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第27章:魔族の取引

 拘束された暗黒魔術師を『支配の糸』で吊るし、壊れた人形のようにぐったりとぶら下げたまま、私たちは街路を急いだ。彼のくぐもったうめき声だけが、セラフィナと私の間の張りつめた沈黙を破っていた。


 午後の太陽がゆっくりと傾き始め、ヴァロリアの大理石通りを琥珀色とバラ色に染め上げていた。市民たちはまだ遠巻きに囁き合い、こちらを凝視していたが、屋上での待ち伏せ事件の後、通りは驚くほど早く人払いされていた。首都では噂の伝わる速度が速い。


 セラフィナは何度も囚人を振り返り、聖剣を抜いたまま淡く輝かせていた。


「一刻も早く尋問室へ連れて行かないと。彼が本当にクロウの配下なら、王様が動くための決定的な証拠になるわ」


 私は静かに頷いた。王族らしい落ち着いた表情を保ちつつ、感覚は極限まで広げていた。『永遠の統治賢者』が周囲をリアルタイムで走査し続けている。


【即時の追尾者なし。ただし、残留魔力痕から男爵はすでにあなたの訪問に対して反応を開始しています。ご注意を、ご主人様】


 銀騎士団の塔まであと三ブロックというところで、それが起きた。


 途方もない魔族の魔力が爆発的に出現した——濃密で息苦しく、太古のもの。まるで空自体が裂け、純粋な悪意を世界に注ぎ込んだかのようだった。


『永遠の統治賢者』の声が鞭のように鋭く響いた。


『ご主人様! 上空より超巨大魔力反応接近! 出力は大聖者級、あるいは真祖上位吸血鬼の頂点に匹敵します! 備えて——!』


 私は即座に反応した。


「支配の結界!」


 深紅と黒の半透明な球体が私たちを包み込んだ。セラフィナも同時に聖なる障壁を展開し、私の結界を強化する。


 ドオオオオオオオンッ!!!


 巨大な何かが流星のように空から落下してきた。衝撃は周囲五十メートルの石畳を粉々に砕き、破片を榴散弾のように撒き散らした。私の結界は軋みを上げてひび割れたが、辛うじて耐えた。煙と土埃が喉を塞ぐ雲のように広がった。


 埃がようやく晴れたとき、クレーターの中に一つの影が立っていた。


 身長は優に二メートル五十センチ。深く黒曜石のような肌に、輝く深紅のルーンが浮かび上がっている。頭からは刃のような冠を思わせる後ろ向きの角が生え、瞳は地獄の業火を燃やし、革のような翼を背中に折り畳んでいた。重厚な黒の大剣を片肩に軽々と担ぎ、暗黒のエネルギーを滴らせている。


 上位魔族——アークフィーンド級。


『永遠の統治賢者』が即座に分析を流し込んだ。声は深刻そのものだった。


【上位魔族——アークフィーンド階位。名は魂狩りゾラス。魔力出力は大聖者級の頂点。得意分野:魂貪食、魔族支配、虚空斬裂。極めて危険。本来、クロウ男爵程度が気軽に召喚できる存在ではありません】


 魔族は巨大な肩をぐるりと回し、深く息を吸い込んだ。牙の生えた口元に残忍な笑みが広がる。


「ふむ……新鮮な統治者吸血鬼の甘い香りだな。クロウ男爵の言っていたことは本当だったか」燃える双眸が私を捉えた。「よう、小さなコウモリ。お前が奴に殺せと言われた吸血鬼か? 奴は俺に、王国一の美女と richest な魂を約束してくれたぞ。この後始末をしてやればな」


 私は『夜の嘆き』の柄を強く握りしめた。内心では、かつてのゲーマー部分が絶叫していた。


(マジかよ! こいつ強すぎてヤバいだろ! 俺がこいつと戦うってマジで!?)


 表向きは冷たい貴族のままだった。深紅の瞳をより強く輝かせ、一歩前に踏み出す。背後には半ば顕現した翼が揺れた。


 セラフィナの顔から血の気が引いていたが、彼女はしっかり踏ん張った。


「ゾラス……上位魔族が首都のど真ん中で堂々と姿を現すなんて。クロウは完全にやりすぎたわ」


 魔族は地響きのような低い笑いを上げた。


「小さな聖騎士よ。生きたければ引っ込んでいろ。俺の用事は白髪のあいつだけだ」


 私は顔を動かさずにセラフィナへ告げた。


「セラフィナ。囚人を連れて援軍を呼んで。この戦いは醜くなるわ。短時間で倒せる自信は……正直ない」


 彼女は一瞬、迷いの色を浮かべた。青い瞳に心配がはっきり浮かんでいる。しかしすぐに鋭く頷いた。


「気をつけて、リリス。必要なら銀騎士団全部を連れてくるわ」


 彼女は拘束された魔術師を掴むと、聖なる速度を全開にして塔の方角へ消えていった。


 残されたのは私とアークフィーンドだけ。


 ゾラスはさらに牙を剝き出し、笑みを深めた。


「賢い娘だ。さて……踊ろうか、小さき統治者よ?」


 彼は本物の大剣を召喚した。地獄の炎に包まれた怪物的な黒刃を構え、突進してくる。


 戦いが本格的に始まった。


 カァァァンッ!!!


