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さくら駆ける夏  作者: 桜坂ゆかり
第三章 東京編
12/44

八重桜さんと会う

 翌朝、光定さんたち清涼院家のみんなに挨拶をして、涼君と私は出発した。

 最寄り駅から新幹線に乗る私たち。

 東京駅まで二時間半ほどかかったけど、車内でおしゃべりをしていたから、あっという間だった。




「さぁ、お迎えを探そう!」

 新幹線から降りると、涼君は元気いっぱいに言った。

 私の服装は、目印として八重桜さんに事前に伝えてある。

 酒井さんという名前の秘書さんが、私たちを迎えにきてくれているはずだ。




 すると、指定された出口に到着してまもなく、黒いスーツを着た、かなり年配の男の人が、私たちの方へ近づいてきた。

 ポケットから名刺らしきものを取り出しながら。

 柔和で優しそうな表情の人だ。


「初めまして。大変失礼ですが、花ヶ池さくら様と清涼院涼様でいらっしゃいますか?」

 私たちが首肯し、簡単な挨拶を返すと、酒井さんは私たちに名刺を手渡しながら、にこやかに言った。

「申し遅れましたが、私は八重桜会長の秘書を務めております、酒井と申します。さぁ、早速会長のところへ向かいましょう。首を長くして、お待ちですよ」

 そして、私たちを車へと案内してくれる酒井さん。

 柔和な笑顔はそのままに。




 促されるまま車に乗り込んだ私たち。

 どうやら、運転は酒井さん自身がするみたいだ。

 秘書さんっていう話だけど、業務が多くて大変そうだなぁ。


「それでは出発いたします」

 酒井さんはそう言って、車を発進させた。




 私たちを乗せた車は、軽い渋滞に巻き込まれながらも、八重桜さんが働いているというビルの前まで、無事に到着した。

 酒井さんは、素早く車外へ降りて、私たちの隣のドアを開けてくれる。

 涼君と私は、お礼を言いながら降りた。


「いよいよだね……」

 私の声は、緊張のために震えていたかもしれない。

「メールの文面から察すると、礼儀正しく真面目な人そうだから、きっと心配いらないよ」

 優しく言ってくれる涼君。

 酒井さんに案内してもらい、私たちはエントランスへと足を踏み入れた。




 私たちの乗ったエレベーターが十一階に到着する。

 酒井さんが身振りを交えつつ、「お先にどうぞ」と言ってくれた。

 私と涼君が降りたのを見届けてから、自らも降りる酒井さん。




「会長は、あちらの応接室にてお待ちです」

 酒井さんが指し示す方向を見ると、大きくて分厚そうなドアが見えた。

 上のプレートに「応接室」と書かれている。


 ドア前まで案内してくれた酒井さんが、三度ノックをする。

「酒井です。花ヶ池様と清涼院様をお連れいたしました」

 酒井さんがそう言うと、中から「入りなさい」という低い声がした。




 「失礼いたします」

 酒井さんはそう言ってから部屋に入ると、ドアを開けたまま、「さぁどうぞ」と私たちを促してくれたので、私たちも続いて入室した。




 大きくて立派なテーブルの向こう側に、五十歳ぐらいの年恰好の男の人が立っている。

 身体はがっしりしていて、風格を感じさせる。

 あの人が、八重桜さん……。

 残念ながら、「私の実の父親かも」と想像しても、あまりピンと来ない。

 どうなんだろう……。


「遠いところ、わざわざありがとうございます。私が八重桜です」

 低い声で八重桜さんが言った。

 ここまで低い声の人は、なかなかいないと思う。

 すごくいい声だなぁ……。

「は、はじめまして。こちらは祖父の親戚で、付き添いで来てくれた清涼院君です」

「どうも、はじめまして。清涼院と申します」

 私たちはお互いあいさつを済ませると、八重桜さんにうながされて着席した。

 ノックの音と共に、飲み物の入ったグラスを三つ乗せたお盆を手に、酒井さんが現れる。

 笑顔でグラスをテーブルに置き、静かに立ち去る酒井さん。

「ご自由にお飲みください。私も失礼して……」

 そう言って、グラスに軽く口をつける八重桜さん。

 堂々とした態度だ。

 私たちは静かに八重桜さんの言葉を待った。


