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ド田舎侯爵家の裏庭植物記録  作者: 石井はっ花


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11/11

11 裏山採取

「見つけた! もう! どこに行っていたんですか!」

 ここはグリュックスブルク王国ファーナムの郊外にあるグランフェルト侯爵家の屋敷裏手の山だ。

「って、何を食べてるの?」

 カレヴァ=レコラが不思議そうに見る。


 植物学者・古高(こたか) 柊生(しゅうせい)が手に緑の葉を持ったまま、もぐもぐと口を動かしている。

「あ、ああ、野生のミントだよ。どう見てもペパーミントなのに、違う味がするんだ」

「へぇ」

 カレヴァも柊生の足元の10cmほどの草丈のその葉をとって、香りをかぐ。


「ペパーミントってやつがどんな植物かはわからないけど。これは、香りがいいね」

 カレヴァは、柊生の家庭教師(チューター)でもあるが、天才という定冠詞がつくほどの言語学者でもあるのだ。

 各国諸国をめぐり、その土地の言語を習得するのをライフワークとしている。


「で、これは食べられる草なの?」

 咀嚼して飲み込んだカレヴァは、今更ながら聞いた。

「もちろん。この種類の草は、煎じれば胃薬にもなるくらいの薬効があるんだ。でも、この種類はどうなんだろう。香りがいいから、お茶になるかな」

 へーとカレヴァは、もう一枚と手を伸ばした。

「あ、そっちはダメだよ」

 柊生の手が、葉っぱをもぎ取ろうとしたカレヴァの手を止める。

「えっと、そっちは毒草だから」


 カレヴァが目を剥いた。

「え」

「うん。ここら辺にある草木でも食べられるのと食べられない毒草が混在しているからね。気をつけないと」


「ちょっと見ただけで分かるんだ?」

「うん。例えば、この可愛い花だけど、この大きさなら天ぷらなら食べられる」

「天ぷら?」


「ああ、小麦粉かなんかで衣をつけて油で揚げるんだ」

「日本人すごいな」

「うん。春先なら、もっと食べられるものは多いけど。そうだ。この大きな傘、フキっていうんだけど。灰汁をとって煮物にしたらおいしいよ」


「でもなあ、しょうゆもないからなあ」

「僕、天ぷら食べてみたいな」

 柊生は困った顔でおでこを掻いた。

「調理法はあんまりよくわかってないけど、もし、食べられるとしたら、ここらへんかな」


 柊生が収穫しだしたのは、大きなウドの葉だ。

 二人とも両手にいっぱいのその葉をもったまま、厨房に急いだ。


「うーん。それで、こっちに持ち込んだんだね」

 困惑気味の調理頭のラウラが、調理台に置かれたウドの葉を見つめていた。

「まあ、故国の料理が食べたくなる気持ちはわかるよ。けど、ただの葉っぱだろ。これが食えるとは思えないんだよね」


「すみません。調理法は、お伝えします」

「って、この前聞いたけど、あんまり料理とかしないんだろ?」

 ラウラが薄く笑って言った。

「すみません……」


「まあ、いいけどね。まずいものだったら承知しないよ」

「たぶん、おいしいですよ」

「たぶんかい」ラウラはそう言うと豪快に笑った。


「ほら、これでどうだい」

 暫く後、ラウラがおいしそうな天ぷららしき料理がのった皿を出してきた。

「あんたが言うようにやってみたんだけどね」

 それは、若干天ぷららしき形状をしていた。


 フリッターという調理法であるらしい。

「すごいですね」

「魚や肉は結構揚げるけど、葉っぱはさすがに初めてでちょっと勝手がわからないわー。それで、どうやって食べるんだい?」


「そうですね。これなら、シンプルに塩でもいいと思います」

 そう、柊生が言うとラウラが調味料の棚から、塩の瓶を出してきた。

「これでいいのかい?」

 カレヴァや調理メイドのソルヤとエイネも加わり、簡単なお披露目会となった。

 

