26 本当の姿が見えてくるはずです
唇を噛んで考え込んでいるフラワに、何も知らないナンサンが話しかける。
「どうしたんだよ。大好物なんだろ? 食べればいいじゃないか」
「駄目です! 私はお腹が減っていないんです! それに、これはお父様からリミアリアへの土産です! ナンサン様が食べることは許されません!」
「いや、土産の菓子を持ってきた人に出すのは普通の話だろ」
そう言って、ナンサンはマドレーヌに手を伸ばした。
「駄目です!」
フラワはヒステリックな声を上げながら、ナンサンの手を叩いた。
「痛いな! 何をするんだよ⁉」
「リミアリアのためのお菓子だって言っているじゃないですか! リミアリア! 早く食べなさいよ!」
「申し訳ございません。私もお腹いっぱいなんです。あ、アドルファス様は甘いものが苦手ですし食べませんよね?」
「ああ。俺は肉が好きだな」
「肉が好きでも甘いものが好きな方もたくさんいますよ」
リミアリアとアドルファスは、フラワたちがいることを忘れたかのように、和やかに話し始めた。
その様子がフラワは気に入らないが、相手がアドルファスなだけに文句は言えない。
すると、ナンサンがフラワに小声で尋ねた。
「おい、フラワ。今日は何をしに来たんだ? もう用事は終わったのか?」
「えーと、そうですね。リミアリアと仲直りをするためなんですが、改めて来たほうが良さそうです」
(悔しいけど、出直すしかないわ)
そう考えたフラワは立ち上がる。
「リミアリア、今日はお父様からのプレゼントを渡しに来ただけなの。改めて伺わせてもらうわね。マドレーヌは持ち帰らせてもらいます」
プレゼントを持ち帰るというのはどうかと思うが、別にほしいものでもない。
「では包ませますので、少しお待ちください」
「……わかったわ」
今すぐにでも帰りたかったが、マドレーヌを置いていくわけにもいかない。リミアリア以外の人に食べられたら、全く意味をなさないからだ。父が疑われるのはかまわないが、リミアリアに警戒されるのは嫌だった。
ふくれっ面をして、ソファに座ったフラワにリミアリアが話しかける。
「フラワ様はナンサン様と仲が良いのですね」
「それがどうした? 僕たちは婚約者ではないものの、愛を誓い合っているんだ」
ナンサンがフラワよりも早く胸を張って答えた。
ナンサンの回答を聞いたリミアリアは、小首を傾げ、不思議そうな顔をして尋ねる。
「愛し合っているのですか?」
「そうだ! 結婚の約束もしている!」
「そうでしたか」
リミアリアは微笑んでうなずくと、独り言を呟く。
「フラワ様はエマオ様と関係を持っているようでしたけど、それはご存知なのかしら」
「ちょっと、やめてよ!」
フラワはリミアリアに叫ぶと、ナンサンの手を握る。
「ナンサン様、私を信じてくださいますよね?」
「……フラワ、本当に関係を持っていないんだよな?」
「も、もちろんです」
「そうか。それなら良かった。もし、その話が嘘だったりしたらどうなるかわかっているよね?」
「ひっ!」
冷たい笑みを浮かべたナンサンと目を合わせたフラワは、恐怖を感じて悲鳴を上げた。
******
ナンサンはフラワとは学生時代からの付き合いである。彼はフラワのことが幼い頃からずっと好きだった。彼女が多くの女性に嫌われていると知っていたが、それはフラワが可愛いことへの嫉妬だと思っていた。
リミアリアから嫌がらせを受けているという話を長年聞いており、ナンサンの中ではリミアリアは悪女だった。
だから、リミアリアが嫁にいった一年後に離縁されたのは、リミアリアの性格の悪さが原因で自業自得だと思っていた。
だが、ここ最近になって聞こえてくる、フラワがエマオをリミアリアから寝取ったという噂話が気になっていたのも事実だった。
(私の一言でこれだけ反応するなんて、ナンサン様もフラワ様のことを疑っていたのかしら)
リミアリアは、動揺しているフラワと彼女に疑いの目を向けているナンサンを見てそう考えた。
真実を伝えただけなのだが、目の前で人が脅されている場面を、ただ傍観しているだけというのもどうかと思った。
(私の発言が原因だけど、喧嘩は帰ってからにしてほしいわ)
苦笑しながらナンサンに話しかける。
「ナンサン様、私が言うのもなんなのですが、エマオ様とフラワ様の話は、自分自身で確かめられてはいかがでしょうか」
「……君が嘘をついている可能性もあるってことか?」
「いいえ。私は嘘はついていません。ただ、誰かから聞いた話ではなく、ナンサン様自身で真実を確かめるべきだとお伝えしたいのです」
「どういうことだ?」
ナンサンは訝しげにリミアリアを見つめた。
「私とエマオ様が結婚してから一年間、エマオ様は戦地におられました。その間、私はエマオ様とはお会いしていません」
「結論を言え!」
「一年間、エマオ様がどんな暮らしをしていたかお調べになってください。そうすれば、フラワ様の本当の姿が見えてくるはずです」
「リミアリア、やめてちょうだい!」
リミアリアが自分の味方をしてくれるのかと勘違いして黙っていたフラワだったが、今になってそうではないことに気付いた。
「ナンサン様、リミアリアの言うことなんて聞かないでください! 彼女は私を貶めることしか考えていないのです!」
「そ、それはそうかもしれないな」
ナンサンはフラワを信じたい気持ちが強かった。自分にとって都合のいい言葉に惑わされそうになった時、アドルファスが冷たく言い放つ。
「リミアリアは嘘をついてない。元イランデス伯爵の部下に確認してみろ」
「……わかりました」
王子から言われたのでは、ナンサンもうなずくことしかできなかった。
そんな彼にフラワはしがみついて訴える。
「やめてください! ナンサン様、私を信じてくださいますよね? 信じているなら調べなくてもいいはずです!」
(フラワ様からナンサン様を奪いたいわけじゃない。ただ、誰かが自分のそばから離れていく寂しさを知ればいい)
リミアリアは、涙目で訴えているフラワを見てそう思った。
今までリミアリアはフラワに色んなものを奪われてきた。
自分で貯めて買ったアクセサリーやドレス。シウナ子爵邸での自分の居場所。
幼い頃は多くいた友人も、ほとんどがフラワに騙されて離れていった。失うことが怖くなり、友人を作ることをやめ、アドルファスたちを含め、最小限の人付き合いしかしなくなった。
母の復讐をするという強い意志や、アドルファスたちがいなければ、自分の精神は壊れていたかもしれない。
人にそんな思いをさせても、それがゲームに勝ったとしか思っていないフラワに、自分の感じた思いを体験させたかった。
「フラワ様、それは違うと思います。信じているのなら、あなたの身の潔白を晴らすためにもナンサン様は調べるべきです」
「そ、それは……っ」
「フラワ、リミアリアの言う通りだ。俺は君を信じている。アドルファス殿下の言う通り、元イランデス伯爵の部下に話を聞いてみる」
ナンサンは瞳を輝かせたが、フラワの顔色はみるみるうちに青くなっていった。