「呼びつける形になってしまって、申し訳ないです。早速、本題に入りますが、メールでも触れさせてもらったとおり、うちの社員が偶然あなたのブログを見つけましてね」

 八重桜さんは、ゆっくりと言葉を選ぶ様子で切り出した。

 私たちのような高校生に対して話しているというのに、八重桜さんの口調はかなり丁重だ。

 馴れ馴れしい様子や、年若い者を見下す様子は一切見受けられない。

 メールの文面から、大体は想像していたけど……八重桜さんは真面目で実直な人柄なのかも。

 八重桜さんは言葉を続ける。

「その社員というのが、先ほどお会いしていただいた酒井なのですが。まぁ、それはともかく、酒井はすぐに私に知らせてくれましてね。酒井だけには前々から、『私には生き別れの娘がいる』ということ、『その子は特徴的なキーホルダーを持っている』ということを話してありまして。あなたのブログを拝見し、酒井も確信したのでしょう」

 ここで、私たちの反応をうかがうかのように、八重桜さんは言葉を切った。


「そのキーホルダーが、私の持つコレということでしょうか?」

 キーホルダーをバッグから取り出して、私が訊ねた。


「そうなんですよ」

 八重桜さんはうなずくと、ポケットに手を入れた。

 そして、一つの小さな何かを取り出すと、私たちにも見えるようにテーブルの上に置く。

 それは―――。


 パッと見ただけでは違いが分からないほど、私のと瓜二つのキーホルダーだった!

 驚きのあまり、言葉を失う私。

 涼君も私と同じく驚いた様子だった。


「私の妻、つまりあなたの母親は、もう他界しました。あなたを産んですぐのことです」

 八重桜さんは静かに言葉を続ける。

 え?

 他界?

 まだ私のお母さんだと確定したわけではないけど、胸が苦しくなった。

 そんな……。


「ここからは立ち入った話になりますが、お連れの清涼院さんのいらっしゃる場で話しても問題ないですか?」

「え、ああ、大丈夫です。お願いします」

 ショックで呆然としていた私は我に返ると、慌てて答えた。


「妻は舞台女優でした。美しく、そして優しい人でしたよ。その妻を亡くしてしまったことで……まことにお恥ずかしいことなのですが……当時の私には、あなたを養っていく力はありませんでした。まだ会社を立ち上げておらず、収入は雀の涙だったのです。それで、やむなく、私は施設にお願いすることにしました。ええ、おっしゃりたいことは分かりますよ。当時の私は自分勝手で、最低でした。他の手段……たとえば、より収入が増える仕事に転職すれば、あなたを養っていくことは可能だということは分かっておりましたし。しかし、私には会社を立ち上げる夢がありまして……。結局、あなたより、自分の夢を優先したのです。自己中心的なヤツだとお思いになるでしょうが、そう思われても仕方ありませんし、非難は甘んじて受けます。当時の私は、本当に自分本位の考えしかできぬ若造だったのです」

 どこか寂しげな表情で、八重桜さんはいったん言葉を切った。


「もちろん、あなたのことは頭の隅で、常に気にかかっておりました。後悔があったのも確かです。でも、どうすることもできぬまま、ただ時間だけが流れてゆきました。そして……。それからのち、私は事業で成功し、現在の地位を手に入れたのです。これであなたを養っていける、そう思った私はすぐに動きました。『もしかしたら、まだあなたが施設にいらっしゃるかも』という一縷の望みをかけて、すぐに施設に連絡しました。ですが、あなたはすでに引き取られたあとだったのです。どちらへ、いつ、など詳しいことは、もちろん教えてもらえませんでした。私としてはあなたにいつかまた会いたいと思いましたが、手がかりは極めて少なく、空回りばかりの日々です。そして、私自身、かなり多忙な日々が続いたこともあり、結局何も進展せぬまま、現在に至った……ということです」

 涼君と私は口を挟まず、話の続きを待つ。


「私が妻からもらったこのキーホルダー……。同じものを妻があなたにも渡したことを、私は知っておりました。それと、あなたがブログに写真をあげてらした、あの小さなアルバム。この二つだけが、あなたと私をつなぐ重要なアイテムだったのです」

