四三 光刃、剣戟乱舞す
「仲間に何をした!」
斬り結びながら恍魅は叫ぶ。南宮適がほくそ笑んでくる。
「お主らは戦いながら逃げ道を探っておったが、自ら墓穴を掘ったな。回廊は高楼の上層階へと通じておる。迷い込めば、狭く急な階段へ追い落とされ、我らに上を塞がれ一方的に刃の雨へ穿たれるのみぞ」
__先頭の話か……よもや、そこにいるのでは……。
ぎっと、恍魅は歯ぎしりする。いれば、身を挺して仲間を庇っている。
__無事でいてくれ、どうか……奈乃っ!
「髄醒顕現『馬頭鬼空大力』!」
轟音とともに高楼の壁がえぐり取られ、恍魅の仲間たちは救い出された。
(魅さま……奈乃は……生きてるよ)
(無事か! だが……いや……できる限り動くでないぞ)
受信した念話の声音に、恍魅は震えざるを得なかった。
「アライグマの獣人でありながら髄醒状態となれば馬の獣人という、大高句麗将軍《馬頭》牟頭婁が助けにきたぞ! 偉大なる高句麗の戦士たちよ、もぉう奮起するしかない!」
高句麗兵は心より奮起する。恍魅も心を定める。
「形勢逆転だな」
斬り込み、いなされつつ手首を返し、斬り上げ、恍魅は押し込んでいく。
「馬鹿な。馬頭は我が友、散宜生が封じておった。あの者は距離を操る、馬頭がここへ向かったとして、その道を一〇〇倍にも伸ばせるのだぞ」
「それを走りきるのが、馬頭将軍であろう」
牟頭婁の覇術は鬼と化す強化種である。
巨大化し、中空を翔けるように高速で駆けることができる。彼が南宮適ら姫昌軍とやり合ったのは守城戦であり、この本領を見せなかった。そのため、中級武官にして姫昌の軍師・散宜生もこの事態を想定しきれなかった。
どっと、回廊の屋根が崩れ落ちる。
皆が手を止める。馬の頭に人の体という、四〇メートルもの巨人がいる。
「牟頭婁将軍、よくぞ来て下さった」
「恍魅くんか、よくぞ耐えしのいだ。もう報復するしかない!」
散宜生らを突破し走り続け、牟頭婁も疲弊している。そんなそぶりは見せない。
かけ直した髄醒覇術で刺叉を唸らせ、宮殿という敵の地の利を破壊していく。
そこへ、距離を縮め、漢服を着る官吏が追い付いてきた。
「おお、宜生か」
「適よ、案ずるな。こちらも心強き援軍をお連れした」
「超魂顕現『西護白虎』」
白金に覇玉が輝き、牟頭婁が蹴散らされた。
土砂が噴き上がり、岩山が砕け散り、大地が震え怖じる。
誰もが、硬直する。
四つ肢を地へ付けたまま、体高三〇メートル。牟頭婁の三倍に及ぶ規模を誇り、重く鋭い爪牙で獰猛に押さえ込む、ネコ科猛獣が召喚されていた。
白虎であった。
「黄華国将軍にして〈四神〉の一柱を授かりし《白虎》崇黒虎である」
はっと、恍魅は身構える。
__な、なんなのだ、この敵は……やらねば、だがっ。
にじみ出る冷たい汗が胸をつたい、体温を失っていく。
顔の真っ黒い、虎の獣人が立っている。立派な虎髭をたくわえ、強靭なる肉体の背筋を伸ばし、黒光りする頑強な明光鎧を着こみ、白く澄むマントをはためかせ、重厚なる二丁斧を左右に携える。
直感で分かる。崇黒虎は強い。次元が違う。
「降伏せよ。無益な流血は避けたい」
__何を言うか……くっ、声が出ぬ、まずい……。
「うぃー、黒いんか白いんか、どっちかにしなよ君?」
はっと、恍魅は振り向き、そして体温を取り戻した。希望が歩いてきていた。
「我こそは! 大和国大将軍《猛虎》空柳義虎なり!」
直垂に陣羽織をなびかせ、義虎は恍魅の肩をさすり、崇黒虎へ向き合った。と、黒虎が頭を下げてきた。
「猛虎大将軍よ、あいすまぬ」
「うぃー?」
「黒いのは生まれつきなのだ、覇術も己では選べぬ。見逃してはくれまいか」
恍魅も、南宮適も散宜生も、ぽかんとした。
にっと、義虎は武者震いした。
