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四一 タケミカヅチ

 さっと、談徳(タムドク)淵傑多(ヨン・コルタ)を指し、左を指す。阿石慨(ア・ソッケ)を指し、右を指す。

「超魂顕現『黄玉炎鎧(おうぎょくえんがい)』!」

 正面、黄天化が淡黄(たんこう)に光ってくる。

 マハラーマ語の火を語源とし、マグマから生成された熾烈な経験を記憶する黄色い(ぎょく)、トパーズを鱗のように連ね全身へ纏い、両手に持つ、直径七〇センチへ及ぶ鉄球に柄を付けた武器、双錘(そうすい)も黄色く覆う。

 右の鉄球を投げてくる。それは手もとへ残す柄と鎖で繋がっている。

 まっすぐ談徳は突っ込んでいく。

「超魂顕現『天孫列鎧(チョンソンヨルゲ)』!」

 鉄球が発火する。

源平(ウォンピョン)の鎧」

 談徳は大鎧(おおよろい)を纏い、槍を薙いで鉄球を払い、逆巻く炎を突っきる。

聖朝(ソンジョ)の鎧」

 薄片鎧を輝かせ打ちかかり、巨漢で駆け降る黄天化の勢いを、封殺する。

 同時に淵傑多隊は左へ、阿石慨隊は右へ駆け抜け、談徳隊は黄天化隊の脇腹へと斬り込む。その隙に、突必(トル・ピル)が後尾で逃げる兵をまとめ上げ、恍魅(ファン・メ)が全体を率い導いていく。

「よく訓練されている。だが」

 談徳の槍を止める、黄天化の錘が燃え上がる。

「大将を討たれて瓦解せぬ軍などない。お前は太子などともてはやされ高句麗全土の士気を担うが、その実は青臭い中級武官にすぎず討つは容易い……私は幸運だ、今ここで高句麗征服の功臣となれるのだからな!」

黙れ(タッチョゴラ)! 高句麗を愚弄し生きて帰れると思うな。戦国(チョングク)の鎧」

 馬ごと、談徳がかき消える。

 はっと、黄天化は振り向くも、間に合わず肩を刺される。

 猛然と、青緑糸縅(あおみどりいとおどし)に織った義虎と同じ当世具足(とうせいぐそく)に身を固め、義虎へ迫らんばかりに速く動いた談徳が、黄天化の背後へ回り槍を突き出していた。



「髄醒顕現『鉄刃空紅戦人くろがねやいば・それくれないのいくさびと』」

 煌めく、使いに使い込んだ偃月刀を現し、ひっさげる。

 義虎には絶対的な自信がある。

 自分より過酷に修羅場を重ねた戦人など、誰一人として存在しない。

 __そうして錬成せしこの神速、天下無双たると知れ。

 赤き翼を雄々しく広げ、空へ舞い上がり宙返り、大将軍《猛虎》は突貫する。

「ちゃい!」

 八本の腕を振るい、哪吒(なた)宝貝(パオペイ)を投擲してくる。

 敵を追尾する輪、乾坤圏(けんこんけん)

 液体をを打つ帯、混天綾。(こんてんりょう)

 敵を追尾する縄、縛妖索(ばくようさく)

 とげをふり撒く(まり)綉毬。(しゅうきゅう)

 炎を巻き散らす輪、火輪(かりん)

 敵を追尾する煉瓦(れんが)金磚(きんせん)

 帯が渦巻き、炎がうち広がって空を埋め、縄が蜘蛛の巣のごとく張り巡らされ、輪が、煉瓦が、とげの雨が金色に輝き飛び込んでくる。

「遅い」

「おわっ、え速すぎでしょ⁉」

 ことごとく掻いくぐり、猛虎が哪吒へ炸裂する。

 音速へ迫り猛りし斬り込みは、五本の腕で握る火尖槍(かせんそう)斬妖剣(ざんようけん)砍妖刀(かんようとう)降妖杵(こうようしょ)を重ねて踏んばる哪吒を、知ったことかと押し込んでいく。五本のうち一本でも離れれば、猛虎は押しきり斬り伏せる。

 だが哪吒の腕はもう三本ある。

 一本で、握る混天綾をうねらせ猛虎の背を狙い、一本で、とげを射出した反動で戻ってくる綉毬を掴み、振り下ろす。乾坤圏、縛妖索、火輪、金磚も反転し、四方八方から猛虎を襲う。

蹴落虎(けおどら)

 すっと、猛虎はかき消える。

 全てが空ぶる。と、乾坤圏が猛虎の尾に捕まる。

 同時に猛虎の刃が奔り、哪吒は刀剣を重ね防ぐも、突き落される。

 猛虎は追う。

 尾で乾坤圏を投げ、やっかいな混天綾を絡め引き離し、目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら突貫する風圧で炎を払い突き抜け、火輪を切り裂くや獣脚を一振り、飛び込んでくる金磚をわし掴む。