 私はバッグからミニアルバムも取り出した。

「そう、そのアルバムですね」

 八重桜さんは、半ば微笑するような穏やかな表情になった。

「そして、酒井から連絡を受けた私は、すぐにあなたと連絡を取った。そういう次第です」

 言い終わると、よりいっそう優しげな視線を八重桜さんは私に向ける。


 私はなんと言っていいのか分からず、必死で言葉を探した。

 話を聞いていると、八重桜さんが私の父親に間違いないように思えてきて……。

 八重桜さんの話には説得力があったから。

 それなら、何か声をかけないといけないのだけど、うまく言葉が出てこない。

 隣で涼君が、少し心配そうに私の顔を見てくれている。

「急には、なかなか受け入れにくい話ですよね。お気持ちお察しします」

「あ、あの……。母はどういう人だったのですか? 母について、もっとお聞きしたいです」

 やっとのことで、それだけ聞いてみることができた。

 頭の中を整理するのに必死だったけど。


 もちろん、八重桜さんの奥さんが、本当に自分の母親なのか、確信は持てていなかった。

 だからこそ、少しでも情報が欲しくて。


「先ほども申しましたが、舞台女優でした。残念ながら、さほど有名ではありませんでしたが。小さな劇団だったのでね。名前は胡桃くるみといいまして、美しく、温厚で心の優しい人でしたよ。これが写真です」

 八重桜さんは写真を二枚、私たちの前に置いてくれた。




 一枚目の写真には、こちらに向かって微笑む一人の女性が写っている。

 舞台女優というだけあって、顔立ちが整っているように思えた。

 綺麗な人……。

 何かの劇の衣装なのか、華やかな桜色のドレスに、真っ白なつば広の帽子をかぶっている。

 服も帽子もよく似合っていて、美しさを引き立てているようにみえた。


「目と耳が、さくらちゃんにそっくりだ」

「そうかな?」


 私にはよく分からなかったけど、他の人から見るとそうなのかな。

 涼君は、しきりに写真の女性と、私の顔を見比べている。

 何だか、ちょっと恥ずかしい……。




 二枚目は、二十人ほどで撮った集合写真のようだ。

 こちらも写っている人々の服装が、何かの劇の衣装を思わせた。

 警官やナースの服装はともかく、全身タイツにマスクをかぶった人がいる。

 また、鎧兜をつけた騎士やピエロ、仙人っぽい人までいるし……。

 カオスというか、コンセプト行方不明というか……。

 いったい何の劇なんだ、これ……。


 それはともかく、胡桃さんはすぐ見つかった。

 この写真では、目の覚めるように鮮やかな青色のドレスを着ている。

 手には花束を持って、にこやかに微笑んでいた。

 本当に、なんて綺麗な人なんだろう。

 この人がお母さんなら……正直、嬉しいな。

 八重桜さんの話では、性格も良い人みたいだし。


「どちらも、劇の打ち上げでの写真ですよ。集合写真のほうには、他の劇団員も写っています。すでにお気づきかと思いますが、この人が胡桃ですよ」

 八重桜さんが、親切に指差して教えてくれる。


「そして、これが私です」

 少し離れた位置に写っている若い男性を指差す八重桜さん。

「ええっ、八重桜さんもこの劇団にいらっしゃったんですか?!」

「はい、そこで胡桃と知り合ったものですから。どちらの写真も、もう二十年近く前のものです」

 約二十年前の八重桜さんは、今よりもややほっそりした印象だった。

 しかし、どことなく、今の面影も垣間見える。


 そのとき不意に、何か違和感のようなものが、私の脳裏をかすめた。

 何だろう……。

 この中に、八重桜さん以外にも私の知っている人がいるような……。


 私の目が一人の男性の上に止まる。

 この人だ……。

 この人……どこかで会ったような……。


 その男の人は、中世の吟遊詩人っぽい格好をした人で、近くに写っている八重桜さんよりは、少しだけ若く見えた。

 小太りで、優しそうな目をしていて、太い眉に泣きぼくろがある。

 …………。

 私は真剣に記憶の中を探った。

 八重桜さんより少しだけ若いくらいの年齢……今なら四十代くらいかな?

