人情の街(笑)
僕が事務所に戻ったのは昼休みに突入してから若干の時間が過ぎたころだった。
オフィス内は人がまばらだ。皆がそれぞれ昼食を食べるため、外に出ていることが多い。午後からの来客も立て込んでいるため、僕はコンビニで買ってきたサンドイッチの入ったビニール袋を片手に、自分のデスクへ向かう。
「中橋、お疲れさん。」
デスクに座ろうとした僕に、浜中部長が声をかけてきた。僕とカナエが所属する営業第二部の1課~3課を束ねる、御年40歳になる部長はかなりさみしくなった頭をワックスで固めた髪で覆っていた。スポーツ新聞を読みながら、昼食後のコーヒータイムを優雅に楽しんでいたようだ。
「あ、お疲れ様です。」
椅子に腰かけながら僕は返事をする。カナエはオフィス内にはいないようだ。
「まぁ、気張りすぎたらアカンで。中橋はマジメやからなぁ。体壊したら彼女が悲しむでホンマ。」
彼女なんかいませんよ。と僕はサンドイッチの封を切りながら答える。今朝のカナエの話はとても気になるが、今はサンドイッチを食べながらでも午後からの来客用の資料を印刷しておかなければいけない。
そんな僕を前に、ケタケタと笑いながら、浜中部長は新聞を畳み、僕の机の横までのそりとやって来た。
「ところでな、小耳に挟んだんやけど…」
「なんすか?」
ペットボトルのコーヒーを口に含み、パソコンにログインしながら僕は尋ねる。
「お前、中橋・・・ややこしいからカナエちゃんでええか・・・と付き合っとるんか?」
ブフッ!!危うくギャグ漫画で使い古された表現のようにコーヒーを吹き出しそうになった。
「いや、何言うてらっしゃるんですか!?」
おもろいなーお前と言いながら、浜中部長はティッシュペーパーを背広のポケットから取り出す。
「ありがとう・・・ゲフございます・・・・。」
僕はありがたくティッシュを受け取り、口元を拭う。
「まぁ、個人の恋愛は自由やねんけどなー・・・今朝、なんかカナエちゃんが耳打ちしとったやろ?」
僕は今朝のカナエとの一連のやり取りを振り返る。なるほど。
「話しにくいこともあるかもわからんが、あんま事務所でいちゃついたらあかんで。やられすぎると上や総務からオレが怒られてまうんよ。」
いちゃついてるように見えたと言われれば、何も言い返せない。客観的に見て、自分が同じような事をしている部下や後輩を見かけたら注意するだろう。
「いや、部長付き合ってはないんですよ・・・」
まぁまぁ、わかってるってというような笑顔を浜中部長は浮かべ、僕の肩に手を置いて、こう言った。
「大丈夫、わかっとるがな。」
よかった。さすが営業部長。長い間営業で顧客折衝をしてきただけあり、人が言いたいことをすべて言わずとも理解してくれている。
「オレも嫁さんと付き合いだしたときは社内で秘密にしとったもんや!安心してええで!他言無用なんは分かってるがな!!」
分かっていない・・・やばいぞ、これ。
「とりあえず、部長として、中橋には注意した。次は中橋カナエの方にも一応話は聞いとかなアカンのや。」
「あの・・・」
「大丈夫やって、無暗に話は広めへん。それに少しばかり気になることもあるんやわ。」
聞いてくれそうにない。こうなった浜中部長は、道頓堀に飛び込もうとするタイガースファン並みに話を聞かない。
「とりあえず、仕事あるんやろ?仕事続けてええで。」
アディオス!とおちゃらけて、部長は自分のデスクに戻っていく。僕はサンドイッチを頬張りながら、ケータイ電話でカナエにメールを打った。