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長い一日が終わる瞬間

ほんとタイトル考えるのが難しいパートでした。




 会議室のドアがゆっくりと開く。一寸、廊下の光が逆光となりドアをあけた人物を把握できなかったが、すぐにその恰幅の良さで浜中部長だと認識できた。頬には絆創膏の親玉みたいなガーゼが貼られている。

「中橋、とりあえずお疲れさん。今日は帰ってええで・・・と言いたいんやけど、警察の方で取り調べだけやらなあかんわ。」

 よくよく見ると、浜中部長の後ろには、制服を着たまだ若い女性警官とスーツを着た刑事らしき中年男性が立っていた。 

「あの、カナエが・・・」

 今日はこのまま眠らせておいてあげたいが、そうもいかないだろう。

「あー・・・起こしたってくれへんか?」

 部長は申しわけなさそうにそう言いながら、会議室の電気のスイッチを入れた。

 僕はカナエの体を揺さぶる。カナエはゆっくりとまぶたを開いて、周囲を見回す。

「え・・・仕事・・・谷村課長・・・!!」

 僕が声をかける前に、カナエは全てを思い出したようだった。

「中橋君、私・・・」

 カナエの目は恐れと焦りを混ぜ合わせた色をしている。

 「大丈夫や。ほら、僕もいるし、浜中部長もいる。」

 僕の言葉に浜中部長はすこし気恥ずかしそうにしながら頭をかく。

「警察の人が来てはるけど事情聴取、できそう?」

 浜中部長は腕につけた自慢のロレックスを見ながらカナエに尋ねた。

「大丈夫・・・です。むしろ早いうちに終わらせたいです。」

 気丈に振る舞っているが、まだ恐怖を拭い切れていない。そんな声でカナエはハッキリと宣言した。警察の2人は目配せで何かを確認した。

「大阪府警の畠山です。」

 刑事らしき男性が警察手帳を見せながら挨拶をする。

「御社の浜中さんと丹波さんから事件の概要はきいておりますが、捜査にご協力をおねがいできますでしょうか?」

 

 

 僕とカナエが警察から解放されたのは日付を回ってからだった。浜中部長は家庭があるにも関わらず、警察署でずっと僕達を待っていてくれた。

 署を出たところで、浜中部長は僕達二人に頭を下げる。

 「すまん、谷村についてはオレの監督不行き届きだ。自分の部下を管理できていなかったオレの責任だ。本当に申し訳ない。」

 涙をこらえながら、声を絞り出す。

浜中部長がこんな声を出すのをはじめてみた僕は戸惑いを隠せない。

「部長、顔上げてくださいよ。」

 オロオロしている僕と違い、カナエはハッキリとした口調でそう言った。

「部長のせいやありません。悪いのは全て谷村課長です。」

 浜中部長はゆっくりと顔を上げてカナエを見る。カナエも凛とした目で浜中部長を見つめていた。

「今回の谷村課長の件について、何があったかすべてお話します。」

 カナエはそう言うと、コンビニでコーヒーでも飲みましょと言って歩き出した。僕と部長は顔を見合わせ、カナエの後を追い始める。

 


 さすがにコーヒー位は奢らせてくれと懇願する浜中部長の好意に甘え、僕達三人は缶コーヒー片手にコンビニの前に置かれたベンチに座った。大阪という街だから星はあまり見えないが、月はコンビニの看板に負けないくらい明るく輝いている。

「話は一昨日に遡るんです。」

 カナエはぽつりぽつりと話し始めた。

「夜、所用で心斎橋におったんですけど、いきなり谷村課長にナンパ・・・いえ、ほとんど告白に近い形の事を言われました。」

 浜中部長は苦虫をつぶしたような表情だ。仲人をつとめた身として、色々と思うことがあったんだろう。

「いつから好意を寄せられてたんかは全くわかりません。そんな事があったんで、私も気をつけてはいたんですけど、今日の午前・・・私が中村にやき入れた後ですね。出先の谷村課長から電話がありました。課での緊急の会議するから、課内で手の空いてる人だけでええから、夕方四時に第二会議室へ来てくれって。」

