身を包んでいた。みなみは落下していく樹拳の時間を遅くし衝撃を和らげてやりながら、白苦無には黙っておいて泣き叫ばせ、火霊を油断させていた。

 __ん、巧いじゃん……負けんもん。

「あんなもので仕留めれるとは思ってないあるよ、今はさらば」

 火霊はあくまで退却中、朱雀を連れて去ろうとした。

「超魂顕現『碧巫飆舞あおいしかんなぎ・つむじかぜのまい』」

 去れなかった。

 碧色に吹きすさぶ風で朱雀を妨げ、少女《風の巫女》鳥居碧は浮いていた。そして師の言葉を思い出していた。

『才能は素質かける努力』

『強い方が勝つのではない、戦って勝った方が強いんだよ』

『腕まえで負けるは恥ずかしくない、気もちで負けるは恥ずかしすぎる。だから戦え、そして闘え』

 __わーがんばる。だからトラも、がんばってね。



 __みども、がんばるもんね。義虎もがんばるよ。

 高句麗(コグリョ)界、吹き荒れる嵐を背にし、大将軍《猛虎》空柳義虎は浮いていた。

 向き合うは、将軍《白虎》崇黒虎(すう・こくこ)

 黒い虎の顔に、立派な虎髭をたくわえる。屈強なる上半身に、黒光りする甲冑を着こみ白く澄むマントをはためかす。白い虎と化す下半身に、黒い翼を生やし羽ばたいて、右手に熱い光線剣を構え、左手に両刃の大斧を握る。

 そして、四つ肢を地へ付けたまま体高一〇〇メートル、頭から尻まで二五〇メートルという、山のような白虎を従える。

 ばっと、赤い翼を雄々しく広げ、義虎は突貫する。

 がっと、偃月刀が唸り大斧へ衝突し、火花が散る。

 びっと、紫電一閃、義虎は紫の光線剣を奔らせる。

 どっと、朱い光線剣で払いつつ、黒虎は白虎の巨大なる爪を叩き込む。

 すっと、右へ一つ動くのみ、義虎は白虎をかわす、と見せて斬り込む。

 __そう、斬り込む以外にない。

 紫と朱、重なる光線剣の力場が削れ合う。

 義虎が他の武将から決定的に劣るのは、肉弾接近戦しかできない点である。離されれば勝機はない。とにかく相手の懐へ踏み入り続け、覇術を使う隙すら与えず、押し勝つまで攻めまくらねばならない。それしかない。

 __のし上がってきたんだよ、それだけで、大将軍まで。

 偃月刀を薙ぎ、受けられるや下段へ切り替え、それを囮に光線剣を突く。

 光線剣に絡められる。虎の前脚を蹴り込まれる。獣の健脚で蹴り付ける。

 脚に足を掴まれる。

 __うぃー、しくった。

 左右の武器に、脚も捕まった。黒虎が巨体を活かし剛力をかけ押し込んでくる。後ろからは白虎が巨大で鋭利な牙をむき、天地を引き裂く咆哮と風圧もろとも襲いくる。当たれば一瞬で噛み砕かれるだろう。

「なんという戦闘慣れ……」

 黒虎が感嘆した。義虎はかき消えていた。

 地面へ偃月刀が突き刺さる。白虎に捕食される寸前、義虎は偃月刀を手放した。左手を空け剛力から逃れると同時に頭を後ろへ倒し、力を籠め合う的を不意に失い振り抜かれる大斧をかわし、さらにそれを足場とし、一気に逆さまに逃れ出た。

「柳の硝子(がらす)細工は観音(かんのん)開き 東へ障子戸(しょうじど) 西へ格子戸(こうしど) ()るし門は北へと(ほど)け 埋門(うずみもん)は南へ落つる 見よ 甘露の櫓門(やぐらもん)はがれ (こがね) (しろがね) (あかがね) (くろがね) ことほぐ厨子(ずし)にことほがん」

「して、どこへ隠れたかな」

 義虎はそのまま弧を描き、森へ消えた。そして動かない。

 黒虎は義虎より大きい。追って混みいった森へ入っては、機動力に大差が開いて不利となる。よって動かない。

 一秒、また一秒、静寂がうごめく。

 ごっと、赤い彗星がほとばしり、白虎の爪がへし折られた。

 黒虎がすぐさま白虎を動かすが、猛虎はどこにもいない。偃月刀もない。猛虎が爪を砕くのに持ち去っていた。

 一秒、また一秒、静寂がうごめく。

 ごっと、赤い彗星がほとばしり、紫の光線剣が黒虎を襲う。

 光線剣で防ぐも、黒虎は超高速の馬力に突き上げられる。満身でいなせば、猛虎はそのまま翔けて空へ消える。

 一秒、また一秒、静寂がうごめく。

「うぃー、三〇秒稼ぎきった」

 はっと、黒虎が空を見上げる。義虎が舞い降りてくる。

 ごっと、偃月刀が飛び、黒虎の握る大斧を打ち落とす。

 奴隷の衣に将軍の陣羽織をなびかせ、義虎は腕をかく。

 三〇秒、それは額に息づく覇玉を黄金色に輝かすため、亜空間袋(あくうかんぶくろ)を開け適騙錠(てきべんじょう)を取り出して食らい、強制的に覇術適応値を引き上げるまでの時間であった。

