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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 学院での日々

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109 舞踏で、花ひらくのは

「じゃ、実際に踊ってみようか」


「え、もう!?」


 エウルナリアは驚きのあまり、つい敬語を外した。レインも隣で少し緊張した様子を見せている。


 場所は、離れのピアノ室。いつもレインが弾いている部屋ではない。造りはほぼ同じだが、収容人数は二十人ほど。椅子を通路に運び出せばダンスの練習には丁度よい広さである。


 エウルナリアは既に正装から練習用の薄紅色のシンプルなドレスに着替えている。レインは肘の下まで腕(まく)りした白シャツと、細身の黒いズボンに黒い革靴。舞踏の教師として訪れたアルユシッド皇子も、同様の服装をしている。


 手本にと、皇子とともに一曲踊ったくれたフィーネは淑やかな一礼を残して既に退出した。


 大ピアノ室に残ったのは四名。

 ピアノ係のキリエ。

 教師のアルユシッド。

 生徒のエウルナリアとレイン。


 ふ、と暗紅色の瞳を細めてアルユシッドが微笑んだ。視線はエウルナリアに向けられている。


「まずはホールド…パートナーと組むことから、かな。レインこちらへ。よく見ててね」


「…はい」


 レインは少し離れたところに。

 エウルナリアとアルユシッドは、ごく近い距離で正面から向かい合う。

 少女は皇子の顔や体つきをまじまじと見上げた。登山家が、これから登る嶺をじっと見つめるように。


 ――背が高い。それに、肩幅や上背が同学年の男の子と全然ちがう。

 冬に初めて会ったときは気づかなかったけれど、全体的にしなやかな筋肉の厚みもあって「大人の男の人」と感じた。


 (ジュード様ほどではない、と思うのだけど…)


 ただでさえ小柄なエウルナリアは、踵の高い舞踏用の靴を履いても、頭頂部はアルユシッドの胸にようやく届くほど。


 不安な気持ちが伝わったのか、白銀の髪の青年は、黒髪を一本に(まと)めて高い位地に括り、普段晒すことのない、透けるような白い(うなじ)(あらわ)にする少女に、柔らかく語りかけた。


「大丈夫。身長差があっても女性は普通に、自然な高さで腕を伸ばして。肩はあげなくていいよ。むしろ首をすっと伸ばす感じで…うん、上手だね。

 右手は、パートナーの左手と組む。左手はこちら……そうそう。男性が女性を包み込むように右手で背中を支えるから、その腕に添わせて」


 ふむふむ…と指示に従いつつ、エウルナリアは納得した。

 確かに男性が腕の位置を調整してくれるので、こちらは背伸びをする必要も、無理に腕を上げる必要もない。

 距離の近さに慣れるには時間がかかりそうだが――

 感心して、思わず素になった。


「ユシッド様……教えるの、お上手ですね?」


「ふふっ。お褒めに預かり光栄です、姫君。

 レインはどう?わかる?…よし。

 じゃあ、一通り基本のステップを彼女に教えるから、そのあとで交代しようか」


 どこまでも柔和なアルユシッドに、レインも学ぶ姿勢を崩さない。目で見る段階で、でき得るかぎり速く覚えられるよう集中している。

 かれは真面目で出来のよい生徒のお手本のような表情で、こくんと頷いた。


「はい。ありがとうございます。アルユシッド殿下」


 ピアノ係として待機しているキリエは、素直な息子(レイン)を感慨深そうに見つめている。

 在りし日の従者教育は大層骨が折れたそうだから、きっと思い出に浸りつつ、成長を喜んでいるのだろう。……他意はないと思う。


 エウルナリアは、ふっと頬を緩ませて自然な笑みを浮かべた。緊張で(こわ)ばっていた目許も、今は和らいでいる。


 アルユシッドは、その変化に暗紅色の視線を留めて目をみはり――二拍分ほどの空白のあと、ふわっ…と嬉しそうに笑った。


「そう。それだよ、エウルナリア嬢」


「?ん……はい?」


「正直、ダンスは男性(リード)の実力が優劣を決めやすい。女性(フォロー)は、うつくしく軽やかに微笑んで、フロアの華になるのが主な役目。

 貴女ならきっと、難しく考えずとも上達は速いんじゃないかな。ステップも、やってみると楽しいよ」



 “――とびっきりの先生をバード邸に送ってあげる”



 黒髪の少女の心に、ゼノサーラの少し得意そうな声が温もりと一緒によみがえる。

 何となく嬉しく、わくわくして来た彼女は心のまま、目の前の青年をひた、と見つめた。


「…ユシッド様。よろしければ私のことは“エルゥ”とお呼びください。今日の、ささやかなお礼となればいいのですけど」


 小首を傾げ、青い瞳が心を映してきらきらと輝く。

 甘く整った愛らしい(かんばせ)に浮かぷのは柔らかい、うつくしさと幸せの象徴のような、神秘性すら感じさせる笑顔。



 それは、居合わせた三名にとっては―――見るものの心を一瞬で絡めとり、(とろ)かせるほどに魅力的な、綻び始めた大輪の花の(つぼみ)を思わせた。


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