 僕も固唾を飲んでカナエの話を聞く。こんな経緯だったとは・・・

「いざ行ってみると、谷村課長と私しかおらへんのですよ。他の人間にも声かけるように言われて、連絡したんですけどみんな尽くアポ入ってたりと巧妙に仕掛けられたんです。二人だけとはいえ、最初は普通に今期の予算の話やったんです。浜中部長から上方修正の指示が入ったっていうこと言われました。」

 浜中部長は深いため息をついた。無理も無い、この人も名前と立場を利用された被害者だ。こんな事が起こった以上、管理監督者として何かしらの処分が下ってもおかしくない立場だ。

「二十分ほど、私の担当先で数字が見込めそうな先をピックアップして、現状と見込みについて議論したと思います。話が一段落したところで、谷村課長が急に話を切り出しました。『カナエちゃん、一昨日の話考えてくれた?僕は本気だよ』って」

 カナエは手に持った缶コーヒーに口をつけ、一口飲むと話を続けた。

「ハッキリと無理ですって言うたんです。するといきなり私を壁に押し付け『中橋か!あいつがいるからか!!』って言って、胸ポケットからナイフを取り出しよったんです。」

ゾッとした。思わず鳥肌がたつのを感じる。

「頭おかしいんちゃうんか・・・」

 浜中部長も青ざめた表情で本音をこぼす。

「多分、その時私が叫んだんやと思います。谷村課長は支離滅裂な事を言いながら、私の首をつかんでました。」

「会議室のドアノブがガチャガチャ言い出すと、『どうせもうオレは終わりだ。好きなようにさせてもらう』と言ったはずです。その時に中橋君や浜中部長がドアを破ってくれました。」

「・・・」

 沈黙。カナエの話はこれで終わりだろう。けれども、僕も浜中部長も言葉が出てこない。手の中の缶コーヒーの冷たさだけが僕達に冷静を保たせている。

「わかった・・・話してくれてありがとう。つらい思いさせてもうたな。」

 最初に重い口調で言葉を発したのは浜中部長だった。

「とりあえず今日はもう遅いし、解散しよ。2人とも、明日は自宅待機で頼むわ・・・」

 時刻は深夜2時を少し回っていた。

「上や総務にはもう話が言ってもうとる。ただ、話を聞く限り谷村が100%悪いのは明確やから、中橋達がどうこうなるって言うのはないはずや。」

「あの、浜中部長!」

カナエが大きな声を出す。カバンのファスナーをあけ、一枚の封筒を取り出した。

「こうなった以上、私も会社にはおりづらい部分もあります。なにも言わずに、受け取ってください!」

 『退職願』

封筒にはきれいな字でこう書かれていた。

「なんや・・・いつの間にこんなん書いとってん。」

 浜中部長は封筒を受け取ると、中身をコンビニの看板に透かしてみたりした。

「何かあったときの為に常に持ち歩いていました。出すときが来るとは思わへんでしたけど。」

 んーっと唸って部長は封筒を鞄にしまう。本当に受け取るのか・・・?

「アホ。保留や保留。」

「保留・・・ですか?」

 カナエは不思議そうに尋ねた。

「一旦はな。」

 浜中部長はそう言って、鞄を持ち直す。

「とりあえず今日は解散や。中橋、ちょっとこっちおいで。」

 浜中部長はそう言って僕を呼び寄せる。僕が浜中部長の元へ行くと、後ろにいるカナエから見えないようにして、僕のワイシャツの胸ポケットに一万円札をねじ込んだ。

「黙って使え。流しのタクシーでも捕まえるんや。」

 小声でそうささやくと、これ捨てといて!と缶コーヒーの空き缶を僕に手渡した。

「オレは家が堺のほうやから、もう会社で寝るわ。2人ともさっきもいうたけど、連絡するまで自宅待機やから家帰るんやで。」

 そう言って部長は僕達に背を向けて歩いていった。

 

 部長と別れてから小一時間、僕は自分のアパートの鍵を空ける。幸いにも、あの後すぐにタクシーは捕まり、カナエの住む賃貸マンションを経由して僕の家についたのはついさっきのことだ。タクシーの中で、カナエは一言「守ってくれてありがとう。」と言って、僕の腕にしがみついた。それから特に言葉を交わすこと無く、カナエがタクシーを降りるときにおやすみとだけ言って別れたのだった。

 とりあえず寝よう。僕は考えることをやめ、着替えることもせずにベッドに倒れ込んだ。

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