嗚呼、ミナミの街は華やかに
「やっぱあかんやろ、これ・・・」
真っ赤な顔で、本日5杯目ハイボールのグラスをガチャリとテーブルに置いて、カナエは呟いた。
「いや、そう言うてもさ、出してしまったもんはどないしようもないで。」
素面の僕は現実的な話をする。カナエが混乱していて、その上アルコールまで入っているのならば、せめて僕だけが現実的な物の見方をしなければいけない。こういう時ばかりは、酒に逃げたいと思う気持ち半分、後のことを考えると下戸で良かったという気持ち半分で、非常に複雑だ。
ここまで、何が起こったか全くもって読み取れないだろう。この、文字通り酒におぼれようとしている彼女と下戸の僕に何があったのか。話は三日前に遡る事になる。
「なあなあ、聞いてや!」
サラリーマン人生も四年目に入り、慣れてきた外回りの準備の為に机に鞄を置いた僕の後ろから、同期入社のカナエが声をかけてきた。
「昨日、心斎橋でナンパされてん!それでな、なんて声かけられたと思う?なあなあ?」
カナエは大きい目をきらきらと輝かせ、僕を見上げる。身長差のせいで、必然的に僕が見下ろし彼女が見上げるという構図が出来上がっているのだった。
「仕事しいや・・・時間ないから一回だけ答えたるわ。」
忙しいのは間違いなかった。この後午前中に2社へ訪問の後、午後からは来客が3人、そして夕方にはチームのミーティングが僕の手帳に書き込まれている。
だが、悪い気はしなかった。屈託の無い笑顔のカナエに僕は惹かれていた。ナンパされたことを自慢してくるのは複雑だが・・・
「どうせあれやろ、学生に間違えられたとかそんな感じちゃうん?」
イジワル半分で答える僕。カナエはそれを聞いて分かりやすくぷんぷんと怒っていた。
「アホ!そんなんちゃうわ!」
はいはいと流し、鞄に資料を詰める。
「まぁええよ・・・そんなことよりナンパしてきた人がビックリしてんて!」
「誰やったん?」
最後のクリアファイルを鞄に詰め終わり、ファスナーを閉めながら僕は尋ねる。
「あんま大きな声では言えへんねんけど・・・」
カナエは声のトーンを落とし、キョロキョロと周りを見渡しながら僕に耳打ちをするために、しゃがむ事を要求する。
膝を曲げ中腰になり、カナエ画僕の耳にそっと言葉を発した。
「・・・谷村課長」
時が止まった。カナエの吐息が優しく僕の耳を包んだことが、喜ばしく無い位その人物の名前に問題があったのだった。
カナエの告白から20分後、僕の頭は市営地下鉄の揺れにかき混ぜられていた。谷村課長がカナエをナンパしていた・・・?僕の直属の上司ではないから、仕事に問題はでないだろう。さすがに課を飛び越えてまで嫌がらせは出来ないだろうしそのような事になれば会社として問題視される事は間違いない。だが、カナエは谷村課長のチームだ。そして、個人的にカナエのことを好いている僕にとって、大問題であった。
谷村課長、32歳。色黒ではあるが男前。女癖はあまりよくないという噂は若手社員の内でもよく聞かれる。そして何より既婚者・・・のはず。
「あかん、仕事しよ。考えてもしゃーない。」
頭を切り替える。これが出来なきゃサラリーマンは成り立たないと誰かが言っていた。
脳みそで言葉を反芻させながら、ミナミの街に僕は降り立った。




