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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 学院での日々

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113 それもまた、一つのかたち

「なるほど、な…」


 黒髪の令嬢を抱き上げたまま、紫眼の王が訪れたのはキウォン宮の敷地内にある果樹園。その片隅の四阿(あずまや)だった。


 時刻は十一時。

 陽射しはきついものの、二人とも薄手の夏装束を纏い、周囲は椰子の木陰。石造りの四阿はひんやりとしている。

 女官達が葉扇で風を送ろうとしてくれたが、ジュードは彼女らを下がらせた。


 開放的ではあっても、余人の立ち入らぬ空間を作ってくれたのだと、エウルナリアは心の(うち)で感謝する。


 手元には、女官が淹れてくれた冷たい紅茶。一晩かけて、水で抽出するらしい。苦味や深みはあまり無いかわりにとてもすっきりとして、どこか甘い味わいだった。


「…で、姫は誰を選ぶべきか、悩んでると。そういう見解でいいのか?」


「はい」


 視線を、茶器のなかの紅茶に落とす。

 ジュードは向かいの席にはいない。四阿の中心に据えられた長方形の石のテーブルを挟んで、二脚の木の長椅子(ベンチ)が置いてある。その一脚に、王と異国の令嬢が並んで座っている。

 背(もた)れがわりの石の壁に寄りかかり、ジュードは話を続けた。


「おかしい話だな。姫の心には、もう決まった奴がいる。それが私じゃないのは非常に残念だが――まぁいい。

 なぜ選ばん?私から見れば、其方(そなた)にも他の男どもにも、苦しいだけだと思うが」


「……父との約束の要件を、満たせていないからです。私か、伴侶が皇国楽士団に在籍していること、と言われましたが。私はまだ(おおやけ)の場で歌っていません。かれも……まだ、一介の学院生でしかありませんから」


 手にした茶器を、唇に(あて)がう。つめたく甘やかなお茶に、癒される。


「では、いつなら言える?其方が公に皇国の歌姫となれば良いのか?」


「……それがおそらく、最低条件かと」


 ふうん……と何やら思案する、セフュラの国王は――やがて、悪巧みを思い付いた子どものような表情で、にやりと笑った。


「よし。では私が姫のために、一肌脱いでやろう」


「―――え。ジュード様、なにか、無茶なことをお考えではありませんよね…?」


「大丈夫、大丈夫。任せろ。よし、そうと決まれば動くとするか。……姫、小宮殿のアルムを私の執務室に寄越せ。しばらく協議する。

 姫は、従者と遊んでくるといい。街は相変わらずだが、気分転換には良いだろう」


 言うだけ言うと、すっくと立ってエウルナリアに手を差し出した。


「約束してやる。……姫が十六になったら、皇国楽士団きっての、とびきりの歌姫にしてやろう。相手の奴も、実力次第だが推挙せんでもない」


「!―――ジュード、様…」


 ――くしゃ、と顔が歪む。


 彼女が知る限り、いちばん大きな手の持ち主。左手をそっと乗せると、呆気なく掴まれ、長椅子から引き上げられた。勢いで、見開いた青い目から涙の粒がいくつか、散る。


「……私、ジュード様のこと、好きです。お妃にはなれませんが……誰よりもお幸せになっていただきたいと、いつも願ってます」


 こんなに、想ってくれるひとは、かたちを違えど(アルム)くらいだと思う。立場や年齢をかなぐり捨てるほどの気持ちを返せなかったのが、いっそ、申し訳なくなるほどの――


「好きです。ジュード様」


 果樹園の片隅の四阿で、異国の令嬢が、美丈夫たる国王に抱きしめられて泣いている。




 (…人払いしておいて良かった……)


 エウルナリアの柔らかな黒髪を撫でながら、ジュードは景色にそのまま溶けてしまうような、やさしいバリトンで言葉を紡いだ。


「私も、生きている女性では姫がいちばん好きだ――奇遇だな、両想いというやつか」



 ………ふっと。

 涙をとぎらせた少女がジュードの顔を仰ぎ見て微笑(わら)った。


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