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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
終幕、あるいは幕間
118/119

117 歌姫とソリスト

 時は戻る。

 大ホールに、音の輪と波が充満している。石造りの高い天井、磨きあげられた大理石の床。聴客らの衣服などで多少は吸い込まれるが、補って余りあるほどの反響が、ここにはある。


 しっとりと旋律を奏でる第一ヴァイオリン、ハーモニーで深みを与える第二ヴァイオリンとビオラ。低くたゆたうチェロに、基となる流れを築くコントラバス。

 それら弦楽器の静かな曲調を礎に、まずはフルートの女性独奏者(ソリスト)がすぅ、と息を吸い、吹き込めて……主題を歌い始めた。


 空間に、光が舞うような音だ。やさしく響き、誰の耳もやんわりと捕らえて、放さない。


 うっとりと聴き惚れる人びとの頭上に――やがて、月の光のような声が一条、届く。


 ……切ないほどに、うつくしい女声(じょせい)


 歌い上げる旋律は先ほどのフルートの主題と同じ。しかし、ひとの声が、こんなにも心を揺さぶるのかと。

 ある者は驚嘆に目をみひらき、ある者は酩酊(めいてい)したように、すぅっと瞼を閉じた――痺れるような音の波に身を投じる場合、後者のほうが正しい。


 彼女の外見から、もっと、細く可憐な声を連想していた人びとは今、驚きと予想だにしなかった恍惚のさなかにある。

 ―――胸をあまく締めつける、叙情的な響きに酔いながら。


 つよく、一筋の芯をとおした声音。

 ppp(ピアニッシシモ)だろうとff(フォルテシモ)だろうとそれは揺るがず、伸ばした音のヴィブラートすら滑らかに、背に受けたオーケストラの旋律に君臨する。


 少女は、月光の女王にも見えた。


 今は指揮者であるアルムが、視線と表情、右手の指揮棒(タクト)でオーケストラを制御しているが……向かって左のグランドピアノにふと目線を遣り、左の人差し指を振った。――――すると。


 今までフルートが担っていた少女の対旋律を、今度はレインが奏で始めた。


 即興だ。


 本番でリハーサルも無しに、この荒業(あらわざ)をやってのけるかれに、エウルナリアは心を躍らせる。


 (すごい)


 歌いながら聴き惚れるなど、なかなか出来ることではない。でも、惹き付けられる。

 実に楽しそうな歌姫と、ピアノの独奏者(ソリスト)に――アルムは、微苦笑をこぼした。


 完璧な制御と調和の音の海のうえで、主従の声と音が響き、かさなり、弾けるように輝いている。


 聴くもの達の表情も軽やかに、微笑みに彩られる。なんというか―――口許が、勝手に笑んでしまう。それくらい音が豊かで、幸せでしょうがない。


 けれど、どの曲にも終わりは訪れる。

 螺旋階段を降りるように、少しずつせつない韻を踏みながら、下降する音階。

 ひそめるように鳴りをおさめてゆく、音量。


 そして、最後の一音。



   ァーーーーーーー~~……


     バァンッ………―――――――――



 上質な、織りたての白絹(しらぎぬ)のようになめらかに響く、柔らかく澄んだ歌声とピアノの余韻に彩られて。


 エウルナリアとレインと、生え抜きの皇国楽士達による音の共演は、終わりを告げた。



「―――…」


「…………」


「…―――っ…」



 しん、と静まるホールに。


 パチ…  パチ パチ …… 


 あちこちで拍手が鳴りはじめる。そして…



 「「ドオォッ…………―――!!!」」



 ――と。


 地響きにも似た歓声、鳴りやまぬ拍手、飛び交う賞賛に悲鳴のような熱狂で、たちまち飽和状態となった。


 それらを受けて。



 満ち足りた笑顔の歌姫は、見事なピアノを聴かせてくれた独奏者(ソリスト)とともに、うつくしい一礼を人びとに返す。



 ―――嬉しそうに見つめあう二人に、にぎやかな口笛とやさしい雨の音のような拍手が、いつまでも降り注いでいた。


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