番外編 希望の星
ソフィア視点のお話です。
時系列は、エピローグより少し前です。
「――色は白を基調にして、裏地や折り返し部分を青にしましょう。ポイントは金色ね。比重が重くなりすぎないよう、エギュレット、ボタン、あとはライン程度に留めて」
王妃ソフィアは、応接室で王室御用達の仕立屋と顔を突き合わせていた。
大きなテーブルの上には、所狭しと図面やら生地の見本やらが並べられている。
「チュニックの裾部分を従来品よりも長めに、飾り布は多めに使って。動作に合わせてゆったり裾の布が翻るようにしたいけど、動きやすさが最重要だから、生地は伸縮性のあるものがいいわね。それから、マントは――」
「失礼いたします、お母様。新しいドレスのお仕立てですか?」
「モニカ。やっと来たわね」
声の主は、ソフィアとアルバートの娘、王女モニカだった。家庭教師の講義が終わり次第、ここに来るようにと伝えていたのだ。
ソフィアはモニカに、自分の隣に座るよう促した。
「ドレスではなくて、新しい騎士服のデザインを考えているのよ」
「まあ……! 例の、新設される部隊のものですわね。もしかして、私もご一緒してよろしいのですか?」
「ふふ、もちろんよ」
モニカは案の定目を輝かせている。ソフィアは期待通りの反応に、相好を崩した。
「わたくしたちで最高に尊い騎士服にいたしましょう! 推しに自分たちがデザインした服を着てもらえる、またとないチャンスよ?」
「まあ……何て僥倖でしょう……!」
ソフィアとモニカは、そっくりのキラキラ笑顔で微笑み合う。
ベアトリーチェは背の高い美人だから、ドレス姿も勿論美しいのだが、彼女の魅力を最大限に引き出せるのはやはり騎士服。
そのデザインを自分たちで考えられるだなんて、天にも昇る気持ちだ。これまで頑張ってきたご褒美だろうか。
そうして、モニカと一緒に仕立屋にあれこれと注文をつけ、いったん帰ってもらった後。
ソフィアは、仕立屋が置いていったデザイン画を見て、満ちたりた気持ちで頷いていた。
「お母様、楽しみですね」
「ええ、そうね。この騎士服は、ベアちゃんの魅力をさらに引き立ててくれること間違いなしだわ。わたくしの見立ては間違っていなかったわ――彼女なら、わたくしが望んだ『希望の星』になれる」
「希望の星?」
「そう。夜の闇にも負けずに燦然と輝いて、たくさんの人に希望の光を届けてくれる存在」
ソフィアは、そう言って窓の外へと視線を向ける。
暮れ始めた空は、オレンジから薄紫、灰青色とグラデーションを描いていた。ぼんやりとした輝きを放つ月の横に、青白く輝く光点がぽつりぽつりと見え始めている。
「あの頃は、サラちゃんがそうなれると思っていたのだけど……駄目だったわ。わたくしの力が足りなかったばかりに」
目を瞑れば、昔のことがありありと思い出される。
脳裏に描かれるのは、パステルで彩色された絵画のように、柔らかさと少しの煌めきが伴う、若く瑞々しい頃の思い出だ。
*
当時――ソフィアが、社交界の縮図と言われる貴族学園に在籍していた頃。
公爵令嬢だったソフィアが令嬢たちの頂点に君臨する一方で、男爵令嬢サラ・アゼリアは、色々な意味で思い切り浮いていた。
サラは、湖の景観や観光施設を整備してアゼリア男爵領を発展させた張本人である。
淡水魚の養殖に関する研究も彼女の主導で順調に進んでいて、安定的な出荷が行えるようになりはじめたところだった。
ある日、ソフィアは偶然、サラと二人きりで話をするきっかけを得た。
すぐにサラの異質さと聡明さに気がついたソフィアが、彼女に興味を持ち、互いに仲良くなるのは早かった。
仲良くなってから、サラに「内緒だよ」と言われて聞いた話によると、彼女には前世の記憶があるらしかった。
サラは前世で、スイサンダイガクとかいう、魚や水棲生物の知識を授けてくれる学び舎で学んだことがあったそうだ。
「水産大学時代、淡水魚は専門じゃなかったから、知識が足りなくて、なかなか上手くいかなかったんだ。大人はみんな、『男爵のとこの変人娘が湖で変なことをして遊んでる』ぐらいにしか思ってなかったよ。でも、お父さんが理解を示してくれて、材料を集めたり場所を用意してくれたりしたのはラッキーだったかも」