「仕方ないね。さればどちらが本物の虎であるか、白黒はっきりさせようか?」
「すまぬが、生物学的に私は半分すでに虎。その勝負は不公平となってしまう」
ぷっと、義虎は吹き出した。
「うぃー、一騎討ちしよっか?」
「これはすまぬ、気が利かなかった。では」
どっと、黒虎が踏み込み、斧を振りかぶる。
すっと、義虎は光線剣を拾い、紫へ変える。
びっと、紫電一閃、襲いくる斧を熔断する。
「白虎将軍、これを」
南宮適が自分の朱い光線剣を投げ渡し、黒虎は取るやいなや一薙ぎする。
脚をさばきかわしつつ、義虎は懐を侵し斬り付ける。手首を返し、黒虎は朱で紫を絡め取り、没収せんとする。逆らわずに回し、その軌道で義虎は顎を狙う。後ろへ跳びながら、黒虎は残った斧を打ち込む。
「鎧仗顕現『鉄刃』」
偃月刀一閃、義虎は斧を打って床へ突き刺し、光線剣を突き出す。同時に黒虎も光刃を突き出し、切っ先が繋がる。
「なんと……」
恍魅が唸るや、黒虎が力で押し込み、だが義虎はかき消える。疾風怒濤、斜め後ろへ回り斬り込む義虎を、黒虎は捉え、打ち払う。すぐまた光刃が重なり、離れ、角度を変えて斬り合い、偃月刀と大斧もぶつかり合い、弾き合う。
にっと、義虎は光線剣をかざした。
「うぃー、欲を言えば義虎も赤がよかったけど、紫も畏れ多いし昂るね?」
義虎は恍魅を振り向いた。談徳らが追い付いてきたのが見えた。
「超魂顕現『生命感操』!」
「超魂顕現『猛将石慨』!」
少女戦士、淵傑多が月白の霞を進ませ、阿石慨へ合図する。
マンドリルの獣人、阿石慨は朱い鼻、その両脇の蒼いヒダ、山吹色の髭まで色彩そのままに全身を石へ変え、五メートルへ巨大化し跳躍する。
四〇メートルある牟頭婁を押しつぶす、頭から尻まで七五メートルという白虎の眉間を狙い、石の拳を叩き込む。直撃する瞬間、霞が到達し、白虎はその影響下へ入る。
白虎が鳴いて跳ね上がる。
淵傑多の覇術は感覚を操る世界種である。
五感をはじめ、寒暖や疲労などの感じ方を増減させる。今は白虎の痛覚を鋭敏化させた。
「もう逆転するしかない!」
白虎が怯んだ隙に牟頭婁が転げ出て、目にも止まらぬ速さでうちまたがり、後頭部を殴り付け、淵傑多とともに攻勢へ転じる。阿石慨は反転し、なお光剣隊を攻めたてる姫叔昇と姫叔明を止めにいく。
そして、談徳が義虎へ並ぶ。
恍魅を讃え、光線剣を受け取り、淡青色へ変える。
「超魂顕現『天孫列鎧』!」
ざっと、疾駆し一閃すれば、朱い光刃に弾かれる。
「超魂顕現『東護青龍』!」
瑠璃紺に覇玉が輝く。
シニヨンをしめツインテールをなびかせ、青く袖の短い道服の裾を縛り、膝下を出す少女が立ちはだかっていた。召喚した、体長二五〇メートルにも達する青龍を送り、白虎を援けつつ自身は黒虎を援ける。
「崇黒虎の愛弟子にして〈四神〉の一柱、中級武官《青龍》竜吉です!」
ぬっと、義虎は黒虎を妬む。
「吉吉よ、恥ずかしいから人前で愛弟子と言うなと申しておろう」
「はわわ、ごめんです、と、とにかく老師には手出しさせんです」
「うぃー、総力戦にござる。号令を」
恍魅が斬り込み、いったん竜吉を追い払う。太く、談徳が声を張る。
「攻撃せよ!」
「滅せよ」
黒虎も号令し、鬨の声がぶつかり合った。
マンドリル人の武官、阿石慨は、姫兄妹に蹂躙される兵たちを助けに急いでいた。
見える。
姫叔昇が放った複数の輪に兵たちは何組も拘束され転げ出され、震え、泣き叫びながら、まとめて両断されるのを待っている。させまいと、兵長の沙汰涼が俊敏に立ち向かうも、強大な刀身を熔断しきれず補足され、打ち伏せられていく。叩き付けられるたび立ち上がり、朦朧としながら歯を食いしばり向かっていくも、動きはふらつき鈍っていく。