 その間に哪吒は縛妖索を動かし、足を乗せる風火二輪(ふうかにりん)を縛り、踏みとどまる。

 直後、猛虎が斬り込む。

 火尖槍を薙ぎ、哪吒が炎を盾とする。

 翼をさばき、猛虎は下から飛び出す。

 哪吒が武器を砕く降妖杵を叩き込む。

 翼をさばき、猛虎は武器を合わせず左へ切り返す。

 哪吒は読んでいる、もとより全方向へ宝貝を構えている、右へ厚くする。

 猛虎はいない。

 はっと、哪吒は火尖槍を振り上げ、頭上からくる偃月刀を受け流す。

 同時に金磚を掴んだ蹴りが奔り、哪吒は顔を潰される。

 間、髪を入れず、猛虎は岩をも穿つ斬撃を畳みかける。

 受けきれず、哪吒は風火二輪の縄をほどいて後退する。

 そして胸の太極図を叩く。

「いたた、もぉボケなす! 女子の顔ボコすとか信じらんない」

「うぃー、三つもあるんだから一つぐらい無問題(もーまんたい)でしょ、でそれは?」

 空いていた哪吒の手に、(わん)が現れている。

「ナタ最強の宝貝、九竜神火罩きゅうりゅうしんかとうだよ。ちゃい!」

 ちっと、義虎は舌打ちし、念のため亜空間袋を準備し始める。

 龍。九頭も現れる。炎を撃ってくる。

「柳の硝子(がらす)細工は観音(かんのん)開き 東へ障子戸(しょうじど) 西へ格子戸(こうしど) ()るし門は北へと(ほど)け 埋門(うずみもん)は南へ落つる 見よ 甘露の櫓門(やぐらもん)はがれ (こがね) (しろがね) (あかがね) (くろがね) ことほぐ厨子(ずし)にことほがん」

 こちらへ向けられた椀から飛び出す火龍たちが、九方向へうごめきながら業火を噴き続けてくる。その火力、火尖槍や火輪の比ではない。逃げ場などない。水分が奪われ、喉が張り付き、目が痛む。

 __うぃー、見せ付けるか?

 縦横無尽に切り返し、業火を掻いくぐりながら義虎は思案する。

 なぜ、己は狂戦士(バーサーカー)、大将軍《猛虎》と謳われるか。こうした絶体絶命の状況下、一切合切もって身を顧みることなく全速力で特攻し、無理やりに敵を討ち取ろうと猛り狂うからである。

 __されど初戦からやるか?

 重傷を負っても治癒してもらう当てがない。もし戦えなくなれば、談徳(タムドク)と共闘し親しくなること、姜以式(カン・イシク)と共闘し学びさくることといった、七つの楽しみを満喫できない。何より、彼らが信頼して任せてくれた約束を果たせなくなれば、とてつもなく恥ずかしい。

 __うぃー、使うよ(かみなり)さま。

 義虎は赤い覇術を解き、額を黄金色に輝かす。

 一〇年間、何が何でも使わずにきた。だが猿虎合戦で解禁している。

 __敵総大将と雷神対決したいし、実戦して予行演習しとかねばだ。

「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは荒武者《猛虎》にして今生再臨(こんじょうさいりん)せし雷神(いかづちのかみ)……」

 ぐっと、腹へ力を込める。

「大和国大将軍《建御雷(たけみかづち)》空柳義虎なり!」

「おわっ、異名二つ目えっ⁉」

 亜空間袋が開く。炎で哪吒には見えていない。敵騙錠(てきべんじょう)を掴み取り噛み砕く。

 ざっと、右手の人差し指で下を指す、降魔(ごうま)印を取り奏上する。

()けまくも(かしこ)建御雷神(タケミカヅチのかみ)大前(おほまへ)(かしこ)み恐みも(まを)さく

 石上(いそのかみ)古き国風(くにぶり)(ためし)(まにま)追儺(ついな)(のり)仕へ(たてまつ)らむと ()まはり清まはる(さま)を (たい)らけく(やす)らけく聞食(きこしめ)して

 ()ギガ(いか)() 枝葉(よろず)(あめ)色染メ 稲光数多(あまた) (たなごころ)()()()ケヨ

 かくの(ごと)く申し追儺(ついな)せよと依奉(よさしまつ)り (うと)(あら)()諸々(もろもろ)邪鬼共(じゃきども)神祓(かむはら)ひに(はら)はせ(たま)ひて 大神等(おおかみたち)敷座(しきま)す里の同胞(はらから)を守り(さきわ)(たま)へと (かしこ)み恐みも(まを)す」

 かっと、義虎は眼を見開く。

「超魂顕現『猛虎雷轟たけるとら・いかづちのとどろき』」

挿絵(By みてみん)

 猛虎をかたどる黄金色の鎧に、赤くマントをはためかす。

 背より円状に連ねる八つの太鼓に、三つの勾玉が渦巻く。

 暗中へ奔り、折れ、弾け、分かれ合わさり、稲妻が光る。

「出たな……ちゃい!」

 哪吒は火龍たちを動かし、義虎めがけ業火を一斉掃射する。

 義虎は腕を後ろへ太鼓を打ち、左右の手を胸の前へ掲げる。

 互いの親指と人さし指、中指で結ぶ三角形。双方二本の指を立て、水平の右へ左を垂直に。立てる、内から三本の指の右掌へ、重ねる、内から二本の左指。右手の、立てた二本の指を左手で握り。合掌する。

