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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 学院での日々

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103 放課後の人拐い(中)

「……行った、かな」


 銀髪の皇子、シュナーゼンは閉めた扉に少女を縫い止めるように、両手を突いている。

 エウルナリアの背中越し、扉の向こうの廊下では、慌ただしい幾つかの足音が近づき、去っていった。


 はぁ、はぁ……と、息が上がっているため、中々発言できない。それでも何とかごくん、と唾を飲み込むと、エウルナリアはキッと視線もきつく、まだ廊下の気配を辿っているらしい皇子の顔を見上げた。かれの腕の中なので、当然のように近い。


「殿下……あんまり、ではありませんか?」


 隠れている意識はないが、弱々しい声量。走ったあとは辛い。体力をつけないと…と、少女は内心で決意した。

 シュナーゼンは、睨まれていることも含め、大いに状況を楽しんでいるようだ。まじまじと腕の中の囲いに捕らえた黒髪の少女を眺め、嬉しそうに観察している。


「うん。ごめんね、びっくりさせて。こうでもしないと君、一人にならなさそうだったから」


「……?」


「二人きりで話したかった、てこと。

 婚約の件は、アルムから聞いてるんでしょう?僕は、聞いてる」


「――…!…は、い…聞いています。ですが、相手が誰かは知りませんでした。父は『自然と会えるように計らっておく』と…それだけ……説明は、四年前の一度きりでしたし」


 皇子の、きっぱりと核心を貫く物言いに驚き、エウルナリアは青い目を見開いた。

 あまりの直球(ストレート)さに動揺を感じつつ、事実のみを告げるよう心がける。


 シュナーゼンは、「ア~ル~ム~……」と言ったきり口を開かない。しかも項垂れた。さらっ……と銀色の長い前髪が垂れて、少女の前髪の生え際辺りに届く。

 さすがに、どきん、とした。


「あの、すみません殿下。その姿勢だとちょっと、近いのですけど…」


 事実近い。あまり背の高くないかれは、俯いただけで互いの顔が至近距離になってしまう。申し訳なく思いつつ、少女はシュナーゼンの(あご)の辺りを押し返そうとした。

 触れると、みずからの指がつめたく感じる。

 ――皇子の顔は、温かい。


「わお」


「………はい?」


 予想外の反応に、思わず訊き返す。

 エウルナリアは小鳥のように、小首を傾げた。心なし、皇子の顔が熱くなった。


「無自覚って怖いよね…君、よく言われない?」


「…?言われます。(おも)に、従者からですけど」


「へぇ……ふーん…………なるほど。

 じゃあ、あの赤髪は?」


「グランですか?シルク商男爵の第四子息ですが」


「じゃなくて。婚約の申し込みは受けてるの?ってことだよ」


 そのもの、ずばりの問いに、エウルナリアの頬が、かぁっ……と熱くなった。

 居たたまれずについ、視線を下げ、伏せられた長く黒い睫毛の下で潤んだ青い目がわずかに泳ぐ。珊瑚色の唇が、微かに戦慄(わなな)いた。


 ぐ、と指にかかる抵抗がつよくなった気がして、少女は恐々(こわごわ)シュナーゼンを仰ぎ見る。


 ―――…後悔した。


 (あか)い、真剣な光を宿した瞳に射すくめられる。


「悔しいね。僕以外の誰かに、そんな風に顔を赤らめさせる婚約者どのを、見せ付けられるなんて」


 シュナーゼンの表情や声は明るく、真意の底が読み取りづらい。しかし、何というか………目の奥が、怖い。


 エウルナリアは思わず皇子から目を逸らし、右の虚空に視界をずらした。


 ――とりたてて、変わったところのない小さな空き教室。ずらした視界に、これが意味のない現実逃避だったと思い知る。


「こ、婚約者と、決まったわけではないと――」


 怯んだ隙に、精一杯の堤防の役を勤めていた両手を、やんわりと(まと)められた。

 皇子の右手に収まった、みずからの両手に軽く衝撃を受ける。


 (え。いや、ちょっと待って。これって……)


 ―――危ない。


 事、ここに至って(ようや)く、エウルナリアは身の危険を覚えた。


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