 二つの刃が衝突し、破滅的な衝撃波が生まれた。近くの建物が薙ぎ倒され、空気中に目に見える波紋が広がった。私は数メートル後退し、踵が石畳に深い溝を刻んだ。『統治竜の鎧』を纏っていても、彼の一撃の重さに腕が焼けるように痛んだ。


 強い。強すぎる。


 私は『虚空歩法』で姿を消し、彼の背後に回り込んだ。『夜の嘆き』が完璧な水平弧を描き、首を狙う。


 業火の主権・炎月弧!


 深紅と黒の炎が三日月状に空を切り裂いた。ゾラスは信じられない速度で旋回し、大剣で受け止めて大笑した。


「悪くない! だが遅い!」


 彼の反撃は水平の一薙ぎ。虚空のエネルギーを引きずり、現実そのものを切り裂く軌跡。私はかろうじて回避したが、後方の建物三棟が綺麗に両断された。


 絶対生命支配!


 自由になった左手を突き出す。深紅の糸が彼に向かって伸び、魔族の生命力を貪ろうとした。アークフィーンドは咆哮を上げ、地獄の炎の脈動を放って糸を焼き払った。


「俺を吸い取れるとでも思ったか、吸血鬼め! お前より強い魂など千も貪ってきたわ!」


 再び突進してくる。彼の大剣の一振りごとに街区一つを平らげられる威力があった。私は刃と刃をぶつけ合い、火花と暗黒の炎を爆発させながら応戦した。衝突のたびに後退し、腕が痺れ始めていた。


 今まで戦ったどの敵よりも速く、強い。Bランクのドラゴンなど、子供のように感じる。


 私は持てる限りの力を駆使した。


 支配の糸・世界束縛!


 地面と屋根から数百の黒い糸が噴き上がり、彼の四肢と胴体を絡め取った。一瞬だけ、彼の動きが止まった。


 永遠魂支配・魂収穫!


 私は口を開き、彼の本質を引き寄せ始めた。アークフィーンドは怒りの咆哮を上げ、純粋な魔族の力で糸を引きちぎった。バックハンドの一撃が私を近くの建物に吹き飛ばす。壁が爆散した。


 瓦礫の中から這い上がり、咳をしながらも大した傷は負っていない。翼を広げて体勢を整えた。


 ゾラスは首を鳴らしながら笑った。


「面白いぞ、小さなコウモリ。しかし男爵の言った通り——お前はまだ若い。本物の上位魔族がどれほどのものか、見せてやろう」


 彼は大剣を高々と掲げた。上空に巨大な黒と深紅のルーンが渦巻く魔法陣が展開され、空が暗くなる。


 魔族の審判・終焉斬!


 五十メートルはあろうかという純粋な虚空エネルギーの巨大剣が、彼の上空に顕現し、私に向かって落ちてきた。


 私は全てを防御に回した。


 統治竜の鎧・完全顕現!

 太陽主権・暁の盾!


 黄金と深紅の光が竜鱗と混じり合い、必死の障壁を形成した。二つの力が激突し、地区全体を第二の太陽のように照らし上げた。衝撃波は半キロ先の窓ガラスをことごとく粉砕した。膝が折れそうになったが、私は耐え抜いた。


 埃が晴れたとき、私はまだ立っていた——かろうじて。荒い息を吐き、片膝を地面につけ、剣をひび割れた石畳に突き立てて支えにしていた。


 ゾラスはクレーターの上空に浮かび、感心した様子だった。


「まだ死なないか。良い。これは少し楽しめそうだ」


 私は口の端から血を拭い、立ち上がった。深紅の瞳に不屈と冷たい怒りが燃えていた。


「食事になる相手のくせに、よく喋るわね」


 魔族は豪快に笑った。


「来い、統治者よ! なぜ男爵がお前を恐れるのか、思い知らせるがいい!」


 戦いは激化し、一撃ごとに貴族街全体が震えた。民衆は悲鳴を上げて逃げ惑い、遠くから銀騎士団の騎士たちが騒ぎに向かって駆けつけ始めていた。


 私は今までで最も強大な怪物相手に、命を懸けて戦っていた。


 だが、倒れるわけにはいかない。


 ここで。

 男爵の使い捨ての猟犬などに。


 ヴァロリアを巡る本当の戦争は、今まさに始まったばかりだった——そして私はその中心にいた。

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