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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
終幕、あるいは幕間
117/119

116 皇国楽士(裏)

 時は少し遡る。

 エウルナリアが案内されたのは、本番を前に寛ぐ皇国楽士達の控えの間だった。そぅっと扉の隙間から覗くと、中は小ホールのようである。

 部屋の片側には荷物がまとめられ、もう片側には楽器が綺麗に陳列している。奏者達は中央の思い思いの場所で、各パートごとに分かれていた。


 アルユシッドは「では(のち)ほど」と笑みを一つ残し、通路を戻って行った。

 ――今回の主催はサングリード聖教会。レガート支部の司祭に就任したばかりのかれも、何かと役目を振られて忙しいのだろう。

 

 扉を開いて中に入ると、姫君の合流に沸き立つ奏者らの波をかきわけ、三名の少年――青年になりつつある――が現れた。


 先陣を切ったのはシュナーゼン皇子。相変わらずきらきらしい美々(びび)しさで、それを裏切る俊敏性の持ち主でもある。三名の中ではいちばん小柄で、少女とは目線も近い。

 走り寄ると同時に両手をぎゅっと握られた。手のひらの感触は、意外に力強い。さすが打楽器奏者。


「エルゥ!待ってたよ、すっっっごく綺麗だ!どうしよう。サーラに殺される」


 (え、そこまで?!)


 黒髪の少女は思わず吹きそうになった。…が、辛うじて堪える。衝撃の余波でクスクスと笑った。

 握られてしまった両手もそのままに、やんわりとゼノサーラ皇女を擁護する。


「物騒なこと仰らないでください、シュナ様。サーラは優しいですよ?」


「うん、君にはね…?君には、優しいんだよ」


 ――大事なことだったのだろうか。二度繰り返された。

 エウルナリアは、ふとシュナーゼン皇子と同じ顔の女友達を思い出す。自然に頬が弛み、幸せそうなほっこりとした笑顔になった。


「サーラ、悔しがってましたものね……今回、来られなくて」


 ――『なんで、皇女の私が行っちゃだめなのよ!』と、綺麗な顔を真っ赤にして怒っていた元気な姿が、まざまざと脳裡によみがえる。音声付きで。

 

 少女がうんうん、と神妙な面持ちで頷いていると、べりっと音がしそうな勢いで皇子が引き剥がされた。グランだ。


「エルゥ。ぼやぼやしすぎ。何、手ぇ握られたままになってんの」


 いつもはきつい紺色の双眸は、彼女を見つめるときだけ甘くなる。

 エウルナリアは剣が似合いそうな大きな手に、先ほどまで(つか)まっていた両手を再び()らわれた。

 とはいえ扱いはやさしいもので、撫でるような仕草で何かをぱっぱっと払っている。仕舞いにふぅ、と息まで吹き掛けられた。……さすが、職人気質のトランペット奏者と言うべきか。


 ちなみにシュナーゼン皇子は「こら!もっと遠慮しろよ!!」などと騒いでいたが、同僚の打楽器奏者の面々によって、ずるずると引き摺られて行った。「やーめーろー!…」という声が遠退(とおの)いてゆく。


「……」

「……」



 二人はしばらく呆然と見守ったが、気を取り直して互いに向き合う。


「――…あぁ、うん。いつも通りすぎて、つい……ごめんグラン。でも同じこと、以上のことを貴方もしてるよ?」


 グランは、手を握ったまま一向(いっこう)に離してくれない。いやではないが、衆目(しゅうもく)もあるしな……とエウルナリアが今更な方向に思考を(かじ)取ったとき。かれの襟首を掴み、ひょいっと退()かす存在が現れた。エウルナリアの父、アルムだ。


「あぁあぁもう、どいつもこいつも。よく私の前で、エルゥにそこまでべたべた出来るもんだ。

 はいグラン、あっち行って。トランペット部隊がセカンド、サードの配分変えるかって打ち合わせしてたよ。

 ……レイン!君、見てないでこっち来なさい」


「はい、アルム様」


 にこにこと進み出たのは楽士姿の従者レイン。すっきりと括られた栗色の髪が、濃紺のマントの背にさらりと揺れる。

 穏やかな笑み、涼やかな声と目許。全体的に背も伸びて今やアルムと並ぶほど。

 見た目の柔らかさが削ぎおとされ、凛々しくなった――あと少しで美青年になるんだろうか、と思われる少年は相変わらず如才がない。絶妙な立ち回りをする。


「申し訳ありません、エルゥ様。アルム様もいらっしゃいますし、僕が出ることもないかと……それにもう、らしくない緊張なんてどこかに行ってしまったでしょう?」


 にっこりと笑んだ灰色の眼差しは、主の少女のみを映してひたすら温かい。

 エウルナリアも困ったように微笑んだ。本来はレインがよく浮かべていた表情なのだが――近頃は、少女がかれに向けることが多い。


 ふぅん、とアルムは主従を見つめた。


「…そういうことなら、今日の入場のエスコートはレインに任せようか。私は“露払い”しなきゃいけないからね。

 退場のエスコートは私だよ、エルゥ?」


 腕を組み、指を唇の下に添えてむだに艶っぽい念押しをする大人げない父に、娘はくすくすと声をあげて笑っている。


 水晶の鈴をふるうような清らかさに辺りは和らぎ、控えの間はあかるい空気に満たされた。


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