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第65章 暴走の重み

 暗闇。


 完全で、息が詰まるような暗闇。


 まるで溺れているようだった。水の中ではなく、もっと濃く、重い何かに沈んでいるような感覚だった。手足が動かない。息をしていないのに肺が焼けるように痛んだ。遠くで声が聞こえる。言葉は聞き取れないのに、痛みと怒りに満ちていた。


 そのとき、一つの声が虚空を切り裂いた。柔らかく、しかし必死に。


「起きて……起きて、リリス……」


 声は次第に大きくなり、切迫したものになった。


「起きて!」


 私は目を覚ました。


「はっ——! 何——!? あぁっ——!」


 私はむせび泣くような叫びとともに体を起こした。まるで海の底から引き上げられたばかりのように、激しく息を吸い込んだ。心臓が肋骨を叩きつけるように激しく鳴っている。冷たい汗が全身を覆っていた。数秒の間、私は自分がどこにいるのか、現実なのかすらわからなかった。


 周囲は石の暖炉で照らされた薄暗い部屋だった。木の壁。ベッドに敷かれた毛皮。松と薬草の淡い香り。


 山小屋だ。


 私は生きていた。


 足音が部屋に向かって駆け寄ってきた。扉が勢いよく開き、皆が一斉に飛び込んできた。


 最初に飛び込んできたのはセラフィエルだった。翼を半分広げ、淡く輝かせている。続いてヴァラクが巨大な体で入り口を埋めた。エルンディルとグレンダが最後に現れ、二人とも疲れ果てた様子ながらも安堵の色を浮かべていた。


「リリス!」セラフィエルがベッドの傍らに駆け寄りながら呼んだ。


「落ち着け、ボス」ヴァラクが低く唸るように言ったが、いつもの笑みは影もなかった。「お前は安全だ。息をしろ」


 私は胸を押さえ、肺に空気を送り込もうとした。体が激しく震えていた。


「い、息が—— 息ができない——」


 グレンダが素早く動き、私の背中に優しく手を当て、穏やかな治癒の波を送り込んできた。


「ゆっくり息を。溺れているわけではないわ。ここに、私たちと一緒にいるのよ」


 長く苦痛に満ちた時間が過ぎ、私の呼吸がようやく整い始めた。パニックはゆっくりと引いていったが、心臓の鼓動はまだ激しかった。


 そのとき、小さな影が皆をかき分けて飛び込み、私にしがみついてきた。


「お姉ちゃん!」


 ミラ。


 彼女は激しく泣いていた。小さな腕が私の腰に強く絡みつき、顔を私の胸に埋めている。私は反射的に彼女を抱きしめ、胸の奥から込み上げてくる安堵のあまり、目が熱くなった。


 彼女は生きていた。


 本当に、生きていた。


 しかし、何かが……違っていた。


 私は少し体を引いて、彼女の顔をまともに見た。


 ミラはもう、十歳の少女の姿をしていなかった。


 十六歳くらいの少女に見えた。幼さの残る丸みは消え、整った美しい顔立ちになっていた。金色の瞳は同じだったが、そこに新しい深みが宿っていた。身長も伸び、体つきは若い女性らしくなっていた。ふわふわした狐の耳と尻尾も、より優雅な印象を与えていた。


「ミラ……?」私は掠れた声で囁いた。「あなた……年を取ってる。どうして——?」


 ミラは鼻をすすり、手の甲で涙を拭った。


「わからない……お姉ちゃんが暴走したあと、私の中でも何かが変わったの。魂の絆が……お姉ちゃんが私を守ってくれたときに、すごく強くなったみたい。目が覚めたら、こんな姿になってた」


