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体裁ってのも必要やねんで。

会社というのは、利益を追求する事が一番の大義なんですよ。

 僕が目を覚ましたのは、午前10時を少し回った頃だった。目覚まし時計の針を見て、遅刻かと焦ったがすぐに昨日のことを思い出す。頭が覚醒するに従って、自宅待機という四文字に甘えようとしたが、二度寝をする気にはなれずに、会社支給のケータイを開いた。着信、メールともに無し。時間を考えると、谷村の件について社内では何かしらの説明が既に行われただろう。

 なんとなくテレビをつけ、コーヒーを電気ケトルでお湯を沸かす。戸棚から残り少なくなった粉コーヒーの瓶を取り出した。テレビ画面の中では関西ローカルの主婦層をターゲットにした情報番組で、若手芸人がどこかの温泉に浸かっていた。

 しばらくコーヒーを飲みながら、頭に内容が入ってこないテレビを見ていると、社用ケータイが震えだした。

『着信:浜中部長』

 僕はリモコンでテレビの電源を切ると即座に電話に出る。

「おはようございます。お疲れ様です。」

「おはようさん。」

 浜中部長が小声で挨拶を返す。

「自宅待機言うたけれど、とりあえず午後二時くらいに会社出てこれるか?」

時計を見ると目覚めてからまだ三十分ほどしか経っていない。

「はい、大丈夫ですよ。」

「それならよかったわ。さっき中橋カナエの方にも同じ事言うといたから、2人でオフィス寄らずに真っ直ぐ第一会議室来るようにしてんか?」

「第一会議室?ええですよ。」

 あまり気は進まへんけど。声に出さず心の中で僕は呟く。

「まぁ、何があるかは・・・お察しやろ。あと、今日はお前と中橋カナエは2人とも直行言うことなってるから。じゃあ頼んだで。」

「分かりました。失礼します。」

 僕は会話を終えると、充電器のケーブルをケータイに差し込む。再びテレビをつけると、今度は最近見なくなった女優がダイエット器具の紹介をしていた。昔はドラマにバラエティーと引っ張りだこだったのを思い出すと、楽な仕事は無いんだな、と痛感する。平日の午前は、あまり良いものではないかもしれない。

 

 午後二時まであと五分、クールビズの期間ではあるが、僕はスーツを着て会社の前に立っていた。自社ビル出はないものの、大阪のビジネス街の一等地にあるビルで、僕やカナエは毎朝なかなかやってこないエレベーターにいらいらさせられる程度には、大きなビルだ。

少しの合間を置いて、カナエもやってくる。

「あれ、中橋君スーツ着てきたん?」

 おはよ、と僕が声をかけると開口一番にカナエはそう言った。

「ジャケット持ってきてよかったわー・・・やっぱ男の人はスーツにネクタイがかっこええな!」

 昨日の事件を全く感じさせないカナエはそう言って僕の背中をバシバシ叩く。

「真夏にネクタイは勘弁してほしいわ。」

僕も笑いながらそう言うと、ビルの自動ドアが開き浜中部長が現れた。

「おはよう、っていうのは少し遅い時間やな。とりあえず会議室行こ。入社試験の面接思い出すで今日は」

 笑いながら冗談を言うが、浜中部長の顔は疲労困憊といったところだ。当然だろう。

 

 エレベーターに乗り、浜中部長がこれから何があるのかを説明する。

「昨日のことについては、上層部とオレら当事者以外一切の事は知らされて無いんや。谷村は急病で入院という説明になっとる。オレも現場には何も話すなと箝口令が出とる状態や。まぁ、これから一部上場を目指し、株式も既に公開してると言うことを考えると、不祥事が外に漏れるのが一番怖いやろうからな・・・」

 小声での説明に、僕も不安を覚える。エレベーターのドアが開き、会議室のあるフロアへ僕達3人は降り立った。オフィスと別フロアにあるため、人影はまったくない。第一会議室のドアを浜中部長がノックする。

「失礼します。」

  厳かという言葉が適切かわからないが、会議室の中にいるのは取締役クラスの人だろうと言うのは、先程の浜中部長の発言も含めると用意に想像できる声だった。

 浜中部長がドアをあけると、想像通り社長以下役員全員集合と言った具合で、6人が長テーブルを半円卓上にして僕達をまちかまえていた。

 僕達の顔を見て、末席に座る役員が口を開く。

「時間丁度、営業部はなかなか優秀じゃないか。」

 低く響く、皮肉混じりのその声は、僕達を萎縮させるのに十分だった。

 「まあまあ、高田さん。そんな言い方だと若い彼らが緊張するだけじゃないか。」

 高田役員に声をかけたのは、白髪をオールバックにセットした人物、ホームページ上では腕を組んだ写真が掲載されていて、本物を見るのは入社式以来・・・代表取締役の田岡社長だった。

