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楽士伯の姫君は、歌わずにいられない  作者: 汐の音
十四歳篇 学院での日々

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102 放課後の人拐い(前)

 幼馴染みの三人と一人の皇女は、午後の講義を終えて音楽棟を歩いていた。


 読譜(どくふ)学の講義は一学年でも受けられる数少ない必修専科とあって、音楽科のものは全員、これを受ける。

 他の専科は、最終的に必要な単位を修めてさえいれば、自分で好きに選んで講義メニューを組み立てられる。


 ただ、どうしても最初は必修の一般共通科目が主体となる。ゆえに一学年が音楽棟に足を踏み入れられる機会は、基本的に午後の二時間だけ。


 クリーム色の壁、きれいに磨かれた白っぽい石の床。学院指定の靴は、(かかと)が低く靴裏に消音機能のある素材を使っているため、大勢の人間が()()う割に、学院内には粛々とした雰囲気が漂う。




   *   *   *




「良かったな、レイン。いきなり苦手なやつじゃなくて」


 どこか、人の悪そうな笑顔で親友を肘で突っつくグラン。かなり嬉しそうだ。

 顕著に歩みを邪魔されているものの、栗色の髪の少年にさほど怒った様子は見られない。

 珍しく、ふ、と小さく笑んで赤髪の親友を見返す。


「そんな風に言えるのは今だけです、グラン。…いきなり初見(しょけん)でも良かったんですよ?今日の僕に、死角はありませんでしたからね」


 どこか、勝ち誇った視線を流すレイン。いつもより自信満々な様子が年相応に見えて、何となく微笑ましい。


「あー、そういやお前、ずっと下読みしてたもんな、教科書(アレ)。……でもそれ、『初見』として有りなの?」


「……」


 残念。黙り込んでしまった。

 気の毒になったエウルナリアは、おっとりと会話への途中参加を試みる。


「まぁまぁ。読譜力を伸ばす上での最大の強みは、楽譜を見るだけで音を頭に浮かべて、“曲”を正確にイメージ出来ることにあるから……

 それをすぐ表現に――初見演奏まで繋げられるかどうかは、適性もあるけど、ほぼ本人の努力次第だよ。ね?」


「……」

「……」


 しん、と新たな沈黙。

 心配になって、ちら、と覗き込むと、二人とも同じく「――思うところはある。けど言うまい」といった表情だった。顔まで逸らされた。


「?」


 混乱を深めるエウルナリア。

 嘆息しつつ、見かねて皇女が加わった。


「……ばかね、追い打ちかけてどうすんのよ。『持てる者は持たざる者を理解できない』の、典型よね。貴女って…」


「え……それは、すみません…?」


「疑問型で謝ってんじゃないわよ」


 言葉はきついけれど、そこに確かに笑みが含まれているのを感じ取った少女は、何だか嬉しくなって、ゆるゆると花が綻ぶように微笑んだ。

 その様子に傍らの少年二人も苦笑しつつ、いつの間にか柔らかな表情に戻っている。



 和やかな一行が、二階から一階へ降りようとした―――一瞬の、会話の空白。



 パタパタパタ……

  ガチャっ!



 突然、見計らったようなタイミングで賑やかに扉の一つが開き、妙に明るい声が廊下に響き渡った。


「やあサーラ、久しぶり!…と、初めまして?サーラのお友達!通りかかるの、待ってたよ!」


 唖然と立ち止まる一行。


 そんな中、銀髪の皇女だけが素晴らしい反応速度で振り返り、キッと(まなじり)もきつく、堂々と声の主と向き合った。

 左手を腰に当て、右手の人差し指を思いきり相手に突き付けている。

 皇女は、すうぅ……と、息を吸い込んだ。


「シュナ……!『久しぶり』じゃあないわよ!あんた、講義も粗方(あらかた)すっぽかして、何処(どこ)行ってんのよ!!」


 なかなかの声量を披露する皇女以外の、面々は――相手の姿に目を丸くした。これは…



 エウルナリアは、す、と一歩下がって淑女の臣下の礼をとる。左右、斜め後ろの二人の少年達も、それぞれの礼をとった。

 見目麗しい少女と少年らの、息の合ったうつくしい一連の所作――それはまるで、皇宮の一角であるかのごとき典雅さだ。


 礼を受けた少年は、銀の皇女を綺麗に無視して鷹揚(おうよう)に頷く。


「いいよ、頭をあげて。普通にしてね。サーラから話は聞いてる。

 君がエウルナリアかな……アルムの娘の?」


 名指しで呼ばれ、黒髪がぴくりと動いた。

 ゆっくりと、控えめに返答する。


「はい、第三皇子シュナーゼン殿下……初めてお目にかかります。…あの……どのような『話』でお聞きになりました?」


 そっと、(こうべ)を上げたエウルナリアはじっと皇子を見つめた――似ている。さすが双子と言うべきか。


 癖のない銀髪は背の中ほどで切り揃えられ、前髪は長め。量が多いせいだろうか、実に適当に斜め下で括られた一房が、胸の前に垂れている。

 瞳はゼノサーラと同じく澄んだ紅。

 今は、好奇心に輝いて星紅玉(スタールビー)のようた。銀色の睫毛が頬に淡い影を落としている。……性格なのだろうか。弟であるかれの方が、目元の印象に独特な茶目っ気がある。

 悪戯っ子だが憎めない、そんな雰囲気だ。


「よし」


「……はい?」


 双子の片割れ、シュナーゼンがふいに、にっこりと笑った。本能的に「これは、逃げないといけない」。そう悟ってしまう類いの、いわゆる真っ白なのに“黒い”笑み―――……距離を取ろうとした。が、遅かった。


「おいで。あ、ごめんね。彼女、借りるよ」


 ぱしっ、と黒髪の少女の細い手首を掴んだ皇子は、意外な力強さで華奢な身体ごと引っ張る。

 たたらを踏んだ少女のもう片方の手を素早くとると、フワッ……と額がくっつくほど間近に顔を寄せて、鋭く「走って」と囁いた。


「!……えっ……でも、殿下…?!」


 慌てて走らざるを得ない強引さだった。

 まろびつつ、エウルナリアは手を引かれるまま、懸命に階段を昇って更に走り――



 ぱたん!



 三階の、どこかの空き教室に入れられた。

 ――……客観的には、連れ去られたという。


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