アゼリア領から学生寮に連れてきたというペットの亀に葉っぱを食べさせながら、サラは屈託なく笑って言った。
「でも、この国では、女性が手柄を立てるのはいけないことなんだね。あたしはお父さんのこと好きだし、あたしの研究がお父さんの功績になるのは別に構わないんだけど、それって、やっぱりすごく変なことだと思うんだ」
この王国では、女性はその家の財産であり、婚姻によって縁を結ぶための道具である。女性の立てた手柄は、これまでにもあったのかもしれないが、その家自体の功績として扱われるのが普通だ。
そして、ソフィアは――否、この国の女性は、それを疑問に思うこともなく過ごしてきた。だから、サラの言った「変だ」という言葉にとても驚いて、その日から価値観ががらりと変わったのを覚えている。
ソフィアは、当時王太子だったアルバートにサラを紹介した。
すぐにサラの功績が認められることは難しいだろうが、彼が王になった頃にでも良いから、女性が堂々と活躍できる時代が来たら素敵ではないか――そんな希望を持ってのことだった。
アルバートがサラのために心を砕くようになり、三人で過ごすことが増えていくうちに、アルバートとサラが互いに恋心を抱いてしまったのは、正直誤算であったが。
「……ごめん、ソフィアちゃん。あたし、本当はそんなつもりはなかったのに……悪いことって分かってるのに……、殿下のこと、どうしようもなく好きになっちゃったみたい」
サラから泣き腫らした目で相談されたソフィアは、すっと表情から温度を消した。けれどそれも一瞬のこと。
ソフィアは美しく見えるよう身体に染みついていた微笑みをサラに向けて、「殿下のお心がサラちゃんに通じたのね。両想い、おめでとう」と、サラを祝福した。
ソフィアは、心に刺さる棘は無視して、サラの才能と、いずれ訪れる未来の素晴らしさに想いを馳せた。
*
「わたくしが正妃でサラちゃんが側妃になってくれたら良かったのだけれど、結局それは政争のせいで叶わなかったわ。それどころか、サラちゃんがその才能を輝かせる機会も作れなかった」
当時思い描いていたように、自分が退いてサラが正妃に……という訳にはいかないというのは、今のソフィアには痛いほど理解できた。
三人で笑い合いながら過ごせる未来は、サラとアルバートが想いを通じ合わせた瞬間に消えてしまった。パステル色の夢の向こう側へ、置いてくるしかなかったのだ。
「だからね、剣術大会でベアちゃんの姿を見たとき、なんだか運命を感じたのよ。サラちゃんが言ってた『推せる』とか『尊い』とかって、このことなんだわ、ってね」
瞼を開けば、窓の外には夕闇が広がっている。あの頃の記憶よりも暗いトーンの空には、星々が鮮明な光を放ち始めていた。
「――ベアちゃんと姫騎士隊は、貴婦人たちの希望の星になる。これからは、才能ある女性たちが、自分の望む学びを得て、自分の望む職について、自分の足で立って輝いていける時代が来るわ。きっと、そう遠くない未来よ」
そう言ってモニカに明るく微笑めば、モニカはキラキラした瞳で頷いた。
自分が人に与えられる影響は、たかが知れている。影ながら夫を支えること、それしかできない。
ソフィアが自分の考えをアルバートに伝えれば、それが有用なものであれば叶えようとしてくれるが、実際に国を動かし変えていけるのはアルバートであってソフィアではないのだ。
けれど、娘は――モニカや彼女と同世代の若い令嬢たちには、少しでも選択肢が増えたらいい。
「あっ、見て、お母様、流れ星!」
モニカの上げた声に、再び窓の外へと視線を向ける。
ひときわ美しく輝く箒星が、闇色の夕方を切り裂くように、金色の線を引いていった。
「まあ、本当ね!」
「うふふ、願い事をしなくっちゃ」
「ふふ。わたくしも願い事しちゃおうっと」
モニカは、胸の前で指を組んで、星にも負けないほどの眩い笑顔を見せている。
ソフィアは柔らかく微笑んで、彼女たちに素晴らしい未来が訪れるようにと、切に願ったのだった。
お読みくださり、ありがとうございます!
今後も不定期で番外編を投稿するかもです♪




