7話:俺達の冒険はこれからだ
「あ」
「なんだよ」
「メール来た」
真央と一緒に、食堂でお昼ご飯のうどんをすすりながら、スマホを操作する。真央にも見えるように、メールを開いた画面をテーブルの上に置く。
『ヤッホー、神様だよ!
今日はそちらの時間で十九時に集合だからね! 遅刻厳禁!』
「気のせいか。俺は昨日、この遅刻厳禁とかぬかす野郎が、他のフレと一緒に狩りに出ていて遅刻してきた記憶があるんだが」
「同じく」
神による帰還の条件は、私達の世界の娯楽を案内する事。そしてそのうちの一つであるネットゲームに、神は見事にはまった。はまり過ぎてすっかり廃人プレイしているらしいが、神には食事も排泄も睡眠も必要ないらしいので、いつの間にかゲーム内ではトッププレイヤー街道をひた走っている。
しかもどこから手に入れているのか、相当な課金もしていて、ネットの掲示板では石油王扱いされていると真央に聞き、噴き出したのもいい思い出だ。
「俺にも来た」
「神様?」
「いや、王子」
はまり過ぎた神は、何故か王子様と魔王にゲームを布教したらしい。
好きなものって誰かと共有したくなるよね……分かる、分かるよ……でも神様がゲームの布教ってなんだよ……しかもどうやって王子様にやらせているんだよ……全力で力を使うなよ……。
「今日は魔王も一緒に行くってさ」
「あ、じゃあ今日は街解放イベ進めるのかな」
「じゃねーの。神がクランハウス買ったって言ってたけど、だいぶ先の街に買ってるみたいだからな」
「いやほんと、神様すごいエンジョイしてるよね……」
「いいじゃねーか、拉致誘拐よりも」
「それと比べればそりゃそうだけど」
なんだかいつか、あちらの世界で信者たちにまでゲームを布教するんじゃないかと恐ろしい気持ちになる。ゲームに溢れる異世界人……あれ、ちょっと楽しそう? ゲームで異文化交流ならぬ異世界交流?
「明日休みだから、深夜まで付き合わされるのかなぁ」
「そんな遅くまで付き合わねーぞ。明日は俺とのデートだろうが」
「あ、はい……」
突然の異世界召喚から、随分と変わった事があるのだが、一番の変化はこれだろう。
真央と、恋人という仲になりました。
あちらの世界で魔物討伐をしている中で、突然真央から告白のようなものをされたのだが、あまりに唐突過ぎて記憶がおぼろげで、でもその日以降魔王が私に近づこうとすると手加減なく吹っ飛ばしていたし、こちらに帰って来てからは一緒に登下校しているし、休日は二人で出かけている。
いや、それらの行為自体は以前からもあった。でもあの日から、魔王は蹴り飛ばされて一メートルぐらい吹っ飛ぶようになったし、お互いに用事があっても終わるまで待って下校しているし、出かける事を真央はデートと言い出した。
真央が不機嫌そうな顔で、こちらを見てくるので、私はそっと視線を逸らす。
「まさか、忘れてたわけじゃねぇだろうな」
「いやいや、覚えてますって忘れていません」
探る様な視線を感じながら、急いで残りのうどんを食べる。
ごちそうさまでしたと手を合わせた所で、真央は私の盆も手に取るとさっさと片付けに行ってしまう。こういった小さい事も、変化した所だろうか。
真央の事は嫌いじゃない、断言できる。例え魔王様と思う程に酷い奴だけれど、嫌った事は無い。真央の見た目が良いせいで女子からハブられた事もあるが、じゃあ真央には近づきません、とならなかったのは、二つを天秤にかけた時に真央の方が大事だと思ったからだ。
おぼろげな記憶の中だけれども、真央の告白を受けてただ頷くだけだったような覚えがある。あの魔王様な真央だったら「言葉も喋れないほど馬鹿なのか」ぐらい罵って来てもおかしくないのだが、そんな記憶は無く。
おぼろげになってしまったのは混乱が続いたからで、真央に罵られていればいつものスイッチが入って覚えていられそうな気もするのだが……冷静に考えたら、罵られて冷静になれる私って何なのだろう。
とにかく、言葉に言葉を返さなかった私を許したのは、真央もちょっとは緊張していたのかなと思うと、普段の魔王様からは考えられない人間っぽさに、ちょっと可愛いなと思ってみたりして……いや、本当に私どうしたんだろう。
教室に帰りながら真央の隣でうんうん唸っていると、ぺしりと痛くない強さで頭を叩かれた。
「アホが何一丁前に悩んでやがる」
「私真央に、きちんと好きって伝えたかなぁと思って」
言ったっけ? と真央を見上げたつもりだったが、いつの間にか立ち止まっていたのか隣に居ない。数歩戻って真央を見れば、酷く凶悪な顔をした魔王様が立っていた。
「あ、やっぱり言ってなかったっけ。でも私、それなりに、というか、だいぶ、というか、人としてちゃんと好きっていうか、異性として、ちゃんと好きだからね」
勇者召喚の条件を聞いた時は絶望して、それでも真央が召喚されて、正直言えば何でなのか分からなかった。それは、真央が私に好意を持ってくれているとは思っても居なかったからだ。顔を合わせれば不機嫌そうに眉をしかめられるし、話をすれば馬鹿だと罵られるし……あれ、でも召喚条件から考えるに、真央は私の事が好きだったんだよね? ……もしかして、この魔王様然とした表情も、照れ隠しなのだろうか? なんだかそれは――。
「真央って、実は可愛いんだね?」
言った直後に、自分の失言を悟った。
真央の大きな手が、私の頭を掴んでいる。徐々に加えられる力は、ここ最近では異世界で吹っ飛ばされた時の次ぐらいだろう。痛い。
「お前が俺に喧嘩を売りに来たことはよく分かった」
「滅相もございません!」
「廊下の真ん中で暴力的夫婦漫才やめてくれない?」
突然降りかかった言葉に、真央の拘束が緩んだので脱兎の如く逃げ出す。ちらりと後方を振り返れば、真央が話しかけてきた自分の友人を蹴り飛ばしている所だった。彼は尊い犠牲者だったのだ……。
「佐奈!」
背後から聞こえる声に、階段を駆け上がる足を速める。
私の逃走劇が、始まった。
10秒後ぐらいに捕まってめちゃくちゃ怒られた