 __使うよ。

 ざっと、右手の人差し指で下を指す、降魔(ごうま)印を取り奏上する。

()けまくも(かしこ)建御雷神(タケミカヅチのかみ)大前(おほまへ)(かしこ)み恐みも(まを)さく

 石上(いそのかみ)古き国風(くにぶり)(ためし)(まにま)追儺(ついな)(のり)仕へ(たてまつ)らむと ()まはり清まはる(さま)を (たい)らけく(やす)らけく聞食(きこしめ)して

 ()ギガ(いか)() 枝葉(よろず)(あめ)色染メ 稲光数多(あまた) (たなごころ)()()()ケヨ

 かくの(ごと)く申し追儺(ついな)せよと依奉(よさしまつ)り (うと)(あら)()諸々(もろもろ)邪鬼共(じゃきども)神祓(かむはら)ひに(はら)はせ(たま)ひて 大神等(おおかみたち)敷座(しきま)す里の同胞(はらから)を守り(さきわ)(たま)へと (かしこ)み恐みも(まを)す」

 かっと、義虎は眼を見開く。

「超魂顕現『猛虎雷轟たけるとら・いかづちのとどろき』」

「……すまぬな、不覚にも見とれてしまった」

 猛虎をかたどる黄金色の鎧に、赤くマントをはためかす。

 背より円状に連ねる八つの太鼓に、三つの勾玉が渦巻く。

 暗中へ奔り、折れ、弾け、分かれ合わさり、稲妻が光る。

「不覚じゃないよ?」

 辺りをつんざき吠える白虎へ、義虎はまっすぐ突っ込む。後ろへ腕を振り込み、四つの太鼓を連打し、手を叩く。

八卦(はっけ)・開ノ陣……雷剛(らいごう)

 黄金色に眩く奔り、柱状に固まる雷が炸裂する。白虎が怒濤のごとく打ち込む前脚をはね飛ばし、同時に義虎は左の掌へ、右の拳を叩き込む。さらに合掌し。人差し指の他を組み、前へ倒す。そして右手の、立てた二本の指を左手で握る。

「八卦・生ノ陣……堕嗚呼羅煮(だああらしゃ)

 黄金色に眩く雷を纏い、赤い覇術さながら疾く翔けて、黒虎の背後を取る。

「八卦・(しょう)ノ陣……布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)

 黄金色に眩く輝く雷の神太刀(かむだち)を現すや、握る動作ごと斬り付ける。

空雷牙(くうらいが)

 黒虎はとっさに光線剣を回し防ぐ。義虎も光線剣を打ち込み、挟む。

 黄金色、紫に朱、三つの光刃が火花を散らす。

 白虎が吠えながら追い付いてくる。

「八卦・()ノ陣……懺悔之肖像(ざんげのしょうぞう)

 黄金色に眩く高圧電流が飛び交う。巨大な白虎が跳び上がる。

 刹那、白虎が止まった一瞬で、義虎は仕かける。

 懺悔之肖像を手もとへ集め、布都御魂剣と光線剣を疑似的に握らせ、手を空ける。左右対応する指を繋げ、球を作り。合掌し。人差し指の他を組み、前へ倒す。

布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)()(つづみ)ニ 踊ルヤ踊ル 勾玉(まがたま)ノ 虎雷(とらのいかづち) (あらわ)賜ヘ(たまえ)

 背から太鼓の輪が外れる。

 八つの太鼓を直径二メートルの円形に繋ぎ、帯びる電子を高速移動させ高速回転し、外縁へ高振動粒子を形成、高周波ブレードを生む。

飛雷剣(ひらいけん)だよ、雷神のアイデンティティでしょ?」

「すまぬが、回るのが速すぎてバームクーヘンにしか見えぬのだ」

 黒虎が光刃を逆に回し、義虎は光刃二振りを握り直して下がる。

「うぃー、その発想はなかった」

 弧を描き、飛雷剣が飛来する。白虎の目へ。

「たゆたえ水銀」

 黒虎が唱えた次の瞬間。白虎が顔を水銀へ変えた。

「うぃー、金属のくせに何故、感電しとらん?」

 飛雷剣は液体である水銀の中を滑り、物理的なダメージを与えられない。しかし金属でもある以上は導体であり、電流をよく通す。白虎に電気が効くことは、懺悔之肖像を当て実証している。

「すまぬが、企業秘密なのだ」

「うぃー、おケチだね?」

 びっと、黄金色に斬り込み、朱くはね上げられれば紫に打ち込み、刃を返し防がれれば黄金色に一閃し、それを囮に空いた脇を紫に攻め、逃げられれば弾けるように追い、義虎は苛烈に攻めたてながら考える。

 __四神の力は知っとる。

 朱雀が火を発するように、白虎が金属へ変わることも分かっていた。

 __故に雷使うはちょうどよかった、感電せんよう金属化してこんくなる……。

 はずだった。

 ぬっと、義虎は水銀を見やる。周りの空気が揺らめいている。

「今すっごい熱いんでしょ……金属絶縁体転移きんぞくぜつえんたいてんい、とか?」

「なんと。見抜いてしまうとは、さすが博識であられる」

 金属、例えば水銀は、極度の高温、高圧状態にあって電気伝導率が下がり、ほぼ電気を通さない絶縁体へと変異する。

「うぃー、召喚獣を金属化するにとどまらず温度に圧力までいじくるとは、さすが四神最強たる呼び声も高くあられる。故にこそ《建御雷(たけみかづち)》へ見とれるは至極全う。これこそ天地(あめつち)が畏れ諸人(もろびと)が愛した我が御仏(みほとけ)の生きたお姿なれば、そしてお手前が」

 にっと、義虎は昂る。

「それを使わせたくさせる英雄なれば」

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