 私は圧倒されながら彼女を見つめた。


 彼女は生きていた。成長していた。そしてここに、安全にいてくれた。


 抑えきれなくなった涙が、頰を伝った。


 私はもう一度強く彼女を抱きしめ、久しぶりに声を上げて泣いた。


「生きてる……本当に生きてる……私は—— 私はあなたを失ったと思った……」


 ミラも同じように強く抱き返し、彼女の涙が私のシャツを濡らした。


「私はここにいるよ、お姉ちゃん……ここにいるから……」


 数分後、私はようやく落ち着いて話せるようになった。優しく顔を拭い、他の面々を見上げた。


「何が……何が起こったの?」


 グレンダが一歩前に出て、真剣な表情で言った。


「あなたは完全な吸血鬼の暴走に陥ったのよ、リリス。制御を完全に失った状態。ケルベロスがミラを傷つけたとき、あなたの中で何かが弾けたわ。ほとんどの古い吸血鬼でさえ恐れる領域にまで達していた」


 その言葉に、私の血が凍りついた。


 **吸血鬼の暴走**。


 その言葉だけで、恐怖が込み上げてきた。以前に聞いたことがある——吸血鬼の本能が理性を完全に上回り、破壊だけの獣と化す状態。多くの者がその状態から戻れず、戻れたとしても以前の自分ではなくなるという。


 グレンダが続けた。


「その状態のまま、あなたはケルベロスを倒したわ。私でさえ驚いたわ。あの獣は、古代にオリュンポスの半分を破壊しかけたのよ。神々ですら殺せず、封印するしかなかった。それをあなたは……戦ううちにどんどん強くなっていった。力自体が戦いの最中に進化していた。でも破壊の規模は凄まじかった。墓全体が崩壊した。私たちはかろうじてエルンディルの道具を持って脱出したわ」


 次にセラフィエルが、穏やかだが強い声で言った。


「ケルベロスが倒れたあと、あなたは止まらなかった。完全に暴走したまま、私たちに向かってきたの。あなたは私たちを攻撃した。自分自身をも破壊しかけていた。私たちではもうあなたに届かなくて……ミラが声を上げてくれるまで」


 私はまだ私にしがみついているミラを見下ろした。


 彼女が、私を止めてくれた。


 私が皆を殺しかけていたのに。


 私が完全に自分を失っていたのに。


 胸が悪くなった。


 罪悪感が、物理的な打撃のように襲ってきた。私は仲間を殺しかけていた。私を助けにきてくれた人々を。私は自分自身をも破壊しかけていた。


「私……」声が震えた。「ごめん。本当に、ごめんなさい……」


 ヴァラクが腕を組んだ。珍しく真剣な表情だった。


「生き延びたことを謝るな、ボス。お前はあの子の命を守った。それが一番大事だったんだ」


 セラフィエルも頷いた。「あなたは制御を失っていた。今大事なのは、あなたが私たちの元に戻ってくれたことよ」


 エルンディルがこめかみを揉みながらため息をついた。


「道具は手に入った。これでようやく死の円錐山へ向かえる。だが……ここまで色々あった後だ。平穏な旅になるとは思えんな」


 私はゆっくりと頷いた。まだ胸の奥が空虚だった。


 自分がしたこと——しそうになったことの重みが、胸に重くのしかかっていた。


 一方、遠く離れた崩壊した氷河の影の中で、一人の暗い影が、遠くにいる一行を砕けた尾根の上から静かに見つめていた。


 長い黒いコートを着た背の高い男が、フードで顔を隠したまま無言で立っていた。暗闇の中で、輝く紫の瞳だけが浮かび上がっていた。


「生きてるか」男が低く冷たい声で呟いた。「相変わらずしぶといな……完全な吸血鬼の暴走に落ちたあとでも」


 彼はわずかに頭を傾け、一行がリリスの世話をしている様子を眺めた。


「わかった。監視を続ける。心配するな……」


 フードの下で、残酷な笑みが弧を描いた。


「……近いうちに強くなることだけは、絶対にさせないからな」


 男は踵を返し、影の中に溶けるように姿を消した。


「了解した、ボス」

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