八卦(はっけ)・景ノ陣……絶途啊雷喩(ぜっとあらいゆ)

 雷雲が天空を隠す。

 雷光が業火を隠す。

 雷霆が戦場を隠す。

 光と音と振動で頭蓋をえぐり割るような衝撃が静まり、ようやく視界の定まった哪吒の前に、業火はすでになかった。

「……うそ」

 哪吒は動けなかった。

「見たか、そして心して聴け! 英雄《雷神(いかづちのかみ)》が極めし御業の名には、瑞穂(みずほ)や大和の神話に名高き雷神(らいじん)建御雷(たけみかづち)の名が猛虎の字句と並ぶ。従って古今東西にただ一人覇術を二つ有せしこの義虎が、天下へ《猛虎》と並びて《建御雷》を名乗るは正当にして崇高なる道理なり、異議あらば破りて示せ!」

 建御雷は太鼓を三つ打ち、手を叩く。

「八卦・開ノ陣……雷剛(らいごう)

 黄金色がほとばしる。とっさに哪吒が火尖槍を振る。

 建御雷は左の掌へ、右の拳を叩き込む。合掌し。人差し指の他を組み、前へ倒す。

 雷を柱状に密集させる雷剛が一直線に突き進み、一瞬で炎を貫く。

「八卦・生ノ陣……堕嗚呼羅煮(だああらしゃ)

 直後、雷剛をかわした哪吒の目と鼻の先へ、雷を纏い身体強化をかけ回り込んできた建御雷が迫る。哪吒は反応しきれていない。

「八卦・(しょう)ノ陣……布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)

 いきなり雷の剣が現れ振り込まれる。

挿絵(By みてみん)

 それでも哪吒の腕は八本ある。相手の側にある降妖杵(こうようしょ)綉毬(しゅうきゅう)を重ね防ごうとする。だが即座に逃れんと急降下する。綉毬もろとも、武器を破壊するはずの降妖杵が断ち切られた。

「なんで⁉ 確かに体勢めちゃくちゃで力籠めれてなかったけどさ」

「うぃー、刃が鋼ではなく雷でしょう」

 建御雷は連続し斬り付け、打ち込まれる火尖槍、乾坤圏(けんこんけん)縛妖索(ばくようさく)を焼き切っていく。

 毘沙門天(びしゃもんてん)は覚悟を定め、自分ごと火龍に囲ませ業火を噴き付ける。

 建御雷は両手の指で球を組む。

「絶途啊雷喩・帰命する(オン) 日輪(にちりん) あまねく清めよ(ビシュダヤ) 成就あれ(ソワカ)

 雷を五〇、怒濤のごとく押し寄せる業火より速く奔らせ追い抜かし、瞬時に隙間なく繋ぎ上げ己ごと敵を球状に囲い幽閉しつつ、業火と灼爛し打ち消し合わせる。そして喀血しながら斬りかかる。

 だが喀血した拍子にわずかながら軌道が逸れる。

 毘沙門天はその機を逸しない。

 九竜神火罩きゅうりゅうしんかとうを投げ付け手を打ち抜き、布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)を取り落とさせる。

 そして残った宝貝(パオペイ)を掲げ上げ突撃し、黄金色に輝く鉄拳に迫られた。

 建御雷は剣を持つ左手をやられるや、右手を固めて飛び出していた。

 大将軍《建御雷》空柳義虎。

 将軍《毘沙門天》李哪吒。

 決着が付く。

挿絵(By みてみん)

 黄金色の雷が閃き、奔り、弾け炸裂、義虎は哪吒の頬を殴り付けた。

 電撃と打撃に全身と意識を蹂躙されつつも、哪吒は最後に反撃した。

 激しく、義虎が血を吐き出し崩れるなか、哪吒は必死に落ち延びた。

「勝った」

 火龍たちが消えていく。

 義虎は霊山の空へ踏みとどまる。

 ぎっと、胸が痛む。殴った手を見る。わずかに斬られている。

 斬妖剣(ざんようけん)。刃先を入れた相手へ働き、心臓の位置へ切り傷を生み出す宝貝である。

 __うぃー、殴られながらさような剣を選び拳を払うか。心臓の場所いじっとらんだら討ち死にしとったよ?

 休みたいが、まだ仕事は残っている。

 傷口へ電気を流し、焼き、激痛にのたうちながら止血する。

 哪吒が逃げた方を見る。白頭(ペクトゥ)山に残っていた兵は、敵将が健在であるなか大将が戦闘不能となったため、哪吒を守って退却していく。一部が離れ、談徳(タムドク)らを追っていった部隊へ伝令に走っていく。しかし追撃部隊は、せめて談徳を討てとますます奮闘するだろう。義虎も負傷している、今ならやれると、白頭山を取り返しに攻め上ってくるかもしれない。

 __そんな気、起こさせんからね?

 ばっと、義虎は飛びたち、伝令を追い抜いていった。

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