「へえ、これは、おいしいもんだね」

 一口食べたラウラが、ぱりぱりと次から次へと手を伸ばす。

「あ! なくなっちゃう!」

 ソルヤやカレヴァまで争うように食べていく。


「もう、無いのかい?」

 ラウラは、空の皿を恨めしそうに見つめている。

「えっと、採ってくれば食べられますけど」

 調理番の三人の目が途端に輝きだす。

 柊生の口には結局一枚しか入らなかった。


「え? 悪いね! 待ってるよ!」

 少しだけため息をついた柊生だが、それでも、嬉しそうに笑った。

「よかった。皆さんのお口にあって」

「合うってもんじゃないよ。もっと食べたいね! こういう食べられる草っていっぱいあるのかい?」


「ええ、ありますよ。沢山」

「へえ、今度、教えておくれよ」

 ラウラは、柊生に向けてウィンクをした。


 *


 その日の夕食。

 いつも通りの豪華な料理が並んでいる。


 だが、唯一。


 この館の主であるエンゲルブレクト=グランフェルト侯爵が、面白くない顔で柊生を睨んでいる。

 柊生は、思い当たることもないまま首を傾げる。


「えっと、エンゲル? なんで、怒ってるの? 俺、なんかしたかい?」

「ああ、したともさ」

 エンゲルブレクトの圧が高まった。


 が、柊生にはそれほどまでに怒られるような何かを仕出かしたつもりはなかった。

 柊生は困ったまま、エンゲルブレクトの言葉を待った。


「君、くにの料理をみんなに振舞ったんだって?」

 超絶美形が子供のようにふくれっ面をしている。

「ああ、エンゲルも食べたかった?」


「当たり前だろう!」

その言葉と同時にエンゲルブレクトは立ち上がった。

稀人(まれびと)の君のことだ、かなり変わった料理なんだろう? 一番に私に振舞ってくれてもいいはずだ!」

 柊生は、苦笑した。


「あ! 笑ったな?」

「いや、だって、そこまでの料理じゃないから」


「それでも、カレヴァも食べたんだろう? おいしかっただろ?」

「ええ。サクサクして。初めての食感でしたね」

「本当にずるいよ! 私も食べたい!」

 そう言うとしょんぼりとした。


 柊生は眉をひそめたが、すぐに笑顔になった。

「わかりました。満足いくだけは採れないかもしれないけれど。明日、また採りに行くよ」


 その整った顔が、明るく光り輝くような笑顔を浮かべる。

「やった! ありがとう、シュウ! 明日の楽しみができたよ」


 笑顔に戻ったエンゲルブレクトは、マナーの手本のような完璧な所作で食事を続けた。


 *


 木漏れ日であっても、これほど完璧に光を集めて反射するのか、と柊生はある意味感心した。

「野外に出るのだから、衣服はこっちだろう!」というエンゲルブレクトは、乗馬服を着こんでいる。

 まあ、確かに。

 屋敷の裏山であるとはいえ、マダニは、または類似のダニはいるだろうから、防御態勢は必要だ。

 日本であればSFTSのようなマダニ媒介感染症の危険性があるからだ。


 この世界の感染症がどのようなものかわからない柊生からしてみたら、エンゲルブレクトのこの暑い時期での長袖長ズボンを笑う気など、さらさらなく。

 その前に侯爵であるエンゲルブレクトを笑えるような身分の者は、この場にはいないのだが──。

 それはともかく。


 フィールドワークを主にし、一年の大半を野外で暮らしていた柊生にとっては、たとえ近隣の山であってもきっちりと長袖と長ズボンを身に着けている。

 片やカレヴァなどは軽装である。

 何故かというのは、おそらくだが。

 他国、他文化に多く触れているので、何か感染症にかかってもすべては自身の責任の範疇だという意識なのかもしれなかった。


 参加者は、エンゲルブレクトを始めとして、料理番のラウラ、料理メイドのソルヤとエイネ、従者のヨーン=フォールシュランド、そして、カレヴァと柊生だ。


「えっと、この葉は食べられる。というか、この植物は食用ではある。けど、こっちの植物は毒性が強くて、触れただけでたぶん怪我をするので、触れないように気を付けて。採取したら、俺のところに持ってきてください」

 全員が頷いた。


 柊生は忙しかった。

 七名の採取した植物を鑑定しつつ、自分も採取するのだ。

「あ! 食べられなくても捨てないで! 持って帰るから!」

「え、それはどうするんだい?」ラウラが尋ねる。

「一応、押し花にして採取日記をとってるんですよ」

「へぇ!」とラウラが感心する。

「だけど、それが何の役に立つんだい?」


 それを言われると、立つ瀬がない。

 だが──。

「一見、無意味だと思われることでも調べ、統計を取るのが学者の本懐だと自認しています」


「ふーん……」

 明らかにわかっていない顔で、ラウラは植物の採取に戻った。


 小一時間後。

 籐編みの籠に満載の食べられるだろう植物が、集まっていた。

「こんなところだろうか」

 今までで一番楽しかったのだろう。超絶美形が小学生男子のように瞳をキラキラとさせて、柊生を見てくる。

「ああ、もう十二分ですよ。ただ、これを料理するのは、骨が折れるでしょうね」


「ああ! 本当に骨が折れるよ! でも、おいしいものになるなら、話は別なんだよ」

 ラウラは嬉しそうに笑った。

「それにしても、こんな裏山でこんなに食材があるなんて思わなかったねえ」

「それは、私も思った。こんな宝が、身近にあったなんて」

「ああ、俺も同感だよ。この土地でこんなに豊富な植生が見られるなんて」

 柊生は瞳が輝くのが抑えきれなかった。

 そんな柊生を見て、エンゲルブレクトは嬉しそうに笑った。


 彼らはラウラを先頭にして、厨房を目指す。

「昨日、君たちが食べた、天ぷら? それを一番に食べたいね」

 エンゲルブレクトは無邪気に笑った。

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