四二 遼東城を目指せ!
青緑糸縅の当世具足を鳴らし、白い陣羽織をはためかせ、談徳は黄天化の周りを駆け巡りながら攻めたてる。
__雷がすっかり止んだ、向こうは終わったか。どちらが勝ったにせよ……。
白頭山を遠く離れつつある談徳たちも、見て聞いた。炎が天を焦がし、雷がそれをかき消し轟いた。
__猛虎大将軍へ応えるためにも、急がねば。
談徳の覇術は鎧を作り変える強化種である。
倍達国、大和国、黄華国に伝わる七種の鎧を纏い、七種の効果を発揮する。その効果は鎧が触れる全てへ作用し、速さを倍化する当世具足を纏い騎乗すれば、馬もまた速くなる。
最初、黄天化はこの急加速に反応しきれず、槍で突かれた。
__だが初撃の他はことごとく防がれる。この男、できる。
談徳は目を険しくする。
唯一届いた刺突も、玉の鱗を貫けなかった。穂先が突き立ったとたん、黄天化が左右で振る双錘と同じように玉が発熱し、発火し穂先を溶かされた。
談徳は機敏に切り返し、陽動し、隙を突いて槍をねじ込む。
錘に弾かれる、と思えばその燃える巨岩が突っ込んでくる。
「武人の鎧」
ごっと、錘が砕け散り、黄天化が目を見開く。
談徳は、開京界において高位の武官のみに許される特別な歩人甲、すなわち金色の鱗に覆われる魚鱗甲を装着している。この鎧はあらゆる物理攻撃を無効化し、相手にだけ反動を与える。
素早く談徳は馬首を返し、烈風のごとき槍をくり出す。
「甘いわ」
轟音が響き、談徳は顔を歪める。
黄天化が残った錘を放り込み、残った穂先をへし折ってきた。
__くっ、急がねばならぬというに。逃げながら戦うか……。
その時、辺りが暗くなった。
はっと、談徳らが見上げれば、分厚い雷雲が黒々と空を侵してくる。
びっと、黄金色の雷光がほとばしり、黄天化が弾け飛ぶ。
わっと、両軍ともに驚呼する。
天を埋め尽くす雷雲全域、黄金色に、数知れぬ閃光がぎらつき、次の瞬間。
ことごとく落雷し、爆発し、炎上し、地上は赤黒く薙ぎ払われていた。息もつかせず第二波が世界をつんざく。目が裂かれ、耳が割られ、頭が壊される。第三波が爆ぜる、第四波、第五、六、七八九十。
味方の談徳らさえも骨をえぐられ、臓腑を潰されていく。
ようやく恐怖が静まった。彼らは目を疑った。
黄華兵が立っていない。
二七〇〇人が一掃されている。
三隊それぞれ、高句麗兵と入り乱れていた先頭の集団を除き、一人の例外もなく雷に撃たれ卒倒していた。残った者もすでに敵味方を問わず戦意なく、ただ黙然と立ち尽くしている。
「我こそは! 大和国大将軍《猛虎》《建御雷》空柳義虎なり!」
談徳が振り向けば、黄金色に輝き、雷神の威容を魅せる戦人が舞い降りてくる。
「黄華の者どもよ聞け」
低く、だが鋭く、建御雷は響かせる。
「うぬらが大将《毘沙門天》は破れ、本隊も白頭山より退いた。うぬら分隊にここより講ずる手などなし、潔く高句麗北部より引き揚げよ。我らは先を急ぐが、この建御雷が明日には戻りて検める。それまで負傷者を起こし去っておらねば、もはや情けをかけはすまい」
動けない黄天化をはじめ、黄華軍は唇を噛みしめるしかなかった。
赤いマントをひるがえし、建御雷は談徳へ歩み寄った。
「終わりました。参りましょう」
「ええ。感服いたしました……なっ⁉」
すっと、黄金色の覇術が消え、空が晴れていく。それで談徳は気が付いた。
「吐血なさったのですか。それも、これほどまでに……」
「うぃー、半分はただの適応値不足反応にござれば、無問題ですよ?」
初めて聞く七字熟語に談徳が首を傾げると、義虎は頬をかき笑った。
義虎が飛び、談徳たちも馬を走らせた。
玄菟城は、白頭山から南下すること約五キロ、防衛戦の北端を担っている。