 知り合いの中でその年代の人というと、学校の数学教師、柴田先生くらいしか思いつかないな。

 もちろん、写真の人は、柴田先生とは似ても似つかない風貌だし、きっと違うだろう。

 いや……でも、この写真が撮られてから二十年近く経っているということだし、風貌が変わっていてもおかしくないんだけどね。

 でも、さすがに、柴田先生ってことはないと思うなぁ……。

 …………。

 うーん………だめだ、分かんない!


「そのお写真はご進呈しますよ。ネガが残っておりまして、私自身の分は持っていますので」

 八重桜さんの言葉で、私はハッと我に返った。

 写真をもらえるのは、すごくありがたい。

「ありがとうございます!」

「それで、私があなたの父親であること、ご納得いただけました?」

「え?」

 そうだった。

 それを確認するために、ここまで来たんだ。

 しかし、私はすぐに答えられるはずもない。

 話を聞くうちに、この人が父親じゃないかなという気持ちも湧いてきたんだけど。

 でも、何だか「決定打がない」と、心のどこかで感じていた。

 八重桜さんが嘘をついているようにも思えないけど……。

 そこで、ここまであまり発言していなかった涼君が、八重桜さんのほうを見て口を開いた。


「部外者が口を挟んですみませんが、ちょっといいでしょうか?」

「ええ、何でしょう?」

「昔はなかったと思いますが、今はDNA鑑定というものがありますよね。それをお二人でお受けになってはいかがでしょうか? それで、はっきりすると思うのです」

 それ、どこかで聞いたことがある。

 さすが、涼君。

 それではっきりするかも!


「どのような方式なのでしょう? そして、どこで受けられるのか、清涼院さんはご存知なのですか?」

 八重桜さんの声の調子は変わらないものの、急に少しだけ早口になった気がした。

 私の気のせいかもしれないけど。

「それはすぐにネットで調べられますよ。『善は急げ』ということで、さっそく今からでも、どうでしょう? 鑑定を行ってくれる会社あるいは研究所に、コンタクトを取られてみてはいかがでしょうか?」

「さくらさんは、いかがですか?」

 八重桜さんは私に向かって聞いた。

「あ、はい! それではっきりするのなら、ぜひお願いしたいです!」

 私は元気よく答えた。


 ところがそこで八重桜さんは何かを思い出したかのように、慌てた様子で手帳を取り出す。

 そして、中身を見ると目を閉じてうなった。

 どうしたんだろう。


「ああー、しまった……! 申し訳ないのですが、今日はこの本社にずっといると社員にも伝えてありましてね。そういう社内連絡などの準備が必要なので、申し訳ありませんがまた後日というわけにはいかないでしょうか? せっかくはるばる東京まで来ていただいた上に、こんなことを言うのは、大変心苦しい限りなのですが……」

 困りきった表情なので、同情してしまう。

 写真を二枚ももらったり、忙しいところを貴重な時間をとってもらったり、交通費を出してもらったりと、かなり親切にしてもらっているので、ここで「嫌です」とは言えるわけがなかった。

「そういうことなら仕方ないですよね。また改めて、日取りなどを決めていただけますか?」

「はい、どうもすみません。よろしければ、メールアドレスと電話番号を交換しませんか?」

 八重桜さんの申し出を受けて、私たちは交換を済ませた。


「今日はどうもありがとうございました」

 私はそう言って、涼君と一緒に深々と頭を下げた。

「いえ、こちらこそありがとうございました。遠いところ、すみませんでしたね。また近いうちにお会いできると思いますが、是非よろしくお願いしますね。それでは少々お待ちください」

 八重桜さんはにこやかに言うと、スマホを取り出してどこかに連絡を取っているようだった。


「また酒井が駅までお送りいたします。それでは、また」

 通話を終え、私たちに向き直ってそう言うと、一礼する八重桜さん。

 私たちもお辞儀を返した。

 すると、ノックの音と「失礼します」という酒井さんのものらしき声が聞こえる。

 八重桜さんが「お入り」と声をかけると、酒井さんが入ってきた。

「お疲れ様です。では、どうぞこちらへ」

 酒井さんに促され、応接室を後にした。


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