第1話 今日から異世界
この物語は、作者が実際に経験した介護現場での出来事をもとにした、異世界風ブラックコメディです。
「異世界」といっても、転生したわけでも魔法を使えるわけでもありません。
転職したら、そこはまるで異世界だった。
そんな実体験を、モンスターや妖怪、ギルドなどの異世界要素に置き換えて描いていきます。
登場する人物・施設・出来事については、個人が特定されないよう一部変更・脚色しています。
介護職の方には「あるある」と笑ってもらい、介護を知らない方には「介護の世界って、こんなことがあるのか」と少しでも知ってもらえたらと思っています。
それでは――
モブ男の異世界生活を、どうぞお楽しみください。
「では、明日からよろしくお願いします」
この一言で、俺の転職が決まった。
まさか、この翌日から異世界で働くことになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
……いや、正確に言えば、転生したわけでもない。
トラックに轢かれたわけでもない。
神様に呼ばれたわけでもない。
ましてや、異世界転移の魔法陣が足元に現れたわけでもない。
ただ――
転職しただけだ。
次の日。
俺は初出勤ということで、いつもより少し気合いを入れて家を出た。
遅刻するわけにはいかない。
なにしろ今日から新しい職場だ。
まずは、俺のことから話しておこう。
俺の名前は――モブ男。
介護歴15年。
以前の職場を辞め、新しい職場へ転職した37歳、独身。
どこにでもいる、ごく普通の介護士だ。
……たぶん。
そんな俺は遅刻しないように少し早めに家を出て、新しい職場へ向かった。
そして、無事に到着。
「ここか……」
俺は建物を見上げた。
見た目は普通の介護施設。
少なくとも、この時点ではそう思っていた。
俺は玄関の扉を開けた。
すると――
そこには、メスオークがいた。
「…………」
「…………」
俺は固まった。
オークも俺を見ている。
俺は自分の目を疑った。
……あれ?
俺、介護施設に就職したんだよな?
もしかして、寝ぼけてるのか?
そう思っていると、メスオークがこちらへ近づいてきた。
そして開口一番、
「あんちゃん! おまたが痒くてたまんねぇんだよ! ちょっと見てくんろ!」
「…………」
やばい。
何を見ろっていうんだ。
俺は本気でそう思った。
転職初日。
異世界に来た覚えもないのに、いきなりメスオークから謎の相談を受ける。
そんな最悪の初出勤が頭をよぎった、その時だった。
「今日から働く人ですよね?」
突然、後ろから声をかけられた。
振り返ると――
そこには、目の死んだヒューマンが立っていた。
「こちらへどうぞ」
「あ、はい……」
助かった。
オークに食われずに済んだ。
俺は心の中でそう思いながら、その目の死んだヒューマンについていった。
案内された先は事務所だった。
「失礼します」
中へ入る。
すると、そこには――
ヤクザのようなギルド長がいた。
「……」
「……」
しばらく無言で見つめ合う。
そしてギルド長が口を開いた。
「あー? モブ男か?」
「はい」
「今日からよろしくな」
そう言うと、机の上に一枚の紙を置いた。
「ここにハンコを押して、仕事を始めてくれ」
「……はい」
俺は言われるがまま、印鑑を取り出した。
そして、その紙にハンコを押した。
――こうして俺は、異世界の契約書に判を押した。
……と、この時の俺は思っていた。
だが、実際にはただの雇用契約書だった。
そして俺はまだ知らなかった。
この先に待っているのが、
勇者でも、
魔王でも、
ドラゴンでもなく――
数多のモンスターや妖怪たちを相手に、朝から晩まで戦い続ける地獄のクエストだということを。
しかも、普通のモンスター討伐とは違う。
倒してはいけない。
むしろ――
優しくしなければならない。
何かあれば、怒ってはいけない。
イライラしてもいけない。
無視してもいけない。
言葉遣いにも気をつけなければならない。
そして、何か問題が起きれば――
責任は、こちらにやってくる。
それでも俺は戦わなければならない。
なぜなら、俺は勇者ではない。
魔法使いでもない。
英雄でもない。
ただの――
介護士だからだ。
これは、そんな俺が異世界で生きていく物語。
……いや。
正確には――
異世界だと思っていた場所で、本当に起きた出来事の物語である。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
さて、いきなりオークが出てきましたが……
一応、介護施設が舞台です。
「なんで介護施設にオークがいるんだよ!」
そう思った方。
……俺も最初はそう思いました。
この物語は、実際に介護の仕事をしてきた中で経験した出来事をもとに、異世界ファンタジー風にアレンジしています。
もちろん、現実の介護施設に本物のオークがいるわけではありません。
たぶん。
次回から、モブ男の本格的な異世界生活が始まります。
果たして俺は、この異世界で生き残ることができるのか。
それとも、初日から心が折れるのか。
次回もよろしくお願いします。