ここを守りに駆け付けた将軍《馬頭》牟頭婁は、奮戦むなしく哪吒に捕らえられた談徳らの上官《牛頭》牟頭勇の弟である。
先刻、牟頭婁から談徳へ念話がきた。
戦っていた敵の将軍《西伯侯》姫昌を負傷させ、離脱させた。よって、玄菟城は城主らへ任せ、自分たちは談徳とともに遼東城へ向かいたい、と。
「ありがたいことだ」
談徳から兵を託され、玄菟城へ先行する恍魅は頷いた。
「遼東城はすでに強力な敵の大軍に囲まれておる。たどり着くまでにも多くの敵が待ち伏せておろう。入城するには全てを突破せねばならぬが、髄醒使いが加わってくれれば心強い」
「ね。それで成し遂げて生き延びたら……」
なっと、恍魅は傍らで走る兵長・奈乃を見やって赤くなる。
「夫婦になろうね」
「ああ⁉ ああ。ああぁ今言うのか」
突必たちに大笑いされ、奈乃に太陽のような笑顔を浴びせられ、恍魅は前を向いたまま首を動かせなくなってしまう。そして想う。必ずや高句麗国を建国し、こうして皆が笑って過ごせるようにしてみせる。
「放て!」
はっと、恍魅らは身構えるがもう遅い。
どっと、命を貫く矢の驟雨が鋭く唸る。
わっと、悲鳴が山道へこだましていく。
突必が恍魅へ叫ぶ。
「兄貴、斜面の上に伏兵がいる、だが数は少ないぞ!」
「よし。皆怯むな、攻撃せよ!」
「「うぉおおおーっ‼」」
「見えざる山 聞こえぬ風 触れえぬ沼 暗黒と光明 流るる宇宙に踊る虚空 謳え 背を押し浮かべて翔け回せ 手を引き這わせて擦り回せ 果てるを知らぬ水底に夢の力場と勲を繋げ」
恍魅は手をかざし、念じた対象を触れずに動かす覇能、覇力引斥を気張り、矢の群れを逸らしていく。
恍魅の覇術は光線剣を現す召喚種である。
柄の先から放出するエネルギーを循環させ力場を形成し、プラズマ状の疑似的な刀身を生み出す剣である。この光刃は物体へ接触すると同時に極高温をもって発熱するため、通常の武器では、防ぐことも斬り結ぶこともできず瞬時に熔断される。
「超魂顕現『光剣精鋭』!」
淡緑色に輝き、光線剣が現れる。恍魅は右手へ取り、黄色く変える。縦横無尽に舞わせ、矢を打ち落としつつ馬を駆り、金糸雀色の羽織を長くなびかせ、坂を突き上がっていく。
淡緑色に輝き、光線剣は出現し続ける。
恍魅は左手をかざし、覇力引斥を使いそれらを運び、仲間たちへ取らせていく。
突必も取って淡青色へ変え、奈乃らも淡緑色に光刃を掲げ、先頭へ立って斬り込んでいく。
光たちの舞踊。
上級武官《光剣士》が創る〈光剣隊〉である。
光線剣がある光剣隊は、黄華兵を圧倒していく。
「恍魅というだけあり、恍惚たる光景よな。だが相手が悪かった」
伏せ勢を率いる姫昌軍の副将、上級武官《宮殿師》南宮適が笑う。
「超魂顕現『楼廊宮殿』」
はっと、恍魅らは立ち止まる。山道の景色が赤銅色に変わっていく。
宮殿を巡る回廊に皆はいた。
「世界種のごとき召喚種か。閉じ込められた、抜け出すぞ!」
恍魅が回廊へ連なる柱を切り裂き、光剣隊も倣うが、もともと柱の奥へ広がる森より、そして対面に立ち並ぶ扉より、黄華兵が飛び出してくる。
「まずいぞ兄貴、挟み討たれた」
「大丈夫だ、皆、落ち着いて背を庇い合え!」
「超魂顕現『飛鷹翼羽』!」
中級武官・雷震子。鷹の鳥人であるため腕が翼を兼ねるが、さらに背からも翼を生やし、一枚一枚が刃となる羽をふり撒く強化種を使う。甲冑は消え道服を纏う。
「超魂顕現『呉鉤環刀』!」
初級武官・姫叔昇。姫昌の次男にして、曲刀の背に付いた輪を飛ばし敵勢を捕らえ、巨大化する刃でまとめて斬る強化種を使う。武装そのまま。
「超魂顕現『呉鉤柳葉』!」
初級武官・姫叔明。姫叔昇の妹にして、柳葉を模す曲刀を振れば、柳葉がそよぐように尖刃が連なり流れ出ていく強化種を使う。武装そのまま。
