表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 学院での日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/119

104 放課後の人拐い(後)

 銀色の皇子自身には、少女をやんわりと拘束しつつも、どこまでも邪気がない。


「決まってない、か。そうだね。でも、僕は決めたよ。君の――」


 かれが、決めたという言葉を続けようとした、その時。


 ココン!



 

 エウルナリアの背で、素早く扉が鳴らされた。


「!」


 (よかった、逃げられる!)


 黒髪の少女は不本意だったが、勢いを付けて、みずからシュナーゼンの胸に飛び込んだ。体当たりに近い。

 予想外の行動に、思わずバランスを崩した皇子は、彼女の両手を捕まえたまま「わぁ!」と一、二歩後ろへ下がる。


 (今だ)


 すかさず、エウルナリアは肺いっぱいに息を吸い、後ろを向いて全力で叫んだ。


「お願い…!開けてください、助けて!!」


「え」


 ちょうど、扉が開くほどの空間が確保されているのを見て、「しまった」と言わんばかりの皇子だったが――ちゃっかり左腕を少女の背に回して、ついでとばかりに抱き寄せた。エウルナリアの小柄な体躯が、皇子の腕の中にすっぽりと収まってしまう。


「殿下!何なさって…」


「いや、名残惜しいから」


「~~~……もう!何考えてるんですかッッ!」




  …カチャッ


 ようやく、ドアノブが開く音がした。





「――――こら」


 少し、間があったろうか。

 しかし直ぐ、状況を察したのだろう。つかつかつか、と歩み寄ったその人物は長身だった。


 すっと二人に近づくと、ゴッ!…という音とともに、シュナーゼンの頭に拳骨(げんこつ)を落とす。


「―――~…っ(いつ)ぅッ!!」


 たまらず、奔放な皇子殿下は撃沈した。

 エウルナリアは、目を丸くする。仮にも、皇子なんだけど…と仰ぎ見ると、印象は違うが見知った人物が、そこに居た。


「!…」


 驚きもここまで重なると、もう何でも来いという心境になる。少女はいちど瞑目すると、「ふぅ…」と深く息を吐き、意識を切り替えた。

 ――これ以上、みっともないところは見せられない。


「…ありがとうございます」


「どういたしまして。すまないね、()()()()()が」


 どこかで聞いたことのある言い回しに、黒髪の少女はつい眉尻を下げて、くすりと微笑(わら)った。


 今は申し訳なさそうな形の、凛々しい眉。柘榴石(ガーネット)の優しげな瞳。驚くほどの美貌なのに、威圧感が全くないという稀有なひと。

 ……髪は、今日は柔らかな白銀。


「こちらでは、髪は染めていらっしゃらないんですね、ユシッド様――いえ、アルユシッド殿下。お久しぶりです」


 状況は相応しくないかもしれないが、けじめとしてエウルナリアは臣下の礼をとった。

 対するアルユシッドも、今日は頷きを返すのみで礼はしない。穏やかに微笑んで「久しぶりです。どうぞ、楽にして」と、皇子然として振る舞う。


 昨年の星祭りにサングリード聖教会で出会った少年は、もう、すっかり青年となっていた。


 アルユシッド・フィン・レガート。

 この国の、第二皇子である。




   *   *   *




 二人の皇子と連れ立って音楽棟を歩く。

 既に下校時刻は過ぎている。(さら)われてから、ずいぶんと時間が経ってしまった。


 ちらり、とエウルナリアは隣を歩く長身のアルユシッドを見上げる。


「あの…殿下は、なぜこちらに?」


「妹に泣きつかれたんだよ。『エウルナリアを助けて』って。あんなに切羽詰まったあの子の顔は、初めて見た。

 ……神出鬼没な我が愚弟と違って、私はたいてい研究室――この棟の、四階にいるからね。

 貴女を連れて雲隠れしたシュナよりは、見つけやすかったんだろう」


 思い出したのか、アルユシッドは右手を口許に当てて、くすくすと笑っている。

 たちまち漂う日溜まりのような空気。

 ――なんだか落ちつくな、と少女はつられて笑んだ。


「皇女様には、お礼申し上げないといけませんね…私の友人達にも、謝らないと。階下(した)に居ます?」


「いるよ。待ってもらってる。守護騎士君たちの狼狽ぶりは、さっきまでの貴女にはきつかったろうからね。『待て』が出来る、良い子達だ……ね、シュナ?」


 話を振られた第三皇子は、ぴくりと反応した。「そうですね」と、心のこもらぬ答えを返す。

 拗ねたような物言いは、かれを年齢より幼く見せた。


「…僕から言わせてもらえば、兄上だって『待て』を自分に課しちゃうお利口さんです。

 笑っちゃいますよ。兄上だってアルムから聞いてるんでしょう?エウルナリアの――」


 ぴた、とアルユシッドの歩みが止まった。

 怒気はない。

 しかし、目を逸らせなかった。


「この話は、そこまで。選ぶのはお前じゃない。彼女だと歌長(うたおさ)も言っていただろう。いいね?」


 弟へ流される、暗い(あか)の視線に染まるように、周囲に緊張感が漂う。先程までとは、まるで違う人物のようだった。


 弟皇子も少しの逡巡のあと――渋々と頷く。

 それは、驚くほど双子のゼノサーラとよく似ていた。


 アルユシッドは、ふっと瞳の光を和らげると隣のエウルナリアに目を向ける。打って変わって、柔らかく語りかけた。


「今回は、うちの弟妹が本当に迷惑をかけたみたいだし……みんな『殿下』じゃ、ややこしいでしょう?私達のことは愛称で呼んで。ユシッド、サーラ、シュナと」


「は……はい。わかりました」


 一階へ降りる手前で、愛称の許しとともに差し出された左手が、エスコートのためだと気づくのに、エウルナリアは数秒を要した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