 「とりあえず、席についてくれ。なに、取って食いはしないよ。」

 優しい笑顔で別の役員が僕達に声をかける。

 失礼しますといって浜中部長は席に着く、それに追随し僕とカナエも席についた。

「えー、じゃあ中橋君と・・・あれ、君も中橋か。」

 社長が何かしらの書類を老眼鏡越に見ながらそう言った。

「中橋君と・・・中橋さん、昨日何があったか、なんでそれが起こったかを話して欲しいんだ。あと、今日の会話の内容は録音させていただくよ。」

 僕はカナエと目を合わせる。

「話は三日前に遡るんです。」

 カナエがゆっくりと話し出す。役員たちは、メモを取り始める人もいれば、腕を組んだまま微動だにしない人もいる。

 時間にして20分程だろうか、カナエは騒動の一連の流れを話し終えた。社長以下役員は、皆深刻な表情を続けている。

「じゃあ、次は中橋君。お願いするよ。」

 役員の一人が僕に話を振る。僕は昨日起こったことを事細かに説明した。

 

 カナエと僕とで、約30分。経緯の説明を説明するのに要した時間だ。

 「ありがとう。二人の話に食い違いも無い。浜中君から聞いていた話と比べてもおかしな点は見当たらないね。」

 社長は柔らかい表情でそう言うと、他の役員も頷く。

 「お疲れ様でした。とりあえず、現状聞けることは聞けた。後は谷村君の警察での取り調べの結果がわかれば、全ての情報が出揃うことになる。」

 末席に座る高田役員が僕達に向かって言った。

 「谷村君だが、こんな事を起こした以上、実刑とならなくても懲戒解雇は免れない。安心してくれたまえ、君たちが顔を合わすことは無いだろう。」

 どこかホッとしたような顔をするカナエ。

 「浜中君・・・君の監督責任だが、」

 僕とカナエはハッとする。浜中部長の管理監督者としての責任が問われることは間違いない事は、少し考えれば高校生でも分かるとこだが、僕の頭からはすっかりと抜け落ちていた。直接被害にあったカナエならなおさらだろう。

 「あの・・・」

 役員の言葉を遮り口を開いたのはカナエだった。

 「浜中部長は私のために体を張って谷村課長を取り押さえてくださいました。現に谷村課長が怪しい動きをしているという情報をつかみ、既に動いてくださっていたんです。ですから処分は・・・」

 「まあまあ、落ち着きなさいって。」

 田岡社長はカナエをなだめる。

 「まぁ、浜中君の顔に貼られたガーゼを見ると、部下のために動いてくれたのはよくわかる。谷村君の不穏な見積もり書にもいち早く気がつき、行動を起こしてくれた。ただ・・・」

 「ただ・・・?」

 僕とカナエは同時に聞き返す。

 「会社としての落とし所も必要なんだよ。既に二部に上場している上、二年後に一部上場というプランを、沢山の社員の努力で立てて、プレス発表もとっくにしている以上、だ。」

 会社としてはもっともな事だ。

 「よって一年間の内に、月に一回は奉仕活動くらいはしてもらう。具体的な案はこれから出すが、広報と連携して社会貢献活動だ。」

 「仰せのままに。」

 浜中部長もそれなりの処分を覚悟していたようで、深々と頭を下げる。

 「ただし、一つ条件をつける。この件に関しては外部はもちろん、社内でも絶対に秘密だ。谷村君については表社内外共に病気での退職という事で引き継ぎを行ってくれ。箝口令という形になるが、これは絶対だ。」

 田岡社長の声にはいつの間にかいつの間にか気迫が混じり、浜中部長を含め僕達三人は「はい」というより他無かった。この気迫はもちろん株主への配慮と株価急落を避けるためだろう。

「理解がよくて助かる。」

ふぅ、吐息をはき田岡社長は元の柔和な顔に表情を戻した。

 「それじゃあ、今日はお疲れの中ありがとう。中橋君と中橋さん、君たちは今日は家へ帰りたまえ。浜中君、谷村君の件の報告の仕方について、先に方針を立てて置こうと思う。少しここに残ってくれ。」

 

 

 外野となった僕とカナエは、誰にも見られないようにという上層部の計らいで、裏口から役員用の社用車に乗り込んだ。

運転はよく知らない五十代くらいの男性がするようで、どこへでも行くとのことだ。

 「とりあえず、難波の方までお願いします。あ、マルイと南海の駅の間でおろしてください。」

 カナエがいきなりミナミへ向かうよう指示を出した。

 「かしこまりました。」

 物腰柔らかな声で運転手は答え、車を発進させる。

 エンジン音や揺れを感じさせず静かに走る車に、役員はこんなに良い車に毎日乗っているのかと考えながら、僕は御堂筋沿いを歩くサラリーマン達を見つめていた。

 

 

 

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