__汰涼のやつ死んじまうぞ、急げ!
間に合った。
五メートルの岩石から成る体で猛然と突っ込み、刀身を粉砕し、姫叔昇を追い払う。
沙汰涼は生きている。だが姫叔明に荒らされる仲間を見て、凍り付いた。
「「兵長っ‼」」
「江沢うーっ!」
決死の覚悟で駆け入ったのだろう。まだ少年少女である兵たちが、押し寄せる刃の波をかわしきれずに脚を斬られて倒れ、標的とされていた。守らんと、兵長の浪江沢は姫叔明へ跳びかかり、尖刃の波しぶきに吞み込まれた。
__くそっ江沢……誓い破んじゃねえよおっ!
惨く、斬り刻まれた友が落ちると同時に猛進し、刃を蹴散らし敵を後退させる。
阿石慨と浪江沢は、ともに生きともに死のうと誓った義兄弟であった。
義虎は偃月刀を投げ、黒虎が斧で弾く間に走り込み、紫電一閃、斧を灼き斬る。
談徳が淡青色を打ち込み、黒虎が朱く打ち返す。
恍魅が黄色く残像を描き、竜吉が朱く刈り取る。
義虎が紫電で竜吉を倒し、黒虎が朱く守り抜く。
雷震子が朱三本を持って滑降し、突必も跳び込んでくる。
光線剣を投げ渡され、南宮適が朱く談徳を襲い、突必が蒼く薙ぎ払う。
散宜生も雷震子より受け取るが、黄色く、恍魅がまとめて押しのける。
蒼く談徳が畳みかけ、朱く竜吉が防ぐのを、黄色く恍魅が打ち落とす。
その間、紫と朱のオーロラが織りなされる。
猛虎と白虎の一騎討ち。
義虎が上段から斬りかかると見せかけ、手首を返し下段を攻めれば、黒虎は中段を下ろし払いつつ、返す刀で斬り上げる。紫を追い付かせ、義虎は脚をさばきつつ朱を巻き込み、柄を握る手を狙うも跳びすさられる。直後、鋭く斬り込まれ、反って胸から頭上へ受け流し、終えた瞬間に横へ回り斬り付け、戻る朱に止められるや宙返り、大上段へ紫を奔らせ、身を転げ出させる。
そこから突き合い、打ち込み合い、鍔ぜり合い、絡め合い、弾き合う。
そして談徳と背を合わせ、義虎は言った。
「時を要するようにござれば、どうぞ先に行かれませ」
「また盾となるおつもりか。あなたは《毘沙門天》と大いに戦い《建御雷》の力も使い血を吐かれたばかり、これ以上ご無理をなさっては……」
「ここは土流道というそうですね?」
にっと、義虎は腕をかいた。
「策がござる。遼東城を発つ前にこの事態へ備えておき申した、太子殿下は念話をお使いになるとか、繋いでいただけますか」
覇玉を登録させるが早いか黒虎が斬り込んでくる。
「それがしが止める間にお繋ぎあれ」
「紐付けよ こきりこの閑古鳥 東河を諾い 西都を鳴らす 南冥をたゆたい 北陸を運ぶ 時よ空よこれ欄間と知るがいい」
斬り結びつつ、談徳に仲介され離れた味方と連絡を取る。
手はずが整った。
「五分ののち、一斉に突き進まれよ」
「なぜ、あなただけが残るのですか」
いったん敵を退け合い、談徳が背を合わせてきた。