再び、高句麗兵の悲鳴が響く。
羽に撃たれ、輪に縛られ、刀に斬られ、槍の群れに突きたてられる。
「落ち着け、集団戦法だ、隊列を組み光刃を活かせ!」
声を張り上げ、恍魅は跳び込み、雷震子を遠ざける。
「突必は羽使いを、沙汰涼隊は環刀使いを、浪江沢隊は柳葉刀使いを抑えよ! 突必隊で環刀使いの隊を、奈乃隊で柳葉使いの隊を押し返せ! 恍魅隊は突破を図る、奈乃もこちらだ、私へ続け!」
「「壮勇‼」」
叫び、光剣隊は必死に光線剣を振り反撃するが、超魂使いが誇る人間離れした物量、質量にはなかなか太刀打ちできない。姫叔昇の叩き込む巨大な刃に潰され、姫叔明の流し込む幾多の刃に薙がれ、徐々に崩れゆく。
「超魂顕現『跳躍野人』!」
突必も鎧を毛皮へ変え、俊敏ぶりを大いに高め疾走、光線剣を乱舞させる。
だが彼一人が跳び回ったところで、飛び回る雷震子を抑え込むので精一杯。
斬り進む恍魅の行く手には、南宮適が進み出る。
「遼東城へ行きたかろうが、そうは問屋が卸さぬぞ。黄華の大軍師《太公望》は全てを見通し我らをここへ配したのだ。ここでお主らを討ち、続けて次に来る太子らを捕らえ、我が主《西伯侯》の汚名を返上させてもらおう」
南宮適は足もとに転がる光線剣を拾い上げ、朱く変える。赤銅色の羽織を長くなびかせ、斬りかかる。
びっと、黄色い光刃がほとばしり、朱い光刃を打ち返す。
「太子殿下と大高句麗のため、断じて我らは負けはせぬ」
恍魅が馬を走らせ、黄色い光線剣を一閃する。
南宮適が馬を走らせ、朱い光線剣を一閃する。
光と熱が爆ぜる。
はせ違い、馬首を返し振り向きざま、十文字に鍔ぜり合う。
びりびりと、力場の削れ合う音が震える。
周りでも、倒れた高句麗兵の落とした光線剣を黄華兵が拾い、朱く変え、淡緑色で振るう高句麗兵と斬り合っている。同じく雷震子も朱い光刃を構えて飛び回り、淡青色に残像を見せて跳び回る突必と、回廊中で打ち合っていく。
こうなれば、高句麗軍が圧倒的に不利である。
南宮適の支配する、何が起こるか分からぬ回廊へ幽閉されるなか、超魂使いにやりたい放題を尽くされる。
輪に捕らわれた兵たちを叩っ斬りにくる姫叔昇へと沙汰涼が跳び込み、巨大な刀身に叩き飛ばされ柱へ叩き付けられる。浪江沢が兵たちを下げつつ遠巻きに姫叔明を囲い攻め口を探るも、四方八方に次々と刃の波を流され数を失っていく。
皆、じき心身ともに限界がくる。
__早く勝たねば、だが焦るな。
恍魅は剣を回し、瞬時に切りかえ、首を狙う。
南宮適が身を引いた隙に、覇力引斥を気張り、鞍上から吹き飛ばす。
そして跳び、大上段、雄叫びもろとも斬り付ける。
どっと、横へ吹き飛ばされ扉を突き破り転げ出された。
「恍魅さま!」
「奈乃、私にかまわず進め!」
__相手も引斥を使うのか。
鎧のおかげで床へ叩き付けられた痛みは軽い。すぐさま立ち上がる。
扉の破片が飛んでくる。南宮適が斥力をかけ動かしている。
こちらも斥力で払い、引力で相手を引きずり込む。
そこを斬り付ける。
光刃で受けられる。
斬り結びが始まる。
下段から攻め、弾かれ、突きを絡め、体を入れかえ、互いに回り、遠心力をもってぶつかり合う。
__くっ、そうとうな武芸者だな。
ほとんど重さがない光線剣では、通常の武器を遥かに凌ぐ斬速を生み出せる。
だが重い通常兵器を振り慣れた者にとって、これは逆に力の込めどころが不確かとなり、重量も活かせず扱いにくいという面をもつ。
南宮適とは初めて戦った。よって彼は初めて光線剣を使う。しかし、少なくともここまでは、誰よりも光線剣に通じる恍魅と渡り合っている。
その時、悲鳴が一斉に束となり、遠くからこだましてきた。




